『ある田舎道で』
紫 ゆきや
夕日が雲を赤く染め、風に吹かれた木々が、落ち葉を散らす。
私は今日も無事に仕事を終えて、いつもの道を、のんびり車で走っていた。
この道は畑と民家をよけるために曲がりくねっていて、かろうじて2車線ぶんの幅はあるが、歩道はないし、ガードレールなんかも有ったり無かったり無かったり無かったりってな具合だ。
そんな田舎道を、猛然と走ってきた赤いスポーツカーが、私の後ろにピタリと張り付くと、ライトを3回点滅させ、また猛然と抜き去っていった。まったく唖然とするしかない。トイレにでも行きたかったのだろうか?
そうして、いくつかのゆるやかなカーブを曲がったところで、道の真ん中に、白色の物が転がっているのを見つけた。何かと思い、その手前で車を止めると、どうやらそれは、ネコのようだと判った。
なんとも声すらでない。
一応、周りを見わたしてみるが、左には薄暗い雑木林、右には土ばっかりの大きな畑。後続車も対向車も歩行者もない。
そう、ちょっと避けて、そのまま行けば良いだけなのだ。それは判っている。
しばし迷ったあと、私は車を降りた。
風の音も、川の音も、私の耳には入らない。ただ、自分の車の音だけが聞こえている。冷たい風を顔に受け、首をすくめた。
私は地面に横たわるネコのところまで歩いていき、そこで初めて、こいつが白と茶と黒色のネコだと知った。赤い陽の光りに照らされて、まるで寝ているかのようなネコ。ただ頭が歪んでいて、そこから血が少しだけ流れていた。
私は腰を折って手を伸ばし、薄く開いた口元を指でなでてみる。
反応は無い。
それが悲しいのかは自分でもよく判らなかったが、しかし、このネコは、まちがいなく、可哀想だった。
せめて土の上に寝かせてやりたい。そう思ったのだ。
あるいは、このネコがそう願ったのではないか、自分はそれを感じたのではないかと、わけも判らぬことを考えながら、私は右手でネコの首筋をつかんだ。野良の毛は硬かった。ごわごわしていた。肉が薄くて皮が厚くて、そして、温かかった。人の肌などよりぜんぜん温かくて、柔らかかった。
死体は冷たくて硬いもの、と考えていた私はそれに戸惑いつつも、ぐいとネコを持ち上げた。
とても持ち難い。
生きているネコならば、首筋を持つとピンと背筋を伸ばすのだが、こいつは、ダラリと力を抜いたままだから、持ちにくいったらない。思わず左手を出しかけたところで、私の動きが完全に止まった。
―――訂正しよう。このネコは白と茶と黒と、赤色のネコだった。
それはもうベッタリと濡れていたのだ。赤い血で。
最初に血が少ししか見えなかったのは、こいつの毛皮が頭から出た血を吸い取っていたからだったわけだ。むろん、地面にも、赤々とした血が楕円形に広がっている。
はっきり言って気持ち悪い。ベットリなのだ。
むちゃくちゃ後悔した。
逃げたくなった。
しかし、やっぱり、私にはネコをそのままにしておくことだけは、できなかったのだ。
私は雑木林と道路の間の、土の上にネコを横たえた。小石は多いが、アスファルトの上よりは、だいぶ良かろう。
車が来た。
2台のワゴンと1台のセダンが、ゆっくりと通り過ぎていく。4人家族と若いカップルと年配のサラリーマンだった。みな、目を細め、顔をそむけ、口元を歪めていた。
そりゃそうだ。ネコの死体なんか見て気分の良いわけがない。普通はそうだろうと思う。思いながらも、私は小石まじりの砂を手で集めネコにかけてやった。もう鳴くこともないネコの姿が隠れるまで。
手の砂を軽く払って、自分の車に戻るため、腰を上げた。
気が付けば、手の平が擦り切れ、血が滲んでいる。
私の車はあいかわらず、極太のマフラーから爆音を撒き散らしていた。全ての音がリズミカルなエキゾーストサウンドにかき消され、他には何も聞こえない。それは流れるようなデザインのスポーツカーだった。メタリックパープルに塗られた艶やかなボディのテールには、両手を広げるよりも巨大なウィングがそそり立ち、足元を引き締める金色のホイールは、陽の光りを受けて眩しく輝いている。まさにサーキットを駆けるための戦闘機だった。
ふと疑問に思う。さっき通った家族やカップルやサラリーマンは、ネコの死体を見て、次に、私のことを見て目を細めていたような気がする。あれは、いったい、どういう意味だったのだろうか?
おわり
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