俺の信じない物の中に友情と火星人と運命の出会いとがある。その中でも運命なんて言葉は聞いただけでも全身の毛という毛が逆立つのを感じるほど。
 だがそれは俺の元へ降り立った彼女と出会うまでの話だ。人間の生きる最高の位が幸福という胃がひっくり返りそうな言葉だったなら、悪いな、今まさに俺はそれだ。

 俺が彼女と出会ったのはごみごみしたそれこそゴミの様な人間の波の中。糸に引っ張られるように、風に押されるように、道を探る俺の前に突如と現れた。俺は、今まさに消えそうな彼女を捕まえた。抵抗はなかった。俺も彼女もただただお互いを見詰めるばかりだった。

 俺の好きなそして信じる物は自分、そして福沢諭吉、夏目漱石…そう金だ。金は俺の全てであり、俺の全ては金だった。それは物心ついたときから大人へと成長した現在まで変わらない。だが、あろうことか彼女と彼女との出会いが俺を変えた。正直自分でも驚いている。
 その日俺は一晩彼女と過ごした。彼女は多くを語らない。しかしそのスマートで小柄な体は、この地に生まれ落ちた瞬間から人を、たった一人の人間を幸せにする使命があるということを明確に表している。何も信じず、自分だけしか愛することの出来ない俺にとって彼女は新鮮でどこか懐かしい、そして温かみと小さな希望という名の光を感じた。
 彼女との生活が始まり、俺たちは寝ても覚めても共にいた。俺の足元は柄にも無く浮つく。先月会社をクビとなった俺はより彼女を求め、彼女もそれを大いに受け止めてくれる。今までに無い、甘く最高の日々。

 しかしそれも長く続くことはなかった。

 お前、その大金どうしたんだ?
 三つ上の幼馴染が酒場で俺に聞いた。俺の財布に中には三十万円相当。
 ああ、ちょっとな。俺は財布を懐へと収める。ふうん。彼はちょっと訝しげに俺を見た。そして話題を切り替える。この人の思考は何年経っても読めない。おそらくお互いに。
 それよりお前、女が出来たって小耳に挟んだけど、どうだ?
…ああ、いいんだ、もう。
 俺は彼女には感謝している。そしてこの大金に安堵している。会えなくなったが彼女の事はあれから片時も忘れたことはない。
 俺は正しかった。なあ、そうだろ?
 まさかお前…!
 男が銜えた煙草を落とす。そう、この大金は彼女と引き換えで手にしたものだ。彼女と俺の間に何かが起こったわけではない。だがしかし、俺の信じる物は金。それは死ぬまで変わらないのだ。

 彼女はか細く弱い。手放すのは勿論悲しい出来事であった。だが俺は大金に目が眩んだ。あの彼女を易々と他の奴の手に渡してしまった。それでもなお抵抗も悲鳴も上げない彼女に俺は半分うんざりしながら、歓喜の声を上げたのだ。
 彼女は今、どこにいるのだろうか。いや、そんなことはもう関係ない。彼女と過ごした甘い日々はきっとこの日の為だったのだ。俺は今、最高の位である幸福という名の渦の中でまどろんでいる。彼女はその身をもって俺に運命の出会いの有無を教えてくれたのだ。

 俺にとって彼女は、しょせん一枚の宝くじに過ぎなかったということだ。

                          了



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