31 川原泉『バビロンまで何マイル?』☆☆☆★ 白泉社 白泉社文庫 全1巻 歴史コミック

「教授」と綽名される異端の天才的少女漫画家・川原泉の長期休業を前にした長編である。最近ではほとんど長編を書かなくなった川原だが、全盛期の作品はいまも文庫で読める。主流少女漫画とはかぎりなく異質な、しかし同時にどことなく同質でもあるその独特としか云いようのない世界観は、多くの熱狂的ファンを生み出したもので、感性があいさえすれば、あなたもきっと不器用な優しさをかかえたキャラクターたちの人生に感動することができるだろう。この作品は川原の作品群のなかでも異色作と云っていいかもしれない。妖精の力で過去にタイムスリップした現代の高校生がチェーザレとルクレツィアのボルジア家兄妹と遭遇する物語なのだが、ギャグっぽい描写のわりに歴史的事実をしっかりと押さえていて、悲劇的な歴史ドラマをほのぼのと楽しめる。そしてこれは川原泉が生み出した作品のなかでも最高のラブストーリーであるかもしれない。

32 村山由佳『おいしいコーヒーのいれかた@ キスまでの距離』☆☆☆ 集英社 ジャンプjブックス 既刊4巻 糖度200%ラブストーリー

日本で最も甘ったるい恋愛を描く小説家、村山由佳の唯一のシリーズ作品〈おいしいコーヒーの入れ方〉の第1作。今回も胸焼けがするほど甘いお話なので、そのつもりで読んでほしい。村山の作風を甘すぎると評する人がしばしばいるが、そう思うなら読まなければいいわけで、村山のこの個性はいまのご時世やはり貴重なものなのだ。コーヒーをブラックで呑むのが好きな人もいれば砂糖を5,6杯も入れる人もいる。人それぞの趣味というもの、というそれだけのことだろう。まぁ、さすがに僕もこのコーヒーを2杯連続で呑むのは辛いけど(笑)。さて、今回描かれる恋愛は勝利青年と彼の年上のいとこ、かれんのそれ。文章は勝利の一人称で綴られ、かれんがいかに綺麗でいかに繊細でいかに優しげかこれでもかというほど詳細に描写される。その視点はまさに恋する男のものと云うほかなく、なぜ女性の作者がこれほど女性美を賛美しようとするのかがちょっと気になったりする。

33 迎夏生『ワンダル・ワンダリング!』☆☆☆ メディアワークス 電撃コミックス 全4巻(外伝全1巻) 異世界ファンタジー

迎夏生の現時点での最高傑作。深沢美潮の小説『フォーチュン・クエスト』シリーズのイラストを見ればわかるように、非常にかわいいキャラクターを描きだすセンスをもっていながら、純粋な漫画作品においてはいまひとつ光る作品のなかった迎だが、この作品においては完全に壁をひとつ越えたように思う。いちおう異世界を舞台にしたファンタジーコミックなのだが、なにしろ主人公の名前がタロサク(!)なので、あまり佳麗な作品とは云いがたい。基本は異種族の子供ワンダルとタロサクの、緊張感とか緊迫感とかいう概念とはあまり縁がないほのぼの共同生活の描写にある。だが、いつもがほのぼのしているだけに、物語終盤のシリアスな展開は読者の胸をうつことだろう。ところで、男なのか女なのかよくわからない(しかも時々大人の女性に変身する)子供と血縁のない青年の共同生活というのは、清水玲子の名作『月の子』と共通した構造ですね。いま気付いた。

34 ひかわ玲子『百星聖戦記@ 〜イルディガルの風雲〜』☆☆ 富士見書房 富士見ファンタジア文庫 既刊8巻 異世界ファンタジー

筆者が個人的に熱愛しまくっているシリーズ。僕自身はこの小説が好きで好きでしかたがないのだが、たぶん普通の人が読んでもそれほど面白くないと思う。設定はありがちだし、文章力もさほどではないし、なによりも状況に説得力がない。部分部分をみるなら凡庸な小説としかみえないだろう。だが――だが、なにかがある。それはなんだろう。実は僕にもよくわからないのだが、曖昧な推測くらいならできる。そもそも、この手の日本ファンタジーの問題点は日本人が日本人の価値観で西洋的異世界を描写するところにある。たとえ膨大な資料でもってごまかしたとしても、精神が根ざす文化と感受性が異なっている以上、日本人に西洋人と同じものは書けないのだ。その事実を意識的に分析分解して小説にしたのがこの書評で前述した傑作『西の善き魔女』だが、「百星」はむしろ無意識的にその問題の解答を探ろうとしているのではないか、と思う。……勘違いかもしれないけど。

35 紫堂恭子『オリスルートの銀の小枝』☆☆☆ 角川書店 ASUKAコミックスDX 全4巻 異世界ファンタジー

日本のファンタジー・フィクションの歴史を語るときに、紫堂恭子の名前は忘れてはならないと思う。彼女こそは言葉の正しい意味での本格ファンタジーを書き続けている作家だからだ。紫堂の作風は決してリアルではない。キャラはよく顔が崩れるし、やたらにベタなギャグをかましてくれたりもする(^_^;。だが、それにもかかわらず、彼女の作品は確かに真のファンタジーとその模倣物をわかつあの境界線の向こう側にあるのだ。真のファンタジストの資質とは、前近代社会に対して膨大な知識をもっていることでも、卓絶した描写力を有していることでもない。妖精を見る眼をもっているか否かが重要なのだ。紫堂恭子にはそれがある。彼女の描く木々、人々、町々、すべてには神秘の息吹がこめられている。紫堂の作品の読者はこの世ならぬ彼岸の世界の空気を感じとることができるだろう。いかん、作品について触れている文字数がない。ま、いっか。

