「これぞ物語の真髄なり――金庸『秘曲 笑傲江湖』」

海燕です。好評(ということにしておこう)書評シリーズ第4回がやってまいりました。だれかファンファーレを鳴らしてくれ。ついでにケーキとか差し入れしてくれると嬉しいな。えーっと、これまで漫画、小説、漫画ときているので今回は小説の紹介をしなければならないんだけど、何にしようかけっこう悩みました。ここらへんでブギーポップやっておこうかな、とも思ったんだけど手元に本がないからそれは次にまわすことにして、けっきょく4回目にして早くも切り札をだすことにしました。金庸『秘曲 笑傲江湖』。とは云ってもこの小説を語るための言葉はひと言で充分なんですが。おもしろい! というひと言で。

この雑文を読んでいくれているかたのなかに金庸の小説を読了されている人はおそらく多くないでしょう。日本ではまだかれは決してメジャーな作家とは云えません。しかし、かれの祖国中国では、というより日本を除くアジアの国々では違います。金庸は全アジアで最も有名な、そして最も人気のある作家なのです。十ニあるかれの長編はそのすべてが映画化、ドラマ化、ゲーム化されて老若男女を問わず親しまれているといるらしいし、小説の単行本は数億部(!)の売り上げを誇っているとか。ちょっと想像を絶する世界ですね。

しかし、そうは云っても、とあなたは云うかもしれません。日本人の感性では内容を理解できないんじゃないのか? 翻訳物につきものの価値観の断絶があるのでは? ちっちっち。心配はいりませんがな。金庸の作品がもつ圧倒的なパワーは民族の壁など薄紙のごとく蹴破ります。どう例えればいいものか――そうですね。あなた最も壮大な世界観だと感じたヒロイック・ファンタジー、伝奇小説、歴史小説、をひとつずつ浮かべてください。それらをすべて足してスケールを10倍にすると金庸になります。10倍じゃ足りないかもしれなけど。

とにかく物語としての次元が違いすぎる。現代日本における「小説」とは全く異質な物語が展開します。それはより古典的な、原初的な、そして普遍的な物語です。金庸の最初の長編『書剣恩仇録』が出版されてからすでに40年になるのですが、その内容はまったく古びていません。というか、現代のRPGなんかを連想させる部分も多くて驚かされたりする。ようするに在野の侠客たちがたがいに必殺技をだしながら戦う話なんだけど、この技のセンスが凄まじい。「達磨剣法」とか「美女拳法」とか「吸星大法」とか、どんな技かと気になるでしょ。さらに侠客たちは使えるものはなんでも武器にして戦うので、まち針やらそろばんやらスイカ(!)やらまで駆使して武芸を競いあうことになります。ここらへんの想像力の暴走はほとんど風太郎忍法帖のテイスト。

そしてなにより金庸はシチュエーションメイキングが圧倒的にうまいのです。主人公令狐冲の登場シーンのあまりといえばあまりなかっこよさ。師によって謹慎を命じられた令狐冲が洞窟のなかで次第に自分から心を離していく幼馴染みの少女のことを思いながらながらなすすべもなく苦悩する場面の切なさ。また令狐冲が正派と対立する「魔教」とよばれる武術集団の姫君とそれと知らずに出会い惚れられるシーンの巧妙さ。それから腹がたってしかたがない外道どもの卑劣きわまりない行為の数々。そして武道を極めても克服できない人間の弱さ愚かしさが端的に描写されるいくつかの場面。この話だけでも名場面は数え切れません。

断言しましょう。大半のテレビゲームより、漫画より、映画より、金庸の小説はおもしろい。なかでも『秘曲 笑傲江湖』は傑出したおもしろさを誇っている。一読巻をおくことあたわぬあまりにも正しいエンターテインメントです。1冊1600円もするから買いにくいだろうけど、図書館でもなんでもいいからとにかく読んでほしい。1巻を読了すればきっと2巻を読みたくなるから。勇気ある義侠の行動によって危地に追い込まれてしまった令狐冲の今後の運命が気にならないという人とは小説の趣味が違いすぎて話ができないという気がします。ほんと、いいやつなんすよ、こいつ。90年代翻訳小説の極私的ベスト主人公やね。



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