愚者
彼は桶に満たした水面を眺めていた。
そこには衰弱しきった顔の男が映っている。
彼はその秀麗な顔をわずかに歪めた。
だが水面の男は表情を変えなかった…。
その男は新聞を読んでいた。
目の前にばさっと広げ、見出しをざっと見渡す。
『死』。
よく見かける一字だ。
しかしこの世の中に生きている限りは…と彼は思った。
恐らく無くなることは無いだろう。
脳裏にイメージが湧き上がる。
「行って来まーす!」
妹の元気な声が聞こえる。
高校三年生。
気立ての良い、自慢の妹だ。
自慢の…妹だった。
事件が起きたのはつい昨日の事だ。
昨日もこうして新聞を読んでいた。
「ガイ者は…女…校生」
使い古したラジオから放送が聞こえてくる。
殺人があったらしい。
「宗像…章子…18歳」
「……あ?」
聞き間違えだろうか。
いや、間違えてはいなかった。
何故か、そう断定できた。
あの時、章子は「デート」とそう言って家を出ていった。
もう、後戻りは出来ない。
男は右手に包みを持って外へ出た。
「さぁ…行くか」
水面に映った男が目を爛々と光らせている。
彼は水を地面に流した。
秀麗な顔を歪め、呆れたように呟く。
「何十年、何百年経とうと……愚かなものよ、人間とは」
その背中には、一対の純白が生えていた。
「…先日に続いて、あらたな殺人事件が起こりました。被害者は羽島 浩二さん22
歳。
被害者は先日殺された宗像章子さんの交際相手で、他にも多数の女性と……」
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