36 笹本裕一『ブルー・プラネット』☆☆☆ 朝日ソノラマ ソノラマ文庫 シリーズ既刊4篇6巻 宇宙SF

『ブルー・プラネット』。第2作『彗星狩り』上中下巻が星雲賞を受賞した〈星のパイロット〉シリーズの第4弾である。今回も、前3作と同じく、宇宙(と書いて「そら」と読む。わかるね?)に賭ける人々の夢と、壮大なSF的なアイディアが生き生きと描かれる。いきなり4巻からの紹介なのは、例によって筆者の手元に4巻しかないからだ。この書評シリーズでは今後ともこういうことが繰り返すと思われるが、どうか気にしないでほしい。さて、零細宇宙機械工作企業スペース・プランニングが今回まきこまれるトラブルは国家機密関連。マリオとスウの天才少年少女コンビがハッキングで入手した情報は、いまだ人類が未発見であるはずの地球型惑星についてのものだったのだ。米軍が機密あつかいにしている情報を入手してしまったふたりは、当然ながら国家にねらわれることになるのだが――。すべては魅惑の「青い惑星」のために。知的な興奮が味わえる1冊。

37 冬目景『羊のうた』☆☆☆☆(その1) スコラ スコラSC 既刊4巻 ラブストーリー

愛する者の血を吸わなければ発狂か消耗死に至るという呪われた病を核として、姉と弟の禁じられた愛を描く冬目景の現時点での最高傑作。ページ全体に異様な緊張感が漂い、読み終わった後は握り締めた手にぐっしょりと汗をかいているような、そんな作品。凡庸なサスペンス・ホラーをはるかに上回るテンションの高さで物語は進む。ストーリーは変わりばえのない日常を送る主人公の少年一砂の元に謎の美少女(実は幼い頃に別れた血のつながった姉)千砂が現われるところから始まり、連鎖する近親相姦と共依存の恐怖、そして魅惑をえがいていく。次第に惹かれあいながらも、おのれの恋情を怖れる姉と弟の葛藤は、千砂と実父の間にも近親相姦の関係があったという事実によってより深く暗く激しいものとなっている。萩尾望都『残酷な神が支配する』と並んで、個人的にいま最も終わらせ方が気になる漫画である。ハッピーエンドはありえるだろうか?

38 有栖川有栖『46番目の密室』☆☆☆ 講談社 講談社文庫 全1巻 本格ミステリ

火村英夫シリーズ長編第1作。火村と作家アリスのデヴュー作である。物語は「密室の巨匠」と呼ばれる大作家の邸宅にふたりが招かれるところから始まる。そして当然、というべきか殺人事件が起こる。巨匠そのひとが殺害されるのだ。しかも彼が殺された現場は密室状態になっていた。これまで45もの密室をつくりだしてきた偉大なる推理作家は、その死に際して「46番目の密室」を生み出したのだった。関西の大学で犯罪学を教える助教授であり、現実の犯罪現場でしばしば「フィールドワーク」を行っている火村は、友人の有栖川有栖と供にさっそく事件の真相究明に向けて乗り出すのだが、事件解決と犯人の指摘の後に彼を待っているのは、もうひとつの「46番目の密室」だった……。密室マニアによる密室マニアの密室マニアのための小説。「密室を愛し、密室を憎むすべての人」に捧げられた、密室不可能犯罪という淡い夢の結晶である。

39 文月晃『藍より青し』☆☆ 白泉社 ジェッツコミックス 既刊4巻 ラブコメディ

こういう本を読んでいると自分は本当にダメ人間だと思う。しょうもないと思う。思うのだけれど……やめられないんだよなぁ(苦笑)。ヤングアニマルで『ベルセルク』や『セスタス』の横に並んで連載されている漫画である。内容は、まぁ、押し掛け同居ものとでも云えばいいだろうか。平凡な大学生である主人公のもとにいいなづけと名乗るひとりの少女があらわれて、みたいなお話。おっぱいの大きいメガネっ子やら、方言で話す金髪の姉ちゃんやら、飛び級を重ねて16歳で大学に入ってきたわがままお嬢様やら、いろいろとでてきてくれちゃっています。で、時々どばーんとヌードをさらしてくらはったりもする(『ラブひな』に比べれば少ないけれど)。つまりはそういう漫画です。お好きなかたはどうぞ。僕はけっこう嫌いじゃなかったりするんです。ちょっとだけ漂うノスタルジックな空気がわりと心地よかったりして、はぁ、ダメ人間。

40 マイケル・ムアコック『エルリック・サーガB 〜白き狼の宿命〜』☆☆☆★ 早川書房 ハヤカワ文庫SF シリーズ全8巻 ヒロイック・ファンタジー

既刊8巻が翻訳されているダーク・ヒロイック・ファンタジーの傑作中の傑作〈エルリック・サーガ〉の第3巻。基本的にエルリックのシリーズはどこから読みはじめてもよいので、僕はこの3巻から読みはじめて4巻、5巻と読み進み、それから第1巻『メルニボネの皇子』に戻って最後に第6巻『ストームブリンガー』と番外編的な7巻および8巻を読むという邪道な読み方をお薦めする。この巻では〈光の帝国〉メルニボネの皇帝エルリックの帝都イルムイル攻めと「従妹殺し」の悲劇が描かれ、読者を沈鬱な気分にさせる。さてエルリックと云えばストームブリンガー、ストームブリンガーと云えばエルリックである。剣でありながらしばしば主を裏切るこの〈黒の剣〉は、エルリックその人の下位自我のメタファーなどという次元をはるかに越えて個性的なキャラクターだ。繊弱なエルリックと強烈な「彼(彼女?)」の、緊迫感にみちた関わり合いに注目して読むと楽しいと思う。



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