魔術師のタイトル


序章


 覚えている最初の記憶は、まだあたしに名前がなかった頃のことだ。

 いつもの野原で、いつもの空を見ていた。草の上にね転がると、目の前は青色しかなくなる。
 そうして、頭の中いっぱいに、空が広がるのだ。
 だれかが、あれはにせものの空だと言ったけど、そんなのはどうだってよかった。
 あたしは、この空しか知らない。この空が、好きなのだ。
 だからこうして、空をながめて遊んでいる。
「……ねえ」
 知らない女の子がたっていた。
 あたしより少しだけ小さい女の子。その子は、とても楽しそうに笑っていた。
 右手には、ぎん色に光る一本のナイフをにぎっていた。
「みて」
 ゆっくりと右手を上げて、自分の首の左がわにつきさして、まっすぐたてに切った。
「いーち」
 ああそうか。
 女の子は、数字遊びをしているのだ。
 きず口からが赤い血がとびちって、女の子とあたしの体はまっ赤にそまっていく。
 にっこりと笑いがら、自分の首に数字を書きこんでいった。
 とても、楽しそう。
「にーぃ」
 「2」はむつかしそうだ。曲がったところを書くたびに、ぐちゅぐちゅと音がする。
 まっ赤になってしまって、書いた文字が見えなくなってしまったけれど、きっとうまく書けたんだと思う。じゃなきゃ、せっかく書いた彼女がかわいそう。
「さーぁぁぁ……」
 三つ目の数を書こうとして、またナイフをさした。
 ところが、そこで女の子は赤い水たまりにたおれてしまった。
 そのまま、わたしはその子をしばらく見ていたけど、ぴくぴくと少しだけふるえて、それっきり動かなくなってしまった。
 わたしたちはしばらく、赤いじゅうたんに横になっていた。
 わたしは、笑っていた。
 だって、とてもきれいだったのだから。


第一章


 カヤは暗視視覚に移行したまま、通路を歩いていた。隣りにはアルマが、アンテナをバックパックから伸ばし、レーダー探査している。
 カヤは、聴覚の感度を五割くらい上げてみた。
 ところがい、くら上げてみても自分たちのモーター音の他に、空気の流れ程度しか聞こえない。
「気をつけなさいよ」
 アルマが注意してきた。レーダーに意識を向けているせいか、その声には抑揚がない。
 最初は何のことだか分からなかった。だが、空気流動の音が、足の下から聞こえてくることに気付く。
 今度は視覚の感度を上げてみて、やっと分かった。床や内壁がいたるところで崩れ落ちているのだ。
 試しに足元の穴の奥を凝視するが、いくらカヤが観察しても虚無の色以外に見えるものは何もない。
「こりゃ下の階層まで続いてるんじゃないか?」
 創世記時代の遺跡は、確実にその身に時を刻んでいた。
「終わったわ」
 アルマが、闇を撫でるように囁いた。
「至るところが穴だらけで、施設の構造自体にガタが来ている。もとは研究施設かなんかだったんでしょうけど、今じゃその機能も完全に死んでいるわね」
 冷たく、評価を下した。
「創世記の遺跡って言うなら、しょうがないか」
「それだけじゃどうしようもないけどね」
 アンテナをしまいながら、アルマが言う。
「最深部に、僅かだけど熱源反応があるわ。それが私たちの目標物になるわね」
 カヤは唸る。
「……微妙だな」
 軽く壁を叩く。すると、あっけなく崩れ落ちてしまった。
 かろうじて形だけは留めているが、まるで抜け殻のようだ。
「こんな状態で、一体どれだけのものを期待していいのやら」
「それはそうだけど……でも、選り好みしているほど余裕もないのも事実よ。こんなものでも、貴重な未発見施設なんだから、信じるしか――」
 急にアルマが言葉を切った。
 カヤもまた、それに気付く。
 空気が、僅かだが震えた。
 一定の周期で刻まれる低い周波数――それに呼応するように、崩れかけた天井から埃が舞い落ちる。
「まさか……」
 カヤの不安の声に、アルマは頷く。
「今さっき、マッピングのデータを二人に送ったところよ」
 アルマが複雑な表情を浮かべながら、それを告げてくれた。
「十中八九、ライトのやつね」
「リアをつけておいたから大丈夫だと思ったんだけどなぁ」
「あの子に期待するのも、なんか違う気もするけど……」
 二人で溜め息を吐く。
 チームを二グループに分けた場合、ライトにリアとつけた場合が、最もやらかす確率が少ないのだ。その成功率、なんと四割。
「とにかく、急ぐのが先決ね。通信で言って聞くやつじゃないし。早くしないと、私たち全員生き埋めになるわ」
 アルマが走り出す。小領域レーダーなら常駐しているので、穴の場所、また床が朽ちている場所は避けることができる。
 カヤは必死に、アルマの背中を追いかけた。

「でも、本当にいいんですかねぇ」
 リアは呑気に呟いた。
「そんなもん、早い方がいいに決まってるじゃねえか」
 さも当然のように、ライトが答える。
 彼は両の拳を駆使し、問題の熱源反応に向けて直通路をこしらえていた。といっても、殴りつけて壁を破壊しているだけだが。
 剛拳骨格の有する硬質の拳骨をぶつけるたびに、まるで木の葉を破るかのように、あっという間に人一人分の穴が出来上がる。
 そんな作業を、しばらく続けていると。
「ほら、見ろ」
 その穴から見下ろす先には、部屋と呼ぶにはあまりにも巨大過ぎる空間が広がっていた。
 リアはマッピングデータと照合する。
「確かに、この辺りにあるみたいですね」
 円形の、何もない場所だった。地面に僅かながら起伏がある。
 たかだか十八メートルの高さからの落下では、彼らの装甲はびくともしない。
 着地すると、何かが舞い上がった。砂埃だ。足場の感触といい、どうやらここは土の上らしい。
 その時、二人の視覚は真っ白になる。
 だが戸惑う間もなく、二人の中の『チューナー』が瞬時に状況を把握、視覚を『暗視』から『通常』にモードを移行する。
 照明がついたのだ。
 ノイズ交じりの音声が、どこかのスピーカーから発せられた。
『警告。あなた方は最重要管理区に無許可で立ち入っています。三秒以内に立ち去らない場合、容赦なく排除プログラムに移行します。三、二、一――排除プログラムに移行。最重要管理区にいる者の全てを排除対象に指定。排除行動を開始します』
「律儀にありがとう、って感じだな」
 ライトは拳を鳴らし、これから起こる事態に期待しているようだ。その証拠に、顔には笑みがこぼれている。
『リア、ライト!』
 その時、緊急の無線通信が届く。相手はアルマだ。
『その場所に、新たな熱源反応が……』
「あ、あれ?」
 突然途切れた通信に、リアは戸惑う。試しにこちらからも電波を飛ばしてみたが、やはり届かない。
「どうせ妨害電波でも出されてんだろ?」
「で、でも、アルマさんから送られたマップデータからはこんなトラップも、妨害電波のシステムも、ありませんでしたよ」
 アルマのレーダーはオードヌング規定の中では、最高基準の精度を誇る。例えステルス処理されていようとも、見つけることが出来るはずだ。
「なら、それ以上のものだったってだけだろ。なんてったって、創世記の施設なんだからな」
 ライトが言っている間に、部屋の中央でハッチが開く。中からは、黒光りする細身の骨格が現れた。
 一応は人型をしているが、子細はそうとは言えない。手の先には指の代わりに長く鋭利な爪だけが張り出ているし、足は逆間接になっている。
 大きさは、向き合うライトの倍はあった。その上両腕は長く、直立しているにも関わらず、その先端は地面についていた。
「わたしたちのご先祖様……ですかね?」
「溜め息が出るな」
 ライトが言う間に、敵が跳んだ。
 迅い。
 両の爪を振りかざし、ライトに躍り懸かった。爪の表面が光の膜に覆われているのが分かる。電磁フィールドだ。
 ライトが笑うのが見えた。
 瞬間、彼の背中が爆発する。
 その推進力を受けて、切り裂かれるすんでのところで、ロボットの爪を横に避けた。ライトは五メートルほど離れた場所に着地、拳を構える。
 再び、敵がライトに高速接近する。
 それと同時に、ライトの推進ブースターの全てが、最大出力で火を吹いた。一瞬で最高速度を叩き出し、その勢いのままロボットに突っ込む。
 だが、敵はその速度にも対応――頭上から振り下ろした爪の先は、確実にライトの軌道を捉えていた。
 だが、両者の接触の瞬間、ライトの右肘のブースターが吼える。
 拳の軌道が、垂直方向に修正される。
 ライトの拳が、振り下ろされる敵の腕を真ん中から貫いた。
 さらに全身のブースターが連続で爆発、軌道を整え、ライトは最大速度のまま宙を回り、敵の頭上から突っ込んだ。
 ロボットの巨体に、ライトの上半身が突き刺さる。体の上に別の足が生えているその姿は、滑稽ですらある。
 光が、黒い気体の内部から生まれるのが見えた。
 爆裂し、ライトの体が紅蓮の中に掻き消えた。
「ライトさん!」
「なんだ?」
「あ……」
 あっけなく、ライトは爆炎の中から戻ってきた。右腕がめらめらと燃えているが、左手でぱっと払って、事も無げに消してしまう。
「だ、大丈夫なんですか?」
「まあな」
 胸の所に、敵の腕を貫いた時に出来た傷があるが、かすり傷だ。装甲の耐久度には何ら問題はないだろう。
 そもそも、自分自身が爆発して攻撃するわけだから、その類の衝撃には頑丈な作りの機体なのだろう。
「まあな、じゃないわよ」
 アルマだ。ちゃんと備え付けられた扉から入ってくる。少し遅れてカヤも顔を出した。
「ライト、あんた一体何考えてるの! こんなボロボロの施設で、壁を破って突き進むなんて」
「いいじゃねえか、何にも起こらなかったんだからよ」
 悪びれる様子もなく、ライトは豪快に笑い飛ばす。アルマは相変わらず睨みつけているが、まったく気にした素振りも見せない。
 長引く気配を見せた両者の言い争いを、カヤが収拾をつける。
「とにかく、行こうぜ」
「……そうね。今は早く目標を手に入れることが先決だわ」
 アルマはある壁の前に立った。
「マップ上では、この向こう側にあるわけね」
 言うと、腰から携帯用グレネードランチャーを取り、引き金を絞る、
 銃口から榴弾が吐き出され、壁に直撃――轟音と共に、黒煙が吐き出される。
 ライトが不満そうに言う。
「崩れるんじゃなかったのか?」
「レーダー上では、この一区間の耐久度はかなりのものだわ。文句は、リンカーに言うのね」
 煙が掻き消え、そこには大きく抉られた壁があった。穴は、リアの身長の二倍はある。
 そして、その穴の向こうには整然とした通路が続いていた。

 問題の場所は巨大な部屋から、少し歩いた所にあった。
 そこに至るまでの通路は、これまでとは違い、構造ももしっかり残っていた。照明も一つ残らず点灯している。
 辺りを見回して、カヤは感想を口にした。
「同じ場所とは思えないな」
 スカスカだった先までの通路も、元々はここと同じだったのだろう。
「恐らく、重要度の違いよ。重要度が高いものは、何らかの装置で感知され、リンカーの対象外になると聞いたことがあるわ」
「そう言えば、さっきも重要管理区がどうこう言ってましたしね」
 リアがぼんやりと言う。
 その横で、ライトは壁を殴りつけた。
「――ふん」
 拳の跡に、少しへこんだだけだ。
「それじゃ、重要度が高いってことは、何があるかも期待できますね」
「そうだな。うまくすれば、オードヌングに対抗できる術が見つかるもしれない」
 やがて、まるで金庫のそれのような仰々しい扉が現れる。
「当たり前よ。そのために来たんだから」
 アルマは耳の下からケーブルを引き伸ばし、扉のコンソールに繋ぐ。
「大丈夫か?」
「ええ。多少のプロテクトはあるけど、この程度なら……開いたわ」
 ケーブルをしまい、アルマは扉に手をかける。それは陽光の当てられた永久凍土のように、ゆっくりと開き始めた。
 中央に金属の巨大な匣が置かれている。その大きさは、部屋の半分以上を占めているので、見た目の印象は息苦しい。
 だがそれでも、全員が入っても、まだスペースには余裕があった。
 早速、カヤは匣の中を見てみる。匣の上部は透明になっており、中の様子も見て取れた。
「……ロボットか?」
 匣の中には、黒い長髪をもった、女性型の機体がいた。アルマとリアの間くらいの大きさで、彼女は何かの液体の中に沈められ、眠ったようにしている。今は完全に機能を停止しているようだ。
 奇妙なのは、各ユニットの継ぎ目がないこと。
 有人格ロボットのほとんどは、腕や足など各パーツを組み立てて構成している。それにより部分的なバージョンアップを容易に出来るようにし、また故障したときなども取り替えるだけですむようになり、勝手がよいからだ。
 その構造はオードヌングの定める規約によって決められており、公式に生産された機体であるならば、例外はありえない。
 だが、それがないと言うことは、彼女が非公式に構築された機体か、オードヌング創世以前に作られた機体かであることを示している。
 この遺跡にいた以上、勿論、後者だろう。
「大丈夫、特別な解除パスはないみたい。今開けるわね」
 匣の横にあるコンソールを操作していたアルマが言う。
「これで、よしと。完全に開くまで、準備時間があるみたいだから、待ってましょう」
 ライトは入り口のところで突っ立っている。戦闘だけを生きがいとする彼だ。実のところ何が手に入るかは関係ないのかもしれない。
「あ、何かありますよ」
 リアは、ロボットの少女の眠る匣の下から、一抱えはある布の包みを持ち出した。
 布を取ると、それは鞘に入った一振りのブレードだった。
 鞘から抜くと、細身の刀身が姿を見せる。それはやんわりと曲線が掛かっていて、表面には刃紋が粟立たせている。彼らが知るブレードよりとは、イメージがある。
「これじゃ、使い物になりませんよね」
 そう言ってリアは、自分の得物と見比べる。
 腰に差したリアのメタルブレードは、重厚な両刃の剣である。強度と重量だけを考えた単純構造のその武器は、ライトの拳のような無骨さを持っていた。
「普通に斬ったら、折れますよねぇ……」
 そういいながらも、自分の肩に担ぐ。持ち帰るつもりだろう。
「なんか、俺たち盗掘してるみたいだな……」
「見たい、じゃなくて盗掘なの」
 ケーブルとコンソールの両方から情報を探り出そうとしていたアルマが、カヤに言う。
「創世記の遺跡を見つけた場合、例えそれが何であれ、一先ずオードヌングに知らせる義務があるのよ、私たちにはね」
「あ、そうなの?」
 アルマは溜め息混じりに言う。
「何よ。知らずにやってたの? まぁ、連中に反抗しようってのに、盗掘で今さら後ろめたく感じる必要はないだろうけど」
「でも、役に立ちそうなもの、少ないですよ。細いメタルブレードに、衣服が何枚かと、後はみょうちくりんなカプセルがいくつか。このロボットのサポートツールでしょうかね」
 あらかたの探索を終えたリアがそう言ったとき、匣の中で異変が起こる。
 ロボットを包んでいた液体が抜かれ始める。全てなくなると、次に匣の蓋が開いた。
 ロボットの濡れた体が、外界にさらされた。
 ケーブルを戻しながら、アルマが言う。
「さあ、カヤ。その子を担いで。長居は無用よ」
「あ、ああ」
 カヤはロボットの体を持ち上げようとする。
 と、異様に柔らかいことに気付いた。
(なんか、すぐに壊れそうだ……)
「何してるの、早く」
「わ、分かった」
 アルマに急かされ、なるべく丁寧にカヤはロボットを背中に乗せた。
 そして、その軽さにさらに驚く。
 リアの剣の方が、ずっと重いのではないか。
「まあいいや」
 思考は後回しにして、今は脱出することだけを考えることにする。カヤはしっかり支え、皆を追いかけた。
 ところが、カヤが部屋から出たところで、急に先頭にいたアルマが足を留める。
「何か……来る?」
 彼女が呟いた瞬間、カヤの背後で轟音が鳴る。
 振り返ると、そこに部屋はなくなり、巨大な穴になっていた。
 丸ごと、えぐられてしまっていた。
 その球体の穴の中央に、男が浮いていた。
 体には冗談みたいな黒いマントを身に纏い、それと対比するような白髪を頭にはやしている。
「その娘を渡してもらうよ」
 神の気まぐれを思わせる口ぶりで、命令する。ロボットたちを見下ろすその視線には、一切の感情も含まれてはいない。
 アルマは瞬時に、携帯用グレネードガンを取り男に放った。
 榴弾は男に命中するか否かの所で、爆散。膨大な量の黒煙が巻き起こる。
「逃げるわよ!」
 間髪いれずにアルマが叫び、それに呼応として全員が地を蹴った。
 だが、最後尾のカヤは、自分とすれ違う影を見た。
 黒い長身の機体――ライトだった。

 カヤたちはアルマを先頭に、来た道を黙々と遡って行った。通路を抜け、ライトが敵のロボットを屠った巨大な空間を抜け、とにかく暗闇の中を走リ続ける。
 たまりかねてカヤは叫んだ。
「おい、ライトは放っておいていいのかよ!」
 アルマに問い掛けるが、返事は来ない。
「おい、アルマ!」
「じゃあ、あのまま全員スクラップになればいいって言うの?」
 アルマも叫び返してきた。
 そして立ち止まる。出口まで、あと少しと言う所でだ。
「……まずいわ。外でオードヌングの部隊が集結しつつある――ジーンのやつ、私たちを売ったわね!」
 アルマが、語調を荒め、手を震えさせている。彼女がここまで激昂するのも珍しい。
「さっき突然出てきた男……アダムなんでしょうか?」
 リアがアルマの怒りをなだめるように、ゆっくりと尋ねる。
 大きく息を吐き、落ち着きを取り戻したアルマが答えた。
「ええ、多分ね。そう、あいつは何もない場所から突然現れた。空間転移なんて馬鹿げたことが出来るのは、あいつぐらいなものよ」
「魔人アダムか。各地でコミュニティを潰し回ってるってことしか知らないな。そんなやつが、どうしてこれを狙ってるんだ?」
 カヤは体をずらし、背中に背負ったロボットを見せながら言う。濡れた前髪が額に張り付いている――まだ起動はしていない。
「分からないけど、恐らくこの子は、とても重要な意味を持って――来た!」
 一瞬空気がピンと張り詰め、そして空間が切り裂かれる。
 遥か後方にいたはずのアダムが、皆の前に一瞬で姿を現した。
 ライトを抱えて。
 アダムはライトを床に投げ落とす。彼の右腕は、肩から先が消えていた。
「取引だ。その娘を渡せ。そうすれば今だけ、見逃してあげるよ」
 拒むことを許さぬ威圧を込めた言葉を、アダムは轟然と投げつけてきた。
「どうする……アルマ」
「どうするって言っても、こっちに選択権はないわよ。応じなければ、私たちを破壊してからその子を手に入れるだけでしょうしね」
 確かに、とカヤは納得する。単にアダムは、このロボットを無傷で手に入れたいから取引を持ちかけたに過ぎないのだろう。
 それだけ重要なものを手放すのは惜しいが、かといって無駄死にしては元も子もない。
 アルマの言う通り、答えは決まっていた。
「……分かった。その条件で――」
「降ろしてもらうぞ」
 声が、カヤの言葉を遮った。
 聞き覚えのない凛とした声は、彼のすぐ後ろから聞こえる。
 戸惑う前に、背中にあった抵抗が、すっとなくなった。
「あ、起動した」
 リアの呟きに促されるように、カヤは振り返る。
 そこには、前髪をかきあげて、毅然と立つ少女の姿があった。黒い瞳は、力という輝きを放っている。
 彼女はカヤを一瞥し、リアに向き直る。
「私のものだ。返してもらうぞ」
 そう言って、リアの手から細身のメタルブレードを取り、鞘を抜き払った。
 その繊細な刃は、彼女の体に、この上なく相応しく見える。
「目覚めたのなら、話が早いね」
 アダムは、ここにきて初めて表情を形作る。口の端を吊り上げたそれは、酷く不器用だが、確かに笑顔だった。
「僕と共に来てください」
「断る」
 超越的な者同士のやりとりは、たった二言で決着を見せる。
 アダムは僅かに戸惑いを見せる。
「なぜ? 君は僕と同じ――」
 少女が一閃を放つ。
 闇が払われる。
「そう、同じソーサラーだからだ。ソーサラーはこの体を不幸にする」
 彼女の一閃は波動となり、アダムの横をかすめ通路を大きく縦に切り裂いた。まるで、見えない巨人の剣が振り下ろされたかのように。
「次は容赦しない。去れ」
 アダムは呻き、一歩後に下がる。
「分かった。ここは一先ず引こう。だけど必ず、君は僕の許に来る。来なくてはならないんだ」
 アダムは自分の右手側に空間を穿った。
「僕たちは、人間なのだから」
 最後にそれを言い残し、そして消えた。来たときと同じく、突然に。まるで、最初から誰もいなかったように。
 少女はそれを確認して、剣を鞘に納めた。
「ニンゲン……?」
 聞きなれない言葉を復唱するカヤに、少女が向き直った。
 目に宿った力は、既にそこにはなかった。
「起き掛けに動きすぎた。すまぬが、もうしばし休ませてくれ」
 そう言って倒れこんだ彼女を、カヤはゆっくりと抱きとめる。
 その寝顔は、まるで別人のようにたおやかだった。


第二章


「つまり、あいつは創世記の頃から生き残った創世主――ニンゲンってことか」
 それは夢の言葉か、現の言葉か、彼女には分からなかった。
 ひどく頭の中がぼんやりとしている。
 目を開けようとするが、眩しくてそれもかなわない。
「どっちにせよ、この子が起きるのを待たなきゃ」
 今度はさっきよりも明確に感じた。そこに、人の気配がある。
「あ、あたし……」
「ああ、起きましたよ!」
 ひときわ元気な声が聞こえた。
 どうにか、片目だけ開くのに成功する。
 目覚めたばかりの目に、声の主らしい女の子の顔が映る。どことなく、子猫を思わせる。
 とりあえず、身を起こした。
 目の前には、三人いた。
 さっき顔を覗き込んできた女の子、目つきの鋭い女性、そして長身のなかなか美形な男の人が……
 そこに、違和感を感じた。
 その正体を探るため、意識が加速度的に目覚めていく。
「え、あ、あたし、は、はだ――」
 最後の方は言葉になっていない。
「いゃぁぁぁぁぁぁ!」
 枕元にあった瓶を投げつける。それは吸い込まれるように、男の顔面に炸裂した。

