たった一度のレースナイト


 準備はカンタン。疲れた体で目を閉じて、カウントダウン、いち、にい、さん。気づいた時、高瀬和志はデパート外のエントランスにいた。深夜。氷のように冴えた満月の下、タイルにはたくさんの影が伸びていた。

「じゃ、ここにサインね」

 となりの少女に促されて、テーブルに置かれたペンでさらさらと名前を記入。

 第五〇〇回月女王拝レース大会

 私は、りんごクラッシュOKなことに同意しますミャ。

 なんだこりゃ?

「がんばろうね! 高瀬!」

「あ、おう……」

 腕をからめてきた少女に見覚えはなかった。地味な厚手のワンピースに、今時珍しいみつあみ。なのに赤毛というアンバランスで、ついでに瞳はアーモンド形の額縁からはみ出しそうな琥珀色。鼻はツンと上を向いて、口はにこやかに開いている。知らない子。でも知っている。明らかに。

「おまえ……誰だ?」

「ボク? 楓だよね?」

 当たり前というように少女は言った。というか、たずねてきた。

 楓は知っている。

 でも、楓のはずはなかった。

「はいこれ」

 困惑するうち、楓が高瀬に、ひとさし指ほどの細長い紙を渡した。

「秘密指輪だよ。さ、願いを書いて。書いたものがレースの武器になるから、うんと強いのを書かなくちゃダメだよ」

「武器って……。なあ……」

 見れば、近くにいる金髪トサカヘアーの青年が銃を持っている。

 しかも拳銃ではない。

 もっと大量にヒトを殺せるサブマシンガンだ。殺しを一〇〇回できるかミャ〜。と洒落にならない歌を上機嫌に口ずさんでいる。

「………」

 なんとなく、負けてたまるか。高瀬は紙にM16A3と書いた。アメリカ軍が使用している高性能アサルトライフルだ。そして、書いた紙を丸めて指に絡めると、あら不思議、月光を浴びて、銀色に輝く金属質の指輪に変貌した。

 わかった。これは夢。

 その割には、妙に晩秋の夜気が骨に染みて寒かったが、とりあえず、夢と思えば気晴らしにはなりそうだ。

 タイルのエントランスには五〇〇名近い若者が集っていた。皆、武器を手に持つ。銃や剣や槍や弓や。殺し合いがはじまるのだ。なのにお祭り騒ぎで、わいのわいの、楽しい雰囲気でいっぱいだった。

 と、正面入口、自動ドア脇の特設ステージに、司会者らしきタキシードの男がマイクを片手に立った。

「みんなー! ノってるかミャー!」

「うおー!」

 武器を夜空に掲げて喚起する参加者たち。

「さあ、今夜はいよいよ、女王様が何でも願いを叶えてくれる、一生に一度きりのレースナイトミャ! でも、女王様に会えるのはワンペアのみミャ! どんな手段をもってしても、誰より早く屋上に到達することが肝心ミャ!」

「うおー!」

「では、行くミャー!」

 かくして、デパートの屋上を目指す熾烈なレースはスタートした。

 まず最初に司会者が蜂の巣にされてステージ下に転落。つづけて無差別な撃ち合いがエントランスではじまった。

「なあ、りんごクラッシュって、頭カチ割られてもって意味か?」

「そうだよ」

「……ってな」

「いいから。ボクたちはゴールだけを目指そ」

 高瀬と楓は床に寝そべって前進、密かにデパート内部への侵入を試みた。どうやら電気は通っているようで、最初に走りこんだ若者が入口の自動ドアを開けた――が、彼は背中から剣で斬られてしまった。

「斬ったミャー!」

 と叫んだ若者は、横から降り注いできた巨大なハンマーでぺしゃんこ。

 その隙をついて、一〇組のペアがデパートに入った。

 あとは入口で大乱戦である。ふと高瀬は、ヤられた参加者が風船のように空へと昇っていくのを見た。背中には天使の翼、頭には銀色に輝いた輪っか。なんだか、子供の頃に見たアメリカのアニメじみている。なにはともあれそういうこと。現実離れているのではなくて現実ではないのだ。

