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第一章「ワイルド・カード」

 空が高い。
 大地が広がっている。
 空と大地が混じる場所は遠く果てしない。
 砂塵の舞う荒野に二体の鋼の巨人が立っていた。
 白い鎧の巨人と、虎面の黄色い巨人。
 どちらも身の丈八メートルはある。
 巨人達は、手に手に武器を持っていた。
 緊迫した空気がただよう。
 二体の巨人の間を一陣の風が吹き抜けた。
 戦いの合図は誰にも聞こえなかった。
 いや、巨人達にしか伝わらない。
 先に動いたのは虎面の巨人だった。
 両手の銃を白い巨人に向け、乱射する。
 白い巨人の足下で大地が弾け、慌てて飛び退いた。
 体勢を崩した白い巨人に、虎面の巨人が肉薄する。
 白い巨人は右手の銃を撃つが、体勢が崩れたままではまともに撃てるわけがない。銃弾は明後日の方向へと飛んでいった。
 虎面の巨人は銃を腰にしまう。両腕から光る刃を伸ばし、接近戦へと移行する。
 しかし、白い巨人はまだ、手に銃を持ったまま右往左往している。
 パイロットの反応速度が違いすぎた。
 そう、二体の巨人は人が乗って操る巨大機械なのである。
 パワード・フォーマー――通称PF。
 それが巨人達の名称である。


《くぅらええええええっ! バーニング・タイフゥゥゥゥゥン!》
 虎面のPFのパイロットが叫ぶ。
 虎面のPFは両手のビーム・ソードを滅茶苦茶に振り回す。
《きゃあああああっ!》
 白いPFのパイロットが悲鳴を上げる。その声はまだ若い少女のものだった。
 無駄な動きの多い技だったが、白いPFのパイロットは対応しきれずにパニック状態におちいっている。
 対光学兵器コーティングされたPFの白い装甲が削られていく。
 計器類が一気に悲鳴を上げる。
 各機体のコックピットの状況は、観戦ラウンジのスクリーンにリアルタイムで流れ続けていた。
 稚拙な試合内容に、まばらな観客席から失笑とも嘲笑ともつかない笑い声が漏れた。
《――バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー チーム・デヨラ/バーニング・タイガー!》
 アナウンスが表示され、フィニッシュ映像がリプレイされる。
 スクリーンの中では、虎の顔をしたPF――バーニング・タイガーが勝利の雄叫びをあげていた。
 この後、勝利者インタビューが放映されるはずだが、もともと注目度の低い試合であったため、観客達の興味はもう次の試合に移っていた。
 それはおおむね、白いPFの弱さのためである。
 白いPFは現在十八連敗中。いや、この試合に負けたために十九連敗の記録更新中であった。


 パワード・フォーマーの誕生がいつであったのか、詳しく知る者はいない。
 人類がこの惑星に植民してきた時に作られたのだとも、それ以前の先史文明の遺産だとも言われている。
 人類がどこからこの惑星に植民してきたのか、その記録すら定かではないのだから、無理はない。
 ただはっきりしていることは、この機械が兵器として極めて有効なことであった。
 PFは、それまでの人類の兵器を上回る瞬発力を持っていた。
 それだけではない。機体中枢は珪素生命をベースにしており、反射的な防御なども独自で行う。PFは生命体と言っても過言ではない存在なのだ。
 PFに追随する陸上兵器は存在しなかった。
 PFに使われる技術は最高の物であり続けた。そしてPF技術が民間にフィード・バックされるなか、その技術は作業用機械だけではなく、大衆の娯楽の中にも入り込んできた。
 バトル・オブ・パワード・フォーマーズ。BPFの誕生である。
 PFという鋼鉄の巨人同士が最強の座をかけて戦うこの競技に民衆は熱狂した。様々な試合形式、レギュレーションが定められ、また、試合結果を対象とした賭博も誕生した。
 熱狂はいつまでも冷めなかった。
 BPFの王者は、この惑星最高の栄誉となった。
 今日もまた、数多くのPF乗りが王者となるべく、大地を駆け抜けている。


「ふぅあああわあああぁぁぁぁ……良く寝た……」
 ジャック・ウインドが大あくびをしながら、二階から降りてくる。
 右手は短く刈り込んだ金髪の頭を、左手は腹をぼりぼりと掻いている。
 酒場兼宿屋“ナイン・ライブス”の経営者であるところの妙齢の女性、レイディ・リンクスは眉間にしわをつくりながらその姿を一瞥した。
「おはよう、レイディ。メシ」
 ジャックはカウンターのスツールにどっかと腰掛けて、いつものようにレイディに声をかけた。
「おはようですって?」
 対するレイディの声は冷たい。
「一体、世間様では何時までを『おはよう』ですませるのかしら?」
 黒光りする柱にかかった時計の針は、すでに正午を通り過ぎている。
 しかし、レイディの皮肉にもジャックは動じない。カウンターに突っ伏して今にも夢の国に舞い戻ってしまいそうだった。
「あんた、ちょっとたるみすぎてるんじゃないの? いい若い者が毎晩遊び歩いて、起きてくるのは昼過ぎ。しかも働きもしないで、いったいツケがどのくらい溜まってるのか分かってるの?」
 ジャックとレイディは幼なじみだ。
 幼なじみと言っても、レイディのほうが十歳近く年上である。
 もともと家が近所で、親同士の付き合いも深かった。つまるところ、レイディにとってジャックは出来の悪い弟のようなものだった。だから一月ほど前、急に仕事を辞めて転がり込んできたろくでなしを不承不承受け入れたのだ。
 だが最近は、ジャックの無気力ぶりに小言を言う回数が増えてきた。
 三日に一度だったものが、毎日に、そして一日に三度になるのはあっという間だった。
「とにかく、なんでもいいから仕事を見つけなさいな。一度や二度、仕事が合わなかったからってなによ。世間様にまじれば、そのうちやりたいことだって見つかるわよ」
 最後の方は、いつも気遣うような口調になる。なんのかんの言ったところで、心配するからこその小言である。
 ジャックはのそのそと顔を上げた。
「そうそう、そうやってちゃんと顔を上げて……」
「そんなことより、メシ、まだ?」
 ジャックは店を追い出された。


「やれやれ……なんでああ、やかましいのかねえ」
 こぶの出来た頭をさすりながら、ジャックは愚痴をこぼす。
 言いたいことは分からないでもないのだが、職を辞めてからというもの、ジャックにはやる気というものが全くなくなっていた。
 まだ少年と青年の中間といった歳ではあるものの、どことなく瞳には諦めたような、冷めたような色がある。
「あ〜あ、どっかに週休六日で三食昼寝つきのウハウハな仕事はないもんかねえ……」
 と、人生をなめきった台詞をはきながら、あてなく町中を徘徊する。
 午後を少し過ぎたあたり。まともな大人ならば仕事をしている時間だ。当然通りには人は少ない。
 街頭ビジョンがニュースをたれ流している。内容はBPF速報。眼鏡の解説者がしたり顔でいい加減な予想を語っている。そんな中、小さく連敗記録を更新しているチームの話題が取り上げられていた。曰く『もう後がない』『次に負ければライセンス剥奪』『BPFの恥部よさらば』等々、好き勝手な事を言っていた。
「やれやれ、どこもかしこも不景気なことで」
 なんとなく、やるせなくなって背中を丸めて歩みを早める。
 かといって、どこか目的地があるわけでもないのだが。
「……ちょっと歩くけど、爺さんの所でも行くかな……」
 父親の知人である変わり者の老人の顔を思い浮かべる。レイディ同様、色々と口うるさい老人ではあったが、無類の酒好きのため、多少の小言さえ聞き流せばご相伴にあずかるのも難しくない。
 人付き合いの下手な老人は、町の外れに一人で住んでいた。バスも通ってないような場所に好きこのんで住まなくても、とは思うものの、バスに乗る小銭もないのだからあまり関係がない。
 ともかくレイディの機嫌がなおるまで、この暇をどうにかして使い切らなくてはならなかった。
 珍しく、ジャックは固い意志で歩き出していた。
 動機ははなはだ不純であったが。


 人通りどころか建物そのものがまばらになっていた。
 あと三十分も歩き続ければ荒野に出る。辺境の町などそんなものだ。それでも、この町はまだ活気があるほうだろう。
「……おや?」
 偶然。
 たまたま。
 運命の悪戯。
 とにかく、そういった類の現象。
 滅多にないことだが、ジャックはある建物に興味を持った。
 それは他の建物に比べて、はるかに広大な敷地と、巨大な構造物の建物だった。
 とはいえ、立派な建物などではない。作りはほとんどプレハブと変わらないような質素な物である。
「工場かなんかかな?」
 本来ならこの一瞬でジャックの好奇心は尽きていた。
 だが今回は違っていた。
 門の側で数人が口論をしているようだった。大きいのが三つ、小さいのが一つ。
「ふむん……?」
 ジャックはその様子を、顎をさすりながら眺めていた。そして何を思ったか、その場所へ向かって歩きはじめた。


「まだ期限は残っているはずです!」
 ユフィルの毅然とした声が響いた。小柄ながら、その姿は堂々としている。
「やれやれ、強情だな。期限が残っているからって全額返返済できるあてがあるのかい? え、お嬢ちゃん」
 黒服を着て、さらにサングラスまでかけたのっぽの男が、ユフィルの長い黒髪に手を伸ばす。
「貴様! お嬢様に汚い手で触れるな!」
 オルトが二人の間に割って入った。油で汚れた作業着に包まれた肉体は、十分な威圧感を持っている。
 オルトとのっぽが睨みあう。だが、
「やれやれ、自分の立場が分かってねえようだな」
 横幅の広い男が恫喝するように前に進み出た。のっぽの男とおそろいの黒服が、内側の肉体に押し広げられてぱんぱんに張っている。
「少し、痛い目を見た方が物分かりは良くなるってもんだよな、兄弟?」
「そうだな。俺達はジェントルメンだからな。お嬢ちゃんには手出ししないが、ニイチャンのほうだったら多少手荒でも『男同士の話し合い』ってことですむよな、兄弟?」
「ちげえねえ」
 黒服の男達が下品な笑い声をあげた。
「……くっ!」
 一対一ならば、オルトも遅れをとるつもりはないが、一対二では分が悪すぎる。それでも、なんとしてもユフィルだけは守り通すつもりである。
「……お嬢様は中にいて下さい」
「オルトさん!」
「おお、カッコイイねえ。お姫様を守るナイトさんってところかい?」
 のっぽがオルトを挑発するが、そんな物に引っかかるほど愚かではない。直情径行だとはよく言われてきたが。
 それよりも、寸づまりの方に注意を向ける。のっぽが挑発する役ならば、本命は寸づまりに違いない。
 緊縛した空気が漂う。
 ユフィルが息をのんだまま固まってしまう。息を吐いただけで壊れてしまいそうな空気だ。壊れてしまえば、もう後戻りできない。
 緊張が頂点に達したその時。
 その緊張の糸を、こともなげにぶっちぎった者がいた。
「あのさあ」
 ユフィルとオルトが男達の背後を見た。その表情はいかにも怪訝そうだ。
 緊迫した場面にも関わらず、黒服達も振り返っていた。
「あ、やあ」
 ジャックは軽く右手を上げて、場違いに明るい挨拶をした。