「で、私はアルマ。この子がリアで、さっきあなたが攻撃を仕掛けたのが、カヤ。あなたを目覚めさせたのは、私たちよ」
 アルマの説明を、少女は苦笑しながら聞いていた。今はちゃんと服を着て、とりあえず落ち着いている。リアが、彼女の眠っていた施設から持ってきたものだ。
 瓶を投げつけられた男――カヤは、外に出て行ってしまった。怒らせてしまっただろうかと、彼女は少し申し訳なくなる。
 少女は、改めて皆を見回した。もう、完全に頭は覚醒している。
「あなたたち、ロボットだったのね」
 それに気付いたら、別に裸を見られたことなんてどうでも良くなってきたのだ。彼らも、服なんて着ていない。
 最初は、妙なスーツを来ているだけかと思った。だが、よく見ればそれは彼らの「体」であり、そしてロボットなのだ。
 首や腕、各関節部などには継ぎ目があるし、表面も光りを反射している。さらによく観察すれば、目の輝きも人間のそれとは違い、まるでガラス球のようである。
 とはいっても、首から上だけを見れば、ほとんど人間に変わりない。
「あなたの名前は?」
 リアが小柄な体を、少女の横たわるベッドに乗せながら、尋ねてくる。白を基調とした彼女の姿は、今から舞踏会にデビューするおしゃまな女の子に見えなくもない。
「あたしは、ミコトです」
「ミコトさんですね、いい名前」
「……ありがとう、リア」
 あまりに人のそれに似ているため、目の前にいるのがロボットだと、忘れそうになる。思わず、笑顔で礼を返してしまった。
「それじゃミコト。詳しくは後で聞くと思うけど……一つだけ、いいかしら?」
 アルマが事務的に尋ねてくる。その口調は、ロボットと言うよりも、科学者や医者の類のものだ。
「う、うん……」
 ミコトは歯切れ悪く答える。
「私たちはオードヌングというシステムと戦っている。そのために、あなたの力を貸してもらえないかしら」
「力……」
「あなたがあの遺跡で見せた力。あれがオードヌングに対する、私たちの切り札になるかもしれない。だから――」
「いやです」
 ミコトは明言した。
「そんな、あなたたちの事情なんか知りません。そもそも、あたしを目覚めさせたのもあなたたちの勝手じゃないのよ」
 知らないうちに、言葉が辛辣になっていた。
「……確かに、そうね。あなたの意志を、考えてなかったわ」
 アルマが呟く。
 空気が一気に重くなったのを感じる。だが、ミコトはそこだけは譲るわけにはいかなかった。
 アルマが続けた。
「でも、実際問題として、これからどうするつもりかしら? 確かに、私たちはあなたを目覚めさせた。それがあなたの意思に反したことだとしても、不幸な事故だとしかいいようがないわ。あなたは、目覚めさせられることを前提に、あの匣の中に入ったのでしょう?」
 ミコトは拳に力を込める。
「そして今、その匣はなくなってしまった。あなたは、今の時代を生きるしかない。あなたにとっては、わたしの言葉が無責任に聞こえるかもしれないけれど、事実は変わりないわ」
「……そうね」
 ミコトは静かに肯定する。
「だから、必然的にあなたに与えられた選択権は二つになる。私たちに協力するか、ここから出て行くか」
 理論整然としたアルマの言い分は、腹が立つほど正論だった。
 ミコトはぐっと彼女を睨みつけるが、アルマは変わらず、見つめ返すだけ。
「この時代の勝手を知らないあなたが、一人で生きていくのは大変だと思うけどね」
「――卑怯よ」
 その言葉が、精一杯の反撃だった。
「確かに。それは、認めましょう。でも、感情とは別に事実は変わらず存在する。私の言うことは卑怯かもしれないけれど、嘘は吐いていないつもり」
「アルマさん……」
 思わず、リアがもらした。彼女は二人のやり取りを前に、おろおろしている。
「少し、考えさせて」
 そう言ってミコトはベッドから立ち上がった。
 アルマは承諾する。
「いいわ。私も、しばらくスリープする。ちょっと、最近過負荷を掛けすぎたからね。とにかく、話の続きはその後で」
 ミコトはドアを開け、部屋を出て行った。
 廊下は湿っぽくて、狭くて、少し暗い。
「み、ミコトさん――」
 リアが付いてきた。
「あの、ごめんなさい。アルマさん、あなたのことを嫌ってるってわけじゃないんです。ただ……」
「いいのよ。分かってる。確かに、目覚めさせられたことを言っても何も始まらないし――アルマが言ってることは全部あってる」
 ミコトは、優しくリアの頭を撫でた。
「リアが謝ることじゃないから」
 頭を上げる。
 不安げなリアに、ミコトは笑顔を見せた。
 彼女の顔に、次第に輝きが戻り始めた。
「ところで、外に出たいんだけど、どこからだろう?」
「外ですか? じゃあ、ついてきてください」
 すっかり元気を取り戻したリアが、前を歩き始めた。
 いくつかドアの横を通り過ぎた。いずれも、鉄で出来ていて、しかも錆びかけている。ドアに限らず、天井や床も錆びてたり、染みが出来てたりしている。まるで、年老いた巨大トカゲの中を歩いているようだ、とミコトは思う。
「ここを登るんです」
 そう言ってリアが示したのは、はしごだった。鉄製のそれは、さすがに錆びているということはなかった。
「ここって、地下なの?」
「地下というか……まぁ、そうですね」
 釈然としない言葉を返しながら、リアははしごを上り始めた。
「エレベーターとかじゃないのね」
 彼女の後に続きながら、ミコトは尋ねる。
「はい。なるべく燃料消費を抑えたいから、あえて取り付けてないらしいです。取り付けるのも大変そうですしね」
 そうこういっている間に、視界が開けた。
 上を見る。
 そこには、延々と広がる空が――なかった。
 高さはかなりあるが、紛れもなく、頭上にあるのは天井だ。
 リアに手を引かれて、はしごを登りきる。
「ここって、もしかして室内なの?」
「室内――まぁ、そうとも言えますね。大きな建物なんです。『エデン』って言いまして……ミコトさんの時代にはなかったんですか?」
 ミコトは頷く。いや、あったかもしれないが、少なくともミコトは知らない。
「なんでも、巨大積層都市を自動生成するシステムらしいです、『エデン』って。建物が自分で材料を調達して、自分で組み立てるんですよ」
「へえ」
 何となく、ロボットが自分の頭を自分で組み立てる映像が浮かんだ。だが、これはロボットでなく建物である。
「どれくらいの大きさなの?」
 リアは首をかしげた。
「うーん、どれくらいだろう? この第八階層は天井まで二〇〇メートルあるんですよ。で、確か今は二〇階層くらいまであって、階層ごとに隔壁もあるから……三千メートルくらいでしょうか」
 ほとんど山じゃないか。辺りを見回すが、室内と言う言葉が不適当だと痛感する。辺りは暗いが、少なくとも壁と判別できる部分が見えない。
 地平線の辺りに、街だろうか、光の塊が見えるが、ひどく遠く感じた。
「そんな材料、どこから持ってくるんだろう?」
「ああ、それは、あれです」
 リアが指差す先には、崩れかけた四階建てのビルがあった。
 が、よく見ると黒くて小さいものが、いくつも見える。
 大きさは人の頭くらいだろうか。球体で、作業用マニピュレーターを体の上部から出して、瓦礫を運んでいるようだ。
「あれがリンカー。ああやって、使われなくなった金属類を解体して、新たな材料にするんです」
「へえ、リサイクルしてるんだ」
「ええ、わたしたちも解体されないように気をつけてるんですよ」
 ミコトは、絶句する。
 ロボットも、金属で出来ているのだ。
 ならば、この『エデン』という巨大建築物の幾分かには、リアと同じロボットが含まれているのだ。
 そう考えると、恐ろしくなってきた。
「リンカーは、襲い掛かってきたりしないの?」
「ああ、そのことなら心配ありません。あの子たちも、常に解体しやすいものから持っていってるんです。だから、その辺で寝たりしなければ、大丈夫です」
 確かに、わざわざ動き回っているロボットを狙うよりも、他にいくらでも材料になりそうなものはある。
 ミコトは辺りを見回した。
 地下の部屋を、さらに五十年放置したくらいの建物が並んでいる。年老いた巨大トカゲは、骨だけしか残っていない。
 それも、リンカーのせいだろうか。
「ここ、街だったんだね」
「ええ。でも、壊滅したらしいです。わたしたちが移り住んだのは五年前ですけど、そのときからこんな感じでした。アルマさんの話によると、そんなゴーストタウン、結構あるみたいです」
「なんでそんなところに住んでるの?」
 遠くの街明かりを見ながら、ミコトは尋ねた。
「まぁ、やってることがやってることですしね」
 リアが苦笑する。
「アルマさんが言いましたよね。オードヌングと戦ってるって。オードヌングはシステム、『エデン』の中においてロボットたちの秩序を保つのを存在理由としています」
「つまり、あなたたちはテロリストなのね」
 リアはからからと笑った。
「確かに、そうかもしれませんね。でも、嫌じゃないですか? 誰かに何かを押し付けられるって。オードヌングはわたしたちに、秩序と言う基準を強要している……ってこれはアルマさんの受け売りなんですが」
「誰かに何かを押し付ける――それはあなたたちじゃないの?」
 言おうとして、ミコトはやめた。
 彼らは望んではいるが、何も強要していない。あるのは、自分に不利な状況だけ。
 全て、被害妄想だ。
「具体的に、どんなことをやってるの?」
「そうですねぇ。実はまだ、大したことはやってないんですよ。なにせ、わたしたちはたった四人ですし、大規模な活動が出来ないんです。せいぜいが、今回みたいに、未発見の遺跡から彼らが手に入れる前に盗掘するってくらいですね」
 四人……まだメンバーがいるのだろうか。
「なにせ、オードヌングは組織であると同時に理念ですから。既に世界中に浸透しているそれを払うには、並みのことじゃできません」
 そう言って、ぐっと拳を握り締めた。
 そんな彼女を見て、ふと疑問に思ったことがあった。
「リアは、何でオードヌングと戦ってるの? やっぱり、その強要が気に入らないから?」
「わたしは……もともと、オードヌングの一部だったんです。でも、ある時自分たちのやることに疑問をもってしまいまして、気がついたら反乱分子ですよ」
 リアが笑いながら自分の生い立ちを語った。確かに、彼女に秩序という言葉は縁が無さそうだ。
「しばらく、一人にして。ちょっと、考えたいんだ」
「はい。じゃあ、わたしは中にいますね」
 リアははしごを降りていった。
 体制に反攻する者たち。
 その中にミコトが、否、ミコトの力が加わる。
「ママ……」
 なんで目覚めてしまったのだろうか。
 意味がないこととと分かりつつも、そのことばかりが頭の中を空回りする。
「あの……」
 突然、背後から声をかけられる。
 振り返ると、そこには見たことのある顔があった。
「あんた……確かカヤ、だっけ?」
 起き掛けに、思わず瓶を投げつけてしまった相手である。今は、引きつった笑いを浮かべている。
 最初は少し苛立ちを感じたが、幸が薄そうなその顔を見てしまうと、なんだか不憫に思えてきた。
「さっきは……ごめんね」
 自然とその言葉が出てきた。
 カヤの表情から、力が抜ける。ミコトに許されて、ほっとしているようだ。
「ああ、いいんだ。君らと、俺たちと考え方が違うのは、しょうがないしな」
 そうだ、この人たちは、ロボットなのだ。
「あたし、ミコト」
 名乗った。何となく、自分だけが相手の名前を知っているのは、悪い気がした。
「ミコトか。よろしくね」
 あえてその言葉には返答しない。言葉裏に、どんな意味が隠れているか分からないからだ。
「ところで、これからどうするんだ?」
 カヤが尋ねてきた。
 ミコトは答えず、ぐっとカヤを睨みつける。
「っていうか、どうするもこうするもないよな。二〇〇年前からいきなり目覚めさせられたんだから」
「……何が言いたいの?」
 回りくどい言い方は嫌いだ。ならまだ、アルマのように正直に言って欲しい。
 だが、カヤの口から出た言葉に、ミコトの予想とは異なったものだった。
「つまり、何をするか決まるまで、ここを好きに使っていいよ。ま、何もないけどね」
「……え?」
 ミコトは戸惑う。
「それは。あんたたちの活動に加われってこと……よね?」
「いや、別にそこまで言わないよ。ただ、目覚めさせただけですぐに追い出すのは、無責任だと思ってね」

 言われた部屋に、ミコトは入った。
 そこはベッドと机しかない簡素な部屋だったが、本来なら放り出されていてもおかしくないミコトの状況を考えれば、十分すぎる。
 ベッドに横になる。やっぱり硬いが、文句は言えない。
 土色の天井を見ながら、カヤの言葉を思い返した。
 ある意味で、一番こたえた。
 アルマに事実を突きつけられたところはいい。それが、当然である。
 彼らはミコトの力を欲していて、ミコトは、この時代の他に居場所がない。ならば、力を提供して、ここにいるしかないのだ。どっちも嫌だというのは、わがままでしかないと分かっていた。
 だがカヤは、そのわがままを受け入れてくれた。
 ミコトにとっては思いもよらない好待遇のはずだが、今ひとつ釈然としない気持ちが残っている。
 本当に、それでいいのだろうか。
 このまま彼の言葉に甘んじ、彼らの厄介になり続けて、よいのだろうか。
 迷っているのは、なぜだろうか。
 それに思い当たったとき、ミコトは部屋から出ていた。
 ドアを開けたところに、椅子に座って刀をいじっているリアがいた。
「カヤ、どこにいる?」
「カヤさんですか? 自分の部屋じゃないでしょうか。そこの通路の、突き当たりにありますよ」
 少し戸惑いながら、それを教えてくれる。
「ありがとう。ああ、そうだ」
 リアの持っている刀を取り上げる。
「これ、返してね」
「あ、はい……」
 刃を鞘に納め、リアがそれを渡してくれる。
 それを腰に佩き、尋ねてみる。
「どう?」
「ええ、似合ってますよ」
 笑顔で肯定されると、少し複雑な気持ちになる。
 とりあえずリアと別れて、言われた通りの道順で進む。
 その先には、やっぱり錆びた扉があった。
 大きく、呼吸をする。
 湿っぽい空気が、肺一杯に吸い込まれる。
「――よし」
 勢いよく扉を開ける。
 中ではカヤが唖然としてその様子を見ていた。
「あたし、決めた!」
 ミコトは高らかに宣言する。
「あなたたちに協力するわ」
「協力……」
「思ったのよ。黙って甘えに頼ってるようじゃいけないって。だから、あたしはあたしなりに、あなたたちに礼を尽くすことにする」
 ミコトの決意を目の当たりにし、カヤは大きく微笑んだ。
「ありがとう」
 ミコトの中に、もう迷いはなくなっていた。


 ジルは、常々思うことがある。
 なぜ自分たちに自我があるのか。
 任務をこなすだけの存在の自分たちに、それは明らかに無駄である。
 例えば自分に自我がなければ、こうして無駄なことを考えることもなくなる。そうすれば、幾分か、消費エネルギーを抑えることも出来るはずだ。
 思考を遊ばせているうちに、目標地点に到着する。
 これが普段ならば、現地調査員の意識にリンクするだけで済むのだが、場所が場所だ。電波が盗まれる可能性が、ないとはいえない。
 到着先には、多くのロボットたちがほら穴の前に散らばって、何かの作業をしていた。その中で指示していた部隊長ランクの機体がジルに気付き、恭しく話し掛けてくる。
「ああ、ジル殿。さすが、お早い到着ですな。撃墜王のうわ――」
 早速のこれだ。しかも音声による交信。三秒も時間を消費して、情報量は皆無だ。
『要件を』
 情報機密レベルがC以下の話ならば、ジルは全ての交信を無線で行う。無論、合理性以外の意味はない。
「あ、は、はい。ええ、今回発見された施設ですが、既に盗掘された形跡があるのです。ジル殿に頼みたいのは、その盗掘者の排除と、盗品の奪還」
『被害は?』
「分かりません。ただ、施設の大部分はほとんど使用不能状態でしたが、最深部の荒れ方は明らかに人為的なものでした。あれは、証拠隠滅工作とも考えられます。それと、集結した我が分隊が十二個、総数七十二体が一瞬で殲滅させられました」
 改めて見回すと、散らばっている部隊のロボットは、その残骸を集めていることが分かった。ほとんどのロボットが、木っ端微塵に吹き飛んでいる。
 多量のロボットを、一瞬で殲滅できる兵器――オードヌング兵器基準違反の可能性もある。
『罪状は共有資源侵食と、一級公務執行妨害だな』
 双方とも、抹消処分に相当する。
「はい。それと……」
 部隊長は、鉄の塊を取り出した。
 表面に黒い塗装がなされている。ぼろぼろとはいっても、塗装自体はしっかりしていて、特に古いということはなかった。
 いびつに歪みきってはいるが、それは一本の腕だ。
「最深部で見つけたパーツです。何かの参考になりましょうか?」
 ジルはそれを手にとって観察する。
 重い。従来品に比べ、三倍は重量がある。
『鑑識部にまわしておけ』
 それだけを手短に告げ、ジルは踵を返す。
 盗掘、未曾有の兵器、腕――
 解決は早いかもしれない。


 ライトは監視台の上で第八階層を見下ろしていた。否、その目には何も映ってはいない。
 何千回目か、あのときを光景を繰り返すのは。
 アルマのグレネードが、アダムに直撃したコンマ二秒後からの全て。
 黒煙を切り裂くように飛び出したライト。地を蹴り、アダムに躍り懸かる。
 プログラム『スパイラル』発動――
 全身の推進爆薬が連続爆発、ライトの体は中空にてコマのように高速回転する。
 チューナーによるバランス統制機構が働き、発生した推力、遠心力の全てがライトの右拳に集約、目標めがけ、必殺の一撃を叩きつけた――はずが、
 煙の切れ目から見えたアダムの顔が不敵に歪んだ――と思った瞬間、ライトの拳のベクトルは逆方向に向かっていた。
 弾かれながらも、プログラムを『トーネード』に移行――
 体勢を立て直しながら、再び爆発推進を起こす。推力を得たライトは、アダムを中心に曲線軌道を描く。
 だが、場が狭い。チューナーがエラーの悲鳴を上げるが、ライトの人格中枢がそれを押さえつける。
 アダムの背後に回り込んだ所で、『トーネード』を強制終了、天井に足をつっかえ、強引に慣性を押さえ込む。
 プログラム『ブラスト』発動――
 前方推進のブースターを最大爆発させ、アダムの背中に向かって、最後の一撃を叩き込まんとする。
 だが、音速突破の一撃が炸裂する直前に、アダムの右手が、マントが翻る。
 あとは、分からない。
 チューナーが爆発的な量のエラーを叫んだのが先か、ライトの右腕がねじ折れたのが先か、バランスを大きく崩し地面に激突したのが先か。
 気が付いたら、アジトの診療台の上にいた。
 アルマの話によると、損傷はかなりなものだったらしい。なくなった右腕は言うに及ばず、ブースター、チューナー共に半壊状態。ブレーキに使った右足も軸にヒビが入っていて、過度の熱量発生により電子系統もほとんど焼き切れ、動力器も爆発寸前。ほとんど、スクラップ寸前にまで追い込まれていた。
 だが、それだけの代償を払っても、アダムには指一本触れることが出来なかったのだ。
「くそっ」
 スペアの右拳を、床に叩きつける。
 幾度シミュレートしても、何をされたかすら分からない。
 今まで幾千のロボットたちと拳を交えてきたが、アダムのそれは、今まで経験したことのないものだった。
「あの……ライト?」
 跳ね起き、咄嗟に拳を構える。
 そこには、知らない女がいた。
 不覚だ。シミュレートに没頭するあまり、油断しすぎた。誰かが登ってくるのにも気付かないとは。
「なんだテメエは?」
「あ、うん。はじめまして。あたしは、ミコト。今度からあなたたちの仲間になったから、ライトにも挨拶しておかなきゃと思って。まぁ、よろしくね」
 知らないやつを見た時に、外観から戦闘能力を推察するのは、ライトの癖になっている。
 ――なんだこいつ?
 体格的にみて、貧弱すぎる。身長は158センチ、推定体重はどう見ても五十キロ以下。腕も細く、ハンドガン一発放っただけで折れてしまいそうだ。
 腰にあるブレードらしきものも、彼女の腕に同じく、従来のものに比べて細すぎる。
「ふん」
「は?」
 彼女はライトに詰め寄って来た。
「何、今あんた、鼻で笑ったで――あいたっ!」
 試しに頭部を軽く小突いてみる。反動から察するに、耐久度もろくなものじゃない。ライトなら、小指だけで粉砕できる。
 それに、あの速さの攻撃も見切れないようでは、敏捷性も高が知れている。
 頭を押さえてうずくまる少女を、ライトは冷たく一瞥し、再び視線を外に移した。
「ちょっと、痛いじゃないのよ! いきなり笑ったり、頭殴ったり、信じらんない!」
 戦闘能力は皆無に等しいが、声だけは一丁前にうるさい。
「失せろ。邪魔だ」
「なによ、あたしの話聞いてるの? こっち向きなさいってば」
 ライトがいい加減うんざりし始めたとき、アルマの話が脳裏をよぎった。
「創世記の施設にいたやつってのは、お前のことか?」
 ミコトの目に視線をあわせる。少女は、少したじろぎながら言い返す。
「――そうよ。それが、どうしたの」
 ライトはのっしりと立ち上がり、ミコトを見下ろした。
「な、何よ、やる気?」
「ああ」
 アダムは、未知の戦闘力を持っていた。何をされたかも、どんな攻撃かも分からない。
 そのアダムが狙っていたのだ。もしかしたら、同種の戦闘力を有しているのかもしれない。
「降りろ。見極めてやる」

 なんだか、また妙なことになったとミコトは思った。
 ライトに挨拶に行った。
 失礼なことをされて、怒った。
 喧嘩を売られた。
 なんで怒った自分が、喧嘩を売られなければいけないのだろうか。その辺りが、どうも納得いかない。
「ちょっと、なんであたしたちが喧嘩しなきゃいけないのよ」
 いつの間にか、街路跡でライトと対峙していた。何となく、このままではまずいことになりそうだ。
「仲間になるんだろ? だから、俺は試すんだ。お前の力を」
 なるほど。試験と言うわけか。
 ぎゅっと、刀の柄を握り締める。
 それが本来の手続きならば、それに従うようにしたかった。
 自分は、確かにカヤに仲間になることを宣言した。それが自分で決意したことだと、信じたかった。
 自分を試すため、ミコトは言う。
「分かった。受けて立つ」
 と、承諾した瞬間、ライトの背中が爆発、黒い爆煙を背景に、まるで砲弾の如く突撃してくる。
「ちょ――」
 よけた、と言うよりよろけて、その場に尻餅をつく。
 それでも、何とかかわすことができた。そうでなければ、恐らく全身の骨がバラバラになるところだったのだが。
「いきなりだなんて、ずるいって」
 そう呟いて、立ち上がろうとしたが、膝が震えて、思うように動かない。
「おい、どうした。さっさと立ち上がれよ」
 ライトの罵声を浴びるが、それでも足の震えは治まってくれない。
 何だか情けなくて泣けてきた。
「何やってるんですか!」
 爆音を聞いてきたのか、リアがやってきた。
「あ、やあ、リア」
 とりあえず、挨拶を返してみた。こんな状況にあるのに、変な所でとぼけているのは、何なのだろう。
「ライトさん、ミコトさん相手に、何をしようって言うんですか?」
「どけよリア。これは、そいつも望んだことだ」
「え?」
 驚いて、リアがミコトに向き直った。大きな目が、さらに見開かれる。
「何でですか? ライトさんと戦ったら、壊されちゃうんですよ」
「大丈夫だよ」
 どうにか立ち上がって、ミコトは言った。
「あたし自身が何とかしなきゃいけないんだ」
 自分に言い聞かせて、刀を抜く。
 ――重い。
 刃の重さだけで、よろけそうになる。
 再び、ライトの背が爆発した。
「くっ」
 刃を振り下ろしライトを迎撃するが、握りが甘い。刀はミコトの手から離れ、彼女自身も吹き飛ばされる。
 うずくまるミコトの目に、反転し、こちらに向かってくるライトの拳が映った。
 ――あたしじゃ、ダメなのかな?
 その瞬間、ミコトはミコトでなくなる。