 よし、なら。

 ちょうど心は、こういう無茶をしたかった。なにもかも忘れて。

 ――なんだかわかんねぇけど、暴れてやるか。

 ゲームに参加する意思を固めると、手のひらにずしりと重さが加わった。指輪に書いたアサルトライフルだ。

「くそ。これじゃあ突破できないよ――」

 二人は茂みに隠れている。隙間から覗いて楓は苦々しく顔をしかめた。

「強行突破だな」

 片膝をついた姿勢から、高瀬は脇の下で銃のストックを支えた。

「突破?」

「楓、おまえも武器を出せ」

「うん。わかった」

 神妙な顔をしてうなずくと、楓は「出て来い」と指輪をこすった。

 すると、

「……おい! なんだそれは」

 思わず高瀬は、赤毛の巻いた小さな頭を殴りたくなった。

 出て来いと念じて楓が出したのは、真っ白な猫のヌイグルミ――ひと昔前のダッコチャン人形じみて左の手首に抱きついていた。

「ねこねこ」

 にこりと楓は笑った。八重歯のかわいらしい天真爛漫な笑顔だ。

「そのねこねこというのは武器か?」

「まさか。ねこねこはボクの彼だよ」

「彼……?」

 高瀬は怒りをこらえてたずねた。武器を出せといったのは誰だ?

「うん。あ、でも、ほら。ねこねこぱーんち」

 ヌイグルミの短い腕を右手で動かしてみせる楓。ちなみに、そのパンチの射程距離は五センチほどだ。

 ボカ。我慢できずに高瀬は、楓の頭をげんこつで叩いた。

「痛い……」

 涙目で抗議する楓。

 だが、それ以上、遊んでいる余裕はなかった。見つけたァ! と奇声をあげて褐色肌の少女が斧をふりかざしてきたのだ。とっさに高瀬は楓を突き飛ばすと、自らも脇に転がってアサルトライフルのトリガーを引いた。下から迸った銃弾が、次の攻撃に移りかけていた少女の胸を捕らえた。

 ああ……。

 痛み、というより快感に表情を和らげ、少女が昇天していった。

「ひゃあ! 高瀬っ! 高瀬っ! 助けて!」

 二人の青年の剣にさらされた楓が、四つんばいであたふたと逃げ惑う。すぐに高瀬は敵のいる方向に銃弾をばら撒いた。撃破! さすがはアサルトライフル! 剣や斧相手には負けない!

「大丈夫か、楓」

「なんとか……」

 しゃがみこんだ楓の手を取って、急いで高瀬は引き上げた。

 今度は左。

 サブマシンガンを構えた強敵だ。

「こりゃ、いつまでも外にいたら逆に死ぬな――。一気にデパートに入るぞ!」



 いつの間にか、赤毛の少女を楓と呼んでいる自分に高瀬は苦笑した。

 楓……。

 みつあみの似合う黒髪の少女だ。高瀬と同い年だった一七歳。現実家で温厚、小さな冗談にも本気になるタイプだった。そんなところが逆に可愛かったりしたが、飛んだり跳ねたり叫んだりする性格でなかったことは確かだ。

 ――赤毛の楓の手のひらを握った時、高瀬は心臓が跳ね上がるのを感じた。服ごしでは気づかなかった。

 熱い。燃え出しそうな体温だった。

 それは逆――

 最後に触れた楓とはまったく逆の、もうひとつの限界を……。

 高瀬に思い出させた。

 復讐。そんな言葉が泥のように脳裏に渦巻いた。



「――どうしたの? 高瀬」

「あ、いや」

 きょとんと見つめる楓に、高瀬は肩をすくめて答えた。……そうだとしても、仕方がないと思える。むしろ心地良かった。悪くないじゃないか。復讐のために、この殺し合いのパーティーに誘ってくれるなんて。

 二人は激戦の入口付近を抜け、ヒトのいないトイレ近くにいた。

 トイレの近くには階段があるが、踊り場と上階とのあいだで二〇名ほどが激しい銃撃戦を行っている。

 戦火が止んだ一瞬の隙をついて突入する予定だった。

 踊り場の敵は完全にその注意を上階に向けており、勝機は十分だ。

「行くぞ楓!」「ほいさ!」

 高瀬は、シューティングゲームと同じ感覚でトリガーを引いた。

 撃つ。撃つ。

 撃って撃って撃ちまくる!

