うすら寒かった。冬でもないのに、乾いたつめたい風がびゅうびゅうと吹く。私は身震いした。その時に発生する隙間から、風が吹き荒び、容赦なく体温を奪う。私はがたがたと震えるしかなかった。これで雨でも降っていたら、私は既にこの世の者ではないだろう。そう考えると、体が芯まで冷える。
 やっと手近にあった小屋で寒さを大幅にしのぐ事が出来たが、それも強風から身を守る程度でしかない。猟師小屋らしいこの小屋は、暖を取る為の囲炉裏も無ければ、薪も無い。何かの獣の毛皮で出来た服が三着と、腐った水が陶器の大きな瓶に一杯入っているだけだ。後は木で出来た掘っ建て小屋である。広さだって、十畳もないのではないか。
 防寒の為に、勝手にその毛皮を三着とも拝借しているが、それでも寒い。強い風に当てられ、風邪でもひいたか。何処か体の内側から冷え込むようだ。ふと思い立ち、私は、直ぐ傍に置いてあった麻布製の鞄を取り出して、其の中に在った鏡で自分の顔を見た。酷い顔をしている。何時もと変わり映えのしない自分をベースに、唇はひん曲がり蒼褪めて、顔は真っ黒だ。血の気がまるで無い。きっと、昨日の昼からずっと食事らしい食事を全く摂っていないからだ。山の中では食料は少ない。そう思う事にした。山で遭難した上に、病気にまで罹っているとすれば、もう希望は無いに等しい。
 もう、何時間経っただろう。曇り空の為に、空に太陽も星も見えない。明るさから、きっと昼の領域と夜の領域の間である事は何となく分かる。しかし、それ以上は分からない。
 そう言えば、此処の持ち主は何処へ行ったのだろう。猟師小屋だから、持ち主もきっと猟師に違いない。しかし、出来れば来て欲しくないというのが正直な感想だ。彼等が来て、私を助けてくれる保証など万に一つも無い。きっと、それも無理だ。
 だから、私は自力で逃げ出さなくてはならぬ。此処から。今は無理でも、きっと家へ、家へ帰るのだ!



 昭和三十二年三月某日、某新聞朝刊より、一部抜粋。
 『熊の射殺死骸、猟師小屋で見つかる!』
 『Y県のE山で昨日昼十一時頃、熊の射殺死体が見つかりました。発見した猟師の方(匿名、56歳)の話では、体長二メートル弱のヒグマで、其の猟師の方が使用する猟師小屋に、毛皮を掛けられて死んでいたそうです。ヒグマからは腹部に猟師が使う猟銃の弾痕が三箇所見つかり、Y県警では、密猟者が乱獲の為に撃った弾が命中して、小屋まで何とか逃げたが、力尽いてしまい、後で追い掛けて来た密猟者が毛皮を被せてカモフラージュし、後で取りに来る予定だったのが、先に猟師に見つけられ、出るに出られなくなったのではないかと考え、現在密猟者を確保すべく捜査を開始しています。』
                               end



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