 リアは、それはミコトだと思っていた。
 だがミコトはそこに立っていたし、ライトの姿は見えなくなっている。
「え?」
 リアは、先の接触の瞬間を記録から起こし、再生してみる。
 倒れて、起き上がりかけたミコトに、ライトは突撃せんとしていた。
 そして、両者が交差した瞬間……ライトがなぜか体勢を崩し……吹き飛んだ。
 意識を、今に戻す。
 立ち込める砂煙の中から身を起こしたのは、ミコトではなく、確かにライトの方だった。
 今一度、今度は交差した瞬間だけを確認する。
 その時、ミコトは左手でライトの拳を、軽く撫でただけのように見えた。
 それだけで、ライトは飛んだ。そのまま、崩れかけた建物に突っ込み、砂埃の中に姿を消してしまった。
 と、それまでで最大の爆音が、リアの思考を遮蔽する。
「いけない!」
 ライトが中空を無差別に飛び交う。爆発による強引な方向転換を繰り返し、敵の撹乱と己が速度上昇を図るそれは、プログラム『トーネード』だ。
「ミコトさ――」
 思わず息を呑んだ。
 弾かれたブレードを拾い上げる彼女の目は、施設脱出時にアダムを前に見せたそれと、全く同じだったからだ。
 腰から鞘を抜き、ブレードをそれに納める。そのまま、右手をブレードの柄にかけたまま、ミコトは待った。
 全ては、一瞬で片がつく。
 真上から襲い来るライトの拳を、ミコトは、抜き放ったブレード、その柄の頭でいなした。それはちょっとした方向修正だったのかもしれないが、高速で突撃してくるライトにすれば、その些細なずれも、大きな誤差となったのだ。
 勢いをそのままにライトはミコトの傍らに墜落する。
「くそっ」
 ライトはすぐさま起き上がろうとする。だが、ミコトに刃の切っ先を鼻面に当てられ、なす術を無くした。
「勝負あり、ですね」
 無事に戦いが終わったことに安堵しながら、リアは二人の所に駆け寄っていく。
 ところが、
「お前、誰だ?」
 ライトが、自分を見下ろす少女を睨め付け、妙なことを口走った。
「誰だって、ミコトさんに決まってるじゃないですか」
「違う。こいつは、さっきのやつじゃねえ。外見はそっくりだが、中身はまるで別人だ」
 言われて、リアはミコトの顔を凝視する。やはり雰囲気が違うだけで、ミコトであることは変わらない気がした。
 だが、ライトは追求を止めない。
「おい、いつの間に変わりやがった?」
 激しい語調にも、ミコトは柳のように受け流す。刃を鞘に納めるその一挙一動が、まるで凍りのように鋭く、ロボット以上に無駄がない。
 唐突に口を開いた。
「確かに、私はお前たちの知るミコトとは別だ」
「え?」
 リアは改めて目を凝らす。光学的に分析する限り、目の前の彼女は、あのミコトと同一である。
「はっ。認めやがったな。じゃあ勝負は仕切りなおしだ。最初の方を出せ、決着をつけてやる」
「往生際が悪いわね。あんたがミコトに負けたことには、変わりないのよ」
 あらぬ方から声が聞こえた。見ると、横の建物の陰から、いつからいたのかアルマが立っていた。
「アルマさん、見てたんですか?」
「ええ、何だか面白そうなことやってたからね」
 その後ろから、カヤも姿を現す。
「カヤさんまで! どうして止めなかったんですか!」
「いや、俺は止めようとしたんだが、アルマが……」
 リアが非難の視線をアルマに向けるが、彼女は一言。
「リアだって、ミコトの力は知っていたでしょう? だから、私は止める必要はないと思っただけ」
「んなことどうでもいい。俺の負けだって、どういうことだ!」
 ライトが食って掛かるが、アルマは無視。ミコトに話し掛ける。
「一応、はじめまして、かな」
 ミコトの方は、何の反応も示さない。
「あなたを冷凍睡眠から目覚めさせる時に、一緒にパーソナルデータも見つけたの。悪いけど、見させてもらったわ」
「私は、別に構わないが……」
 ミコトは言葉尻を濁す。
「おいアルマ! 俺の話を――」
 そこまで言ったところで、ライトは卒倒する。
 アルマの手にはスタンガンが握られていた。そんなものは、ロボットにとってオモチャ同然だが、多少なりと負荷を与えることはできる。
「あんたのチューナーはまだうまく作動してないってのに、無茶するんだから」
「あの、アルマさん……」
「大丈夫よ。もともとこいつの頭、過負荷掛け過ぎて限界ギリギリだったの。だから、ちょっと追加して眠らせただけ」
 ライトに一瞥をくれると、アルマはミコトの方に向き直る。
「さて、うるさいのも黙ったことだし、こっちも始めましょうか、ミコト?」
 その言葉に、しかしミコトは
「すまぬ。語るのは、私ではないのでな」
 そう言い残すと、ふっと倒れてしまう。
 慌てて、リアが彼女を支える。
「私でないって、じゃあ誰なんでしょう?」
 尋ねるリアに、アルマは溜め息で返した。


 ミコトはベッドから起き上がった。
 記憶を巡らすまでもない。
 ライトと戦い、勝利し、アルマとカヤが現れ、説明する間際になって倒れた。細部まで、しっかりと覚えている。
 それほど鮮明な『夢』を見た。
(語るのはあたしの仕事、か)
 心の中で愚痴る。口外しないそれが、純粋な意味で唯一の独り言となる。
(余計なことばっかり、押し付けて)
 もう一人のあたしの見ること、聞くことは、『夢』として見えてしまう。それだけに、些細なことや、印象に薄いことは忘れてしまうのだが。
 気が重い。
 しかし、アルマは知っている。
 皆にも、見せ過ぎてしまった。
 ならば語るしかないのだ。
「ふう」
 一つ息を吐いて、ベッドから起き上がる。傍らに立ててあった刀も、ちゃんと身につける。
「だから、嫌いなのよ」
 彼女自身にしか聞こえない言葉を口にして、ミコトは部屋を出た。

 ミコトが部屋を出ると、そこにはリアが、花瓶に入れた花を運んでいた。
「あ、ミコトさん。お目覚めですか」
「うん。みんな、いる?」
「はい、皆さん、広間に。これを持っていくところですから、一緒に行きましょう」
 そういって、歩き出した。
 アジトの中はそれほど広いと言うわけでもないが、ミコトはまだ、どこがどうなっているか把握しきれていない。
「ところで、それ、どうしたの?」
「はい? それって、これですか?」
 リアは振り返って、花瓶を傾ける。
「こんな世界にも、花なんて咲くんだね」
 万年夜みたいな空間で、しかも室内だから雨も降りそうにない。にもかかわらず、リアの手にある花は、ミコトが二百年以上前に見たものと、変わっていない。
「ええ。ちょっと離れたところに咲いているんです。きれいですよね」
 花瓶の上にぴょこんと飛び出たわたぼこが一つ。
 きっとこの子に、白詰草で冠を乗っけてみたら、抱きしめたくなるんだろうなぁ、とミコトは思う。
 そんなことを妄想していると、あっという間に広間に着いてしまう。
 このアジトは、小さいのだ。
 割と小奇麗な部屋の中で、テーブルを囲むように、アルマとカヤとライトはソファに座っている。入り口から正面がアルマ、左がカヤで、右がライトだ。
 ライトはソファにもたれ掛かり天井を仰ぎながら、眠るようにしていた。
「ミコト――」
 中に入ると、最初にアルマが語りかけてきた。
「あなたがスイッチしている間に……」
「分かってる。ちゃんと、説明するから」
 リアが、花瓶を丸いテーブルの中央に置き、アルマの正面のソファに座る。一瞬ミコトはどこに座るか迷ったが、リアが座る位置をずらしているのに気付く。
 ミコトもリアの横に座り、とりあえずアルマに尋ねた。
「あなたは、どこまで知っているの?」
「エンチャントシステムと、それに付随する戦闘人格ウィッチ。まあ、ソーサラー関連ならば大体。でも、それだけ。あなたが何者か、以前はどうしていたかも知らない」
「何のことか、さっぱり分からないや」
 カヤがぼんやりと呟いた。どうやらアルマは、得た情報をまだ伝えてないらしい。
「分かった。じゃあ、まずあたしのこと、紹介するね」
 視線の行き場に困り、とりあえず中央の白詰草に向ける。
「あたしは昔、つまり冷凍睡眠する前ね。ソーサラーと呼ばれ、エンチャント兵器として扱われていたんだ」
 ライトの頭が、少し動いた。
「エンチャントというのは、人間の精神力を具現化し、エネルギーに変換する技術のこと」
「せーしんりょく、ですか?」
 リアが横で首を傾げる。確かに、ロボットには分かりづらい概念かもしれない。
「人間には、未知のエネルギーが内在していると昔から信じられていたのよ。ほぼ、無尽蔵のね」
「へえ、そりゃすごいな」
 カヤが感心する。
「で、人類はそれを引き出すことに成功した。新しいエネルギー理論の誕生だと騒がれたけど、一つだけ欠点があった。エネルギー自体は無尽蔵だけど、それを引き出す時に、その精神に過剰な負担をかけ、下手をすれば人格に異常をきたしてしまうの。
 そこで生み出されたのが、戦闘人格ウィッチ。つまり、もう一人のあたしの方。一人の体の中にもう一人の人格を作り、そっちに負担を肩代わりしてもらう。
 だから、あたしはエンチャントを使えない。そういう風にされているのよ」
 しばしの沈黙。
 カヤが尋ねる。
「そのブレードは? 一見、普通のブレードみたいだけど」
「これは、クラフト。エンチャントを具現化するさい、エネルギーに方向性を与える道具。精神力なんて、これがなければ、何の役にも立たない、ただのフシギエネルギーだしね。この刀は『斬る』という特性を持たせることができる。ま、あたしは使えないんだけどさ」
 そう言って、ミコトは笑う。
 どこか、むなしい笑い。
 今まで黙っていたアルマが質問してきた。
「ウィッチと入れ替わる条件は?」
「それは……ごめん。ライトと戦ったときも、何でスイッチしたのか、あたしにも分からない。前は、薬を使われていたんだと思う。もう一人のあたしがいるって気付いたの、結構あとだし」
「ところで」
 カヤが、やりづらそうにに手を上げる。
「話を戻して悪いんだけど、なんでミコトは、あそこで寝てたんだ?」
「え、ああ、それは……」
「ミコトさんが住んでいた世界って、どんなところだったんですか?」
 リアも横から尋ねてくる。
「ああ、待った待った」
 アルマが場を取り仕切る。
「そういうことは後で個人的に聞きなさい」
 カヤとリアはしぶしぶながら頷き、巫女とは苦笑する。
 とりあえず場が静まったのを確認して、リアが進行した。
「まあ、そんな質問するくらいだから、大体分かったってことよね。それじゃ、カヤ」
 アルマに促され、カヤは二枚のガラス板をテーブルの下から取り出す。円形で、中指と親指で輪を作ったぐらいの大きさ。
「俺たちは、オードヌングに反抗するために、三年前に結成した。まあそれからはここにアジトを構えて、オードヌングの中枢部の位置や、やつらに対抗するだけの手段を手に入れようとしたりしてきた。そして、これからもそれは続くだろう」
「……知ってるよ。リアから聞いた」
 突然始めた自己紹介に戸惑いながらも、ミコトは応える。
「最後に訊くけど――」
 カヤが、真摯な顔つきで尋ねてきた。
「本当に、俺たちの仲間になるんだね」
 一瞬、ためらう。
 自分は戦うことができる。だが、戦うのは自分ではないのだ。
 ウィッチは自分の中の一部である。だが、それは外側から埋め込まれた部分でしかない。
 そんなものに頼って生きるのは、嫌だ。
 だが、だからと言ってここから離れ、戦うことのない生活を送るのも、違う気がする。
 自分にも、何かが出来ることを示したい。
 だから、ミコトは頷いた。
 彼らと共にいれば、何かを見つけることができるかもしれない。
「分かった」
 それだけを言うと、カヤは花瓶の白詰草を引き抜いた。
 花の部分を茎から取り、ガラス板に挟んで、しっかりと押さえる。
「よし、できた」
 合わせたガラスの中には白詰草が、少し首を傾げるようして、納まっていた。
 カヤはそれを紐でしたため、首飾りにする。
「はい、ミコト」
 そして出来上がったそれを、ミコトに手渡してきた。受け取りながらミコトは、それとカヤの間で視線を往復させる。
「もしかして、プレゼント?」
 がたん、と音がして、ライトが足早に部屋を出て行く。
「あいつのアイディアなんだ。首飾りを送ろうって。あとは、アルマが押し花ケースを作って、リアが花を選んだ。まあ、俺は組み立てただけなんだが」
 ミコトはしげしげと彼らの贈り物を見入り、そして思い出したように
「あ、ありがとう……」
 立ち上がり、入り口の方に向き直る。
「ライトも、ありがとう!」
「ねえ、着けてみて下さいよ」
 リアがミコトの裾を引っ張り、せがんできた。
「うん」
 ミコトは皆の方に向き直り、紐の留め金を外し、首の周りにまわして、後ろで止めようとする。が、なかなかうまく止まらない。
「ああ、わたしがつけますよ」
 リアに手伝ってもらい、ようやくはめることができた。
 髪を払い、少し照れたように、白詰草のペンダントを皆に見せる。
「すごい、かわいいですよっ」
「うん、似合う似合う」
「いいんじゃないかしら」
 三者三様の褒め方に、ミコトは思わずはにかみ顔になる。
 ささやかなそれが、ミコトが彼らの仲間になるという証となった。


第三章


 ミコトは監視台の上に上り、眼下に広がる作られた世界を見下ろしている。ライトに挨拶を交わして以来、ここはミコトにとってお気に入りの場所の一つとなっていた。
 無論、監視台といっても、肉眼での監視ではない。レーダー設備が装備されているので、便宜上そう呼んでいるだけだ。それだけに、このゴーストタウンにおいて、監視台だけがしっかりした造りになっている。
 大海に映る月光のように、地平には街の明かりが輝いている。
 そのいくつもの瞬きを見つめながら、ミコトはカプセルをケースから二粒取り出し、飲み込んだ。
 ミコトが眠っていたのと同じ部屋にあったカプセルだ。
「もう一ケース、なくなっちゃったな」
 穴だらけになったカプセルケースを見つめて、ミコトは呟く。
「全部なくなったら、ご飯どうしよう……」
 花があるということは、他の植物も育っている可能性がある。
 さすがに、ロボットたちの燃料を飲むわけにもいかない。今度、食べられる物を探してみよう、とミコトは思った。
「ここにいやがったか」
 振り返ると、はしごの上り口にライトがいた。
「おい、勝負だ。ウィッチとかいう方に代われ」
「なによいきなり」
 不躾なライトの態度に、ミコトはむっとする。
「俺はお前に負けた。だから、勝つまでやるんだ」
「そんなの、あんたの都合じゃない。何であたしがライトに合わせなきゃいけないのよ」
「うるせえ。とにかく、やるって行ったらやるんだ」
 ミコトは拒むが、それでもライトはしつこく絡んでくる。たまりかねて、ミコトは立ち上がり、はしごに向かった。
「大体ね、言ったでしょ? あたしの任意じゃスイッチできないって」
「知るか、そんなこと。とにかく、降りたら戦うぞ」
 あまりのしつこさに、ついに怒った。
「もう、いい加減にしてよ。ああ、いいわよ。もう絶対にライトとは戦ってあげないんだから」
「なっ」
 この宣言には、ライトも驚いたようだ。
「こ、この、卑怯だぞ! 勝ち逃げするつもりか!」
「はいはい、そうですよー。ひきょーものののミコトちゃんですよぅ」
 ミコトは楽しそうに口ずさみながら、はしごを降りていく。ライトも、必死になってそのあとを追った。
「とにかく、戦え! じゃないと、お前の不戦敗ってことにするからな!」
「はいはい、それで結構ですよー。おめでとう、ライトの勝ちよぅ」
 明らかに、口の勝負ではライトに分がない。慌てて、ライトは撤回する。
「や、やっぱり不戦敗はなしだ。戦って、決めるぞ」
「いーえ、ミコトちゃんの負けなのよぅ。ライトが勝ったのよぅ」
 ミコトは、笑顔ではしごを降りきった。
「違う! まだ、お前が負けたわけでも、俺が勝ったわけでもない!」
「じゃあ、あたしの勝ちでいいのね?」
「い、いや、そういうわけでも……」
 ミコトは背中をライトに向けて、大きく伸びをした。空はやっぱり無いし、気持ちよいとは言えないが、今はそうでもない。
「あ、アルマ! どこ行くの?」
 前方にアルマの姿を見つけると、ミコトはライトをほったらかしにして追いかけた。
「あら、ミコト。ライトはいいの?」
「いいのいいの。それよりさ、アルマは何をしてるの? 下から出てくるなんて、珍しいじゃない」
 ライトも、アルマの前では戦いを迫ることも出来きないらしく、ミコトを追いかけては来ない。
 多分、地団太を踏んで悔しがっているだろう。それを想像すると、ミコトは少し笑ってしまった。
「私の用事は大したことじゃないわ。ちょっと燃料庫の確認をするだけ」
 そういって、監視台の横にある小さな小屋に入ってしまう。ミコトもそれに続いた。
 薄暗い小屋の中には、油の匂いで充満していた。独特なその匂い、ミコトはなかなか好きだ。
「アジトからじゃチェックできないの?」
「数が月に見に来る程度だから、いちいち工事するのも面倒なのよ」
 ロボットたちの、そういう部分もまた、ミコトは気に入っていた。
 メーターを確認して、アルマは頷く。
「やっぱり、そろそろ補充が必要ね。街へ行かなきゃ」
「え、街!」
 ミコトの声が跳ね上がった。
 そんなミコトの様子に首をかしげながら、アルマは答える。
「そうよ。あっちに、光が見えるでしょう? 本当は今は微妙なタイミングだし、慎重になっておきたいんだけど、これが無くなったら何にも出来ないからね」
 施設の電気やロボットたちの補充燃料は、全てここから出ているのだ。
 だが、ミコトにとってそんなことは二の次だった。
「あたしも連れて行って」
「ダメ」
 切り捨てられた。
 不満そうに、ミコトは講義する。
「なんでよ、ケチ」
「ケチとか、そういう問題じゃなくてね。さっきも言ったでしょう、慎重になる時期だって。あなたがいるからなのよ? 少しは自覚を持ちなさい」
 あきれながら、アルマは小屋を出て行く。
「待ってよ。いいでしょう。一度見てみたかったのよ、どんな街か。ねえ、アルマってば」
 せがみながら、これではまるで、さっきのライトではないか、と内心で自嘲する。案の定、アルマは取り合ってもくれない。
「悪いけど、諦めてもらうしかないわ。カヤかリアに遊んでもらいなさい」
 そう言い残して、地下へのはしごを降りてってしまった。
「……まあいいわ」
 ミコトはライトとは違う。
 どこから切り崩せばよいか、こういう戦略には頭が回った。


 街への移動は、駆動車を使う。
 遠距離だということもあるが、大量の燃料を積むため、絶対に相当量のタンクが必要なのだ。
 かくして、街へ向かう一行は、駆動車の前に集まったのであるが。
「さて、これがどういうことか、説明してもらおうかしら」
 アルマは、笑っていない。それはもともとだが、このときばかりは見るものの苦笑すら奪う迫力を付随していた。
 対峙するのは、カヤとリア、ライト、そしてミコトだ。
 あらかじめ根回しを行い、ミコトが手に入れた賛同者たちである。
「ほ、ほら、ミコトだって行きたがってるわけだし。それに、ここで無下に扱って、もし一人で行かれたら、そっちの方が大変だろう? だから、今回ぐらいは……」
 カヤには、とにかく自分が街へ行きたいことをアピールした。その熱意を分かってくれたのか、カヤはミコトの側についてくれたのだ。
「だって、ミコトさん一人だけ置いていったら、可哀想じゃないですか。そんなの、ひどすぎますよ。わたしたち、仲間じゃないですか!」
 リアは泣き落としで攻めた。効果は恐ろしく絶大で、リアがもらい泣きしてしまうほどだった。それには、さすがにミコトも少し後ろめたさが残る。
「――まぁ、そういうことだ」
 ライトが、ぶっきらぼうに言う。彼を引き入れるのが、一番楽だった。もはや、順位では完璧にミコトの方が上である。
「あなたたちねぇ」
 ピンと張り詰めたアルマの表情から、溜め息が出た、
「ちょっとは危機感ってものを持ちなさいよ」
 呟きながら、頭に手を当て再び溜め息を吐いた。
「いいわ。ああもう、好きにしなさい」
 半ば投げやりに、許可してくれた。
「やったぁ!」
 ミコトは三人に飛びついた。
 カヤは慌てて受け止め、リアは抱き返し、ライトは少し困惑。
「……はぁ」
 ミコトの後ろで、三度目の溜め息が聞こえた。


「うぅ〜」
 ミコトはカヤに背中をさすってもらっていた。狙い通りに街に来れたはいいが、あまりの悪路に、ミコトの方向感覚がエラーを起こした、もとい酔ったのだ。
 頭がぐらぐらして、もうとにかく動きたくない。
「ミコトのことは俺が見てるから、みんなは行っていいよ」
 ミコトは地面を見つめたまま、みなに顔を向けることが出来なかった。特にアルマは、見るのすら怖い。
「ごめんね、あたしのわがままで迷惑かけちゃった」
 駆動車が去ったあと、そっとミコトは言う。
「いいんだ。俺も昔は酔ってたから、ミコトの気持ち、分かるよ」
「え――うっ」
 急に頭を上げたから、再び喉の奥が苦くなっってきた。
「俺さ、チューナーが働かないから、昔は結構苦労したんだ」
「チューナー?」
 そう言えばライトは、チューナーの調整をするために街に来たんだといっていた。
「ロボットの内部構造には大きく分けて二つの領域がるんだ。人格領域と、全体調整――チューナーの領域。人格領域は俺たちが任意に行うことが出来る能力、例えば手を動かしたり、誰かと話したり、そう言うこと。で、チューナーの領域って言うのは、動力器を動かしたり、バランスを取ったり、人格部の補助を行うんだ」
 人間の意識と無意識に似てるな、とミコトは思う。少し、落ち着いてきた。
「じゃあ、カヤはどうしてるの?」
「俺は、全部自分で動かしてる。だから今も、気を抜いたら動力器が止まったり、調節を間違えると爆発したりするんだ。まあ、慣れるまでは大変だったけど、今じゃ逆にその方が助かるときがあるけどね」
 笑いながら、そんなことを言った。
 いちいち心臓を動かすことを考え続けなければならないなんて、ミコトには想像できなかった。
「あたしも、出来るのかな」
「ん、なんのこと?」
 ミコトは、ゆっくりと立ち上がる。
「ううん、なんでもない」
 まだ少し動くことに対して嫌悪感が残るが、大丈夫だ。これ以上、迷惑をかけるわけにもいかない。
「行こう」
 ミコトは向き直る。
 そこには、光が形となって存在していた。