 非常灯だけが寒々と灯る暗いデパートの階段で、ようやく振り向いたばかりの敵を一網打尽に昇天させていった。なにやらそれを内部分裂だと感じ取った上階の敵がわらわらと踊り場に下りてきたので、ついでに全滅させる。

 奇襲をかけてくる敵もおらず、二人は難なく上階に辿り着いた。

 二階の服売り場。暗闇のカーテンを隔てたあちこちから、ミャーミャーと奇声だか怒号だかわからない声が響き渡ってくる。

 どうやら既に、けっこうな数の敵がデパートに入っている様子だ。

「急がないと! 急がないと負けちゃうよ!」

 楓が悲壮な声をあげた。

「というかさ……」

 高瀬はホールから、三階へと続いた階段を見上げた。階段は、一階から二階、二階から三階……と連続してのぼっている。なのにどうして、他の連中は洋服売り場に入って戦っているんだ?

「なあ、とにかく屋上に出ればいいんだろ?」

「うん! だから急がないと! ボクたちもボクたちも!」

「ちょい待てって」

 洋服売り場の戦闘に加わろうとする楓の肩に手を置いて、高瀬は冷静にエレベーターの前に向かった。館内の照明は落ちており、灯るのはわずかな非常灯だけだが、自動ドアは開いた。だとすれば――

 高瀬は冷静に、上向き矢印のボタンを押した。

 二〇秒後。

 チーン。金属を弾いた音が聞こえて、エレベーターのドアが開いた。



 二階……三階……五階…………一〇階……一二階。



 かくしてあっけなく屋上。二人はレースに勝利した。

「うわ……。やったー! やったやったやった!」

 純白の月光が全面にたなびく無人のコンクリート広場で、コマのように回転して楓は喜びをあらわにした。

 その跳ねた赤毛を見て、高瀬は確信する。

 忘れるはずのない雨の今夜――

「ほら、高瀬もこっち!」

 楓に急かされ、高瀬は建物の軒下から広場の真ん中に歩いた。

 夜の冷気がゲームの高揚を覚ましていく。いつの間にか、高瀬の腕からアサルトライフルは消えた。

「で、楓。俺をどうするつもりだ?」

 皮肉をこめて、高瀬は冷ややかにたずねた。

「どうするって?」

 大きな目でまばたきする楓は、相変わらずの笑顔だった。両手を背中に組んで高瀬を見上げた。

「復讐したいんだろ。べつにいいぜ」

「……復讐?」

「わかってるんだよ! 全部、俺が悪いって言いたいんだろ! あ? ヤるならさっさとヤれよ! 俺ァな、もう死んだっていいんだよ!」

 心当たりはあった。

 今夜。放心して、何もかもがどうでもよくなって、バイクで走っていた。高瀬は一匹の猫をはね飛ばした。脇の路地から道路を横断しようとした赤毛の猫だった。普段なら避けられたが、今夜は雨だったし、心が現実から離れていた。はねた後、バイクから降りた高瀬に、猫は弱々しく視線を向けた。

 ……どうして?