「だ、誰だ、貴様?」
 最初に我に返ったのはオルトだった。見たところ黒服達の仲間ではなさそうだ。
 ということは、ただの間抜けか?
 瞬時に失礼な判断をする。
「おい、ボク。ここは危ねえから、とっととママのところに帰んな!」
「ここにいると、あなたまで危険な目にあいます! 早く逃げて下さい!」
 次にのっぽ、その後にユフィルが同じ意味で違う意図の言葉を投げかける。
 その意図に気づいたのか気づいてないのか、ジャックは頬を掻きながら、
「こうゆう時って、女の子を襲ってる奴らが悪者なんだよなあ?」
 一歩、前へと進む。
「なめてんのか、こらあ!」
 やっと我に返った寸づまりが、ジャックの胸ぐらに手を伸ばした。
 ジャックは素早くその手の小指をつかみ、逆関節にひねり上げた。
「いでででででででっ!」
 寸づまりが情けない悲鳴をあげる。
「野郎!」
 それを見たのっぽが、懐に手を入れてナイフを取り出した。ユフィルが短く悲鳴をあげる。
 しかし、ジャックは動じない。
「……コンバット・ナイフ? お前ら、軍隊上がりか?」
 怪訝そうに、眉間にしわをつくる。
「シャッ!」
 のっぽは答えず踏み込んだ。
 腕の長さにくわえ、刃物のリーチがある。のっぽが絶対的有利な状況ににやりと笑う。
 が、
「ほれ」
 ジャックが寸づまりから手を離した。突如苦痛から解放された寸づまりは、脚をもつれされてのっぽの方へとよろめいた。
「おわっ!」
 慌てて後方に飛んで、衝突を免れる。
「はっ! 甘いぜ、ニイチャ……」
「今だ! 顔面オッサン!」
 不適な笑みを浮かべるのっぽの背後に、ジャックが声をかける。
「おおおっ!」
 オルトが叫んで、握った両の拳をのっぽの後頭部に叩き込んだ。
「がっ!」
 重い一撃を受けて、たまらずのっぽが悶絶する。
 寸づまりが体勢を立て直した時には、すでに優位はひっくり返っていた。相棒は地面にうつぶせに伸びている。
 不利を悟って逃げようとする寸づまりに、ジャックが声をかける。
「とりあえず、仲間を運んでやれよ。玄関先にむさい男が寝てたら、さすがに近所迷惑だもんな」
 相棒を放っておくわけにもいかず、男はジャックの言うとおりにした。のっぽを肩に担いで、十分に距離をとるまでジャック達から視線を外さない。十メートルも離れてから、やっと後ろを向いて逃走した。
「さよ〜なら〜」
 やる気なさげにジャックが手を振った。
「あ、あの……」
 おずおずとした声。
「どこのどなたか存じませんが、助けていただいて、ありがとうございました」
 ユフィルがジャックに頭を下げていた。先ほどの毅然とした態度とはうってかわったしおらしい姿にジャックは戸惑った。
「へ? ああ、まあ気にしないでいいよ。うん。大したことじゃないしね。あ、俺の名前はジャックね。フルネームはジャック・ウインド」
 大きくふんぞり返って、得意げにジャックが言った。
「ユフィル・レナンです。この人はオルト・リングと言います」
 ユフィルはそんなジャックの態度も気にせず名乗り、かたわらに立っている青年のことも紹介する。
「ところで……」
 紹介されたオルトが咳払いをしながらジャックにたずねた。
「顔面オッサンとは、誰のことだ?」


「おかわり!」
 食堂にがつがつという音が響いている。
 ユフィルは出された皿を受け取り、スープをよそってジャックへ返す。
「はい。よっぽどお腹がすいてたんですね」
 ジャックの気持ちいいまでの食べっぷりに、ユフィルが微笑んだ。
「いやぁ、悪いね、メシまで食わせてもらっちゃって。なにせ今日はまだなんにも食ってなかったから、腹減っちゃって」
「全く、呆れた食いっぷりだな」
 オルトが腕を組んでうなる。自分も相当に食う部類だが、ジャックはそれ以上に食う。おまけに食い方も下品だ。
 男達が去った後、助けてもらった礼がしたいと言うユフィルの申し出に、
『じゃあメシ食わせてくんない?』
 と、遠慮もなしに言うジャックを屋内へと招き入れていた。
 三十分後、
「……はあ! 食った食った!」
 ジャックは腹を叩き、幸せそうな顔で言った。
「お粗末さまでした……あの、本当に、こんな残り物ですみません……」
 食事と言っても、残り物のスープにあり合わせの材料で作った簡単なものだ。ユフィルはすっかり恐縮してしまっている。
「いやあ、材料が安物でも、料理した人間の腕がいいから美味かったぜ」
 ジャックは身も蓋もない返事をする。
「ふん。これだけ食っておいて、文句を言えるはずもなかろう。お嬢様の料理に文句を言ったなら、その口を引き裂いてやる」
 満足顔のジャックに対して、オルトは口をへの字に曲げている。『顔面オッサン』と呼ばれたことに対して、まだ腹の虫がおさまっていなかった。
 オルト・リング、十九歳。普段から老け顔は気にしているのだ。


「はあ。じゃあ、奴らは借金取りなのか」
 食後のお茶を飲みながら、ジャックは先ほどの男達は何者なのか、ユフィルに聞いていた。あくまで興味本位からだったが。
「ええ、最近チームの成績が思わしくなくて……それで維持費のための借入金がふくらんでしまって……」
「あ、そーいや、ニュースでやってた成績不振のチームって……」
「はい、私達のチームです……その、チームと言っても今は二人だけですけど……」
 ユフィルは羞恥に頬を染め、すっかり縮こまってしまう。
 彼女のチーム、チーム・レナンは、もともとのチーム・オーナーであった父親の死後、チームの仲間は次々と離れてしまっていた。他チームからの引き抜きや、隠退など、理由はさまざまだ。
 チーム唯一のパイロットも、やはり去っていった。
 残ったのはユフィルと、優秀な技術者だった彼女の父を師と仰ぐオルトだけになってしまった。それと父親が設計し、遺した白いPF。
 なんとしてもチームを存続させようとしたユフィルだったが、以前からの成績不振が続く弱小不人気チームでは、新規のパイロットを獲得することもできなかった。
 もちろん機体の整備をしなくてはならないオルトにパイロットを兼任させることは不可能だ。
 仕方なく、ユフィルが自ら乗り込むことにしたのだったが、BPF初心者のユフィルにパイロットを務めるのは、それ以上に無理な話だった。
 あれよあれよと言う間に十九連敗を喫し、チーム成績は最下位にまで落ちてしまった。
 大会規定により二十連敗の時点でBPF運営委員会の審査を受けることになる。その時、チームとしての存続価値がないと判断されれば、チーム・ライセンスは取り消しになってしまう。いや、事実上二人しかいないチームでは、まず間違いなくライセンス取り消しになるだろう。
 十日後に予定されているチーム・デヨラとの再戦に負ければ、チーム・レナンは解散となるのだ。
 ユフィルはそういった経緯を全てジャックに話していた。誰かに聞いてもらいたかったというのが本音だろう。まだ十七歳の少女には、父親から受け継いだチームの存続の責任というのは重すぎた。
「なるほどねえ……」
 話を聞き終えて、ジャックはすっかり冷めてしまったお茶をすすった。
 ユフィルは沈痛な顔をしている。
 オルトはいたたまれなくなって、話の途中で部屋を出ていってしまった。
 かわいそうだとは思うが、ジャックには関係のない話である。いつの間にか、またいつもの無気力ぶりが戻っていた。
「ま、次の試合、勝てるように祈ってるよ」
 ジャックはそう言って、逃げるように部屋を出ていく。
 ユフィルは黙ってその背中を見送った。


 外の空気を吸って、暗くなった気分を振り払おうとする。
「……爺さんのところに行くかな……」
 ジャックは当初の目的を思い出し、背中をを丸めて歩き出す。なんとなくユフィルを見捨てたようで、ばつの悪い気分だった。
 その時、視線を感じた。
「……? まただ……」
 さっきもこの視線を感じたため、普段なら無視を決め込んだ他人のトラブルに首をつっこんだのだ。
 妙な胸騒ぎを感じる。
 辺りを見渡す。
 視線が大きな建物の上で止まった。高さ十五メートル、幅は三十メートルもあるだろう。その大きさに見合った巨大な扉が開け放たれている。視線はその巨大な空洞から感じていた。
 PFの格納庫だ。
 妙な胸騒ぎを感じていた。
 ジャックはゆっくりと、格納庫に近付いていった。
 胸騒ぎは止まらなかった。


 ジャックは整備用ハンガーに固定された白いPFを見上げていた。
 均整がとれた力強いボディと、左右で意匠の違う腕が印象的な機体である。左腕にはいくつか意図不明のパーツがついており、右腕に比べればごつく見える。
 胸の装甲には、このあいだの戦いの傷痕がまだ残っていた。
 胸だけではなく、ボディ各部に整備員一人ではカバーしきれない負傷がいくつもある。
 二つのカメラ・アイが、ジャックを見つめていた。
 顔を上げたジャックと機械の目が合った。
 妙な胸騒ぎがする。
『まだ戦える』
 そいつはそう言っていた。
 胸の奥が熱い。
『もっと戦いたい』
 そいつはなおも、そう言う。
 いつか感じた胸の熱さだ。だが、いったいいつ?
『もっと戦わせてくれ!』
 そいつの叫びが胸を打つ。
 そうだ、これは――
「お前、まだ終われないんだな?」
 ジャックが白いPFに問いかけた。
『――』
 答えが聞こえた――ような気がした。
「ジャックさん?」
 今度は本当に、後ろから声が聞こえた。
 ジャックが驚いて振り向くと、格納庫の入り口を背にユフィルが立っていた。


「あ、悪い。開いてたから勝手に入っちまった」
 ユフィルが近付いてきた。
「これ、父が設計したんです」
 白いPFを見上げる。その瞳は白い機体を見ている。
 ジャックはユフィルの視線の先を追う。
「……ワイルド系のフレームだよなあ」
「……詳しいんですね。見ただけで分かるなんて」
 何気ないジャックの言葉に、ユフィルが目を丸くする。
「正確にはワイルド系フレームをベースに、一から作り起こしたカスタム・フレームだそうです」
「へえ。カスタム・フレームならマイティ系をベースにするのが普通だよな。ワイルド系はクセが強いから……でも……」
 ジャックが言葉を濁した。
 ユフィルは首をかしげ、ジャックを見た。
「……でも?」
 大きな黒い瞳に見つめられ、少したじろいだ。
「ん……ワイルド系だと、女の子が乗るのはきつくないかなあって思ってさ。あ、いや、決して君じゃあ乗りこなせないとかそういうことを言いたいんじゃなくて」
 軽量・高出力・高機動を信条として設計されたワイルド系フレームは、その性能の代償に、極端に扱いづらい操縦性を持つことになった。それゆえ、マイティ系フレームなどの扱いやすい機体に比べ、玄人の機体などと呼ばれているのだ。
 もちろん、女性だからといって乗りこなせないとは限らないが、ジャックの目には、ユフィルはどうにもか弱く見える。こんな体では機体の機動力についていけないのではないだろうか。
「……やっぱり、そう思いますよね……でも……」
 ユフィルが寂しそうに笑う。
「……でも?」
 今度はジャックが聞き返した。
「でも、私は父の遺したこの機体で最後まで戦いたいんです」
 彼女の目には、強い意志がある。
 父の遺志を受け継ぎ自分の意志とした、強い意志が。
 だが、意志だけでは――
「でも、あんたじゃ無理だ」
 ジャックがぽつりと、容赦のない言葉を吐く。
 沈黙が、ジャックの言葉が真実だと証明していた。
 ユフィルは視線を外し、うつむいた。
 ジャックは視線を外し、上を向いた。
 ジャックは視線を白いPFに向けたまま、
「あんたに頼みがある」
 ジャックは強い、強い意志を込めた声でそう言った。