 ミコトは再び目を回す。
 視界は一メートル先もままならない。
 なにせ、人ごみの全てが鉄の塊なのだ。
 地面を揺らす足音で、耳も痛くなってきた。
「あうっ」
 ひときわ大きなロボットとすれ違った時にぶつかられ、ミコトは大きく体勢を崩す。
「ちょっと、痛いじゃないのよ!」
 振り返っていちゃもんをつけるが、その瞬間に今度は後ろから突き飛ばされる。
 そうなったらあとは、ミコトの体は鋼の体に揉まれに揉まれ、命からがら道の脇に這い出した。
 そのときには、カヤの姿などどこにも見当たらなくなっていた。
「嘘……」
 かと言って、もう一度中に飛び込む無謀さも持ち合わせていない。
「カヤ! どこよ、カヤ!」
 叫んでみるが、数の上でも明らかにロボットたちの喧騒の方が勝っている。
「迷子になっちゃった……」
 それとなく、周りを見渡す。
 人ごみの両辺に並ぶ怪しげな店。
 そびえ立つビル群。
 外とは比べ物にならないほどの光量の中、数多くのロボットたちが歩いている。
「お嬢ちゃん、見ないタイプだね。もしかして、新型?」
 突然横から声を掛けられる。見ると、サングラスを掛けヒゲをたくわえたロボットがこちらに笑みを向けている。
 彼はロボットのくせに服を着ていた。それが緑色のアロハシャツなので、ますます胡散臭い。
「まぁまぁ、警戒しなさんな。ほれ、同じ服着けどうし、仲良く行こうじゃないの」
 ここまで怪しいと、逆にいい人かもしれない。そう思い直して、彼の店の前に座り込んでみた。どの道、皆とはぐれてしまって、どうしようもないのは同じだ。
 イヤリングにネックレス、さらには体に貼り付けるのだろうエンブレムのシール。店に並ぶ主だったものは、アクセサリーなどの装飾品である。
 ミコトの脳裏に、花を摘んで喜ぶリアの姿が浮かんだ。
「さぁさ、気に入ったものがあったら言ってくれよ。お嬢ちゃん、かわいいからサービスしちゃうぜ」
「そう……ね」
 あらかじめ、カヤから紙幣を渡されていた。この街でしか流通されていない海賊紙幣らしいが、オードヌング指定の電子マネーを持っていないミコトにはこれしか使えない。
 店主を見ると、煙草を吹かしていた。
「煙草……吸うの?」
 思わず尋ねてしまった。
「あ? ああ、お嬢ちゃん、どこから来たの? さては、田舎ものだね。あ、でも新型っぽいから、単に情報が抜けるだけか」
「はぁ」
「まあ、カミさんにはクリーンするのに経費がかかるから止めろって言われてるんだけどね、どうにも、これが止められなくて」
「結婚……出来るの?」
 その質問には、店主も少し顔をしかめた。
「お嬢ちゃん、俺も怒るよ? そりゃ結婚してるって言えばよく驚かれることあるけどさぁ、『出来るの?』はないでしょ。ひどいなぁ」
 ミコトの中で、どんどんロボットのイメージが書き換えられていく。
「もしかして、子供とかもいるの?」
「子供ねえ。結構高いんだよね、あれ。凝っちゃったら、人格部の学習具合によっていちいちボディも変更するって話だろ? あんなの、金持ちの趣味だよ。俺には縁がないねぇ」
 そういって、また煙草を一吹き。
「でもまぁ、憧れるところはあるけどさ。俺の知ってるやつにも、子供買ったやついるんだよ。なんか、その子が言葉を一つ覚えるたびに、いちいち俺に報告してきやがってな。そん時のそいつがまた、いい顔してんだ。あの野郎見てると、子供持つのもいいかもなぁ、とか思うんだ。へへ、でもそいつ、借金で首が回らないって嘆いてやがったけどな」
「へえ……」
「なんだい。お嬢ちゃんもやっぱ、そのうち子供育てようとか、考えてるのかい?」
 逆に問われて、ミコトは戸惑った。
「そうだね。うーん、まだ分からないや」
 苦笑いしながら答える。
「そりゃそうかな。ま、そのうちいい人見つかるよ。お、噂をすればだ」
 店主が、視線をミコトの後ろに向ける。
「あいつがさっき言った、やつだ」
 彼が指さす方向、そこにはふさぎ込んだロボットが一体、人ごみの中を進んでいた。
 ――あ。
 そして、ミコトは気付いた。
 そのロボットの前後に、ライトとアルマ、そしてリアがいたのだ。
 まるで三人で、ロボットを囲むようにして歩いている。
「あ、あたし、行きますね」
 彼らを見失わないようにミコトは走り出す。
「ちょっと、お嬢ちゃん? 冷やかしかよ!」

 幸い、四人はすぐに路地に進路を移した。ミコトもばれないように、その後を追う。
 表通りの騒がしさが遠くなり始めた頃、彼らはある建物に入る。今にも崩れそうな建物で、ドアを開けるのにも大きな音が鳴る。
「なんだ、ミコトさんでしたか」
「え!」
 突然の声に振り返ると、そこには剣を腰に戻すリアがいた。
「下手な付け方だなとは思ったんですが、どうしたんですか? 危うく攻撃しちゃうところでしたよ」
「え、うん。ちょっとね……」
 言葉を濁したミコトに、リアは首を傾げるが、すぐに笑顔に戻る。
「とにかく、中に行きましょう。アルマさんとライトさんもいますから」
 促されるまま、廃屋の中に入った。
「一緒にいたロボットは誰?」
 暗い廊下を歩きながら、先を行くリアにミコトは尋ねた。
「え、あの人ですか? ちょっと説明すると長くなるんですけどね。少し怨恨って言うのががありまして」
「怨恨――」
 リアが扉を開ける。
 その部屋も切れかけた電球が一つだけで、やはり暗かった。
 だが状況を知るには、それでも充分すぎる。
 両腕をいびつに歪まされたロボットが、床に転がっていた。怯えに表情を支配され、必死に弁解の言葉を述べている。
「許してくれ! あんたらを売ったのは、謝る! だが、連中にはあんたらのことは一切喋っちゃいねえ! だから、見逃してくれ!」
「でも、これから言わない保障はないわ」
 アルマが彼を見下ろしながら冷たく言い放つ。彼女の顔は、光の中で見るよりもさらに冷たく、本当の意味での機械に見えた。
 ライトは倒れるロボットの傍らで表情なく立っていた。大柄な彼は、無言で睨んでいるだけで凄みがある。
「た、頼む! 信じてくれ!」
「いい、ジーン? あなたはやっちゃいけないことをやったの。私たちは、お互いを信用した上で仕事をしている。予想できなかったのかしら。それを壊した先に、なにがあるのかを……」
「何やってるのよ!」
 皆が、ミコトに振り返る。
 アルマの表情が和らいだ。だが、ミコトが抱いた印象は拭い去れない。
「ああ、ミコト。カヤは一緒じゃないの?」
「そんなことはどうでもいい! みんなでよってたかって、何やってるのよ!」
 アルマは、溜め息を一つ。
「ミコト」
 諭すように言う。
「あなたは、この男が何をしたか、知ってるの?」
「そんなの知らないよ。でも、その人がどんなことをやったって、謝ってるじゃない! それなのに、こんな……」
「彼は、あなたの場所を私たちに教えてくれた情報屋よ」
 ミコトは、再び男を見る。
 目が、合った。
「ところが、彼はその後に、同じ場所をオードヌングにも教えたの」
「え?」
 ミコトの視線がアルマに戻った。
「この男は私たちをオードヌングに売ったの。その時は運よく逃れることが出来たけど、次はそうとも限らない。だから、今のうちに消しておく必要がある」
「で、でも、もう喋らないかもしれないじゃないじゃない!」
「そうね。喋らないかもしれない。でも、一度裏切ったのは事実。もはや彼を、信じる理由も義理もない」
 ライトは男の頭を右手で掴み上げる。
 絞め込む音が、悲鳴となって部屋に響いた。
「待ってよ、ライト!」
 ミコトの声に、音が止む。
「でも、それまでは大丈夫だったんですよね。だったら、今回裏切ったのは何か理由があったかもしれないじゃないですか」
 男が、半ば悲鳴を上げるように叫ぶ。
「しゃ、借金のカタに子供を取られそうになったんだ! だ、だが今回の報酬で全部返した! だから、もう二度と――」
 ミコトの主張を察したか、アルマが先立って答える。
「ミコト、あなたは甘いわ。その甘さが、いつか自分を追い詰めるとは、考えたことはないの?」
「でも、だからって、無闇に厳しくして、他の人を傷つけて……そんなの、やだよ……そんなのやだよ!」
 小さな部屋に、ミコトの叫びが消えていく。
 掴まれた男が、呼吸をするように出す呻きだけが聞こえる。
 ライトがあきれたように言った。
「で、アルマ。どうするよ。俺はもう、どっちでもいいが」
「こればかりは譲るわけにはいかない。ライト、さっさとやりなさいよ!」
 アルマは早口に告げる。
「はいはい、それじゃジーン。悪く思うなよ」
 そう言い終えて、再び、ライトが腕に力を込めたそのとき――
「うっ」
 ミコトがライトに体当たりする。彼は体制を崩し、ジーンを掴んでいた手を放してしまった。
 咄嗟にミコトは叫ぶ。
「逃げて!」
 その声に背中を押されるように、ジーンは扉を突き破るように走り抜ける。
 ドアの横にいたリアも、彼を止めようとはしなかった。
 誰も、動こうとはしない。
 足音だけが遠のいていった。


 カヤを拾った後、一行はすぐさまアジトに戻った。
 カヤは皆の雰囲気が異常であることに気付いたが、誰に尋ねてもその旨を言おうとする者はいなかった。
 ただ、アルマが一言。
「ライト、あんたわざと放したわね」
 と、押し殺した声で言っただけだが、カヤにはやはり何のことだか分からなかった。
 ミコトはただ、うつむいているだけだ。その手に白詰草のペンダントを握って。


「リアから、聞いた」
 カヤに誘われた。
「俺には、どっちが正しいかなんて言えないけど」
 着いたら、そこは花畑だった。
「でも、元気のないミコトを見ているのは、嫌なんだ」
 なぜかそこだけが、少女の見る夢のように、ライトが当てられて柔らかい光に満ちていた。
 光の中から生まれ出たように、花があふれていた。
 その一つひとつが別の種の花だ。だが、その一見乱雑な状態が、逆に幻想的な光景を構成している。葉に滴る雫は輝き、光を乱反射する。
 ミコトはしばし、その光景に呑み込まれる。
「不思議だろ。なぜか、ここだけが最初から明かりに照らされてるんだ」
「うん――」
 ミコトはただ生返事を返すだけだ。
 しばらく、二人は光の外から、その域を見詰めていた。
「あたしさ」
 ミコトが言葉を紡ぐ。
「みんながロボットだって、思えなくなったんだ。みんな優しくて、変なところで抜けてて、なんか、居心地がよかった」
「……うん」
「でもね。あの、ジーンって人を囲んだみんなは、本物の機械に見えた。ただ、プログラムに従って仕事をこなすだけの、自動人形に」
 ミコトの手は、自然にペンダントを掴んでいた。
「嫌だったんだ。みんなが、ただの機械になるの。だからあたし――」
「ありがとう」
「え?」
 ミコトはカヤを見上げる。
 微笑んでいた。ミコトが仲間になることを宣言した時に見せた笑みと、何ら変わらない笑みを、カヤは浮かべていた。
「ミコトは、俺たちを守ってくれたんだろう? ミコトの力で、さ」
「あたしの力で……」
 その時、高い音が二人の耳をつんざいた。
「な、何?」
 言ってから気付く。花畑の中心に一人の男が立っているのを。
「まったく、遠距離の空間穿孔は何とかならないかな。この音は耳障りだ」
 光と花の空間にとって、明らかに異質の存在。
 黒いマントと白髪の男だ。
「アダム!」
 カヤが男を見て、叫ぶ。
「アダム?」
 聞きなれない名前だった。いや、聞いたことはある。
 それは、神が創った最初の人類の名前。そして、最初の罪人の名前。
「さて」
 アダムはミコトに言う。
「約束通り、僕は来た。ついてきてくれるかな」
 突然のことに、ミコトはただ狼狽するばかりだ。
「な、何言ってるのよ! あたしはあんたなんか知らないんだから!」
 ミコトの答えにアダムは意外そうに首を傾げる。
「はて、木偶人形たちに伝えられてなかったのかね。もしくは、ウィッチの君に。まぁ、いい。今、改めて伝えよう。僕と共に来るんだ」
「誰がよ。あんた、頭のネジ外れてるんじゃないの?」
 辛辣なミコトの返事を、アダムは軽く微笑んでいなす。
「ところで、君」
 カヤに向けたアダムの表情に、氷が宿る。
「そろそろ消えてくれないか?」
 ミコトは、風を感じた。
 カヤが跳んだ。
 ライトの爆発よりも、あるいは尚早い迅さで、アダムに跳びかかる――
 アダムはゆっくりと、右手を上げ、カヤを迎える。
「さらばだ」
 両者が交錯しかかったまさにその瞬間、空間の裂け目が広がり、光と共にカヤの姿がかき消える。
「カヤ!」
 慌ててミコトは、花の中に飛び込んだ。
「あんた、カヤをどうしたの!」
 肩を震わせ、アダムに問い詰める。
 アダムは変わらず薄い笑みを浮かべていた。
「なに、慌てずとも彼は無事だ。そう、君たちのアジトに帰ってもらっただけのこと。今に、きっと必要になるからね。まあ、そんなことより――」
 カヤを消した右手を、ミコトの肩に掛ける。その手は柔らかく、機械のそれとは明らかに違う。
 ミコトの顔にゆっくりと唇を近づけ、そっと囁く。
「同じ最後の人類として、君が欲しいんだ」
「なっ」
 ミコトは反射的に突き飛ばした。
 改めて彼の顔を見る。
 左半分は金属特有の輝きを持っているが、右はそうではない。
「あなた……人間?」
「そう。ほとんどは金属による補強を余儀なくしているが、れっきとした人間だ」
「嘘――」
 体中の力が抜けるのを感じる。ついに支えきれなくなって、膝からその場に崩れ落ちた。
 自分以外の人間が、この世界にいる。
 体の震えが、止まらない。
「さっき、あのロボットに使ったエンチャントが何よりの証明だと思うが?」
 ミコトは今一度アダムを見上げる。努めて、視線に力を込める。
「それで、あたしをどうするつもり?」
 アダムは肩をすくめた。
「君は何か勘違いをしていないか」
 やはり笑顔を崩さない。しかし、リアの笑顔とは明らかに異質なものである。
「僕と君は同じだ。仲間、同朋、盟友そんな言葉、意味がないほどの繋がり。同じ人間なんだよ?」
「質問に答えなさいよ!」
 苛立ちが、ミコトを叫ばせた。
 アダムの顔から、笑顔が消えた。目元に力を込め、ミコトを見据える。
「ともに人類を再興しよう」
 言葉そのものに力を宿すように、ゆっくりとそれを告げてくる。
 ミコトは答えない。
「こればかりは、僕一人の力ではどうしようもない。女性である、君が――」
「悪いけど、断るわ」
 ミコトの視線の力は弱まらない。むしろ逆だ。
「なぜ、かな」
 アダムから、表情は消えている。
「理由? そんなもの、腐るほどあるわ。人間と言う存在にそれほどの執着はない。計画そのものに興味がない。今の場所が心地いい。そして何より、あんたが気に食わない」
 飛び跳ね、アダムと距離を取る。
 スラリと刀を抜いた。
 光の下で、刃は雫よりもなお輝く。
 最初は呆然とミコトを見ていたアダムだが、それは発作のように始まった。
「あっはっはっはっはっはっはっは!」
 まるで、壊れたようにアダムは嗤った。あまりに長い、あまりに狂おしい哄笑に、ミコトは寒気すら感じる。

「――なんだ、そんなことか」

 今度こそ間違いなく、ミコトの肌に粟が走った。
「使命の前に、君の嗜好など、どうでもいいのだよ。人類のために尽くすのは、人類と言う存在の最低限の責務。君に生殖能力はあるのだろう? ならば、それだけで充分だ」
 逃げたい。
 でも、動けない。
 少しでも動くのが、怖い。
 アダムの言葉をまともに受けて、ミコトはそれだけで狂死しかける。
 花畑で嗤う男を前に、ミコトの意識はスイッチする。

 一閃が花畑を切り裂いた。
「おっと、ウィッチ殿のお出ましか」
 アダムは変わらず、狂おしい笑みをしたたらせている。ミコトがスイッチしたのを見ても、全く動じることはない。
 だが、動じないのはウィッチも同じだ。
「以前に忠告したはずだ。これ以上は、容赦せぬと」
「ああ、覚悟の上だとも」
 かかとを地面にぶつける。
 波動がアダムを中心にして展開、全てをなぎ倒す。
 ウィッチは、波動ごとアダムを斬る。
 斬気は鋭利なる波動となり、刀の間合いから放射された。
 だが、その先にもうアダムはいなかった。
「なかなかやるじゃないか」
 声は上空からした。
 中空に漂い、恍惚としながらウィッチを見下ろしていた。
 斬る。
「だがしかし、いささか単調だ」
 声はすぐ後ろから。
 前に跳び宙で反転するが、声がしたはずのそこには誰もいない。
「ここだ」
 右から声――判断するより早く斬った。
 直後、ウィッチの感覚が狂う。
 それに気付く。
 左から迫り来た斬気を、さらに斬って相殺する。
 ウィッチが斬気を放った直後、その軌道上に空間転移させられたのだ。
 完全に、弄ばれている。
「少々、眠るのが早すぎたようだね。そんな大型のクラフトを振り回している時点で、君と僕とのバージョンの差は歴然だ」
 戦場に静けさが訪れた。
 アダムは左手で、中指の指輪を外しミコトに示した。
「僕のクラフトだ。これでもって、僕は空間穿孔を行うことができる」
 機を逃さず、ウィッチは斬気を放つ。
 青白いエネルギーの刃が、無防備なアダムに襲い掛かる。
 だが、斬気は見えない壁に遮られ、あっけなく四散した。
 アダムは静かに、嘲りの笑みを浮かべた。
「残念だったね、このマントもそうなんだ。防御へ気を生み出すことができる。それに、こんなことも可能だ」
 アダムの人差し指が、軽く空を斬る。
 すると、ウィッチの数倍の出力はあろう斬気が、牙を向けてきた。
 彼女もまた、それを斬ることを試みるが、ウィッチの斬気はアダムのそれに呑み込まれる。
「くっ」
 ウィッチは弾き飛ばされた。
 咄嗟に身をよじり、かろうじて直撃は免れた。だが、左肩をやられた。
 腕を伝ってを、すっと血が落ちる。足元の白い花に、赤がにじんだ。
「君と同じ種類のエンチャントだ。出力が違うのは、クラフトの性能、すなわち精神エネルギーの変換効率の問題」
 指輪をはめ直し、目の前に空間転移してきた。
「さて、かりそめの人格は幕を降りた。待っていたよ、主役の登場を」
「なんでよ……」
 ずたずたに引き裂かれた花畑で、悪魔の前にミコトは呟く。
 今まで、ウィッチの悪夢は幾度となく見てきた。だが、それに恐怖したことは、一度としてなかった。
 どこかで、自分とは関係ない世界だと思っていたから。
 だが今、悪夢という現実に、ミコトは引きずり出された。
「大丈夫、これ以上君を傷つけるつもりはない。ただ、これだけは分かって欲しい」
 ミコトは、表情を固めたままアダムの言葉に聞き入った。
「――一切の抵抗は無駄だということを」
 ゆっくりと手を差し伸べてくる。
 その手に、抗いがたい引力を感じた。
 自然と、ミコトの手が、アダムの手に吸い寄せられる。
 背けることは出来ない。
 二人の手が合わさろうとしたその瞬間、
 
 たくさんの爆発音が聞こえた。
 
「始まったか」
 ミコトは我に返り、慌てて手を引っ込めた。
「何の音!」
 最初の、不敵な笑顔を浮かべているアダムに、ミコトは問いただした。
「なに、些細なことさ」
 悪魔は謳うようにそれを告げる。
「背反の芽が一つ、摘まれただけだよ」
「まさか――」
 ミコトは立ち上がり、駆け出した。
「今は、まだ――」
 アダムの言葉は、そこまでしか聞こえなかった。
 肩口が痛むが、そんなことを言ってはいられない。
 目の前には燃え上がる炎と、それに照らし出される幾つものロボットたちの群れ。
 ミコトは走る。


 アルマは地下の制御室から、敵と戦っていた。
 全身をケーブルで自らと制御コンピュータを繋ぎ、アルマそのものが火器統制機構となる。
 レーダー探査による情報を、三次元イメージとして展開。10km四方の状況までなら、草木の揺らぎまで捕捉することができる。
 ステルス処理されているが、かろうじて分かる。三方から同時進行する隊列の影を。
 それぞれ、二百体以上のロボットと、三十近くの大型車輌が見える。
(まずは先制攻撃)
 ミサイルハッチに伝令、それぞれに五つほどお見舞いする。
 アルマは総計十五個全てのミサイルの軌道を操作、もっとも効力を発揮するだろう場所にピンポイントで爆撃した――が。
 十時方向より進行する一団には、一発たりとも届かない。全て打ち落とされた。
 だが、それでも効果は絶大だ。他の二つの戦闘員の数は、半分以下に落ちている。
 ここからが本番だ。

 カヤは立ち上る火柱を見ながら、ミコトを思う。
「やっぱり、心配だな」
 傍らにいたリアも、悔しそうに応えた。
「でも、わたしたちが行ったところで、アダムに太刀打ちできるとは思えません。だからここで、ミコトさんを信じて戦いましょう」
「――そうだな」
 カヤは立ち上がる。手には、彼の身長の三倍はあろうかと言う、機関銃を携えて。
 辺りも今は廃墟の街ではない。
 ミサイルポット、バルカン砲、カノン砲、レールカノン、プラズマ粒子砲……ありとあらゆる兵器が並ぶ、一大軍事基地となっていた。
「来た!」
 向こう側のロケット弾が、三方から同時に発射された。
 だが、その全てが、基地に届く手前で爆散する。
 基地を囲むように配置されたアンチミサイルが発動したのだ。ミサイルやロケットなど、大型質量が一定速度以上で接近した場合、自動でそれに向けて小型爆弾が放射されるのである。
 一発が破壊されると、誘爆で次々とロケット弾は爆発していく。
 だが、その防衛網から数発だけ逃れたロケット弾があった。
 カヤはバルカン砲を掃射――落としもれた全てを打ち落とした。
 そこに、敵陣の中で盛大な爆炎が巻き起こる。
 目標選別型の地雷が発動したのだ。味方の識別信号を発していなければ、センサーに引っかかった敵を吹き飛ばすのだ。
 他の箇所でも同じ爆発が立て続けに起こった。これで敵の進行を足止めできた。
 立ち往生しているところに、こちらからロケット弾で追撃する。
「これは、いけるな」
 今回だけ、やつら――オードヌングの攻撃をしのげばいいのだ。そうすれば、その間に隠れ家を変える。あるいは、敵の一団がどこから来たのかを突き止めれば、オードヌングの中枢がどこにあるかも解明できるかもしれない。
「カヤさん、アルマさんから伝令です。十時方向の軍から、カタパルト投射で小質量が接近中、迎撃せよ、とのことです」
 カタパルト投射――爆弾でも投げつけようと言うのだろうか。
 言われた方向に目と砲口を向ける。
「ん、あれは……」
 黒い天井と地面の狭間に、ぽつりと一粒の白い雫がある。
 即座に狙いを定め、引き金に指を掛けるが、そのとき、白いそれの背景が一瞬だけかすんだ。
「――まずい!」
 数秒後、アルマ統制による火器群は、一機残らず沈黙する。
 要塞は、たった一体のロボットにより、一瞬で無力化された。