 その目は問い掛けていた。生きたかったのだろう。

「ねこねこぱんち」

 ぱこ。怒号をあげた高瀬の頬に、白いヌイグルミのパンチが直撃した。

 楓はにこやかなままだ。

「なんだか知らないけど、死んだっていいなんて言っちゃダメだよ。せっかく生きている命を粗末にするなんて」

「おまえらだってそうだろうが! 殺し合いしてるじゃねぇかよ!」

「ボクたちは、もう死ぬから。知ってる? 猫って、死体を残さないの。町に猫はたくさんいるけれど、死体って滅多にないでしょ。あれはね、こうやって満月の夜に、これから死ぬ猫が集まって、盛大に大会をするせいなの。女王様が特別な力をくれて、この日だけボクたちは魔法使いになれるんだ」

 楓は当たり前のように言った。

 猫。やはり楓は、今夜、高瀬がはね飛ばした赤毛の猫なのだろう。そして、死のうとしているのか。

「……なら、どうして人間なんだよ」

「それは、高瀬が人間だからそう見えているんだよ。ボクには高瀬が、真っ白でスマートな猫に見えるよ。――ボクの、先に死んじゃった彼みたいに。彼は、人間に体を捨てられて大会に出られなかったんだ」

 そういうと楓は、左手首に抱きついた白猫のヌイグルミを愛しげに撫ぜた。

 捨てられた……保健所にでも捕まったのだろうか。あるいは、どこかの人間にイジメ殺されたのか。

 そして、ぽつりと呟いた。

「ボクは、高瀬にお礼がしたかったから」

「お礼?」

「だって高瀬は優しかったよ。ボク、とっても嬉しかった」

 生きたかったのだろう。だから高瀬は、ぴくりとも動かない瀕死の猫を、燃えるように体温のあがった猫を、アパートに連れ帰った。自分のベッドに寝かせて、毛を繕い、馬鹿にみたいに人間の解熱剤を飲ませた。

 深夜。

 高瀬は猫を看病した。看病すると同時に、色々なことをしゃべった気がする。

「高瀬には夢があるんだよね? 役者さんになるんだよね。ボク、知ってるよ。大きな舞台で歌ったり踊ったりする人なんだよね」

 今日、高瀬は、役者のオーディションに落ちた。何度目だろうか。両手で数えても間に合わない。

 だから落胆して、あきらめ、雨の中をバイクに乗っていたのだ。

「楓も、応援していたんだよね?」

 どうしてか高瀬は、瀕死の猫に死んだ恋人のことも話した。死んだ恋人――楓にしゃべりかけるように。だから赤毛の少女は、楓のことを知っているし、自分のことを楓と名乗ったのか。

 楓。今はもう、額縁の中で静止した微笑みを浮かべるだけの彼女。

 三年前、突然の交通事故で死んだ。

「ボクは、もう死んじゃうからわかるんだ。生きているってことは、それだけで素晴らしいことだよ。だって、生きていれば、明日があって。今日がダメでも、明日にはできるかも知れないんだから。明日がダメでもその次の日があって。生きていれば、きっと、高瀬の夢は叶うよ」

「……もう無理だよ」

 高瀬には気力が尽きていた。もうやめよう。そう思ったから高瀬は、猫に、今までの夢と希望を語ったのだ。

「大丈夫。ほら」

 楓は、背伸びするように円天の夜空を見上げた。

 そこには真っ白な――…

「高瀬は勝ったから、ボクたちの女王様が願いを叶えてくれるよ」

 氷のように冷たく、だけど柔らかな、

 女王が二人を見下ろしていた。

「……おまえは、何がしたかったんだ?」

「ボク?」

「ああ。おまえにも、したいことがあったんだろ」

「ボクは、今日が楽しくて、明日も楽しくて。だから明日があれば、楽しいことをいっぱいしたかったな……」

「願えばいいだろ」

 胸からこみあげた熱いものをこらえ、精一杯の平常心で高瀬は言った。

「ボクのお願いは、もう決まっているから。みんなの明日が楽しくなるように。レースに勝った猫は、最後にそうお願いして死ぬのが決まりなんだ」

「なら、俺のお願いもそうでなくちゃいけないだろ」

「高瀬は、猫じゃないからいいんだよ。まだちゃんと生きてるしね」

 大会は、レースというより、最後まで無邪気に。最後の朝が来るまで楽しい時間を過ごそうというイベントなのだろう。いかにも猫らしいと高瀬には笑えた。だから連中はいつまでも下で遊んでいる。魔法にかかった夜で、心の底から楽しんで、あるいはあっけなくヤられて、満足して昇天していくのだ。