 ――荒野。
 白いPFを乗せたホヴァー・カーゴが指定座標に到着する。
 カーゴ・デッキが垂直に持ち上がり、PFを強制的に立ち上がらせる。
 太陽の光を受けた白いPFは、さながら巨大な神像のように見える。
 あるいは、最後の戦いに赴く戦士のように――


「おーおー、わいに負けに、のこのこやって来よったでえ」
 バーニング・タイガーの肩に座ったカーチス・ライトは、やたらとでかい声で呟いた。特段大声を出しているわけではない。これが彼の地声なのだ。
 カーチスは双眼鏡を覗きながら、携帯食料をばりばりとむさぼり食う。
「おおい、カーチス! 降りてこい!」
 足下で整備員達が騒いでいるが、無視する。
 カーチスは高いところがなにより好きだった。
 高いところが好きだ。
 高いところにいると気持ちいい。
 だから男なら目指すはてっぺん!
 それがカーチスの信条だった。
「こおら! バカモン! 試合前に怪我でもしたらどうする!」
 ひときわでかいだみ声が、それこそ雷のようにカーチスへと落ちた。カーチスは双眼鏡を取り落としそうになり、あわてて手を伸ばす。その拍子に体勢をくずし、バーニング・タイガーの肩から落ちそうになった。
 あわてて肩の突起につかまり、落下はまぬがれた。全高八メートルのPFから転落すれば、最悪命を失いかねない。双眼鏡はちゃっかりと、ブーツの爪先にひっかけて確保している。
「バカモン! お前は大事なパイロットなんだぞ! 気をつけんかあ!」
 声に負けず劣らす頑固そうな中年男が、腕を振り回して叫んでいる。
「監督が大声出さんかったら、こけませんでしたわ!」
 PFのパーツにしがみついた、少し情けない格好のまま怒鳴り返す。
 高いところは好きだが、落ちるのは嫌だ。
 それがカーチスの信条だった。
 誰でも普通はそうだろうけど。


「なあ、お前どっちに賭けた?」
「バーカ、チーム・デヨラに決まってんだろ。チーム・レナンなんかに賭けたら、金をドブに捨てるのと同じだぜ」
「はは、違いない」
 酒の入ったグラスを片手に、若い男二人がカウンターで話こんでいた。
 初老のバーテンダーは、まあいつものことなので黙ったままグラスを磨いている。
 観戦ラウンジの一画に設けられたカウンター・バーでは、こうゆう客は珍しくない。
 このバーでも賭を受け付けることはできる。この客達も、たった今バーテンダーからチーム・デヨラのチケットを購入したばかりだ。配当は大した金額にはならないが、確実性はある。この観戦ラウンジにいる客は、みんな適当に賭を楽しみたいような連中だ。大きな勝負などする者はいない。
「あーあ、チーム・レナンも今日で解散かあ」
 男達の片割れは、大した感慨もなさげに無責任な笑い声を上げていた。
「お?」
 馬鹿笑いをする相棒に呆れた男がラウンジを見回すと、ひときわ目立つ女がカウンター・バーに近付いて来るのが見えた。
 サングラスで顔は良く見えないが、とおった鼻筋に、肉感的な赤い唇をしており、サングラスをとればさぞ美しいだろうことが想像できた。
 思わず、相好を崩しながら、相棒の腕を肘でつついた。
「うん? おお、こりゃ……」
 相棒もたちまち相好を崩した。
 女が男達の隣りに立ち、バーテンダーに話しかけた。
「ブランデーをいただけるかしら。それと聞きたいのだけど、賭のチケットはここで買えるのかしら?」
 バーテンダーは無言でブランデーをグラスについで渡す。
「おや、こういう場所に来るのは初めてですか、お嬢さん?」
 男が精一杯気取った口調で女に話しかけた。抜け駆けされた相棒が凄い目で睨んでいるが気にしない。
「ええ、BPFに賭けるのは初めてですの。それで、チケットを購入するのはここでいいのかしら」
 女は愛想良く微笑む。
「ええ、こちらで受け付けておりますよ」
 バーテンダーが男の機先を制して答える。今度は男がバーテンダーを睨むが、わりといつものことなので、バーテンダーは動じない。
「そ、それで、どちらに賭けるのですかな、お嬢さん?」
 気を取り直して、男が会話を続けようとする。
「ええ、チーム・レナンに……」
「それはいけません! チーム・レナンに賭けるなんて、金をドブに捨てるようなものです! 悪いことは言わないから……」
 男が大げさに驚いて女の愚行をとめようとする。いいところを見せようという下心が丸見えだった。
 バーテンダーは男を無視した。たまにこういう大穴に賭ける客が来ると、賭が面白くなるからだ。
「それで、おいくら賭けますか?」
「五百万ゼナール」
「ご……!」
 女の言った金額に男達が凍り付く。
 男達の年収に匹敵する金額だ。
 通常、こんな一般に開放された観戦ラウンジで取り引きされる金額ではない。
 ましてや、大穴のチームに賭けるような金額では。
 口が開いたまま、閉じない。
 バーテンダーは黙ったままグラスを磨いている。いつもどおりではない事態に、意識が現実から離れていた。


「――お嬢様、落ち着いていきましょう! 悔いを残さないよう、全力で!」
 ホヴァー・カーゴの指揮室で、オルトがパイロットに檄を飛ばす。
 対戦相手のチーム・デヨラは勢いのあるチームだ。
 バーニング・タイガーもオールラウンダーなマイティ系フレームの機体である。死角は少ない。
 正直言って、ユフィルに勝てる見込みはほとんどない。
 それでもオルトは必死に檄を飛ばし続けた。
 だが、コックピットからは応答がない。
 通信機の映像もOFFにされていた。
「お嬢様? どうかしましたか? お嬢様! お嬢様!」
 マイクを握って何度も呼ぶが、やはり返事はない。
「おじょう……」
「遅くなりました!」
 指揮室にユフィルが滑り込んできた。
「お嬢様っ?」
「まだ試合は始まっていませんね? システム・チェックは終わっていますか?」
「え、ええ、はい。チェックの方は――いや、そうじゃなくて、どうしてここにいるのですか! い、今コックピットにいるのは、いったいっ?」
 試合開始までもう間がない。本来なら、パイロットのユフィルはもう乗り込んでいなくてはならないはずだ。
「マイク貸ります」
 ユフィルはオルトの手からマイクを取った。ユフィルの指が手に触れ、オルトの顔が赤くなったが、すぐにそんな場合ではないことを思い出す。
「お嬢様!」
「ジャックさん! 準備整いました!」
 ユフィルがマイクを通して、コックピットに声をかけた。
 ジャック?
 意外な名前を聞いて、オルトが動揺する。
《お、サンキュー! うまくいったんだな?》
「はい、全てクリアです!」
 スピーカーから流れてきたのは確かにジャックの声だった。
 指揮室のモニターに、ジャックの顔が映し出された。
 オルトはユフィルの手からマイクを取り返し、怒鳴った。
「貴様ぁっ! 何故コックピットにいるっ!」
《いやあ、面白かったぜ。俺に向かって何度も『お嬢様』って言うんだもんなあ》
 ジャックがへらへらとした口調で、答えになっていない答えを返す。
「どういう事だあっ!」
 オルトが耳まで真っ赤になって怒鳴る。
「ジャックさんにパイロットを代わってもらったんです。私が出ても勝機はありませんから」
 ユフィルがジャックの代わりに答えるが、オルトは納得しない。
「正気ですか! 素人をPFに乗せるなんて!」
「ジャックさんは素人じゃありません。軍隊でPFパイロットを経験しています」
 PFパイロットの訓練が最も充実しているのは、当然軍隊だ。軍のPFパイロット経験者がBPFのチームにスカウトされることも珍しくはない。
 素人同然のユフィルと、正規の訓練を受けたジャック、どちらがパイロットに向いているかは考えるまでもない。
「それでも! 未登録の人間が乗ってることが運営委員会に知れたら!」
「パイロット登録はたった今受理されました」
 パイロット登録証をオルトに見せる。確かにそこにはジャックの顔と名前が印刷され、運営委員会の承認もされていた。
「出場パイロットの変更は一週間前までと大会規約に……!」
「一週間前に予備パイロットとして仮登録は済ませてあります」
 オルトの声に、だんだん勢いが無くなっていく。ユフィルとジャックはちゃんと正規の手続きを踏んでいるのだ。反論のしようがない。
 そしてとうとう、本音が出た。
「どうして自分に教えてくれなかったんですかあ!」
 オルトの絶叫は悲鳴に近い。
「ごめんなさい。言えばきっと止められると思って……それに、ちゃんと申請が通るかどうか、確信が持てなくて……」
 ユフィルは済まなそうに謝った。
《固いこと言うなよ、オルト。大丈夫、上手くいくって》
 ジャックののんきな声がスピーカーから流れた。オルトのこめかみに青筋が浮かぶ。
「貴様がお嬢様をそそのかしたのか!」
 つかみかからんばかりの勢いでオルトが叫ぶ。
《そそのかしたなんて人聞きが悪いなあ。大丈夫だから、泥船に乗った気分で見てろよ》
「それを言うなら『大船』だっ!」
 ユフィルが耳を押さえてうずくまるくらいの絶叫が指揮室に響いた。
 さすがにオルトも肩を上下させ、乱れた息を整えていた。
《ところでユフィル》
「はい、なんでしょう」
《まだこの機体の名前聞いてなかったな》
 なんとなく、慌ただしさのせいで聞きそびれていた。だが、これから一緒に戦う相棒の名前を知らないというのも、なんだか変な気分だ。
「その機体の名前はネームレス・ワイルドです」
 名無しの野獣。
 この精悍な機体にふさわしい名前だと思った。
《お前、ネームレス・ワイルドっていうのか……よっしゃ! いっちょ暴れまくろうぜ、相棒!》


「なんやて? パイロットの変更? 戦績データなし……今日付けでパイロット申請受理? かめへんかめへん、パイロットが代わったって、そんなど素人蹴散らしたるわ!」
 バーニング・タイガーのコックピットでカーチス・ライトはチーム・レナンのパイロット変更の報せを受けていた。
 指揮室ではこの段階でのパイロット変更はルール違反ではないかと運営委員会に掛け合っているようだが、カーチスはその報せを一笑に付した。
 相手が誰であろうと関係ない。攻めて攻めて攻めまくるだけだ。
 目指すはてっぺん。こんな消化試合でまごついていられない。
 試合開始はもうすぐだ。
 一瞬で終わらせてやる。
「よっしゃあ! いくでぇ虎吉ぃ!」
 バーニング・タイガーがカーチスの言葉に答えるかのように吼えた。