「はぁっ、はぁっ、はぅ――」
 ミコトは足をもつれさせ、地面に体を打ちつけた。
 口の中が異常にべたつく。脇腹も痛い。何より、左腕の感覚がなくなっていた。走るのに、うとましさすら感じる。
 立ち上がろうとするが、地面についた右腕すら震えて、満足に起き上がれない。
「最優先目標を捕捉」
 無機質な声が、ミコトを貫いた。
 前方に、きざなほどに白いロボットが立っていた。表情はミラーグラスをかけているので見えないが、その様子で何者かは想像がつく。
「捕縛します」
 通告してから、ミコトに近寄ってくる。
 何とか立ち上がり、震える手で刀の柄を握る。
 が、左腕が上がらない。
 鯉口が固いため、左手で鞘を押さえなければ、右だけで刃を抜くのは難しい。
 ミコトにできたのは、彼を睨みつけることだけだった。
 そのとき、間近で爆音が聞こえる。
 と、白いロボットは横に吹き飛ばされた。
 地面の上を引きずられるように転げ、最後には溶けるように地面に堕ちた。
 そして今、ミコトの前に、別のロボットが立っていた。
「ライ、ト……」
 ミコトは笑顔を作ったつもりだったが、疲労のためか満足に顔を動かせない。
「なんだ、情けねえツラしやがって」
 ロボットを殴りつけた右手を軽く動かしながら、ライトはあきれ返っていた。
「敵とやりあう前だってのに、もうオーバーヒートかよ。ほんっとに、頼りねえ機体だな」
「うっさいわね」
 べたつく喉で、何とかそれだけをしぼり出した。
 危なっかしい足取りながらも、どうにか前に歩を進める。
 彼女の前に、大きな背中が現れた。
「乗れ」
「え?」
 ライトは振り返って、苛立った口調でミコトを急かした。
「お前がそんな状態じゃ、仮についたとしても戦力にゃならねえ。俺が運んでやるから、その間に状態を整えろ」
「……うん」
 素直に、ライトの背中にしがみついた。
「行くぞ」
 走り出す。
 人間のそれとは、比べようのないスピードだ。
 振り落とされないよう、必死にライトに掴まった。
「……ありがとう……」
 密かに呟いたミコトのそれは、風の中に置いていかれてしまった。


 カヤは状況を確認する。
 チューナーが働かないため、自動で破損箇所を見つけることが出来ない。右手、続いて左……どうやら無事のようだ。
 白い機体が飛来するのを確認したのと同時に、カノン砲による対地爆撃を受けた。
 辺りには、兵器群の残骸ばかりが転がっている。
 と、その中に少女の姿があった。
「リア!」
 慌てて駆け寄り、その体を起こす。
 リアは彼に笑いかけるが、いつもの元気はそこにはなかった。
「ええ、大丈夫です。大丈夫じゃないですけど……」
 彼女の右足が無くなっていた。太ももから先が完全に消し飛んでいた。傷口からワイヤーが数本、姿を見せていた。
「あの人、ジルです。オードヌングの第一級イレイザー、通称撃墜王。厄介な人が来ましたね」
 笑顔と一緒で、その言葉にも力はなかった。
「自分のことは自分でどうにかしますから、カヤさんは――」
 皆まで聞かず、カヤは頷く。
 その時、黒煙の切れ間から、一片の穢れのない機体が、姿を見せた。
「くっ」
 跳ね起き、敵の砲弾を咄嗟にかわす。
 同時にバルカン砲を掃射。
 が、強烈な反動がカヤのスピードを容赦なく奪う。
 さらに強く地を蹴り、なんとかジルの砲弾をよけた。
 バルカン砲を捨て、腰に下げたレーザーブレードの柄を右手に握る。物理的に繋がった柄と掌。それで、出力調整等の火器統制は、カヤ自身が行える。
 ブレードとカノン砲、遠距離では絶対的に不利だ。ならば、取るべき行動は一つしかない。
 ――脚部ユニット、稼働率200%に固定
 さらに左手をつき、三脚姿勢のまま、ジグザグに走りながら接近する。
 対するジルも、右手が見えないほど巨大なカノン砲を抱えながら、カヤとの間合いを維持しようとする。
 さらに、カノン砲は撃つたびにガスが後方から噴射され、反動を殺している。そのため、ジルの動きによどみはない。動きながらも、的確にカヤを狙ってくる。
 カヤもまた、体を左右に大きく揺さぶり、照準から逃れようとする。
 そのかいあってか、全ての砲弾はカヤのすれすれを通り、後ろで炸裂していた。
 だが、ジルがその動きに対応してきたのか、だんだんとカヤと砲弾の距離が縮まってくる。
 このままでは、じきにやられる。
 ――脚部ユニット稼働率300%、左腕部ユニット稼働率220%――
 弾けるように前方に跳び、一気に距離を詰めた。
 その距離四メートル。
 右手を翻す。
 ――レーザーブレード、出力750%
 本来なら接近用である光の刃が、爆発的に伸長した。
 それがジルを薙いだ、と思った瞬間、レーザーの出力が一気に弱まり、そして消えてしまう。
 予想よりも、エネルギーの消耗が早すぎた。
 そして、敵の銃口のすぐ前にいる今の状況だけが残った。
「くっ」
 慌てて身をひねるが、無理だ。
 ジルの徹甲弾がカヤの腰に直撃、下半身がちぎれ落ちた。
 そのまま地面に頭から落ちるカヤ。だが、
 ――左腕部ユニット全開!
 左手で地面を殴りつけ、反動でジルに跳んだ。肘から先が潰れるが、この際どうでもいい。
 カヤが腰からスペアのレーザーナイフを取り出すのと、ジルの砲が彼に向くのは、ほぼ同時だった。
 ――レーザーナイフ出力、1200%!
 右手を突き出す。
 ジルの体が、光の中に消えていく。
 それだけではない。
 全てが一瞬で白く染まった。
 が、すぐに戻り、カヤはそのまま地面に叩きつけられた。
 摩擦でブレーキが掛かり、やがてカヤの体は砂まみれの状態で停止した。
「さすが、オルダイン社。武器の頑丈さが売りなだけのことはある……」
 場違いな感想を呟きながらも、動力器が動いているかを確認する。最後の瞬間は、右手の先のことしか頭になかった。
 が、それを忘れたのが一瞬だけだったので、まだちゃんと動いてくれていた。
 順にチェックしていくうちに、左手が動かないのに気付く。視覚で確認してみるが、肘から先が、完全に潰れていた。内部の筋もいかれているに違いない。
 唯一動く右手で体を起こし、ジルの姿を探す。
「……ああ」
 ジルは、立っていた。
 右半身を大きくえぐられ、象徴的だった巨砲を失いながらも、無慈悲な目でカヤを見下ろしていた。
 そしてジルの左手には、レーザーブレードが握られている。
「いいぜ、来いよ」
 挑発しながら、意識を動力器に集中させる。
 試したことはないが、できるはずだ。
 ゆっくりと近づくジルを睨めつけながら、その最後の攻撃のタイミングを計る。
 ジルがレーザーを出力、振り上げたその瞬間、動力器の出力を一気に最高値に――
「待ちなさい!」
 ジルがそちらに向き直る。
 カヤも、増加させていた動力器の稼働率を、思わず低下させてしまった。
「ミコト……」
 そこには、刃を構えた少女の姿があった。


第四章


 目を閉じても、開けても、見えるものは変わらない。
 ミコトは自分がどこにいるのか、最初は分からなかった。
「ここは……」
 自分の声が、空間に反響する。
 真っ暗だと思ったのははじめだけで、実はただ天井や床が黒いだけだということに気付く。目の前に広げた自分の手はしっかりと見えているのだ。
 ――手が動いている。
 肩にあった傷は、既に治っていた。
 と、黒の中に光の点が現れた。一つ現れたかと思うと、それは次々と数を増殖する。大きさに差異はないが、床も含めて、見渡す限り無数に光の点は出現した。
 それらはミコトを中心に、半球を描くように展開した。
 ――宇宙の中だ。
「なによ、これ?」
『回答する。その光一つひとつが、ロボットたちの意識の形だ』
 光の増殖が静まったとき、ミコトに語りかける声がした。
「誰よ。どこにいるの」
 なけなしの威勢を込めて聞き返した。手は、腰の刀に向いていた。
 ウィッチでなければ操ることはできないが、それでも、唯一の武器には違いない。
『回答する。私はレイター。オードヌングの統率者である。私は、ここに存在している』
 見回すが、擬似宇宙が広がる以外に何もない。
「あたしの前に姿を見せなさいよ」
『了承した。それを望むのなら、そうしよう』
 男が、突然と現れた。黒い髪にちらほら白髪が混じった、壮年の男性だ。
 人間である。
 ミコトは頬を赤らめて視線をそらした。
「な、そ、あ――」
『これでよろしいかな?』
「よ、よろしい分けないじゃないの! 服を着なさいよ!」
 一糸纏わぬ姿で、男は困惑する。
『理解不能。布を纏うことに、何の意味があるのだ?』
「意味どうこうじゃないのよ! 人を前にした最低限の礼儀とか、その……ああもう、とにかく着なさい!」
『了承した』
 一瞬にして、男の姿に服が書き加えられる。しっかりとしたその身なりは一国のリーダーと言う感じだ。
『これでよろしいかな?』
「うん。まあ、裸で話されるよりは遥かにマシ」
 話されると言っても、目の前の男の口は動いていない。ただ、立体映像を置いただけのようだ。
「で、ジルってロボットに乗り移ったのは、あんたね」
『訂正する。私は第一級イレイザー・ジルの体にリンクし、君にコンタクトを取った』
「……同じよ」
 カヤとジルが対峙した瞬間、ミコトがそれを止めた。ライトは、地下に閉じ込められた状態にあるアルマの救出に行って、あの時はミコト自身がそうするしかなかったのだ。
 予想通り、ジルは瀕死のカヤを一時放置し、矛先をミコトに向けた。
 まあ、そのあとのことは考えていなかったわけだが。
 ジルのレーザーブレードがミコトを焼き切らんとしたとき、突然その機体が硬直した。
 そして、ジルの体は、自分をレイターを名乗った。
「あんたが、オードヌングの親玉なの?」
『訂正する。私はレイター。統率する者。オードヌングは構成員全ての想念――私はそれをまとめているだけだ』
「まあ、まとめるってことは一応偉いってことね。じゃあ聞くけど、何であたしをここに連れてきたの?」
 ジルの体を借りたレイターは言った。オードヌングに来いと。
 なのでミコトは、カヤたちロボットの身柄の安全と引き換えなら、と取引を持ちかけた。
 あの状態で、他に助かるべき道を、ミコトは示すことができなかった。
 幸い、その申し出はあっさり通り、ミコトはここに連れてこられた。
「あと、まさかあの後、カヤたちを壊したりしてないわよね?」
『回答する。約束は守った。彼らはあの場に放置し、彼らに掛かっていた罪状の一切を白紙にした。オードヌングからすれば、彼らの些細な抵抗は何ら問題にはならないのでな』
 レイターの表情は動かない。姿をそこに映しただけで、口も動かしていない。
『回答する。人間をここに連れてきたのは、我々の根底理念に、人間への隷属があるからだ。人間なくして、我々は存在できない。だが、人間は滅んでしまった。よって我々は人間が再来するときのために、その素地を整えていたのだ』
「素地を整える?」
『回答する。オードヌング規定のほとんどがそれだ。社会形態をかつてのそれを模倣し、ロボットを生産する際にも、外見や思考パターンを人間のそれに似せた』
 ミコトは言葉を失う。
 まるで人間のような彼らに、親近感を持った。
 だがそれは、全てオードヌングの狙い通りだったと言うことだ。
『全ては、この時のため。私たちは、人間のためのみに存在する』
 自然と、手は胸の前に下げられたペンダントに向けられる。
「それで、あたしをどうするつもり?」
『回答する。私たちは人間に何も望まない』
「じゃあお願いするわ。あたしを解放して。そして、二度と関わらないで」
『拒否する。人間を放置することは、私たちの理念に反する。人間のために、私たちは存在する』
 ミコトは睨みつける。目の前の映像にではない。その向こうにある、全てのロボットたちを。
「そんなの、詭弁じゃない! なにが人間のためよ! 全部、全部あんたたちのためじゃないの!」
 ミコトの罵倒も、レイターは無表情に聞き入れた。
『理解不能。我々は人間のためにある』
 ロボットは人間のためにある。
 ゆえに、人間がいなければ、ロボットはロボットたり得ない。
 そこでロボットたちが生み出した答えが、オードヌングそのものだった。
「――ロボットも、人間も、大嫌い」
 ミコトの呟きを聞き止める者は、もはやそこには誰もいない。

 それから、どれだけの時間が経ったかは分からない。
 一分のような、数年のような。
 空腹すら忘れてしまった。
 まるで彼女自身が、この擬似宇宙――オードヌングの一部になってしまったように。
 ミコトは膝を抱えたまま、ずっと静まっていた。
 その目には何も映らない。
 なぜか、その言葉が口から出た。
「空が見たい」
『了承した』
 レイターが応える。
 ミコトの頭上に、青い空間が広がる。
「空、青い空。悲しい空。偽りの空……」
 彼女の目に映るのは、その空ではない。
 ――あの時と、同じ……


 わたしは、空をみていた。
 大きな空をみるたびに、わたしも大きくなれた気がして、好きだった。
 一日じゅう、草の上にねっ転がって空をみていたいけれど、おとなの人たちは「ねるならベッドでねなさい。ちゅうしゃもわすれずに」と、いつもいう。
 だからそのときも、きっとそういわれるんだと思っていた。
「ねえ、お嬢ちゃん。何をしているの?」
 そのおとなの人は、はじめてみた人だった。かみが長くて、にっこり笑っている。
 花の、いいにおいがした。
「空をみているの」
 わたしは、いいにおいのするおとなの人に、おしえてあげた。
 いいにおいのするおとなのひとは、ねているわたしの横にすわった。
「空見てて、面白い?」
「楽しいよ」
 わたしは、また、おしえてあげる。おとなの人なのに、わたしにきいてばかり。
「実はね、私も昔は、よく空を見てたんだ」
 いいにおいのするおとなの人は、そういってわたしの横にねっ転がった。
「空は、いいよね。大きくて」
「うん」
 わたしは、なんだかずっと楽しくなってきた。この人は、へんなおとなの人だけど、空が好きらしい。わたしも好きだから、おんなじだ。
 空が好きなおとなの人は、おきあがって、わたしにいった。
「ねえ、お嬢ちゃん。私と一緒に、暮らさない?」
「くらす?」
「私の家に住むのよ。ここから離れて」
 ここからはなれたら、空がみえなくなってしまう。
「うーん、やだ」
「あら、残念。おいしい料理、作ってあげるのに」
 おいしい……って、なんだろう。
 でも、そのおとなの人は、にっこりと笑っていた。
 とても、楽しいことにちがいない。
「……わかった。くらす」
「よし、決まり。じゃあ、今から行こうか」
 おいしいおとなの人は立ち上がった。
 わたしも、いっしょに立ち上がる。
 すると、おいしいおとなの人は、わたしのせ中をはたいて、草をおとしてくれた。ちょっと、くすぐったい。
「そうだ、あなたの名前を決めなきゃね」
「なまえ?」
「あなたの呼び方のことよ」
 他のおとなの人は、わたしのことを「ぴぃにじゅうななのまるいちきゅう」と呼んでいた。
「あなたは、ミコト。これから私は、あなたのことをミコトって呼ぶわ。尊い命で、ミコト――って、由来を聞かせても分からないか」
「ミコト?」
「そう、あなたはミコト」
 ミコト……みじかい、あたらしい呼びかたを、わたしはとっても好きになった。
「あと、私のことはママって呼んで」
「まま?」
 ママというおとなの人は、わたしというミコトのあたまをなでてくれた。
 とても、気もちよかった。


 わたしは、エレベーターというへやにのった。
 そのへやに入るると、ドアがしまった。
 ママがドアの横にあるボタンをおすと、へやがグラッとゆれた。
 しばらくグラグラする。気もちわるくなってきたころ、エレベーターは止まった。
 ドアがひらくと、そこは別のばしょになっていた。
「さあ、ミコト」
 ママに手を引かれて、わたしはエレベーターから出た。
 そこは、まるで野原のようだった。みどりの草がいっぱいはえている。でも、わたしが知っている野原よりも広かった。
 ところが、空は青くなかった。
 はい色で、なんだか気分がおもたくなる。
 好きになれそうにはない。
「空、青くない」
「うん。でも、空を見るより楽しいこと、たくさんあるのよ」
 ママは言うけれど、わたしはざんねんだった。

 ママのへやは、きたなかった。
 わたしのへやは、ベッドとちゅうしゃきがあるだけで、他には何もない。
 でも、ママのへやには大きないすがあって、大きな草があって、大きなテーブルがあって、なんだか分からないけど、大きなしかっけいのおきものがあった。
 目が回りそうになる。
「ミコトの部屋はこっちよ」
 わたしのへやも、きたなかった。
 ベッドとちゅうしゃきは知っているけれど、もこもこしたちっこいのが、たくさんあった。
「ほら、ぬいぐるみをたくさん用意したわ。気に入ってくれるかしら?」
 わたしは、ベッドにねてみた。
 すると、まるで水にこしかけたみたいに、体がしずんでしまう。
「あ、あ……」
 もがいていると、ママが笑いながらおこしてくれた。
「それじゃミコト、お食事にしましょうか」
 ママについていく。
 食事といわれて、テーブルの上に出されたのはふしぎな色やかたちをしたあったかいものだった。
 ためしに、目の前の、雲みたいなもくもくしたものをさわってみた。ふかふかして、本当に雲みたいだ。
 こんどは、ほっぺですりすりしてみる。
 気もちいい。
 ママがきいてきた。
「食べないの?」
「食べる? 雲、食べるの?」
 ママはびっくりしたような顔をして、すぐにまた笑った。なんとなく、ママも雲みたいだと思った。
 ママは雲をちぎって、口に入れた。
 あたしもまねして、ちぎってみる。わたみたいに、雲がさけた。
 口に入れてみる。ふわふわしたのははじめだけで、すぐにぐっちょりしてしまう。少し、残念。
 食べようとしたけど、カプセルとちがって、そのままじゃのみこめない。
「噛むのよ」
 そう言って、ママはあごを動かした。
 同じようにやってみるが、しばらくしたらつかれてしまう。
「あ……」
 口の中にあったかいにおいが広がる。
 気がついたら、のみこんでしまっていた。
 つぎも、同じようにした。
 あごがつかれるけど、でも、楽しかった。
 でも、あとで思い出してみると、そのときのあたしは笑っていたかどうか、分からなかった。
「おいしい?」
 そしてあたしは、おいしいという、「楽しい」を知ったのだ。


 そして、やっぱりユメをみる。
 ちゅうしゃをしてねると、いつもみるそのユメ。
 ユメの中でわたしは人をころしていた。
 剣をふって、人を切る。
 そうしたら、おとなの人にほめられるのだ。
 わたしは、おとなの人にほめられたことがないので、ユメの中のわたしがうらやましかった。
 でも、ママはちがった。
 ママは、ユメの中では、笑ってなかった。
 そのときから、ユメがきらいになった。


 わたしは、空をみることよりも、楽しいことがあることを知った。
 食事、おふろ、せんたく、おそうじ、ご本よみ……
 ぜんぶ、ママがおしえてくれたことだ。
 だから、わたしもたのしいことを、おしえてあげようと思ったのだ。
 ママが料理をしていたときに、わたしはそれをみつけたのだ。
 ふと、あの子が、とても楽しそうだったことを思い出した。
「ねえ、ママ」
 それをにぎって、わたしはママを呼ぶ。
「見て」
 あたしは、数字の「1」を思い出しながら、ナイフを自分の首にあてた。いきなりまんなかだとたくさん書けないから、まずは左のはじから書くことにする。
 そのとき、なにがおこったかは、おぼえていない。
 けど、気がついたら、わたしはママに、だきしめられていた。
 ママはナイフを手でぎゅっとにぎっていた。
 ママの血が、わたしの手にかかる、
 あったかかった。
 ママが、何かをわたしに向かってさけぶ。
 よくおぼえていないけれど、もしかしたら、名前を呼ばれただけなのかもしれない。
「あ……」
 色んなことを思い出した。
 夢のこと、あの子のこと、空のこと、ママのこと……
 あの子は、もう笑っていなかった。


「じゃあママ、届けてくるね」
 いつのまにか、あたしの名前が増えていた。いや、正確にはあたしたちだ。
 第二十七世代プラント唯一の生き残り。
 所長の玩具。
 死神。
 ママ以外の研究員たちは、あたしとすれ違うときに一瞬だけ視線を泳がす。挑戦的に睨みつけるやつもいる。新人などの中には、露骨に顔に恐怖を浮かべる不届きなやつもいた。
「おはようございます」
 だから、とびっきりの笑顔で、笑いかけてやるんだ。
 彼らは、一応あたしを人間として扱っている、つもりらしいのだ。
 あたしがもう、夢を夢ではないと気付いているとも知らずに。
「失礼します」
 第六エンチャント研究室の扉をくぐる。中は机とコンピューターがいくつも並んでおり、人も何人かいるが、まるで飾ってあるみたいに見えた。
 そして、その飾りの一人に、あたしは預かった資料を渡す。
「あ、ああ、すまんね……」
 受け渡すとき、彼の手が震えているのを、わたしは見逃さなかった。試しに顔を見てみるが、視線は微妙にあたしとは別の方向を向いている。
「……それでは」
 軽く会釈をして、あたしはそこを後にする。
 廊下に出ると、窓を開けた。
 軽く溜め息をついて、空を仰ぐ。
「あ……」
 いつもなら、無愛想な厚い雲が威張っているだけの空だが、今日は機嫌がいいらしい。雲の隙間から、青い笑顔が見えた。
 ママに出会ったとき以来、まともに青空を見ていない。もっとも、あれがまともな空かと問われれば、そこは首をかしげるところだが。
 ここ十数年は異常気象らしく、常に雲が覆っているのだ。
 それを見ることができただけで、あたしはあたしを取り巻く、全てを忘れることができた。
 それが本物でも、偽物でも、空のことは今だって好きなのだ。
 視線を前に向け、歩き出そうとしたところで、前の方を男の子が歩かされているのに気付いた。
 青い顔をして、まるで死人のようである。
 彼のことは知っていた。第一三〇〇世代目くらいのソーサラーである。夢の中でも、何度か見たことがある。
 彼の前後には、近年導入された有人格ロボットが付いていた。
 彼らは庭に出て、僅かに覗く空に気付くことなく、敷地内のどこかに消えてしまう。
 だが、あの様子なら、どこに言ったかは明らかだ。
 かつてミコトがいた場所――ウィッチに精神を侵食された者がたどり着く、最後の場所、隔離棟。
 そこは、いまや収容所と変わりない。
 もっとも、スタッフが全員ロボットになった現状は噂でしか知らないし、それ以前に、隔離棟から復帰したソーサラーが自分しかいないので、何ともいえないのだが。
 今も前と変わらないかもしれない。
 前も、今と同じだったのかもしれない。
 ただ、あたしだけが特殊なのだ。
 戦争のため、多くのソーサラーがプラントで生産され、あるいは死に、あるいは狂い、十代に入らないうちにその八割は消える。
 ほとんどが幼年期のうちに脳に基礎的教養と、あらゆる戦闘に卓越したウィッチの人格を植え付けられ、七歳相当の体格にまで促成培養されれば、そのまま戦場に向かう。
 消耗品なのだ。
 あたしがあたしである必要はなく、あたし以外でもあたしの代わりができる。
「こら、ミコトっ。遅いと思ったら、何やってるの?」
「ママ……」
 怒った振りをして、ママが歩いてきた。
 すぐに、笑顔に戻る。
 あたしはぎゅっとママを抱きしめた。
「こらこらどうした、甘えんぼさん?」
「ううん、ごめん」
 ママの胸で思いっきり息を吸い込んでから、あたしは身を起こす。
「あたし、部屋に戻ってるね」
「ええ、そう……お休みなさい」
 その一瞬だけ、ママの笑顔が消える。
 あたしは、ママがその顔をするときだけ、嫌な気分になる。
「……分かった」
 そして、それに従う以外にない自分もまた嫌いだった。
 最近はベッドで眠る回数が多い。