 たいした死に様だ……。

 ポケットに手を入れて高瀬は、楓と同じように空の満月を見上げた。

 いつの間に、雨は止んだのだろうか。バイクで走っていた時には、容赦なく町を打ち付けていたのに。

 月。たったひとつきりの、地球の衛星。

 確かに、女王のように優しく、見下ろしてくれている。

 今らさらだが、ねこねこパンチに殴られた頬がじわりと痛んできた。

 高瀬は、ヤられたのだろう。

 だが、猫のように、楽しげに表情を和らげることはできなかった。

 生きているから、痛みがあるのだろう。

 生きているから、胸にこみあげた熱気が無性に涙を誘う。

 ふと高瀬は、このデパートに屋上に、来たことがあることを思い出した。そう。ずっと昔に楓と二人で。

『楓、俺は役者になる。何年かかってもさ、いつか絶対に。だからおまえ、飽きずにつきあってくれ。絶対、幸せにしてやるから』

『……うん。応援するね。私』

 高校の頃。まわりに大勢の家族連れがいた秋の休日。

 そんな場所で高瀬は、夢に合わせてプロポーズみたいなことを言った。

 楓はうなずき、高瀬に寄り添った。

 あの頃と空は変わらない。昼と夜の違いこそあれ、どこまでも空は透き通って、遠くまで続いていた。いつも見上げればあったはずなのに、どうして忘れていたのか。空が隠れていたのだろうか。

 ……そんなはずはなかった。

 空は変わらず、いつでも頭の上にあった。

「――悪かったな。今さらひらめいたよ。動物病院に連れて行けば、おまえ、助かったかも知れないのにな」

「ボク、嬉しかったよ。高瀬が優しくしてくれて」

「……馬鹿野郎」

 他になんと言えばいいのだろう。

 楓は楽しそうに言う。

「ね、早くお願いしなよ。夢を叶えたいって。そうすれば、女王様が高瀬に素敵な明日をくれるよ」

「女王は、なんでも願いを叶えてくれるんだよな」

「うん。ボクたちの神様だから」

「わかった……」

 高瀬は目を細めると、静やかな心で女王に祈りをかけた。

 願いは、ひとつしかなかった。



 朝。

 どうやら高瀬は、猫の看病をするまま眠りについたようだ。床に膝をついて、上半身はうつ伏せでベッドの上にあった。秘密指輪は指にない。だけど昨夜の大会は、少なくとも錯覚でないとわかった。

 レースのカーテンごしに、朝のさわやかな光が部屋にそよいでいた。

「みゃあ……」

 ベッドの上で首をもたげた赤毛の猫が、小さな欠伸をかみ殺した。

「おはよう。元気そうだな」

「……みゃ?」

 ビー玉のような琥珀色の瞳が高瀬に向いた。

 どうして自分が生きているのか、猫にはわからない様子だった。前足を舐め、後ろ足で背中を掻き。

 あちこちの感触を確かめる。どこにも怪我は無かった。

「さて――」

 高瀬は立ち上がると、まずは洗面所に行って眠気覚ましに顔を洗った。冷水は肌に心地よかった。流れていた涙を洗い落とす。

 タオルで拭いた後、鏡に顔を映した。

 ニッと、たとえ強引にでも笑ってみる。

 部屋に戻った。

 願いを聞き届けてくれた女王への感謝と、可愛らしい相棒への親愛をこめ、ベッドの猫に笑いかける。

「今日から俺も、一から出直しだ。やってやるぜ、な?」

「みゃあ」

 後ろ足ではね飛んだ猫が高瀬の胸に飛び込んできた。

「みゃあみゃあ! みゃみゃみゃあ!」

 怒っているように感じられた。乱暴に爪を掻き立ててくる。

「おい、よせって」

 笑顔で高瀬は、ミャーミャーとうるさい猫を両手で抱かかえた。しっかりと、愛情をこめて抱きしめた。




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