《バトル・システム オール・グリーン
 フィールド・タイプ/ワイルダーネス
 チーム・デヨラ/バーニング・タイガーvsチーム・レナン/ネームレス・ワイルド
 ゲット・セット レディー・ゴー!》


 ネームレス・ワイルドとバーニング・タイガーが遠距離で対峙する。
 両者の武装は中間距離から威力を発揮する。まだ間合いは遠かった。
 しかしバーニング・タイガーはお構いなしに両手のマシン・キャノンを連射して突進する。
 荒野の大地が割れ砂煙が上がる。
 ネームレス・ワイルドも動き出した。ジグザグに回避運動をしながら、やはり前へ。
 バーニング・タイガーの撃った弾丸はネームレス・ワイルドをかすめ、周囲にも着弾する。
 しかし、所詮は牽制の射撃にすぎない。バーニング・タイガーは地面を蹴り、さらに前へと突き進む。ネームレス・ワイルドからの攻撃はまだない。
 両者の前進により中間距離――有効射程に突入する。
 ここぞとばかりにバーニング・タイガーがマシン・キャノンを撃ちまくる。
 だが、
「避けたっ?」
 当たらない。
 何発かは白い機体をかすめるものの、銃弾の多くは虚空へと吸い込まれる。
 ネームレス・ワイルドの機動力に照準が追いつかない。
 このあいだの機体と同じ機体とはとても思えない動きだった。
 それならと、広範囲に銃弾をばらまく。しかし今度は、銃弾の隙間を縫ってネームレス・ワイルドが距離を詰めてくる。
「なんやとぉっ!」
 だが、まだネームレス・ワイルドからの攻撃はなかった。


「ちくしょっ! とんだじゃじゃ馬だぜっ!」
 ネームレス・ワイルドのコックピット内でジャックが叫ぶ。
 ネームレス・ワイルドはジャックの操縦に敏感に反応し、素晴らしい機動をみせた。だが機体が機動力に振り回されて、体勢を立て直すのが精一杯だ。とても攻撃をしてる余裕がない。
「頼むから言うこと聞いてくれよ、相棒!」
 ユフィルはこんなものに乗っていたのかと、内心舌を巻く。並のパイロットでは御しきれない、まさに野生の暴れ馬だ。
 それなのに、ジャックの口には笑みが浮かんでいた。
 楽しくて仕方がない。
 ろくに言うことを聞かない機体。
 雨あられと降り注ぐ銃弾。
 だがそんな緊張感が、かえってジャックを熱くさせる。
「燃えるぜ、相棒っ!」
 ジャックが吼えた。
 それはネームレス・ワイルドの咆吼になった。


「凄い! ネームレス・ワイルドがあんな動きをするなんて!」
 指揮室でユフィルが興奮した声をあげる。
 ディスプレイの中の白いPFは、ますます速度を上げ、降り注ぐ銃弾の雨を回避していた。
『もっと、もっと、もっと!』
 ネームレス・ワイルドがそう叫んでいるように見えた。
「機体に今のところ異常はない! ジャック! 避けているだけでは勝てんぞ!」
 オルトが機体の状況をチェックしながら、ジャックに指示を出す。
《ああ、分かってる! だんだん慣れてきた。 そろそろこっちからもいかせてもらうさ。待ってろよ、ユフィル、オルト。必ず勝ってやるからな!》


 ネームレス・ワイルドがハンド・キャノンを構えた。
 撃つ。
 銃弾は大きく左側に逸れた。
 撃つ。
 今度は、右側に少し逸れた。
 撃つ。
 右腕をかすめる。
 撃つ!


「ぐあっ!」
 衝撃。
「当たっただとぉっ?」
 右肩に銃弾が直撃した。幸いなことに、装甲が吹き飛んだだけで、行動に支障はない。
《こらあっ! 何をやっとる! 足が止まっておるぞ!》
 監督の声が響く。
「しもうた! わいとしたことがぁっ!」
 いつの間にか、ネームレス・ワイルドの動きを追うあまり、足が止まっていた。
「は! こっちが動いとったら当たらんやろ!」
 すぐに回避運動を混ぜながら、加速する。
 しかし、
「おわあっ!」
 今度は左肩の装甲を弾丸がえぐっていった。
「くっそおおお……どないなっとんねん!」


「へへっ、どんなもんだい」
 ジャックは得意そうに、さらにトリガーを引く。
 さすがに、今度は避けられた。
《何をしている、ジャック! 弾数はあまりないんだぞ!》
 モニターの向こう側でオルトが怒鳴っている。チーム・レナンの苦しい台所事情では十分な弾薬を用意できないのである。ここらへんが弱小チームの悲しさだった。
「へーへー、分かってるよ。このままの距離を保って仕留めればいいんだろ?」
 慎重に狙いを定める。
 狙いは相手の動力部。
 ターゲット・スコープの十字が重なる一瞬、トリガーに力を込めようとしたとき、
「おわっ?」
 機体が揺れた。
 着弾ではない。
 ネームレス・ワイルドがまた暴れ出した。
「どうしたんだよ、相棒!」
 だが、ネームレス・ワイルドは答えない。ただ力強く、大地を蹴るだけだった。


 ネームレス・ワイルドの攻撃が止まった。
「なんや?」
 白いPFは攻撃を止め、真っ直ぐにこちらへ突っ込もうとしているようだった。
「弾切れ? それとも、まだなんかやらかす気か?」
 ネームレス・ワイルドの単調な動きに、一瞬の躊躇はあったが、すぐに好機と判断し攻勢に転ずる。この思い切りの良さがカーチス・ライトの長所だった。
「おらおらおらおらぁっ!」
 マシン・キャノンを撃って撃って撃ちまくる。
 何発かが白い装甲に着弾をするのが視認できた。
「いけるでぇ!」
 銃弾は、慌てて飛び退こうとするネームレス・ワイルドを追いかけた。


「くそっ、なんだってんだよ、相棒!」
 きわどい一撃を避け、ジャックが悪態をついた。
 操縦桿を押さえつけ、必死に機体を押さえつけようとする。
 あのままのペースで行けば勝てたかも知れないのに、と舌打ちをする。
『――』
 ジャックがはっとする。
「今の……お前か?」
 また、あの時の声が聞こえたような気がしたのだ。
 だが返事はない。
 代わりに、サブ・モニターの表示が勝手に切り替わった。
 機体の全体図が映し出され、更に左腕の部分がクローズ・アップされた。
「これは……?」
《ジャックさん、どうしたんですか!》
 ユフィルの声が、サブ・モニターを覗き込んでいたジャックを現実に引き戻した。
《何をぼーっとしている!》
「オルト! この左腕のプロテクトってなんだっ?」
 サブ・モニターの表示を、指揮室のモニターに転送する。
《これ、なんですか?》
 ユフィルが問う。
「わかんねーけど、いきなり表示されたんだ! オルト、なんか知らないか?」
 オルトが腕を組み、しばらく考えた後、少し言葉を濁すように答えた。
《なんのシステムかは俺も知らない。ただ……》
「ただ、なんだよ! 早く答えろ! 気になって仕方ないんだ!」
 オルトは少しためらって、
《……以前、このシステムがメイン・システムに影響を与えてシステム・ダウンを起こしたことがある。だからシステムにプロテクトをかけて凍結したんだ》
「お前が凍結したのか? だったらこのシステムを解凍してくれ!」
《自分の話を聞いていなかったのか! このシステムを起動させたら、メイン・システムがダウンするかもしれないんだぞ!》
「こいつが――ネームレス・ワイルドが言ってるんだよっ! システムを解凍してくれって!」
《気でも違ったか! PFがそんなことを……》
《オルトさん》
 ユフィルがオルトを制した。


「オルトさん、システムを解凍してください」
 強い意志のこもった声で、ユフィルが言った。
「お嬢様……」
 オルトが困惑した顔を向けた。
「この試合は、すでにジャックさんに預けています。私が、そう決めたんです。だからジャックさんの判断に任せましょう」
 ユフィルに見つめられ、オルトがたじろいだ。
「それに、ネームレス・ワイルドはお父様が設計した機体です。きっとこのシステムには意味があるはずです。信じましょう。お父様と、ネームレス・ワイルドを」
 尊敬する師匠のことを持ち出されてオルトは言葉につまる。
 少しの逡巡の後、
「どうなっても知りませんよ!」
 オルトは意を決し、コンソールを叩きだした。遠隔操作でシステムにかけられたプロテクトを次々に外していく。
 最後のプロテクトを外す寸前で指が止まった。
「本当に、いいんですね……?」
 オルトがユフィルを見た。
 ユフィルは微笑んで頷いた。
「プロテクト解除!」
 オルトの指がキーを叩く。
「ジャックさん! お待たせしました!」


《ワイルド・アーム・システム
 プロテクト・リリース》


 サブ・モニターに次々とシステム説明が表示される。
 ジャックはそれらを流し読んだ。
 ワイルド・アーム・システム。
 ネームレス・ワイルドの左腕に内蔵された近接戦闘用兵器のことだ。
 左腕の装甲表面にエネルギーを励起させ対象に叩き込む。その理論上の破壊力はハンド・キャノンなどの比ではない。
 しかし強力な反面、問題もあった。エネルギー伝達系に極度の負担をかけるために、メイン・システムをダウンさせる危険性があるのだ。
「……お前、これを俺に言いたかったんだな?」
 ジャックはネームレス・ワイルドの意志を理解した。
 PFはただの機械ではない。
 機体中枢に珪素生命をベースとしたシステムを組み込んでいる、生きた機械だ。
 意志を持った機械だ。
『――』
「よおし! 分かったぜ、相棒! ワイルド・アーム・システム起動!」
 二つの意志が噛み合った。
 もはや、止める者は誰一人いない。
「いくぜえええええええっ! ワイルド・クラッシャアアアアアアッ!」  
 ネームレス・ワイルドの左腕が輝いた。
 銃弾を無視し、バーニング・タイガーへと突っ込んだ。


 バーニング・タイガー――カーチス・ライトもそれに応えた。
「接近戦かぁ! 面白い、受けて立ったるでぇ!」
 バーニング・タイガーがマシン・キャノンを投げ捨て、内蔵式のビーム・ソードを展開する。
 カーチスが叫ぶ。いや、吼える。
「いっけええええええぇっ! バーニング・タイフゥゥゥゥゥゥンッ!」