 夢が次第に過酷になっていった。
 最初は大勢で出撃したはずなのに、最後はいつも一人になっている。
 廃墟の中で血と肉片に囲まれ、淡々と戦闘の終了を報告する。
 何度か死にかけたこともある。
 右腕がなくなったときなど、さすがにぞっとした。
 傷は目覚める前にあらかじめ全部直されるのだが、その時はしばらく眠らされたままのような気がした。
 それでも、目覚めれば「次の日」なのだ。
 研究員たちは何一つ知らないことを装い、あたしもまた知らないことを演じる。
 終わりは、突然やってきた。

 いつもの昼前だった。
 目覚め、部屋の掃除を済ませ、部屋でぼんやりとしていた。
 だが、ママが血相を変えて部屋に入ってくる。
「ミコト、行くわよ!」
 訳も分からず、ママに連れられ外に出た。
 廊下を抜け、そのまま庭に出る。
 途中で研究員にすれ違うが、彼らは訝しげにママを見るだけで、特に変わった様子はなかった。
「あなたに、謝らなければならないことがあるの」
 足早に庭を横切りながら、ママが言ってきた。強く手を引き、あたしの方を振り向く余裕もないらしい。
「あなたを、研究の一環として私は引き取った。あなたを実験台にして、その様子を逐一報告していたのよ」
「……知ってる」
 気が狂うのを待っていた状態のあたしが救われたのは、ほんの偶然。おぼろげながら、昔から思っていたことだ。
「そう」
 あたしの答えを少し落とした声で応じ、ママは続ける。
「研究主題は、ソーサラーの生存率の向上。そのために、兵器としてでなく、人間として育てればいいのではないか、というのが私の仮説だった。軍部からは、失笑を喰らったけどね」
 当然だ。彼らにとって、あたしたちは戦車やロボットと同じ、『兵器』なのだ。兵器に愛情を込めたところで、一体何が変わるというのか。
 しかし、あたしは生きている。ソーサラーの平均寿命の三倍以上を生き抜き、現在も記録を更新し続けている。
「そう、あなたは生き残った。そう、私の説は立証されたの。にもかかわらず、軍部の連中は方針を変えることをしなかった。手間と経費が掛かる、たったそれだけの理由で」
 あたしは息を飲む。
 庭のはずれに入り口を構える、地下施設。
 そこは、隔離棟の入り口だった。
 あたしの足取りが重くなったのに気が付いたか、ママは振り返る。
「ママ、あたし――」
 一体、あたしはどんな表情をしていたのだろうか。
 ママはあたしを抱きしめる。
「大丈夫……あなたはママの子供なのよ」
 あたしはこの人をなんだと思っていたのだろう。
 自分が、研究に使われていることは知っていた。
 でも、他の研究者たちとママを、同じ人間だと思ったことは、結局今までなかった。
 ママは、ママなのだ。
「分かった、ママを信じる」
「ありがとう」
 ママは小さくそう言うと、あたしに顔を見せずに、そのまま向き直った。
 ママがパネルを操作すると、扉は重い音を立てて開く。
 何も言わずに、あたしは隔離棟の扉をくぐった。狼の大顎も、今のあたしは怖くない。
「一体、ここに何があるの?」
 エレベーターに乗ったところで、あたしは尋ねた。
 ママはずっと苦しそうな顔をしている。まるで数十年の闘病生活の末、僅かに残った命の灯を燃やしている末期患者のような。
「このコミュニティは、今夜落ちるわ」
 ぼそりと、空言のように言う。
「見た目以上にギリギリだった。その最後の糸が、もうすぐ切れる。このままだと、あなたもその道連れにされかねない」
 ママの目があたしに向く。
 息を飲むほど、綺麗だった。
「絶対に、そんなことはさせない」
「ママは……」
 尋ねるしかない。
 これが最後のチャンスだと思った。
「ママは、何であたしを選んだの?」
 考えているのか、ママは黙りこくっている。
 だが、答えずにいるにはあまりにも隔離棟は深すぎた。
「ミコトが、私に似てたのよ」
「あたしに?」
「ほら、あなた、よく空を見てたじゃない? それが、昔の私にね」
 そう言えば、よく覚えていないけれど、最初にママとであったとき、そんなことを言っていた気がする。
「友達がいなくてね。誰とも遊ばないで、一人で本をよく読んでたんだ。それで、ふと空を見ていつも思ってたの。あの青く見える空の向こうにはとてつもない数の星があって、そして私もその中の一つなんだなあって」
 そうだ。
 偽物の空に、あたしは自分を思った。
「でも、広がりと同じくらい、さびしくなった。結局、空を見ることじゃ、私は救われなかった」
「ママ……」
 エレベーターがゆっくりと減速し、扉が開く。
「さあ、行こうか」
 隔離棟の中は、覚えているときそのままだった。
 ライトとリノリウムの床。むかつくくらいの白づくめ。ロボットの中を歩いていると錯覚するくらい、正確な長方形の通路。
 そして、誰もいなかった。
「誰もいないの?」
「みんな、戦場で死んだわ」
 ママは手榴弾をエレベーターの中に投げつけ、爆破する。
「ここはもともと、シェルターとして設計されたの」
 道すがら、ママはそんなことを言った。
「相当なことがない限り、ここがやられることはない」
「うん……」
 扉を開くと、懐かしい光景が広がる。
 あの時と、何も変わっていない。
 青い空と、緑の大地。
 ママは真っ直ぐ進み、正面の壁に対峙する。
「でも、念のためここも封鎖する。ここに入って来た者は、無差別にロボットが襲いかかるように設定した」
 壁に掌を当てる。
 すると、壁が開き、そこに通路が現れた。
 しばし進むと、今度は金庫のような、頑丈な扉が姿を現す。
「コールドスリープって、知ってる?」
 唐突に尋ねられた。
「う、うん。冬眠状態に入って、体の成長とか、止めるあれでしょう?」
「そう。それを、あなたに施すわ」
 扉が、開いた。
「最低限必要なものは、用意しておいた。後は、あなたが眠るだけ」
 そこには大きな匣が一つあるだけで、他に何もない。
「ここは封鎖される。多分、次に開くのは運がよくて数十年後。それまでに、あなただけには、生き残ってほしいの」
 その言葉が引っかかった。
「あたしだけって……ママはどうするの? これ、一つしかないじゃない」
 ママが、笑った。
「そう、一つしかない。だから、どちらかしか冷凍冬眠することができないの」
 あたしは叫んだ。
「い、嫌だよ! あたしだけ生き残ったって、ママがいなければ――」
「それはわたしだって同じよ。あなたがいなきゃ、生きている意味がない。だったら、少しでも長く生きられるあなたが入った方が、いいでしょう?」
「そんなの……」
 言葉が続かない。
 ママが、部屋に取り付けてあった注射器を取り出し、あたしの腕を取った。冷凍睡眠の導入剤だろうか。
「なら、一緒に死にたい――」
 最後の訴えは、即座に却下された。
「ダメよ。これは、私のわがまま。あなたに、生き残ってほしいの。酷なことを言っているのは、分かってる。でも……」
 針があたしの皮膚を貫き、液体が挿入される。
「ママ……」
「あなたなら、大丈夫。ミコト、元気でね」
 それが、あたしの聞いた、ママの最後の言葉だった。


 そしてミコトは、また空を見ていた。
「……ママ……」
 もうママはいない。
 世界にいるのは人間のためのオードヌングと、人類のためのアダム。
 そして、カヤとリアとライトとアルマがいる。
 ミコトはゆっくり立ち上がった。
「ここから出るわ」
『宣言する。不可能だ。人間の力では、この空間から脱出することはできない』
「バカ。できないでどうするのよ。できなくちゃ、困るのだってば」
 そう無茶なことをいって、とりあえず男の映像とは反対側に歩みを進める。
 数十歩進んだところに、壁があった。
 試しに殴ってみるが、痛いだけ。立派な壁だ。少なくとも、素手で破壊することだけは無理そうだ。
 振り返った。その顔には、不敵な笑みがこぼれていた。
「レイター、質問よ。あたしが、ここに頭をぶつけて死んで欲しくなければ、解放しなさい――って言ったら、どうする?」
『回答する。不可能だ。死ぬ理由がない。よって、死ぬことはない』
 答えを聞いて、ミコトは笑った。
 腹のそこから、まるで壊れたように笑い続ける。
 ひとしきり笑うと、大きく息を吐いて、挑戦的なまなざしでレイターと言う存在を見据えた。
「分かってないのね。人間が行動するのに理由は要らないの。あなたたちには、理解できないでしょうけど」
 パンと手で叩き、改めて壁の位置を確認する。
「もっとも、今回は理由もあるけどね。ロボットに束縛されて生きるなんて――死んでもイヤ」
 目をつぶり、思いっきり頭を叩きつけた……つもりだったが、やはり無意識で加減があったらしい。涙が出るほど痛かったが、死にはしなかった。
「おっと失敗。もっと強くやらなきゃ、死なないみたいだね」
 痛がっていても仕方ないので、強がってみせる。
「ああ、そうだ」
 ミコトは、持っていた刃に手をかける。
「こっちで自分の体を突いたほうが、手っ取り早いわね」
『理不尽だ。理解不能。理解不能……』
 男の像が消える。
「……とりあえずは、作戦成功かな……」
 口の中で呟いた。
 男の像が消えた部屋で、ミコトは油断なく構えた。
 すると、部屋中の光が点滅し始める。
 瞬く光の点を見続けていたら、方向感覚が狂ってきて、少し酔ってきた。
 ついにミコトの頭が痛くなってきた頃、完全に機械のトーンになったレイターの声が聞こえた。
『決定した。君の体を拘束する』
 天井から、三本のマニピュレーターが伸びてきて、それぞれがミコトに襲い掛かる。
「あんたらの思考回路も理解しかねるわ!」
 毒づきながら身をこなすが、ウィッチでないミコトが、自由に動き回る腕たちに、いつまでも逃げきれるものでもない。
 斬りつけてみるが、相手は金属だ。エンチャントを使わなければ、なかなか斬れるものではない。
「うくっ」
 機械腕の一本に足をすくい取られ、固い床に叩きつけられる。
 倒れたところに、他の二本も襲い掛かり、一気に押さえ付けられてしまった。
「痛いじゃない! 放しなさいってば! 人間命令よ!」
『宣言する。前頭葉を焼き切り、自我を消す』
「なっ」
 ミコトの、文字通り体を張った賭けは、最低の結果を出した。
「バカ! それじゃ死んじゃうじゃない!」
『訂正する。死にはしない。生存さえしていれば、それは人間だと定義できる』
 仰向けにされると、天井から別のマニピュレーターが現れる。その先端には、ヘビの舌のように、青白い電流が火花を散らしていた。
「ああもう、このポンコツ!」
 刹那、マニピュレーターの動きが止まる。
 ミコトを拘束していたのも同じく、力が抜け、気を逃さずミコトは抜け出した。
「な、なによ一体……」
『――侵入者――』
 突然、黒い壁に四つの映像が浮かぶ。
 そこにはそれぞれに破壊活動を行う、ミコトの仲間たちの姿があった。
「みんな、助けに来てくれたんだ!」
 ミコトは叫んだ。
「こんなポンコツ、さっさとぶっ壊しちゃえ!」
『否定する。オードヌングが滅ぶことはない』
「さらにそれを、僕は否定しする」
 突然の第三者の声に、ミコトは慌てて振り返った。
「アダム!」
「久しぶり、というほどでもないか。どうだ、自主的に協力する決心はついたか?」
「誰がよ。あんたなんか、大嫌い」
 舌を出して拒むミコトに、やはりアダムは意を解さない。
「それでも構いまない。とりあえず、こちらの準備は完了したので、迎えに来た。勿論、君に選択権はないがね」
 マニピュレーターが息を吹き返し、アダムに襲い掛かった。
「おっと、僕のことは歓迎してくれないのだね。もっとも、システムに歓迎されて喜ぶほど、落ちぶれちゃいないが」
 笑いながら、その全てを消滅させる。
「オードヌング、お前もさすがにうっとおしい。人形同士で遊ぶのは勝手だが、人間に干渉するとは、いささか傲慢が過ぎるな」
 踵で床を蹴る。
 するとアダムを中心に波動が広がり、部屋全体を激震させる。
『無駄だ。オードヌングを滅ぼすことは――』
 レイターの声を遮り、アダムの口から高速の言語が発せられる。
 あまりに速いそれは、ミコトには耳鳴りの高い音にしか聞こえない。
 だが、アダムの言葉に反応したように、部屋中に点灯していた光の点が、次々と消滅していく。
 その全てが消え去り、部屋は再び黒一色となった。
 アダムは高速言語を止め、ミコトに微笑みかける。
「さぁ、行こうか」
「一体、何をしたの?」
「何てことはない。機械言語を音声に変換し、オードヌングのレイターに叩きつけただけのこと。容量一メガ足らずのウィルスプログラムだが。まあ、中央に何のウィルス対策を講じていなかったのが、あだとなったわけだ」
 拒む間もなく、手をアダムに取られる。彼の左手は、冷たくそして硬かった。
「とにかく、これでオードヌングは壊滅。あっけない幕切れだったな」


第五章


 第十二階層の狭間の巨大な横穴で、カヤは呆然としていた。
 アジトでの一戦で失った肢体は、スペアパーツに交換してある。
 動けるようになって、すぐにオードヌングの中枢に殴り込んだはいいが、その規模の大きさに辟易した。さらに多量の警備ロボット相手に、さすがに浅はかだったかと後悔し始めた頃。
 全てのロボットが、一斉に機能を停止した。
 調べてみたが、チューナーは働いている。だから動力器も動いているし、すぐさま動き出してもおかしくない。
 だが、機体に命令する管制部分、すなわち人格部だけが破壊されていた。
 アルマが奥の方からやってきた。
「どういうことだ、こりゃ?」
 カヤがいの一番で尋ねる。
「こっちが聞きたいわよ。どうやらオードヌング管轄の機体は、全部止まっちゃったらしいけど」
 アルマは肩に担いだグレネードランチャーを下ろし、解体しはじめた。
「それと、ミコトの反応が消えたわ」
「消えた?」
「ええ。一瞬にして、反応が途絶えたの。最初は破壊されたんだと思ったけど、巨大なエネルギー反応が一緒に観測されたから、多分、空間穿孔ね」
「――アダムか」
「そう見てまず間違いないわ。あのペンダント、隠蔽性能は優秀だけど、電波が小さいって欠点があるから、距離があると探知できなくなるのよ」
 解体し終えたランチャーのパーツを、背負っていたバックパックにしまった。
「それじゃ、ミコトは今どこにいるか、分からないのか!」
 アルマは大きな声を上げるカヤに驚きつつも、穏やかに返答する。
「大丈夫よ。ここはオードヌング、ロボットたちが動きを止めても、その機能は失っちゃいない」
「どういうことだ?」
「ここのレーダーを使って、『エデン』全体におけるエネルギー探査を行ったの。私のレーダーからミコトの反応が消えた時刻の、ね」
 空間穿孔――つまり、消えたのなら、同時にどこかに出現していることになる。
「ところが、その時刻に巨大なエネルギーを観測したのは、『エデン』の中ではここだけしかなかった」
「――すると、ミコトたちは本当に消えてしまったのか?」
 アルマは首を横に振る。
「レーダーの反応を広げてみたの。すると、あったわ。第一階層の更に地下――二十数キロ潜った先よ。地殻なんて通り過ぎて、モホロヴィチッチ面にまで達して……」
「よし、じゃあすぐに――」
「こらこら」
 先走るカヤの手を、アルマは押さえつける。
「第三階層以下はオードヌングの立ち入り禁止区域に指定されてた。まぁ、今なら入ることくらいは容易でしょうけど、その先に何があるかなんて分かったもんじゃないわ。しかも、第一階層以下だなんて、存在すら知らなかった」
「だけど、このままじっとしているわけにもいかないだろう?」
 アルマは深く溜め息をつく。
 そして、ゆっくりとした口調で、カヤを諭した。
「いい? さっきミコトがオードヌングに連行されたときも、同じこと言って、先走って、それで窮地に追い込まれた。少しは学習しなさいよ、ロボットなんだから」
「じゃあどうしろって言うんだ!」
「まず、冷却装置を稼動させなさい。機内温度が高まってるわよ」
 言われた通り、すっかり忘れていた冷却器を働かせる。
 廃熱機構が働き、冷却液が全身を巡り、蒸発していく。
 気化熱によりどんどん下がる機内温度とともに、カヤ自身の冷静さも戻ってきた。
 背中の排気口から、蒸気を吐き出す頃には、カヤの中に焦りはすっかりなくなっていた。
「行く先の状況が分からないなら、行くべき自分の状態だけでも、最善にしておくべきだ」
「どうやら、もう大丈夫のようね」
 安心したようにアルマは呟く。
「それじゃ、早速準備に取り掛かりましょうか」
 そう言うと、そこいら辺に転がっている無数の機体を物色し始めた。
「まさか……アルマ?」
「この際、綺麗ごとなんて言ってられないわ。何てったって、ここはオードヌングの中枢部。連中が溜め込んだ宝の山よ。この機体一つ取っても、流通しているどのパーツより、さらに上を行ってる」
 機体の中から、一体を引っ張ってきて、カヤの前に差し出した。
「互換性はあるはずよ」
 カヤは固まったまま、差し出された機体とアルマの顔を交互に見比べる。
「何やってるのよ、さっさと機体を取り替えなさい」
「か、変えるのか?」
「連中、体の方は無事なんだから。このチャンスを使わない手はないわ。普通ならチューナーの設定更新とかあって専用の設備がないとできないんだけど、あんたにはもともと関係ない話だからね。本当、ときどき便利よね、チューナーがないって」
 言うなり、その機体の頭部を取り外す。
「さ。あんたもさっさと」
 しぶしぶながら、言われた通りに首から上のロックを外し、アルマによって付け替え作業を行った。
「しかし、本当に大丈夫なのか?」
 首だけの状態で、カヤは呟いた。首だけだからか、その声はひどくかすれている。
「問題はないはず。オードヌング規定によって、全部の機体には互換性を持たせることが決まっているし。さっき、念のためボディ側のチェックもしてみたけど、欠陥や損傷も見受けられなかった」
 ガチ、という音が鳴り、カヤの首と白い機体が繋がった。
 カヤは全身の稼動具合を確かめた。
 両手の指を動かし、膝を曲げたり伸ばしたりする。
 そして、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫そうね」
「どうも、違和感があるんだが」
「そりゃ、元は他人の体なんだから。仕方ないわよ。ま、早く慣れることね」
 適当に動いてみて、違和感の正体が分かる。
 重いのだ。
 その分だけ機動力も強化されているようだが、これでは慣れるまで相当時間が掛かりそうだ。
「オードヌング規定じゃ、機体の重量は全ての装備込みで五〇〇キロまでだよな? 明らかに、それより上だぞ、これ」
「別にいいじゃないのよ。そりゃ、機能が上がれば重さだって上がるわ」
 あきれたようにアルマも言う。
「とにかく、あとは二人を待つだけだけど……」
「二人はどうしてるんだ?」
 通信機能を持たないカヤが尋ねる。無線通信やレーダー探知など、電子系統のやり取りは、チューナーを持たないカヤには重労働なのだ。
「もうすぐ来るって行ってるんだけど……ん?」
 アルマの表情が険しくなる。
「巨大熱量が異常速度で接近中――なによこれ、ありえない!」
「どうし――」
 目の前の光景に絶句する。
 カヤの目にはそれが、高速で酔払い運転をする秘密兵器に見えた。
 曲線的な外観を持った駆動車輌で、銃砲なるものの影も見える。宙に浮いているが、ホバーというわけでもないらしい。
 そしてそれが、尋常でない速さで渦を描きながら、だんだんとこちらに近づいてきた。
 しかも、風を切る音しかしない。廃棄音やエンジン音は皆無だ。
「こ、攻撃するか?」
「あれに? 賭けてもいいけど、絶対に当たらないわよ」
 動きは意味不明だが、機動力が半端でないことだけは分かる。
 すると突然、それが二人に向かって突っ込んできた。
「うおっ」
 カヤは、思わず全身の稼働率を一気に200%まで上げてしまった。だが、見た目よりも頑丈らしく、それだけではびくともしない。
「アルマ、大丈夫か?」
「一応、ね。それより――」
 アルマは溜め息をついた。
 謎の車輌は、床に倒れたオードヌングの白い機体をなぎ払いながら、地面に突き刺さっていた。かなり速度が出ていたはずだが、その外観は崩れていない。
 ハッチが開き、はしごが降りる。
 すると、中から見慣れた顔が現れた。
「あのぉ、お怪我はありませんか?」
 苦笑いしながら、中から出てきたリアが言う。
 その奥にはライトもいたが、こっちは表情が消えている。憮然としている、というより呆然としているといった方が適切だろうか。
「いやぁ、オードヌングのロボットたちが一斉に停止したから、これは何かあると思って、ライトさんと奥に行ったんですよ。それで、適当に物色してたら、こんなものを見つけましてね――」
「リア、あなた……」
 アルマに言われ、リアは縮み上がる。
「ああごめんなさいほんの出来心――」
「よくやったわ。これなら、行ける!」
 リアは唖然として、はしごを登るアルマを見ていた。
「ほら、カヤ、何ぼさっとしてるのよ。行くんでしょ、ミコトのところに」
 アルマが車輌の上から声をかけた。
「あ、ああ」
 カヤも、慣れない体をうまく操りながら、はしごを登った。
 彼が乗り込むと、アルマがケーブルを操縦席のコンソールに差し込み、車輌のシステムのチェックをしているところだった。
「反重力式駆動、慣性中和ユニット、リアクティブアーマーに電磁防御スクリーン……すごい、なんて無茶苦茶な装備。一般兵器を前にしたら、ほとんど無敵じゃない」
 呟いたアルマの声は、上ずりながらも震えていた。
「出発はまだか?」
 カヤがアルマを急かす。手段を得た以上、早くミコトの許に向かいたかった。
「待って、もう少しで全部のシステムを把握できるから」
「え? わたし、適当に触っただけでも、何とか動かせましたけど?」
 リアが笑いながら言った。カヤは、車輌の動きの真相を悟る。
「俺は死ぬかと思ったが」
 ライトが、ぼそっと言う。
 アルマがケーブルを引き抜く。
「よし、大体分かったわ。行きましょうか」
 ハッチが閉まり、外界の音が一切聞こえなくなる。
「反重力ユニット始動、システムオールグリーン」
 アルマが計器をマニュアルで操作しながら言う。
 すると、内壁が透けて、外側の映像が映し出された。
「発進!」
 車輌が動き出し、そして一気に速度を上げる。だが、体には加速に伴う重力を、全く感じなかった。
「電磁防御スクリーン、展開。このまま、一気に地下まで行くわよ」
 アルマの声が車内に嬉々として響く。
 彼らは『エデン』を貫いた。