 ネームレス・ワイルドの光り輝く拳と、バーニング・タイガーのビーム・ソードが正面から激突する。
 光が爆発的に広がった。
「おおおおおおおおっ!」
「らあああああああっ!」
 二人が操縦桿を握り、絶叫。
 正面からの力比べ。
 小細工などいらない。
 最高だった。
 お互いに、最高の馬鹿だと認めあった。
 バーニング・タイガーのビーム・ソードが、ワイルド・クラッシャーの光に押された。たわみ、歪み、弾けとぶ。
 ネームレス・ワイルドの勢いは止まらない。
 堰き止められていたエネルギーが一気にバーニング・タイガーへと押し寄せた。
 ワイルド・クラッシャーが接触した左腕が肩から吹き飛び、衝撃による強い負荷を受けた右肩も火を噴いた。
 ネームレス・ワイルドが拳を振り抜いた姿勢のまま、動きを止める。
 その左腕が蒸気を吹き上げると同時に、バーニング・タイガーがゆっくりと仰向けに倒れていった。
 大地に轟音が響き、もうもうと砂煙が舞う。
 一瞬の沈黙。
 そして――
『ウオオオオオオォォォォォッ!』
 ネームレス・ワイルドが勝利の雄叫びを上げた。
 それが決着のついた合図だった。


《バーニング・タイガー バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー チーム・レナン/ネームレス・ワイルド!》


「やったやった! 勝ったぁ!」
「おおお! 本当に勝ちやがったぁ!」
 指揮室でユフィルとオルトが狂喜乱舞する。これでチームの存続は、首の皮一枚で繋がったことになる。
 もちろんチームの存続のためには、これからも勝たなければいけなかったが、二人とも今この瞬間の勝利を心の底から喜んだ。


 観戦ラウンジが騒然となった。
 大方の予想を完全にくつがえし、チーム・レナンが勝利したのだ。
 観客達は、ただ茫然とスクリーンを眺めていた。
 カウンター・バーにいた二人組も、口をあんぐりと開けて呆けている。
 レイディ・リンクスはサングラスを外し、少し興奮したような声音でつぶやいた。
「……あの子、本当に勝っちゃったわ」
 その目は嬉しそうだった。
 振り向いてバーテンダーに声をかける。
「チケットの換金方法を教えて下さるかしら」
 返事がない。
 バーテンダーは大穴にかけられた五百万ゼナールへの配当金を想像し、卒倒してしまっていた。


「……まさか、こんな隠し技があるたあなあ……ほんま、卑怯やで自分」
《いやあ、こんな装備があるなんて俺も知らなかったんだよ。ただ、こいつがやりたいように戦っただけさ》
「なんや、そらあ……」
 仰向けにひっくり返った期待のコックピットの中でカーチスはつぶやいた。
 だが、不思議と悔しさはない。
 バーニング・タイガーのカメラ・アイは空を映していた。
 空が、高い。
 気分が良かった。
 自分の中で、生涯最高の負けっぷりだと実感していた。
「おう!」
《ん? なんだ?》
「面白かったで、自分。またやろうな」
 カーチスはジャックに再戦の約束を求めた。こんな楽しい試合をたった一回こっきりでお終いにする気はさらさらなかった。
 それに、リベンジもせずに勝負に納得できるほど、諦めのいい性格でもない。
 男は粘りと気合いと根性だ。
《ん、ああ、そうだな……そんときはお手柔らかにな》
「阿呆! 手加減なんかするか、ぼけぇ!」
《ははははは》
 ジャックとカーチスは通信機越しに笑いあう。
 しかし、ジャックがほんのわずか、言葉を濁したことにカーチスは気がつかなかった。


「本当に、やめてしまうんですか?」
 ユフィルが残念そうに聞いた。その目には少し涙がにじんでいた。
 ネームレス・ワイルドから降りてきたジャックの第一声は、
「さて、約束も果たしたし、これでお別れだな」
 だった。
 ユフィルは「やっぱり……」という顔をし、オルトはわけが分からず動揺した。
「もともと試合に出るのは一回だけのつもりだったしな。あ、それと借金のほうは今回の賭の配当で十分お釣りがくるはずだから。そこらへんはレイディ・リンクスが上手くやってくれるよ。心配すんなって」
「賭? いったい、なんの話だ?」
 オルトが困惑する。
「実は……」
 ユフィルが説明をする。
 今回の試合、レイディ・リンクスを通して自分たちのチームの勝利に五百万ゼナールもの高額の金を賭けたのだ。
 おりからの成績不振で賭の人気が圧倒的に落ちているため、チーム・レナンの勝利はかなりの高額配当になっている。その配当金を借金の返済に充てれば、チームの窮状は十分に脱出できる。
 その元手はチームの金庫に残った最後の運営資金だった。
「なんでそんな大事なことを黙ってたんです! いや、そもそも、今回の試合に負けていたら、何もかもお終いになってたかもしれないんですよ!」
 あまりの大博打にオルトが悲鳴を上げた。
「試合に負けていたら、お金が残っていてもいなくても、結局チームは解散でした」
「そ、それはそうですが……」
 そんな大事なことを自分に内緒で決められてしまったことが、とても寂しかった。
「ま、いいじゃんか。勝ったんだし」
 ジャックに言われたせいで、オルトはますます納得出来なくなった。ぶつぶつと口の中で文句を言い続けるが、ユフィルの手前それ以上は反論しなかった。
「んじゃ、話もまとまったみたいだし……」
 ジャックが二人に背を向ける。
「あ……」
 ユフィルとオルトの声がかぶる。
 ジャックが振り返り、ネームレス・ワイルドの白い機体を見上げた。
「じゃあな、相棒。短い間だったけど楽しかったぜ」
『――』
 それが、短い別れだった。


《――奇跡の大逆転が起こり、チーム・レナンの連敗記録はストップしました》
 ニュースが今回のBPF試合結果の大番狂わせを大々的に放送していた。
「……はぁ……」
 ユフィルはリモコンの電源ボタンを押してテレビの画面を消すと、溜息をついた。
 昨日一日だけでも取材の記者がたくさん来て、その対応に大わらわだった。記者達の質問の内容はだいたい、
『あのパイロットはいったい誰なんですか?』
『なぜあの機体の能力を今まで使わなかったんですか?』
 などといったものだった。
 だがそれらの取材陣は、オルトに全て追い返してもらっていた。大逆転の最大の功労者がいなくては、ヒーロー・インタビューも取材も全てが空しかったからだ。
 心の準備もつかないままのいきなりのお別れだった。もっと色々と、試合に勝った後のことも考えていたのに。
 祝勝とチーム存続決定のお祝いを兼ねてパーティーなども考えていたけれど、とてもそんな気分にはなれなかった。
 そう、チームの存続も決まった。レイディ・リンクスという人物から入金があり、それで借入金は全額返すことができた。もっとも借金を返した後はあまり残らなかったので、当面は資金難が続きそうだったが。
「……はぁ……」
 ユフィルは今日何度目かの溜息をついた。


「……お嬢様……」
 オルトはそんなユフィルの様子を戸口から眺めながら、しかしどう声をかけたらいいのか分からずに立ちつくしていた。
「これというのも全部あの男のせいだ」
 口に出して言ってはみるものの、憎いという気持ちはわかなかった。
 突如現れ突如去っていった台風のような男だったが、いざ通り過ぎてみると不思議な寂しさのようなものが残っている。
「……勝手にいなくなった人間のことを考えていても仕方がない。今は新しいパイロットをどうやって獲得するかだ」
 頭を振って、暗い気持ちを追い出す。この前の試合を見て思ったことだが、やはりユフィルにネームレス・ワイルドの操縦は酷すぎる。
 幸いこの前の試合はセンセーションな勝ち方をした。募集をかければパイロット希望者も見つかるかもしれない。
 考えなければいけないことはたくさんある。
 やらなければいけないこともだ。
「うむ!」
 両の手で頬を叩き、気合いを入れる。自分がしっかりしなくては。
 その時、事務所の扉を叩く音が聞こえた。
「また取材か? まったく、何度追い返してもしつこく来おって!」
 とりあえず、身近なところから片付けてしまおう。
 オルトは作業着の袖をまくって扉へ向かった。


 どたどたと床を蹴る騒がしい音が聞こえ、ユフィルが顔を上げる。
「貴様ぁ!」
 オルトの怒鳴り声も聞こえた。
 足音はどんどん近付いてくる。何事か、とリビングの扉に顔を向けた瞬間、扉が開いて二人の若者がもつれ合うように飛び込んできた。
「よおっ!」
「ジャックさんっ?」
 飛び込んできたのはジャックだった。続いてそれを追って、オルトが現れる。
「貴様、『これでお別れ』だったんじゃなかったのか!」
 ジャックに食ってかかるオルトの顔を右手で押さえながら、
「いやあ、『BPFはもうやめた』って言ったらレイディに追い出されちまってさあ」
 左手で短い金髪の頭を掻く。
 突然のことにユフィルは目を丸くする。
 ジャックはそんな様子に気づいていないのか、
「でさ、悪いんだけど、ここでパイロットとして雇ってくんない? 給料は普通でいいからさ、住み込み三食昼寝付きで!」
「きっさまああああああっ! 言うに事欠いて、なんだその条件は! この口か! この口がそんな戯言をほざくのかっ!」
 オルトが手を伸ばし、ジャックの口を引っ張った。
「ひでででででで! あにふんあ、おのあろう!」
「何を言っているのかわからんぞ!」
「おはへおへいあろうあ! へい!」
 ジャックがお返しとばかりにオルトの鼻の穴に指を突っ込んだ。
「ぎざばぁっ! だでぃをずどぅ!」
 二人がもみ合い、倒れ、床の上でつかみ合いの喧嘩を始める。
 その姿を見て、ユフィルが笑った。
 腹を抱えて、息も出来ないほどに、心の底から笑っていた。
 目に涙がにじむ。悲しみではなく、喜びの涙だ。幸せな涙だった。
 ジャックへの返事はすでに決まっている。だから二人が疲れて喧嘩をやめるまで、今はただこの幸福に笑っていようと、ユフィルはそう思った。



第二章「バトル・ゲーム」

「プライズ・マッチ?」
「そや。わいらの試合は通常のリーグ戦の他に、特別試合がいくつかあってな。プライズ・マッチは片方のチームが賞金を出して対戦相手を募るっちゅー試合形式や。ま、だいたいが有名チーム倒して名を上げようとか、売り出し中のチームが名を上げようとか、そーゆー目的でやるんが多いけどな」
「でもさあ、そんな試合出てたら、本戦の方に影響出るんじゃないか?」
 カーチスの人差し指が、ジャックの鼻先に突きつけられる。
「せやから試合を受けやすいように、リーグ戦の試合の間はけっこう長くなっとるやろ。かつかつで進めとったらメンテナンスが間にあわんでリーグ戦に影響が出てまうからな。それにプライズ・マッチを受けるか受けへんかはチームの自由やし」
「へえ。そんなもんがあるんだ」
「自分、ほんまに何も知らんのやなあ」
 感心するジャックにカーチスが呆れた表情を向ける。
 チーム・レナンの事務所にある居間で、ジャックとカーチスが向かい合って話し込んでいた。暇だと言って、カーチスが遊びに来たのだ。
「……昨日の今日で、よくのこのこやってこられるものだ……」
 オルトはそうつぶやいた。試合から三日しか経っていないのに、カーチスの気安い様子に呆れていた。
 壁に背中を預けて、二人のBPF談義を聞いていた。話自体はどうと言うこともないものだったが、ジャックはカーチスの話にいちいち感心していた。
「しょうがないじゃん。俺、BPF初心者だし」
「初心者て……自分、これくらいのこと鼻たらしたガキンチョでも知っとるで」
 BPF――バトル・オブ・パワード・フォーマーズは子供から大人まで、幅広い人気を集めている競技だ。子供達は数字の数え方より先に、BPFのルールを憶えるとさえ言われているくらいである。ジャックのような人間は、極めて特殊な例だっだ。
「ところで……」
 カーチスがジャックに「耳を貸せ」とジェスチャーする。
「なんだ?」
「あの兄ちゃん、さっきからずーっとこっち見とるけど……」
 カーチスの視線の先には、難しい顔をして立っているオルトがいた。別チームのカーチスが妙なことをしないようにと見張っているのだが、さっきからずっとそうしているために、少し不気味でもあった。
「あ、うん。オルトがどうかしたのか?」
「……もしかして、ホモとちゃうやろな」
 一瞬の間。
「ぶあーっはっはっはっはっはっ! オルトがホモぉっ? こりゃいいや!」
「おおっ? ウケたで!」
 いきなりのカーチスの台詞に、ジャックは腹を抱えて大笑いする。
「貴様ら、いったい何の話をしているっ!」
 ホモ呼ばわりされた事を耳ざとく聞きとがめたオルトが、二人に詰め寄った。
「いやん、犯されるぅ〜〜〜!」
 ジャックがなよなよと科を作って逃げまどう。それを見て、
「おうおう、ノリのいいやっちゃ!」
 カーチスがげらげらと笑いながら囃したてた。
 ジャックはオルトの本気の拳を、科を作ったままのらりくらりとかわし続ける。
「避けるな!」
 オルトが無茶なことを言う。
「はっはー、当たんないよーだ」
「くそっ!」
 業を煮やしたオルトが手近にあった木彫りの置物をつかみ、ジャックに投げつけた。
「おわ! 危ね!」
 ジャックは間一髪でこれを避ける。
 が、
「きゃっ!」
 悲鳴と、何かがどさっと倒れた音。ほとんど同時に硬い物が床に落ちて割れる音が響いた。
 騒いでいた三人の男達が固まる。
 ユフィルが額を押さえ、床にうずくまっていた。足下には割れたポットとカップが散乱し、香りの良い液体がこぼれて湯気を上げていた。
 お茶を入れたユフィルが部屋に入ったと同時に、オルトの投げた置物が直撃したのだ。
 音を立ててオルトの血の気が引いた。あっという間に真っ青になり、うろたえる。
「お、お嬢様……!」
 オルトは口をぱくぱくとさせるばかりだ。
 ジャックもばつの悪そうな顔をして、その様子を見ていた。
「どれどれ」
 カーチスだけが冷静にユフィルの側に歩み寄って、その額を覗き込んだ。
「あー、こりゃきれーにこぶができとるで。ま、出血も内出血もしとらんし、冷やしとけば大丈夫やろ。嬢ちゃん、意識はしっかりしとるか?」
「……あ、ええ、はい、ちょっと、痛いですけど……ええ、大丈夫、です」
 額を押さえながら、ユフィルは無理矢理笑顔を作った。
「す、すみません、お嬢様……」
「ごめん……調子にのりすぎた……」
 オルトとジャックが叱られた子供のようにしゅんとして縮こまる。
「あ、大丈夫ですよ……本当に」
「まー嬢ちゃんもこう言ってることやし、今日のところは大目に見たる」
 カーチスが腕を組んで、うんうんと頷いた。
「もとはと言えばお前のせいだろうがっ!」
 ジャックとオルトがハモって叫ぶ。
「たは〜、ツッコミ厳しいで、ほんま」
 カーチスは天井を仰いでおどけて言った。


「ほ、本当に大丈夫ですか……?」
 タオルを冷水で濡らして固く搾り、ユフィルの額にあてながら、オルトが何度目かの同じ質問をする。
「ええ、だいぶ楽になりました。ありがとうございます」
 ユフィルはソファに横になりながら、いちいち「大丈夫」「ありがとうございます」と返事をする。
「割れ物は捨て終わったぞ」
「床掃除も終わったで」
 それぞれ後始末をしていたジャックとカーチスが戻ってきた。
「ほんとごめんな」
「堪忍や、この通り!」
 手を合わせて拝むようにして謝る二人を見て、ユフィルは軽く吹き出した。
「いいんですよ、本当に。もう十分謝ってもらいましたし」
 タオルを押さえて上体を起こした。
「ああ、まだ横になっていたほうが……!」
「平気ですってば。私だってBPFに出場していたんですよ。このくらいの怪我、怪我のうちに入りませんよ」
 男三人が萎縮してしまって、さすがに居心地が悪くなる。ユフィルはなんとか気にしないでもらおうと努力した。
 その努力の結果かどうか、とりあえずその場はおさまった。
 最も男達の気分は、おさまっていなかったのだが。


「というわけでやってきました、マーケットォ!」
 ここは街のマーケットだ。様々な商店、露店が立ち並び、色々な商品が取引されていた。平日だというのにマーケットは人でごった返し、盛況な賑わいを見せていた。
「何が『というわけ』なんだよ」
「全くだ。いきなりこんな所に連れてきて、何をしようというのだ」
 カーチスの必要以上のハイテンションに問答無用で引きずられ来て、ジャックとオルトは口々に抗議した。
「阿呆! マーケットに来てすること言うたら決まっとるやろ!」
 カーチスが「分かりきった事を聞くな」という風にふんぞり返った。
「いや、だからさ、何を買うんだよ」
 ジャックがうんざりとした声で聞いた。カーチスは「ええから、ええから」としか言わず、訳も分からずにここまで連れてこられたのだ。二人がいい加減説明くらいしろと思うのも無理はない。
「自分、嬢ちゃんの頭にこぶつけといて、頭下げただけで許してもらお言うんは、ちぃと虫がよすぎる思わへんか?」
 カーチスがジャックの鼻先にびしっと人差し指を突きつける。
「いや、だってありゃ事故だし……」
「うむ。自分もお嬢様にわびるのに、何か良い方法がないかと考えてはいるが……」
 口ごもるジャックを無視して、オルトが難しい顔をして答えた。
 元来、朴念仁のオルトはこういう事を考えるのに全く向いていない。額に脂汗をにじませながら必死に試行錯誤を繰り返していた。
「……花などはどうだろう。花をもらって喜ばない女性はいないと聞いたことがあるが……」
「あかん! ありきたりすぎる! んなもんご機嫌とりやっちゅうことが一発で丸わかりや!」
 カーチスは即座に却下する。
「そ、そうか……では、一体何を贈れば良いのだ……」
「いや、誠意を見せるんだったら、ありきたりでもいいんじゃ……」
 ジャックが反論するが、カーチスは当然無視する。
「よう考えてみい。嬢ちゃんが床に倒れたとき、割ってもうたもんがあるやろ!」
「割った物……おお! ティー・セットか!」
 オルトがぽんと手を叩いた。
「そや! わいらで新しいティー・セットを買うて嬢ちゃんにプレゼントする! そんでもって、それで全てを水に流してもらおうっちゅうパーフェクトな作戦や!」
「ああ、そういや台所には他にティー・セットはなかったな」
「うむ……待て、なぜ貴様が代えのティー・セットが無いことを知っている?」
 ジャックの言葉にうなずきかけて、オルトが我に返る。チームに来て日が浅いジャックがなぜ台所のことまで知っているのだ。
「いやあ、昨夜つまみ食いしてたときにお茶飲もうとしたら、他にカップとかなかったみたいだったから」
 笑いながらジャックが答えた。
「貴様! 居候の分際で夜中につまみ食いだと!」
「あ、ひでえ! チームの専属パイロットをつかまえて『居候』呼ばわりかよ!」
 ジャックを捕まえようとするオルトと、オルトから逃れようとするジャックをカーチスが制止する。
「やめんか阿呆ども! 時間ないんやから脱線すなや。とりあえずこうゆうんは日があくとあかんからな。今日中に色々見て回りたいねん。ほんで二人とも、今持ち合わせはいくらあるんや? それによって色々予算を組まなあかんからな」
 言われてオルトが財布の中身を確認する。財布はとても軽かった
「……俺は、今月はちょっと苦しくてな……八千ゼナールしかないが、お嬢様のためならば全額使っても構わん」
「わいもちと、遊びすぎたんで五千しかあらへんわ。ま、給料日まであと少しやから、わいも使い切ってもええ。そんでジャックはなんぼあるんや?」
 ジャックは財布を逆さまにして振った。ちゃりちゃりと硬貨が手のひらに落ちた。
「……二百三十」
「なんだその金額は!」
「ガキの小遣いやないねんで! もうちょっと持ち歩きぃ、自分!」
 ジャックの所持金のあまりの少なさに、オルトとカーチスの非難の声が上がった。
「いや、俺こないだまで無職だったしさ……」
 ついでに言えば、正真正銘の居候でもあったジャックに、金などあろうはずもない。
「まあええわ……このタコの財布は無視しといてやな、一万から一万三千くらいで探そ。三人で手分けすれば、なんぞ掘り出しもんが見つかるかもしれへんしな」
「うむ、分かった。自分は北側を回ってみる」
 オルトがうなずいた。
「あ、じゃあ俺東側見てくるわ」
 と、ジャック。
「ほなわいは南を見てくる。そんでええな?」
 最後にカーチスが確認をする。全員がうなずいた。
「ほな、健闘を祈る!」
 三人はマーケットの人混みの中に消えていった。