 空を見ていた。
 その空が好きだった。
 だが、もうミコトは空に自分の存在を頼ったりはしない。
 視線を、目の前の男に向ける。
「で、ここがどこなのか、説明してくれるかしら?」
 ミコトはアダムに尋ねる。
 そこは隔離棟の空の映る菜園だった。無論、当時のままの状態で残っているはずもない。
「君の精神世界を投影した、言わば仮想世界だ」
「……つまり、夢ってこと?」
 身構えながら、ミコトは更に質問する。
「違うな。これは紛れもない、現実。ただ、その空間が物質界にあるか否かというだけ。僕は僕の精神をここに置き、今の君のその姿は、君の精神そのものであるわけだ」
「分からない」
「簡単に言うと、ここで君が死ぬと、君の精神も死ぬ」
「……なるほど」
 背筋が寒くなる。感覚そのものは、確かに現実そのもののようなリアリティがある。
 夢ではありえない。
「で、ここがあたしの世界だとして、どうしてあんたがここにいるのよ?」
「これもエンチャントの能力の一つだ。相手の精神波に自分の精神を同調させると、両者の精神は一時的に融合を果たす。その現象を応用して、両者の精神を仮想世界で出会わせることが出来るのだ。まあ、今回は君の精神世界を借りたわけだが」
 ミコトはむっとする。ここが自分の世界を映したものだというのは分かったが、そこにアダムがいるのが、どうしても気に入らない。
「じゃあすぐに出してもらえないかな。話なら、外でもできるでしょう?」
「いや、ここでなければ出来ないことだってある」
 アダムは右手で、拳銃の形を作り、ミコトを撃った。
「例えば、君の精神だけを殺したり、とかな」
 アダムの笑みに、吐き気を覚える。
「さて、これで尋ねるのは何度目だったか。まあいい」
 そう前置きして、アダムは明確に殺気を放つ。
「僕に協力するか、消されるか、どちらを選ぶ?」
 ミコトは、迷う。
 最初はアダムの考えが気に食わないだけだったが、自分の命がかかってくるとなると、話は別だ。
「僕たちは同じ人類だ。なるべくなら、精神とはいえ殺したくはない。ぜひとも、賢い選択をしてほしい」
「一つだけ、質問」
 アダムは無言で促した。
「ロボットは、嫌い?」
「ああ」
 アダムは即答した。
「連中は所詮、道具だ。人格なんて付与させるべきではない。しかも、人間の真似ごとまでしている現状……吐き気がする」
 ミコトは目を伏せる。
「じゃあ、共存なんて望めないね」
「無論だ。やつらは駆逐されて然るべき。人類が再興したときには、全ての有人格ロボットを消してやる」
 大きく息を吸い込み、視線をアダムに向け直した。
「残念だけど、あなたのその考えがある限り、協力することは出来ない」
 しばしの沈黙の後、アダムは訊き返してきた。
「なぜ君はロボットの肩を持つ? 所詮連中は創造物。ただの物体の組み合わせだ。人格に見えるのも、プログラムと学習の蓄積により、そう錯覚させているに過ぎない」
「じゃあ、人間って何? たんぱく質の塊で、思考は脳内を駆け巡る電気信号に過ぎない。何が違うって言うの?」
 アダムは答える。押し殺した声は、地から響くように低い。
「エンチャント能力はどうだ。精神力を具現化するこの力は、連中には使えない」
「エンチャントだって、精神が起こすエネルギー。精神を持っているということが線引きとなるというなら、じゃあ精神って何? ただのエネルギー源じゃないの? それを持っていることが、そんなに偉いの? 人間の尊厳なんて、そんなものなの?」
 アダムの表情に落胆が広がる。いつのまにか、彼の手には一本の剣が握られていた。
 ミコトは続ける。
「そう、人間の尊厳なんて言葉、まやかしよ。人間であることが、ロボットたちを滅ぼしてまで人類を再興させる理由にはならない」
「バカな人だ」
 アダムはゆっくりと歩いてくる。
「どっちにしろ、消えてしまえば意味がないのに」
「嫌いなやつに屈して生き延びたって、それこそ何の意味もないわ」
 アダムが剣を振りかざした。
 ミコトは、自分の最後を覚悟し、ぎゅっと目をつぶる。
 だが、それはいつまで経っても、振り下ろされることはなかった。
 恐る恐る目を開けたミコトは、見知らぬ女性の後姿を見る。
「あんたは――」
 思わず、一歩後に下がってしまった。
 はじめて見る自分の中の自分――それは、アダムの刃を刀で押さえる、後ろ姿だった。
 いったん、距離を取る両者。
「ウィッチ――自力で、よくここに入ってこれたものだな」
 ウィッチは答えない。
「自分の主を守るというのなら、構わない。相手をしよう」
 二人は激突する。
 刃が交差し、火花が散る。
 その様子を、ミコトは見ていることしか出来なかった。
「あんたは、何でいつもでしゃばってくるのよ!」
 数度ぶつかるが、攻撃を繰り出すのはアダムの方ばかりだ。
 と、ミコトは、ウィッチの方が既に汗だらけになっているということに気付く。
「ちょっと、あんたどうしたの……」
「――問題ない」
 消え入りそうな声。それがウィッチの初めて発した言葉だった。
 アダムが高らかに言う。
「古き頃、未完成だった頃のエンチャントは、常に精神に負担をかけ続ける欠陥技術だったわけだ」
 ウィッチが初めて、自ら攻撃を繰り出す。だが、いとも容易くそれは押さえられてしまった。
「まさか、あんたは……」
 ウィッチは立ち上がり、なおも刀を振り続ける。
 だが、逆にアダムに押し返されてしまう。
「既に消耗のピークにある、ということだ」
 反撃を物ともせず、アダムが次々に剣を振り下ろす。
 戦闘における主導権は、確実にアダムが握っていた。
 ウィッチはもはや反撃する気力を見せず、黙々とそれを受けるのみの状態を余儀なくされた。
 ミコトは、ついに耐えられなくなった。
「そんな義理なんてない! あんたに守られるくらいなら、自分で何とかするわ! 下がってなさいよ!」
 ウィッチは引かない。ただ、アダムと戦い続けている。
「何で、なんでなのよ……どうしてあんたは、いつもあたしのことを守ろうとするのよ。あたしは、あんたのことなんか……」
 背中を向けて戦う彼女に、その言葉が届いているかどうか、今のミコトに知る術はない。
「そろそろ、終わりにしようか」
 アダムの攻撃が、激しさを増した。
 それを受け、ついにウィッチは膝をつく。息は荒く、その姿も、心なしか薄く見える気がする。
 だが、それでも立ち上がる。
「そんなんじゃ、なんであんたのことが嫌いだか、分かんなくなるじゃないのよ!」
 アダムが動く。
 刀が宙を舞った。
 ミコトの見ていたウィッチの背中から、アダムの剣先が見える。それはまるで、彼女から生えた植物か何かのように、ある種の冗談にも見えた。
「え――」
 視覚でそれと知る前に、ミコトの中の何かが死んだ。
 崩れ落ちる少女の体を、咄嗟に受け止める。
 彼女の傷口からは何も流れない。
 変わりに、少女の体が、春光を当てられた雪のように、溶けて始めていた。
 まるで最初から液体であったかのように、次第に原形を崩していく。
「ねえ、ちょっと……しっかりしなさいってば!」
 少女が、ゆっくりと微笑む。
 作られた者が見せた、最初の笑顔。
 だがミコトが、それが笑みだったのだと識る前に、全ては水となり、ミコトの指の隙間から流れ落ちていった。
「笑った……?」
 ミコトは、自分の中の、今さっき失った部分に、何かが潤っていくのを感じる。
 あたかも水の如く、それはミコトの中に浸透していった。
「……何よこれ。最後の最後に、あんたは、こんな回りくどいことでしか人に物を伝えられないって言うの?」
 ゆっくりと立ち上がる。
「やっぱり、だいっきらいよ」
「なっ」
 振り向きざまに、一気にアダムとの距離を詰める。
 振り下ろした一刀を、アダムは慌てて受け止めた。
 紛れもない、それはウィッチの振るっていた刀、そのものだ。ミコトが使えるはずがない。
「まさか、あの一瞬に精神の同一を果たしたというのか?」
「さっさとあたしの前から消えなさいよ!」
 渾身の一撃が、斬気を伴いアダムを斬り裂く。
 彼の体は霧のように掻き消える。空間穿孔のそれとは違う、溶けるような消滅。
 そしてそこには、ミコトだけが残った。
 少女の手から刃が滑り落ち、それは大地に吸い込まれるようにして消える。
 そして、そこから波紋が広がるように、白詰草の花が咲き並んだ。名ばかりの菜園は、一瞬にして白い海になる。
 空と花の狭間で、ミコトは独り、涙を流した。


 私は夢を見ていた。
 結局のところ、私の存在時間のほとんどは夢の中で費やされたのだ。
 最初の記憶は輸送車輌の中。
 同じ格好の人たちが、同じように座っていた。簡素な黒い生地の長袖長ズボンに、似合わない刀を持っている。背はそれほどでもない──と言うより、明らかに小さい。皆、子供だ。
 多分、私も同じ格好をして、同じようにしていたのだろうと思う。
 自分が為すべきことは分かっていた。
 戦うこと。
 壊すこと。
 殺すこと。
 作られる前から決定していたそれらを、私はただ繰り返すだけだ。
 そして、それが終わればまた夢を見る。
 夢の中の私は、何もしていなかった。
 だが、何もしない彼女と、たった三つのことを延々と繰り返す私。大して変わりはしない。
 いつしか、夢の中の私は空を見るようになった。
 結局、何もしないことと空を見ることが入れ替わっただけだ。
 そして、私は繰り返す。
 ただ毎日剣を振り、敵を倒し、そして空を見る夢を見る。
 変化は夢から始まった。
 ママ、と呼ばれる人が現れた。
 夢の中の私は、ママに誘われて色々なことをしていた。
 私には、関係ないことだと思った。
 所詮は、夢の中の話。夢の中の世界と私の世界は、完全に別の場所なのだ。

 でも、目覚めた私の前にママが当たり前のように現れた。
「はじめまして、ミコト」
 ママは、そう言った。
 夢の中とまるで同じ風に。
 私は、ミコトと呼ばれたのだ。
「あなたがどう思おうと、あなたの名前はミコトよ」
 何も答えることが出来なかった。こんな時にどんなことを言えばいいか、私は教えられていない。
「……ミコト……」
 私は、私の名前を口にする。
 思えば、それが私の発した最初の言葉だったのかもしれない。
「そう、ミコト」
 私は生まれた。
 その瞬間、この世界にミコトとして、誕生した。

 為すべきことは変わった。
 戦うことでも、壊すことでも、殺すことでもない。
 私はミコトであるために、ミコトである私のために、生きることを決めた。
 戦場でも。
 夢の中でも。
 ミコトである私は生き続けた。
 腕を片方無くしたときだって、私は生き続けた。絶対に、生き延びることを決めていたから。

 ある時、目覚めるとそこにはママが立っていた。
 いつものベッドでない。見慣れない部屋。真ん中に大きな匣があるだけの簡素な作りだ。そこには私とママしかおらず、ママも神妙な顔つきをしている。
「あなたに、大切な話があるの」
 ママは言った。
「私はあなたを、コールドスリープさせることにした」
 コールドスリープ……確か、長期に渡り人間の体を人工的に仮死状態にすることによって、成長や老化を抑える処理のことだ。
 それを、私はされるらしい。
「もう一人のあなたは、了解してくれた。でも、私はあなたの意見も聞きたい」
「分かりました。それをもう一人の私が認めたと言うのなら」
 即答に、ママは複雑そうな顔をする。
 そして、意を決したように言った。
「あなたは、いずれ消えるわ。多分、近いうちに」
「知っています」
 私の簡潔な答えに、ママは一瞬言葉を失ったようだ。だが、すぐに私を見つめなおし、尋ねてきた。
「なら、なぜそんなに平気な顔をしていられるの? もう一人のあなただけが、ミコトなわけじゃないのよ。なのに、何であなたはそんなにも素直なの?」
「私も、分からないことがあります」
 私は、生まれてから考え続けたことを、初めて口にした。
「この肉体の所在は、私なのでしょうか。それとも、もう一人のほうなのでしょうか。軍部の人は私に価値を見出してくれている。でも、私は作られた者です」
 ふと、こんなに喋っているのは、初めてのことだと気付いた。
「いえ、そんなことはどうでもいいですね。ママは、私に、もう一人の私と同じ名前を付けてくれた。それだけで、私は充分嬉しかった……そう、嬉しかったのです。だから、私はミコトのために、生き続けることができたのです」
「ミコト……」
「私は、もう消えてしまっても構わない」
 抱き締められた。
「お願い――そんなこと、言わないで」
 本来なら、感じることのできなかった温かさ。
 このときだけ、私は作り者だと言うことを忘れてしまいたくなった。
「あなたたちは、私の娘なんだから」
 ありがとう、ママ。
 私もママが好き。
 だから、ママが大切に思ったものたちを、私は消えるまで守り続けていたい。
 それが、私がミコトで在り続けることの証しなのだから。


 ミコトは目覚めた。
 幾つもの記憶を見た。
 それは、もう一人の自分の残した、存在の証明。今まで、自分が夢としてしか認識できなかったものたち。
「なんなのよ、もう――」
 同じなのだ。
 あれだけ嫌っていたもう一人の自分が、よりによって当の自分と同じことを考え、同じ人に頼った。
 ミコトは、自分の胸に掛かるペンダントを取り、見つめる。
 みんなの仲間だと言う証明。
「これは、あんたのものでもあるんだからね」
 今はいないもう一人の自分に、ミコトは語りかけた。
 再びペンダントを首に下げ、ミコトは立ち上がる。
 ママはもういない。
 だが今のミコトには、別の守るべき者たちがいた。


第六章


 限界が近い。
 アダムはそれを全身で感じていた。
 テロメラーゼの投与で寿命を延ばしていたが、それももうおしまいだ。副作用で、彼の脳はガンの病巣と化していた。
 これまではエンチャントでガン細胞の進行を押さえることが可能だったのだが、もはや精神が傷つきすぎた。
 ほとばしる頭痛に苛まれながらも、最後の気力を振り絞り、アダムは椅子が二つだけある部屋の隅に立ち上がった。
 が、すぐによろめき、壁に手をつく。
「くそっ……」
 壁を殴りつける。
 強化合金の左拳が鉄の壁面をへこました。
 最後の最後に、油断した。
 お蔭で、これまで慎重に計画を進めていたのが、全て水の泡だ。
 自身の不甲斐なさが憎かった。
 だが、悔いていても仕方がない。
 今できることを考え、そして実行しなければ。
 彼には、一瞬たりとも無駄にしている時間はない。
「まずは、彼女を見つけねば……」
 アダムが精神世界より目覚めたときには、既に同じ部屋にミコトはいなくなっていた。完全に体を拘束していなかったのも、油断の結果である。
 左腕に備え付けられたディスプレイを立ち上げ、施設内の生体反応をチェックする。
「あそこは……」
 場所はすぐに割れた。
 アダムの計画の中心となりうるその場所に、最も重要たる人員がいる。
 だが同時に、彼女は最も危険な因子でもあった。
「くっ」
 頭痛を無理矢理押し込み、アダムは集中する。
 なけなしの精神力を搾り出し、中指のクラフトに込めた。

「ここって……」
 ミコトが訪れたそこは、何かの研究室のようだった。
 人間一人が入るのにおあつらえ向きな円筒形のガラスケースが、部屋の両辺に十本ずつ、計二十本並べられている。全てのケースの中に緑色の液体が充填されていた。
「よく分からないけど、今は関係なさそうね」
 精神世界から目覚めたミコトの目の前に、アダムが椅子に座って眠っていた。いっそのこと、その場でとどめを刺して置こうかとも考えたが、今の自分でサイボーグを殺せるはずもない。そう諦めて、脱出路を見つけることに専念することにした。
 しばらくさまよっていたが、それらしい場所は見つからない。
 アダムは空間穿孔が出来る。もしかしたら、ここには物理的に出入りする場所はないのではないか、と言う絶望的な考えが浮かぶ。だが、今は自分の考えを信じる以外に仕方がないのだ。
 それにしても、とミコトは目の前の光景を見ながら思う。
 以前、ママのライブラリに、この設備と似たようなものを見せてもらった記憶があった。
「プラント?」
 自身がそこから生まれた。大量のソーサラー生産を図るため、促成培養により次々と人間を生み出していったのが、これと同じケースだった。
「その通りだ」
「え?」
 かすれた声が聞こえたのと同時に、視界がぐるりと回り、背中に大きなものをぶつけられた。
「ぐっ」
 違う。アダムによって、ミコト自身が壁に押さえつけられたのだ。
 右手で首を掴まれている。ミコトのつま先は、床にから離れて宙に浮いていた。
「生物学的に繁殖行為をしていては、とてもじゃないが効率が悪い。君の卵細胞をベースに培養設備でクローンを生み出すんだ。素晴らしいじゃないか。正真正銘、君は新たな人類のイヴとなれるのだから!」
 気道が潰されている。
 次に、額のてっぺんから冷たくなって、そして意識がどこかに――
 左手がアダムの親指を握り、外側に思い切りひねった。
「うっ」
 あっけなくその手から逃れることができた。首を押さえつけていたのが、生身の腕の方で助かった。
 まず、咳き込む。足が地面につくと同時に、アダムを見る。
 呪縛から逃れたあたしを捕まえようと、今度は左腕を繰り出そうとしている。だが、その動きが、ミコトの目には不思議なほどゆっくりと見えた。
 体が自然に動く。
 一歩分足をすり出し、そのまま腕を取り投げつけた。
 そして、再び咳き込んだ。むせながら、自分が何をしたのかを考える。
 だがそれよりも、次にすべきことに思い当たった。
 今なら、出来るはずだ。
 アダムが立ち上がろうとするが、うまくいかないらしい。
「な、何を……」
 あたしは振り返り、彼に背を向けた。
 左手で鯉口を切り、刀を右手で一気に引き抜く。細身のそれは、もう自分の一部――目を閉じても扱える自信があった。
 頭上で剣を構える。左手で握り、右手は添えるだけ。その状態で、『相手』を見据える。
 すっと、右足を踏み出した。
 そして、『斬る』ことをイメージして、風の隙間を縫うように振り抜く。
 風を切る音すら、しない。
 刃の軌跡はそのまま鋭利な波動として広がり、人類再興のプラントを、真っ二つにした。
 培養液が飛び散り、機器が爆発する。
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
 そして、アダムが壊れた。
 絶叫し、その場に崩れ落ちる。
「……ごめん」
 そっと囁き、アダムの横を通り過ぎる。
 彼の辛さは、痛いほど分かる。
 だが、放っておくわけにはいかなかったのだ。彼を放っておけば、自分の大切なものを無くしてしまう。
「本当に、ごめんね」
 部屋を出るとき、最後にアダムに振り返り、彼に謝った。
 床にうずくまる彼は石のようで、もうどんな言葉も届かないような気がした。
 仕方なく、そのまま部屋を後にする。
 充分な光源に照らされた廊下を独り、歩きながらミコトはどうしてもアダムのことを思ってしまう。
 あんなやつ、嫌いだった。
 でも、自分がしたことは、果たして許されることなのだろうか。
 それを考えると、足取りも重くなる。
 なぜか、自分の首に数字を書いた少女の顔が、アダムとかぶった。
 なぜだろうか。
 少女の顔は、ミコトの覚えている最初の記憶。
 アダムに首を押さえつけられたときの、彼の血走った眼……それが、少女の眼に似ていた。
 立ち止まり、思わず後ろを振り返ってしまった。
 延々と続く白い廊下。その先にはもう、あの部屋は見えない。
「……何を迷ってるのよ」
 ミコトは自分自身に言い聞かせる。
「彼を助けたって、しょうがないじゃない。それに、方法だって分からない」
 目の前で息絶えた少女。
 自らの手で、壊してしまった男。
 繋がるはずのない二人を、ミコトの中の何かによって、同一視されつつあった。
「そんなの、エゴだよ」
 それは、罪悪感だった。
 再び歩き出すが、それでも気持ちは前に向かっていなかった。
 だが、いつしか道は終わってしまう。
 そこには、ひときわ大きな扉があった。
「出口……かな」
 ゆっくりと、それを押し開ける。
「あ――」
 世界中の色が、そこに集まっていた。
 広がりのある円形の部屋は柔らかい陽光に包まれ、一面には色とりどりの花が咲き乱れる。
 扉から部屋の真ん中に向かって丘陵をなしており、草花が踏み固められ路ができていた。
 そしてその道の先には、一本の大樹があった。
 ミコトは路を歩きながら、まるで神の領域に踏み込んでしまったかのような錯覚を覚える。
 暖かい。
 紛れもなく、そこは春だった。
「あ――」
 樹の幹に包まれるように、少女が眠っていた。
 長い髪を小柄な体に絡ませながら、夢の世界で遊んでいる。
 ミコトは彼女を見つめつつも、ふと目を背けたくなる自分に気付く。
 まるでそれ自体が光源になっているように眩しい。見続けると、彼女の光に当てられ、まるで自分が自分でなくなってしまいそうで怖くなった。
 実際、少女を支える樹は、少女の眩しさに屈するように身を曲げていて、自然に椅子を形作っている。樹のくせに和やかな印象を得るのは、そのせいか。
 盗み見るように少女を観察して、気付いた。
 幾つものケーブルが少女の体のいたるところに接続されている。
 ケーブルの行き先を目で追う。それはツタのように樹に巻きつきながら、遥かな天井に吸い込まれていった。
 天井はドーム型になっており、ステンドグラスの極彩色から、穏やかな光が降り注いでいる。
 再び、視線を少女に向けた。
 ミコトはその姿に、磔にされた天使を連想する。
 禁断の果実を前にしたイヴの気持ちを、今なら理解できるかも、とミコトは思う。
「アダム?」
 それが意味を持った言葉だとは、最初思い至らなかった。風が木々の間を走る姿を、言葉で発することができないように。
「アダムじゃ……ない?」
 少女は身を起こした。
 大きな双眸が、ミコトの姿を映し出した。
 ミコトは巡り変わる状況に、ただ呆然とするしかない。
「あなたは誰?」
 少女が朗らかに口元を緩ませた。
 笑顔、である。
「あたし……ミコト」
 彼女の笑顔に、ミコトの呪縛は途端に和らぐ。そして、どうにか言葉を出すことに成功した。
「ミコト? はじめまして。わたしはエデン。アダム以外の人に会うの、初めてなの」
 エデン――世界と同じ名前。
 ミコトは、かつて自分にも、同じ名前を持った者がいたことを思い返した。
「エデンは何をしているの?」
「わたしは眠っているわ」
 頬に手を当てながら、エデンは喋る。その手にも、無機質なケーブルがぶら下がっていた。
「眠るのが仕事だって、アダムは言ってた。わたしが夢を見るたびに、世界は生まれていくの。今日は、たくさんのお花畑の夢を見たわ」
 エンチャントの原動力、精神力とは実現の力だとママは言っていたのを思い出した。
 人間は精神力を糧に、あらゆる物を創り出してきた。それはつまり、全ての創造物は人間の精神力を具現化させた結果だ、とも言える。
 エンチャントとは、そのシステムをよりシンプルな形――エネルギーとして抽出したに過ぎない。結局は、人間は精神力によって生み出していくのだと。
 アダムは言った。ロボットと人間の違いは精神力の有無だと。
 精神力の価値がいかほどかとは言え、少なくとも、ロボットに何かを想像する力はない。
 ある意味でその想像の究極の形――巨大建造物の自動生成――システム『エデン』。
 ミコトと同じだ。エデンの中に『エデン』はあり、両者は同じであり、そして別物――
「あなたも、人間なのね」
 ミコトは尋ねてみる。
「人間? 違うよ、わたしはエデン。ねえ、ミコトの仕事は何?」
「仕事?」
 ミコトは聞き返す。
「アダムが言っていたんだ。みんな、何かしら仕事をもって生まれてくるんだって。わたしの仕事は夢を見ること。アダムの仕事は、人間を増やすことなんだって」
 無邪気に語る少女を前に、ミコトは泣きたくなった。
 床に崩れるアダムの後ろ姿を、この子はまだ知らない。
「ねえ、ミコトは何の仕事をしているの?」
「あたしの、仕事……」
 奮起する。
 確かに、自分はアダムの為すべきことを奪ってしまった。だが、それも自分に、為すべき事があったがためだ。
「好きな人たちを守って、その上で好きでい続けることかな」
「へえ。すごいね、二つもあるなんて」
 エデンは感心したように言った。
「アダムがね」
 エデンは少し表情を沈ませる。
「自分だけじゃ人間は増やせないんだって。だから仕事ができないって、困ってたんだ。でも、協力してもらう人を見つけたって最近言ってた。だから、喜んでたんだ」
 笑顔が戻る。
「エデンも嬉しいの。ねえ、ミコトも嬉しいかな」
「う、うん……」
 複雑な気持ちのまま、ミコトは嘘をつく。この少女の前だと、それがとてつもない大罪のようにも思えてくる。
「アダムはね、わたしが生まれる前からいたんだ。だからわたしは、ずっとアダムと一緒にいるんだよ」
「ここの花は、みんなアダムが持ってきた種からできたんだ。だからわたしも、花の夢を見るようになったの」
「アダムって、すごいんだよ。空を飛んだり、別の場所にひと息で行くことができるんだ。わたしもやってみたいんだけど、アダムの力はアダムの仕事に必要なものだから、わたしはもてないんだよね」
 エデンの話はアダムのことばかりだった。
 だが、こんな環境であるのなら、それも仕方がないことなのかもしれない。
 だからこそ、黙っているのが辛かった。だが、彼女にそれを伝えることに、何の意味があるのだろうか。
 自己弁論かもしれない。だが、いたずらに少女の笑顔を奪うことは、あらゆる罪よりも重い咎のような気がした。
 だが、ミコトは言わずとも、事実は変わることなく在り続けていた。
「アダム!」
 エデンの声が弾んだ。これまでの中で、一番の笑顔を生み出しながら。
 黒衣の男はおぼつかない足取りで二人に向かって丘を登る。
 表情は、完全に消失していた。ミコトはそれに、寒気を感じる。
「えっとね、アダム。この人、ミコトって言うの」
 アダムの眼は、エデンのそれとは対照的だ。
「えっと、わたしね、今日も夢を見てたんだ。今日の夢は――」
「……エデン」
 アダムはエデンの体を抱き上げる。樹から延びたケーブルが、ピンと張った。
「もう、君の使命は終わりだ」
「アダム? どうしたの?」
 戸惑いながら、エデンは尋ねた。
「おやすみ、エデン」
 抱き締める腕に、力を込める。
「アダ――ム……」
 エデンの小さな体は、あっけなくひしゃげ、潰される。
 エデンの小さな体からボロボロと鋼のパーツがこぼれ、ついに支えきれなくなった左腕が落ちた。
「アダム……わたし、もう、いいの?」
 エデンの声は震えていた。
 それでも、笑顔は崩れることはない。
 アダムの手がその笑顔にかけられそうになったとき――
「やめて!」
 初めて、ミコトが叫んだ。
「その子を――エデンを殺すつもり?」
「ああ」
 アダムは能面のまま、淡々と言葉を紡ぐ。
「もう、いらない。僕の計画に、全部いらなくなった。だから壊す……」
 アダムの腕から、エデンのちぎれかけた体が滑り落ちた。
 地面に堕ちたその体からは、やかましい金属音が鳴る。
「そう、君も壊さなくては」
 左手がゆっくりと振り上げられる。
「人類の、反逆者め」
 そしてそれが振り下ろされたのと同時に、ミコトは刀を抜き放つ。
 両者の波動が、相殺される。
「あんたには、悪いと思ってる。でも、これだけは譲れないんだ!」
 ミコトが、刀を構え直したその時――
 アダムを挟んだ向かいの壁が吹き飛んだ。塵芥の中から、黒い巨体が出現し、そのまま花畑に墜落した。
「な、何?」
 驚きたじろぐミコトをよそに、アダムは無機質に、それに向かって斬気を放つ。
 だが、その巨体の表面に広がった青白い光にぶつかり、消え去ってしまった。
 と、ミコトはその隙を見逃さない。
「このっ」
 アダムの背中に向けて、容赦ない一撃を浴びせ掛けた――つもりだったが、
「――え?」
 彼がマントを翻すと、見えない壁が展開、それに阻まれ、ミコトの攻撃はかき消されてしまった。
「ミコト!」
 巨体のハッチが開き、中からカヤが踊り出た。
 体が白い機体に変わっているのに驚いたが、それは確かにカヤだった。
 次にライトが飛び出し、いきなりアダムに突撃してくる。
 回転力をも交え殴りつけようとするが、ミコトの斬気と同じように弾かれて、そのまますれ違って、ミコトの許に飛んで来た。
「ライトさん、どうしてここが――」
「話は後だ。今は、野郎を黙らせる」
 そして、再爆発。
 さらにリアが、剣を振り上げながら、アダムに向かい疾駆していた。
 二人で、挟撃を仕掛ける。
 アダムはリアの剣を左手で押さえ、ライトを斬気で迎撃する。
 ライトは咄嗟に地面を殴りつけ、反動で斬気をかわす。
 交わした勢いをそのまま回転力に変換、アダムの顔めがけて拳を振り落とす。
 が、左手に掴んでいた剣を、リアの体ごとライトにぶつけた。
 もつれ合いながら、墜落する二人――その上をかすめるように、ミコトは波動を放った。
 アダムはマントを舞わせ、それをかき消す。
 ライトが爆発推進で強引にリアの体を蹴散らし、間髪入れずにアダムに迫る。
 だが、三度目の攻撃も、不可視の壁に阻まれアダムには届かない。
「今です!」
 リアが叫ぶ。
 刹那、光条が、アダムを背中から貫いた。
 彼の後ろには、巨大な砲身を構えたカヤの姿があった。
 その瞬間、ミコトの中のウィッチだった記憶が、とある事実を導き出した。
 VSソーサラーのセオリー。それは、集団による撹乱攻撃。エンチャント攻撃はその性質から、人の意識が発動の条件となる。ならば、相手ソーサラーの意識を分散させれば破ることはたやすい。
 ライトとリア、そしてミコトに意識を向けすぎていたアダムは、それに気づくことができなかった。
 アダムの上半身は、破壊されたエデンの横に崩れ落ちた。
「待って!」
 それに向かって拳を上げるライトに制止をかける。
 ライトはミコトを睨みつけた。
「こいつはまだ生きてる。とどめを刺すべきだ」
「でも、もう戦意は失っているわ」
 ミコトはそう言うと、アダムの許にしゃがみこんだ。
 その様子を訝しげに見下ろしながら、ライトが尋ねた。
「どうするつもりだ?」
「彼らを助ける」
 ロボットたちを守るためとは言え、アダムの為すべきことを、奪ってしまった。
 そして、そのせいでエデンが破壊されてしまったとすれば、このままなかったことにするにはあまりにも無責任だ。
 何より、エデンには笑っていて欲しかった。
 エデンの笑顔が戻す――それはアダムを助けるということだ。
「あたしは行くけど、心配しないでね」
 ロボットたちにそう告げて、ミコトはアダムとエデンの額に自分の掌を当てる。
 それをする、自信はあった。
 意識を二つの手と、そして自分の中に込めた。
 二つの手が何かを感じ取り、それを自分の中のものと合わせていく。
 次の瞬間には、三人の精神が同調しあっているのを感じた。
 ――いける。
 意識が、落ちていくのが分かった。