 三時間後。
 男三人が暗い顔をして落ち込んでいた。
「……まさかティー・セットがこんな高いとはなあ……」
「ああ、誤算だった」
「くっそー、あのオヤジ、ちいとくらいまけてくれたかてええやんか!」
 方々を探し回ったが、予算が一万ゼナールそこそこではなかなか良い物は見つからなかった。もちろん下を見ればあるにはあったが、まさか贈り物にそんな安物を選ぶわけにもいかない。
「はぁ〜……」
 誰とはなしに、絶望的な溜息をついた。
 その時、
「あら、ジャックじゃないの。何してるの、あんた」
 と名前を呼ばれた。
「は?」
 ジャックが顔を上げると、そこには買い物袋を持った女性が立っていた。レイディ・リンクスである。
「レィディこそこんなところで何してんだよ」
「馬鹿ねえ。買い物に決まってるでしょ。仕入れの注文ついでに、ちょっと、ね」
 そう言ってウインクするが、買い物袋の大きさは『ちょっと』という量ではない。
「お、おい、誰やこのべっぴんさん? 自分の知り合いか?」
 カーチスが小声でジャックにたずねた。
「ああ、彼女はレイディ・リンクスっつって、まあ俺の姉貴みたいなもんだよ」
「おお、この人が!」
 オルトが大声を上げた。レイディ・リンクスという人物が、チーム存続のために協力してくれたことを聞いて、オルトは一度会って礼をしなければと思っていたのだ。
 レィディは突然のオルトの大声にたじろいだ。
「誰? お友達?」
「ああ、こいつはオルト。例のチームのメカニックだよ」
「はじめまして、オルト・リングです。その節はお世話になりました。ぜひ一度お会いしてお礼を言いたいと思っていたのですが……まさかこんな所でお会いするとは思いませんでした」
「ああ、そうだったの。はじめまして、レイディ・リンクスです。そんなにかしこまらないで下さいな。私は大した事をしたわけじゃないですし」
 固くなるオルトにリンクスは微笑んで「気にしないように」と言った。しかしオルトはますます恐縮してしまう。
「ほれ、わいも紹介してんか」
 カーチスがジャックの腕を肘でつついてせがむ。
「んで、こっちがオマケのカーチス・ライトね。こないだの試合で俺に負けてくれた人生の敗北者」
「くおらっ! 誰が『オマケ』で『人生の敗北者』やっちゅーねん! わいは明日のチャンピオン、燃える猛虎のカーチス・ライトやぞ!」
 ジャックのいい加減な紹介に、カーチスはハリセンでツッコミをいれる。
「いってぇ! お前そんなもんどこに持ってたんだよ!」
「わいはいつでもツッコミいれられるようにハリセンを常備しとる。んなもん世界の常識やで」
 ジャックの指摘に、カーチスはさも当然とばかりに答えた。
「んな常識あるかあ!」
 ジャックが頭をさすりながらつっこんだ。
「おお、自分リアクションええなあ! それでこそわいのライバルや!」
「なんだよ、リアクションって……それより、いったいいつライバルになったんだ?」
「つれないなあ、自分。こないだの試合でお互いに実力を認めあったやないか」
「ひっつくな、気持ち悪い!」
 レィディはじゃれ合うジャックとカーチスを見てくすくすと笑っている。
「す、すみません、見苦しい所をお見せして……おい、やめんか貴様ら!」
「そうね、確かにちょっと往来の邪魔かもしれないわね。良かったらお茶でも飲みながら話でもどう?」
 そう言ったレイディの視線の先には喫茶店がある。
「おごってくれるなら行くけど」
「はーい! いっきまーす!」
 ジャックとカーチスが即座に答えた。
「こら、貴様らみっともないぞ!」
「いいのよ、別に。じゃ、行きましょ」
 レイディがオルトをやんわりと制止した。
 レイディは男三人を引き連れて歩き出した。
 その姿はなかなか堂に入ったものだった。


「じゃあ割ってしまったティー・セットを弁償しようと思ってこんなところにいたのね」
「ああ。やっぱ、多少なりとも悪いなーなんて思うから。でもティー・セットっていっても、いい物になると高いんだよな」
「ちなみに予算はどのくらい?」
「一万くらい」
「……それじゃあねえ」
 男共の見通しの甘さにレイディが苦笑する。
 もっとも、この三人がティー・セットなんかの相場を知っていたら、それはそれで不気味だと思ったけれど、さすがに口には出さない。
「うーん……ティー・セットは諦めて、他のもん買うたったほうがええんかな」
 カーチスが口にくわえたストローをぴこぴこ動かしながら言った。
「アイディア事態は悪くないけど、予算がねえ」
「なんとかならないかな」
 ジャックがレイディに聞く。
「……うーん、そうねえ……あ、そうだわ。確か家に使ってないティー・セットがあったはずだわ。貰い物だけれど、それで良かったら上げるわよ」
「え、いいの!」
「おお、ほんまか!」
 ジャックとカーチスが歓声を上げる。
 しかし喜ぶ二人とは対照的に、
「そんな、とんでもない! 色々とお世話になった上に、こんなことでまでご迷惑をおかけするなんて!」
 オルトはレイディの申し出を慌てて断った。
「あら、いいのよ。どうせ使ってなかったものなんだし。物置で埃をかぶっているより、誰かに使ってもらった方がそのティー・セットも喜ぶわ。物置の不要品処分を頼むようで悪いんだけど、それで良ければもらってやって下さいな」
「は、はあ……」
 さすがにそこまで言われては、オルトも頷くしかない。
「じゃあ決まりだな。いつ取りに行けばいい?」
「そうね。探しておくから、明日にでも取りにきて」
「ほなわいはせめてものお礼に荷物持ちさせていただきま」
 カーチスがレイディに申し出る。
「あら、荷物を持って下さるなら、もうちょっと買い物してから帰ろうかしら? もう少し見て回りたいお店もあることだし……」
「げっ! まじでっか?」
 とんだ藪蛇のカーチスに、ジャックは哀れむような視線を送った。


「いやあ、どうにかなるもんだなあ」
「……」
 トントン拍子に話が決まって脳天気に明るいジャックとは対照的に、オルトは暗い顔だった。
「どうしたんだよ。そんなに暗い顔をしてたら老け顔がますます進行するぞ」
「自分の顔は病気か! ……全く、少しは恥というものを知らんのか。あんなにほいほいと情けない話をしおって」
「なんだ、そんな事で悩んでたのか。別にいいじゃんか。俺らが恥をさらしたくらいでユフィルが喜んでくれるんなら」
「む……! そ、それはそうだが……」
 ジャックの言い分ももっともなので、オルトは口ごもる。確かに、ユフィルに誠意を見せなければいけないのに、自分の恥をどうこうと言っている場合ではあるまい。
「うむ。貴様の言うとおりかもしれんな……お嬢様が喜んで下さるなら、一時の恥も甘んじて受けよう」
「そーそー。それでいいの。あんまり深く悩むなって。悩みすぎて毛が抜けたら、おたくの場合かなり深刻よ」
「ふん、今日の所はミズ・リンクスに免じて貴様の軽口は聞かなかったことにしてやる……ん?」
 気がつくと、隣を歩いていたはずのジャックがいない。
「ジャック?」
 辺りを見回す。
 いた。
 人垣に混じって、何かを真剣な表情で見ていた。
「おい、何を道草している。お嬢様が心配だ。とっとと帰るぞ」
「あ、いや、これ」
 ジャックが自分の視線の先を指さした。
「む?」
 ジャックが指さした方向には、PF同士の戦闘画面が映し出されたモニターがあった。だがその姿と動きにはどこか違和感がある。
「CGか」
 オルトがすぐにその正体を見破る。
 画面に映ったPFの戦闘はコンピューター・グラフィックスなのだ。画面の中ではPF同士の戦闘がCGによってリアルに再現されていた。
「こんな町中にシミュレーターがあるのか?」
 ジャックが不思議そうに聞いた。
「いや、これはシミュレーターではなくゲームだ。確か『BPFチャンピオン・シップ』とか言ったかな? PF戦闘の臨場感をリアルに再現したとかいう売り文句だったはずだ」
 オルトが雑誌で読んだ知識をジャックに教える。ジャックはBPFのことについては極端になにも知らない。軍でPFに乗っていたのだから、少しくらいは知識があっても良さそうなものだったが、逆に普段からPFに慣れ親しんでいたせいでBPFには全く興味がなかったらしい。
「へえ、ゲームかあ……でも、俺のガキのころのシミュレーターと似てるなあ」
「基本システムに二世代前のシミュレーターを使っているらしい……なぜお前がそんな昔のシミュレーターを知っているのだ?」
「だって俺の家にあったもん」
「家にシミュレーターだと? 貴様、どういう環境で育ったのだ」
 オルトが怪訝な顔をする。PFのシミュレーターは軍と企業の共同開発で、一般の家庭にあるようなものではない。
 しかし、ジャックは答えず、
「あ、終わったみたいだぜ。なあ、俺ちょっとやってっていいかな?」
 と言って、人混みの中に分け入って行った。
「あ、おい!」
 その耳にはオルトの制止も届いていなかった。
「はい、どいてー。はいはい、ごめんよー」
「……やれやれ」
 置いて帰るわけにもいかず、オルトはジャックの対戦を見守ることしにした。


「へえ……中身はこうなってるのか……」
 ゲーム筐体の内部は実際のPFを模した作りになっていた。とは言ってもだいぶ簡略化されている。
「ふむふむ……これが右腕、これが左腕……お、この中から機体を選ぶのか」
 ジャックは画面上に現れた機体の中から、ネームレス・ワイルドに一番近いワイルド系フレームの機体を選択する。
 対戦相手とフィールドが画面に映し出される。相手は重量級のタイタン系フレーム、フィールドは廃墟だ。
 戦闘開始の合図が画面に表示される。
「よし、いっちょやってみるか!」


《――バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー プレイヤー1!》


 ジャックが三連勝を決めた。
 観客は『すげー!』とか『やるじゃん!』などと口々に叫ぶ。
 最初は実際の操縦とのギャップに戸惑っていたジャックだったが、徐々に慣れてきたのか三体目はほとんどノー・ダメージで倒していた。
「ふん。素人相手ならあの程度は同然だ」
 オルトはつまらなそうにその様子を眺めていた。
「そうねー。素人相手だもんね。たいしたことないかな?」
 急に後ろから声をかけられ、オルトが振り向いた。
 サングラスをかけた赤毛で派手目の女が立っていた。
「お前は……」
 オルトはその顔に見覚えがあった。
 女は口元に人差し指をあて、「しーっ」というジェスチャーをする。
「ふふ、素人とプロの違いを見せてあげるわ」
 オルトを黙らせてそう言うと、女はゲームの筐体の方へと歩いていった。


「へっへー、楽勝楽勝♪」
 ジャックは鼻歌混じりに四人目の対戦相手を撃破した。
 次の対戦相手が表示される。
「ラプター系フレーム?」
 相手は軽量級のラプター系フレームだった。
 ワイルド系フレームの派生型で、軽量性・高速性をとことんまで追求した設計になっている。さらに変形機構を有し、現行のPFの中では唯一飛行能力を持った機体だ。
 フィールドは森。障害物の多い地形では高速型のラプター系フレームでは不利になりやすい。
「よっしゃ! 五人目もいただきだぜ!」
 ジャックは有利を確信する。
 そしてゲームが開始された。


 最初は有利を確信していたジャックだったが、すぐにそれが間違いだったと思い知らされた。
 森の木々を縫うように飛ぶラプター系フレームに、一発も攻撃を当てる事が出来ない。障害物が多すぎて敵にまで届かないというのもあったが、それ以上にスピードが速すぎて照準が全く合わないのだ。
「くそ! 当たれ! 当たれ!」
 むきになって攻撃を繰り返すが、
「げっ! 残弾ゼロッ? うわっ!」
 筐体がゆれ、敵の攻撃が当たったことを伝える。
「とりあえず逃げないと……ええい、動きづれえ!」
 敵の攻撃を避けようにも木々に邪魔されて思うように動きがとれなかった。
 次々とジャックの機体に攻撃が命中し、耐久力を示すゲージがぐんぐん減っていく。


《プレイヤー1 バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー プレイヤー2!》


「あー、くそぉ……なんだよあの動き……あんなの反則じゃんか」
 ジャックが愚痴を言いながら筐体から降りてきた。
 森の中であんな速い動きをするラプター系フレームが存在するとは思わなかった。普通なら障害物に激突している。そしてそれが現実なら、それだけで機体が大破する。
「リッツ・スターフィールドだ」
「あん? なんだそれ」
「今のゲームの対戦相手だ」
「お前の知り合いだったのか?」
「次の我々の対戦相手、チーム・ヴァルターのパイロットで搭乗機体はラプター系フレームのリトル・バードだ」
 彼女――リッツ・スターフィールドの言葉を思い出しながら、オルトは言った。
『素人とプロの違いを見せてあげるわ』
「それって――」
「ああ、お前はコケにされたんだ」
 オルトの言葉にジャックが渋い顔をした。
「あんなのゲームじゃないか。現実であんな動きできるわけないだろ。本当の試合だったら負けねえよ」
「奴はその『できるわけがない動き』を現実にやるんだ。障害物の多いフィールドでは皆あの動きに翻弄されて負けている。だからあの女は“超高速の魔女”などと呼ばれているくらいだ」
「あんな動きを現実で……?」
 ジャックは人だかりが集まるモニターを振り返った。“超高速の魔女”は速くも二人目の対戦相手を倒していた。
 すぐにでもリベンジをしたいジャックだったが、今は諦めるしかなかった。
 ゲームはワンプレイ二百ゼナール。今のジャックの財布には、三十ゼナールしか残っていなかったのだ。