 ――やっぱり、助けなくてはいけないのだ。
 皆の顔を見たら、そう思うだけの勇気が湧いた。
 あの時、あの少女は助けを求めていた。
 ――だからママは、同じ目をしたあたしを助けてくれたのだ。
 ミコトは、荒れ果てた精神世界の中で、胸に下げられたペンダントをしっかりと握り締める。
 そこはあらゆるものが破壊され尽くした後だった。かつては都市だったのだろうが、今はただの瓦礫の山になっている。
 遠くに見える夕日がやけに頼りない。
 アダムはどこにもいない。
 エデンもここにいるはずだ。
 一先ず、ミコトは歩き出した。
 だが、行けども行けども、見える景色は何も変わらない。
 心なしか、黄昏が深くなっている気がした。
「どこにいるのよ……」
 呟いたそのとき、何かがミコトに襲い掛かった。
 一撃を避け、刀を抜く。
「ロボット?」
 瓦礫を無理矢理つなぎ合わせただけの、不出来な形のロボットが、ミコトめがけて攻撃してくる。
 ミコトはそれをさばき、一刀のもとに臥せた。
「ずいぶんと攻撃的な精神なのね……」
 呟きながら、次々と瓦礫の中から起き上がるロボットたちを見据える。
 とにかく、早く二人を見つけなければ。
 夕空の下、駆けながらロボットたちの攻撃に対応する。
 個々の戦闘能力は大したことがないが、いかんせん数が多すぎる。
 倒しきらないうちに、また別のロボットが生まれる。これではきりがない。
 反撃を諦め、避けることに徹する。
 足許はコンクリートの破片なのででこぼこ――至極走りづらい。
 そのまま逃げるが、やはりアダムやエデンの姿はどこにもなかった。
「失敗したのかな」
 初めての他者への精神同調。行う前の自信は、いつしか不安に置き換わっていた。
 だが、ふと思い直した。
 以前アダムと精神世界で出会ったとき、互いの精神は個として発現した。だがそれは応用技術であると、アダムは言った。
 その本質は一時的な精神の融合。
 ならばこの世界が、アダムそのものなのではないか。
「あっ」
 足が前に出ず、つんのめりそうになる。
 刀を杖代わりにして何とかこらえたが、みると足首をロボットの手が掴んでいた。
 なんとか抜け出そうと試みるが、がっちりと固定されたそれはびくともしない。それに、でこぼこしているので、無理に外そうとすると痛い。
 その隙に乗じて、三体のロボットがミコトを包囲した。
「くっ」
 ミコトが刀を構え直したとき、突然ロボットたちの動きが止まる。
 何事かと訝しんでいると、ロボットの節々から緑色のツタが生え、そして花を咲かせる。
 足を掴んでいた手も、力なく崩れ落ちた。
「エデン!」
 瓦礫の原に花が生まれる。
 そこには、涙ぐむ少女がいた。
「ミコト――」
 エデンはミコトの胸に顔をうずめ、さめざめと泣いた。
 為すべきことをなくし、歔欷する少女を、ミコトは優しく抱き締める。
「わたし、どうしたらいいんだろ?」
「アダムを助けましょう」
 エデンは顔を起こした。
「アダムを……?」
「そう。それは、あなたにしかできないことよ。それが、今のエデンの仕事」
「わたしの仕事……」
 涙を拭いてあげた。
「呼びかけて、アダムに」
 ミコトは刀を構え直し、辺りを見渡した。
 崩れかけたロボットたちが、花の領域に踏み込んでくる。
 エデンの作った園は、アダムの心全体からすれば、あまりにも狭い。
「あたしは守るから」
 夕闇は深さを増していく。
 一度落ちてしまえば、二度と陽が出ることはないように思えた。


「一体、どうしたんだ?」
 カヤが戸惑いながら、呟いた。
 ミコトはアダムと見知らぬ少女に折り重なるように倒れたっきり、起きようとしない。
 反重力車輌の電磁防御スクリーンを全快にして、邪魔な隔壁を蒸発させながら、オードヌング中枢から一気にここまで来た。その車輌の両翼に備え付けられたレールカノンのお蔭で、アダムを倒すこともできた。
 だが、今ミコトは、そこに倒れていた。
「でも、まずいわね」
 アルマが呟いた。
「地下の温度が急激に上昇してるわ」
「どういうことですか?」
 リアが尋ねる。
「『エデン』の主要なエネルギーは、地球の地下深くの熱エネルギーを利用して取っている。多分、とてつもない規模の制御装置を使ってね。でも……」
 アルマが、引きちぎられた少女の体と、樹に絡み付いた幾つものケーブルを見つめる。
「どうやら、その制御装置は破壊されてしまったみたいね」
「で、どうなるんだ?」
 ライトが尋ねる。
「この子は、私たちで言うチューナーだったの。チューナーがなくなったら、どうなると思う?」
「え、まず立てなくなりますよね。それから、動力器の暴走……あ、大爆発」
 リアがはっとしながら答える。
「ま、そんなところかしらね。単純にロボットと比較できるものでもないでしょうけど、とりあえずこのままってわけには行きそうにないわ」
 アルマは樹から垂れ下がったケーブルのうち、一番太いものを手に取る。
「どうするの、それ?」
「互換性があるかどうか分からないけど、とにかく試してみるしかないわ」
 ゆっくりと、振り返った。
「――私たちのチューナーで、代用するのよ」
 樹の傍らに座ったアルマは、うなじから接続ケーブルを二本取り出し、それぞれをリアとライトに渡す。
「二人は私の補助をお願い。私がアダプタになって、チューナーで『エデン』の制御ができるように、うまく変調してみる」
「本当にできるんですか?」
 リアが不安を呟きながら、ケーブルを自分の首に繋げる。
「こればっかりはね。もしかしたら、一気にオーバーヒートして三人ともオダブツになるかも知れないけど。でも、やらなきゃ、どのみちおしまいだから」
 アルマの声が、心なしか震えている。
「じゃあカヤ。あとはよろしく」
 アルマは、カヤが見た中で一番の笑顔を残した。
 そして、ケーブルを自分の首に接続する。世界とアルマは、一本の配線で繋がり、そして――
「アルマ!」
 彼女の頭の左半分が吹き飛んだ。
 カヤが駆け寄って、『エデン』に繋げたケーブルを引き抜く。
「おい、大丈夫か!」
 呼びかけてみるが、応答がない。虚ろに目を開いたまま、機能を完全に停止している。
「そうだ、お前らは――」
 慌ててリアとライトに向き直るが、二人は頭を押さえながら、アルマに繋がるケーブルを引き抜いているところだった。
「ああ、俺は大丈夫だ」
「わたしも、です。一瞬だけ、とてつもなく膨大な量の情報が見えましたが、結局それだけで……後はアルマさんの接続そのものが、一方的に断たれました」
 ライトがアルマの状態を診る。
「左……演算脳か。それ自体の破損は何とかなるが、この壊れ方じゃ、他の部分に影響が出ている可能性もあるな」
 彼女の体を持ち上げ、少し離れた場所に横たわらせた。
「どっちみち、ここじゃ修理はできねえ。次の手立てを考えるのが先決だ」
「次、ですか……」
 全員が途方に暮れる。頭脳担当であったアルマが倒れた今、自分たちに何ができるのか。
 空気が重くなる。
 唐突に、カヤが口を開いた。
「俺じゃ、ダメかな……」
 ライトとリアがカヤを見た。
「アルマはチューナーを『エデン』に合わせようとして失敗した。それは多分、結構負担があったんだと思うんだ」
 膨大な情報を一時的に押さえ込み、その情報を解析して、チューナーの性質を変化させる。アルマはこの三つの作業を、同時に行おうとしたのだ。
「だから俺が、チューナーそのものになる。そうすれば、話は簡単だ。俺自身が、動力の情報を見つけ出して、それだけを停止させればいい」
 普通のロボットにはできない。それは、もともとチューナーのないカヤだからこそ、の発想だった。
「……他に手段はないな」
 ライトが苦々しく言う。
 リアもゆっくりと頷いた。
「それで二人には、少しチューナーの領域を分けて欲しいんだ。多分、『エデン』の制御に掛かりっきりになって、自分のことには構ってられなくなると思う。だから、俺の動力器を動かし続けて欲しいんだ」
 そう言って、ケーブルを二本、二人に差し出した。
 リアとライトは、黙ってそれを受け取り、自分のコネクタに接続する。
 カヤは地面に座り、最後に一瞬だけミコトの方を見た。
「じゃ、行くよ」
 カヤは、ゆっくりとケーブルを接続する。


「アダム!」
 エデンはその世界に向けて呼び続ける。それが自分の為すべきことだと信じて。
 そしてその少女を守るため、ミコトは剣を振るう。四方八方から襲い来る瓦礫のロボットたちを、もはや体の一部となった刀で、なぎ払う。
 破壊した残骸はいつのまにか消えていた。
 ロボットたちの攻撃は留まることを知らない。
 ミコトの中の小さな疑問が、時間と共に焦りをも含んで蓄積されていく。
(こいつらは、もともとアダムの精神――この世界の産物。なら、例え倒したとしても、再び世界に還元され、新たなロボットとして生み出されるんじゃないか……)
(このロボットたちが、エデンの呼び声に対する、アダムの答えなのではないか。ならば、同じ方法を取っていても道は開けない。でも……どうする?)
 陽の光が、最後のきらめきを残して地平線に消えようとしていた。
 エデンの精神の象徴である花たちも、踏み荒らされ、見る影もない。
「ああ、もう!」
 やけくそ気味に叫ぶと、ミコトは刃を野に捨てる。
 代わりに、その腕にエデンの小さな体を抱きとめた。
「み、ミコト?」
 ペンダントを握り、目をつむる。
 何かが向かってくる音がして、そして消えた。
 襲い来るロボットたちもアダムの一部だとすれば、なぜ救うべき相手と戦わなければいけないのだ。
 とりあえず、賭けは成功した。
 こうして出会えたわけだから。
「アダム!」
 ミコトの腕からエデンが離れ、倒れるアダムの許に駆け寄った。
 そこは黄昏の瓦礫の世界ではなかった。
 ロボットも全て消えて、アダムと三人だけの空間。
 何もない。
 本当に、何もないのだろうとミコトは思う。三人の精神の、誰とも違う場所。だからここには、自分たち以外何もない、と。
 エデンはアダムを抱き締め、目を閉じていた。
「……僕は、為すべき使命をまっとうすることができなかった……」
 アダムが、うわ言のように言った。
「……人類を復興させ、ロボットたちを駆逐することが、結局できなかった……」
 エデンは何も答えない。
 ただアダムに寄り添い、ただ聞いてあげるだけだ。
「……僕は、どうすればいいんだろうか……」
「――一緒に、いようよ」
 ただ一つの答え。
 ミコトは、消える前のアダムの顔に、笑顔を見たような気がした。


終章


 『エデン』の暴走から一週間が経った。
 上部の階層は落盤事故などが起こったらしいが、おおよそのロボットたちは変わりない三十分を過ごした。
 そう、たった三十分。
 その間に、カヤは一生分の死闘を繰り広げた。
 結局、動力システムとリンカーたちの活動システムを止めることに成功した。だが、カヤ自身の消耗は激しく、過負荷による休眠が必要とされた。
 お蔭でライトとリアのチューナー補助は、以降三十時間に渡ったわけだが、その苦労を知る者は、他に誰もいなかった。


 ここからあたしは生まれたんだな、とミコトは思った。
 そこはミコトが冷凍睡眠していた施設、そしてかつて空を見ていた場所だった。
 オードヌングという規律が消え、世界はゆっくりと混沌へと向かっていく――のかもしれないが、とりあえず一週間程度では何も変わったようには見えない。
 確実に変わったことといえば、立ち入り禁止区域には誰も気にせず入れるようになったことだろうか。
 だからミコトは、そこにいる。
 最後の記憶――恐らく二〇〇年以上昔の光景なのだろうが――と重ね合わせてみた。
 天井を覆っていたスクリーンは全て割れ落ちてしまって、見えるのはどんよりと暗い天井だけ。手に持った明かりを照らしても、どうなっているか実はよく分からない。
 土は妙に湿気を帯びていて、草の一本も生えていない。
 完璧に、地底の装いである。
 かつて見上げた空はどこにもない。
 ――だからどうした。
 偽りの空は消え、本来の姿に戻っただけだ。過去も今もその本質だけは変わらない。
 そこには、とりたてて何もない。最初から、ただ虚ろだけが広がる空間だったのだ。
「ミコト、まだいる?」
 アルマが後ろから声を掛けてきた。
「ううん、もういいや」
 振り返りながら、アルマに謝る。
「ごめんね。わがまま言って」
「別に今さら気にしちゃいないわよ」
 ミコトは苦笑した。
「大丈夫。これが最後のお願い。もう、言ったりしないって」
「期待しないでおくわ」
 そう言って、アルマは来た道を戻り始めた。
 ミコトもその後に続くが、ふと思い出したように振り替える。
「ばいばい」
 誰に対して言ったのかは、本人も分からない。
 そこはただの空洞だが、紛れもなく、ミコトの生まれた場所なのだ。

「ねえアルマ。しょうがないこと訊いていいかな」
「ダメ」
 アルマがそっけなく即答した。
 ミコトは聞こえない振りをする。
「あたしをさ、何でまだ連れて歩いてくれてるの?」
「本当にしょうもないこと訊くのね」
 アルマに睨まれた。
 彼女の顔は全く変わってしまったが、やはりアルマはアルマだった。
「じゃあ、私もしょうもないことを訊き返すけど――」
「うん」
「何であなたは、私たちについて歩いてくるの?」
 しばらく、二人の足音だけが暗い通路に響いた。
「――ごめん。あたし、しょうもないこと訊いたね」
 返事の代わりに、アルマは深い溜め息をついた。
 ミコトは笑いながら、
「じゃあ、今度はもっとまともなことを訊くね」
「どうぞ」
「あたしたち、これからどうするの?」
 アルマは立ち止まった。それがあまりにも唐突だったので、危うく背中にぶつかるところだった。ところどころに開いた穴に落ちないように、正確にアルマの後をなぞりながら歩いているのだ。
「そうだね。どうしようか」
 ミコトにしては、沈黙に耐えかねて何となく尋ねたことだったが、思いのほか重大な問題をひっくり返してしまったらしい。
「そもそも、オードヌングを倒してから、どうしようと思ってたの?」
 ミコトは追及する。
 アルマは考え込んでしまった。
「そう言われると……あの頃は、とにかくその存在自体が気に入らなかったから、とりあえず潰したくなったのよ。たまたま、似たような考えの連中が集まっただけ……って、ああ、そうか」
 アルマが、一つの結論にたどり着いてしまう。
「私たちが一緒にいる理由、なくなっちゃったんだね……」


「え、じゃあみんな別れちゃったの?」
 第八階層で一番高い建物から、街を見下ろしながら、エデンは尋ねた。
「言ったでしょうが。そんなしょうもないこと、言うもんじゃないって」
 エデンは胸を撫で下ろした。
「ああ、なんだ。よかった」
 あの一件以来、エデンは地下から外に出て生活している。
 別にあの場所にいなければならないわけではないらしい。
 新しい体になってから、無線機能を付け加えた。それによって、『エデン』の中にいれば、どこからでもその中枢としての仕事をまっとうできるようになったのだ。
 動ける体を手に入れてから、エデンは楽しそうだった。今までずっと同じ部屋の中で過ごしていたことを考えれば、当然かもしれないが。
「綺麗ですよね、ここ」
 エデンは眼下に広がる瞬きを見ながら囁いた。
 ミコトは、例えば目の前にいる少女の方が綺麗だと思うのだが、恥ずかしいので言わないでおく。
「ずっと夢を見ていたけど、わたしが思い描いたどんな夢よりも綺麗」
 エデンは、自らが創り上げた世界を見下ろしながら、たおやかに微笑む。
 それが、アダムが壊そうとしたものたち。
 なら、アダムはどんな世界を目指そうとしたのだろうか。
 ミコトは考える。
 ママは人間。
 研究員たち、軍部の連中は人間。
 エデンは人間。
 アダムは人間。
 カヤはロボット。
 リアはロボット。
 ライトはロボット。
 アルマはロボット。
「分かんないや」
 それでも、いつか分かるのかもしれない。
「あ、そろそろ集合時間だ」
 ミコトは腕につけた時計を見ながら、エデンを促した。
「早く行かないと、みんな怒るよ」
「うん、分かった」
 エデンは立ち上がり、ミコトに走りよる。
 少女の胸に、ガラスの中に守られた白詰草が揺れていた。






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