「ちょろいちょろい。弱小チームの救世主っていうからどんな奴かと思ったけど、カーチスはきっと油断したのね。あれなら次の試合も楽勝だわ」
 ジャック達が帰った後、リッツは筐体の中で笑っていた。
 バーニング・タイガーとカーチスは決して弱い相手ではない。攻めて攻めて攻めまくるそのスタイルには熱狂的なファンも多いくらいだ。そのカーチスを倒した相手がいると聞いて気にはしていたが、いざゲームで対戦してみたら、てんで大したことがない。これなら次の試合は楽勝だろう。
「ま、所詮ゲームでのことだから、私は油断して負けるようなドジはしないけどね」
 リッツは鼻歌を歌いながら九人抜きをする。
 十人目の対戦相手、ワイルド系フレームの機体と対峙する。
「さ、何人抜きまでいけるかなー?」
 所詮ゲームとはいえ手は抜かない。とことんまで連勝記録を作るつもりだった。


 十分後、
「う、嘘……」
 リッツは筐体の中で茫然とした。
 ワイルド系フレームの機体に、為す術もなくストレート負けしてしまったのだ。
 それはまさに、悪夢のような時間だった。
 こちらの攻撃は全て回避され、相手の攻撃は全てリッツの機体に吸い込まれるように命中した。まるで先ほどのジャックとの対戦と同じだった。違うのは、勝ったのがラプター系フレームではなくワイルド系フレームだったということだけだ。
 リッツが筐体から出た。観客の手前、なんとか毅然とした態度を保つ。
 すると、向こう側の筐体の扉が開く音がした。
「なによ……笑い物にでもしようっての?」
 リッツは対戦相手の顔を拝んでやろうと相手が出てくるのを待った。
 観客がどよめいた。
 反対側の筐体から出てきたのは小柄な少女だった。白いワンピースを着た長い銀髪の少女。肌も病的に白い。瞳の色だけが濡れた石のような黒だった。
 風が吹けば、その風にとけてしまいそうな印象の少女だった。
「こ、こんな子供に負けたっていうの……?」
 さすがにリッツもショックを隠しきれない。
「アニス!」
 少女が後ろを向いた。
 黒服を着込みサングラスをかけた男が人を押しのけて近付いたきた。
「こんな所にいたのか。帰るぞ、アニス!」
 アニスと呼ばれた少女は返事もせずに、黒服の後ろについて歩き出す。
 その後ろ姿が止まり、わずかに振り向いた。
「お姉さん、つまらない……」
 鈴のような高く細い声でそれだけを言った。そしてもう二度と振り向くことなく歩み去っていった。


 一日経ったチーム・レナンの本拠。
 ユフィルはオルトとカーチスに呼ばれて居間に来た。
「あの、なんですか?」
 呼ばれた理由が分からずに、不思議そうにユフィルがたずねた。
 オルトは緊張した顔で、
「せ、先日は申し訳ありませんでした! 自分の不注意でお嬢様に怪我をさせてしまうなんて……」
「え……ああ、あの、気にしないで下さい。昨日も言いましたけど、こんなの怪我のうちに入りませんし」
「いやあ、女の子の顔を傷もんにしたらまずいやろ、男として」
 カーチスが口を挟む。前髪で隠していたが、ユフィルの額には赤い跡がしっかりと残っていた。
「そんでな、おわびっちゅーわけやないんやけども……」
 カーチスが言うと、オルトが背中に隠していた箱を取り出した。箱には丁寧にラッピングがされている。
「これをお受け取り下さい」
「なんですか、これ?」
「開けてみて下さい」
 言われて「はい……」と返事をし、包装を外して箱を開ける。中には青い花の意匠で統一されたティー・セットが入っていた。
「まあ……」
 と、びっくりする。
「どうしたんですか、こんなもの」
「はい……せめて割ってしまったティー・セットだけでも何とかしようと、自分達三人で方々を探したのですが、なかなか良い物が見つからず……ちょうどその時ミズ・レイディ・リンクスとお会いし、相談をしたところティー・セットをゆずって下さったのです」
 馬鹿正直に事の顛末を話すオルトに、カーチスが渋面を作る。その顔は「いらん事話すなボケェ!」と言っていた。
「そうだったんですか……」
 ユフィルが箱を抱えたままうつむく。
「どうされました! お嬢様」
「私のためにそんな苦労をしてくださって……ありがとうございます……」
 ユフィルは感激のあまり目に涙を浮かばせていた。
「いえ、悪いのは自分たちですので。これで許して欲しいなどとは言いません」
「あー、ここまで喜んでくれると、苦労したかいがあったわ」
 その様子にオルトとカーチスは安堵した。
「あ……そういえば、ジャックさんは……?」
 ユフィルがはたと気づいて顔を上げた。三人で探して来たと言っていたが、ここにはオルトとカーチスの二人しかいない。ジャックになにかあったのだろうか。
「ん? なんか部屋に呼びに行ったんやけど、、出てきーひんねん」
 二人はジャックを呼びに行ったのだが、ジャックの部屋からは返事がなかった。しかたないので、ティー・セットを早く渡そうと、二人だけでユフィルを呼び出したのだ。
「もしや、昨日のあれか……?」
 オルトが首をひねる。
「昨日? なにかあったんですか?」
 ユフィルがたずねた。ジャック達とは別行動をしていて昨日の出来事を知らないカーチスも興味深げにしている。
「はい……」
 オルトはジャックがBPFのゲーム対戦で、リッツに手も足も出せずに敗北したことを伝えた。
「おそらくそのことでショックを受けたのではないかと」
 次のチーム・ヴァルターとのバトル・フィールドも森林である。今回のゲームと条件が驚くほど似ている。ジャックが思い悩むのも無理はない、とオルトは思っていた。
「リッツかぁ……あの女なら、そういうことしかねへんなぁ」
 カーチスが腕を組んで頷いた。
 リッツ・スターフィールドの気性の荒さはよく知っていた。対戦相手はとにかく徹底的に叩きつぶす。公私に渡ってそれは変わらない。一度敵だと思いこんだら、試合だろうが道端でばったり出くわしたのであろうが同じ態度をとる。
「試合以外では仲良うしたってもええ思うんやけどなあ」
 カーチスは、えらい相手に目を付けられたものだと同情する。
「私、ジャックさんの様子を見てきますね」
 ユフィルは箱を持ったまま居間を出ていった。
「あ……」
 オルトが呼び止めようとしたが、理由が思いつかない。手を伸ばしたまま固まって、ユフィルの後ろ姿を見送った。
 そんなオルトに憐れみの視線をおくるカーチスであった。


「ジャックさん! 何をしてるんですか!」
 工作機械の立てる音に負けないよう、ユフィルは大声で叫んだ。
「ユフィル? どうしたんだ?」
 ユフィルに気がついたジャックが、作業を中断し、溶接用マスクを外して言った。
 落ち込んでいるのではないかと心配してジャックの部屋に向かったユフィルは、部屋に誰もいないのを確認して、あちこち探し回った。もしかして、格納庫にいるのかと思って
来てみれば、ジャックは工作機械の前で得体のしれない機械作りに没頭していた。
「どうしたって……それはこっちの台詞ですよ。いったい何を作ってたんですか」
 ジャックの目の前の作業台には、用途不明の機械が作りかけのまま転がっている。
「ああ、これか? へっへー、次の試合用の秘密兵器だよ」
「秘密兵器?」
「詳しくは当日まで内緒だ。だけど俺の考えが正しければ、絶対役に立つはずだ」
「……?」
 ユフィルはもう一度、作りかけの機械を見た。スプリングやらモーターやらがごちゃごちゃとついており、いったい何のための道具なのか分からなかった。
「実は昨日、次の対戦相手のリッツって女に、ゲームでこてんぱんにやられちゃってさ。それで悔しいから絶対勝ってやろうって思ってね。色々作戦を考えているうちに思いついたんだ」
「そうだったんですか。私はてっきりそのことで落ち込んでいるのかと思って心配してたんですけど……」
「なんでユフィルがゲームのこと知ってるんだ? あ、その箱……」
 ユフィルの言葉にジャックが首をかしげていたが、ふとユフィルが持っている箱に気がついた。
「ええ、先ほどオルトさんとカーチスさんに事情を聞きました……ジャックさんにもお礼を言わないといけませんね」
「いやあ、礼なんて。俺らが悪かったんだし、それで水に流してくれりゃいいよ」
 ジャックが気楽に笑う。
 油まみれで笑うジャックの姿に、ユフィルもつられたようにくすりと笑った。
「……良かった」
「落ち込んでると思ったか?」
「あ、はい、いえ、その……あまり、ジャックさんが落ち込んでいる姿は想像できませんね……」
「なんだよ、それ。それじゃまるっきり俺が馬鹿みたいじゃんか」
「そ、そんなつもりじゃ……でも、いつも明るいなって思います。見習いたいです」
 ユフィルはぱたぱたと手を振って、慌てて話題をそらす。
「明るい、か……そりゃ、楽しいからな」
「楽しい?」
「ああ。PFに乗るのはもともと好きだったけど、BPFは軍隊と違って殺し合いじゃないからな。純粋にPFに乗るのを楽しめるっていうのかな」
 ジャックは格納庫の天井を見上げ、言葉を探しながら自分の思いを紡ぐ。
「戦いにしたって、軍と違って殺伐としてないし……ほら、カーチスだって、試合の時は敵同士かも知れないけど、戦いが終われば気のいい奴じゃんか」
「そう言えば、軍隊にいたんですよね」
 ジャックと軍隊のイメージがどうにも合わずに、ユフィルが妙な顔をする。
「俺が軍にいたのって、そんなに意外か?」
 すぐ顔に出るユフィルを見て、ジャックが笑った。
「俺が軍に入ったのは死んだ親父の影響なんだけどな」
「お父様の?」
「ああ。俺の親父は軍のテスト・パイロットだったんだ。凄い腕前だったって親父の知り合いからはずっと聞かされてた。テスト中の事故で死んじまったけどな。でも、やっぱり子供心に親父は凄いんだって思っててさ……あ、あと家にもシミュレーターがあってさ。それが遊び道具代わりだったってのもあるけど」
「そうだったんですか……」
 ジャックがPFに乗るのは、父親の背中を追っているからだろうか。同じように父の遺志を継いでBPFに参加しているユフィルは、ジャックへの親近感を感じていた。
「俺まだやらなきゃいけないことがあるからさ」
 ジャックが作業台に向き直りながら、ユフィルに告げた。
「あ、はい。でも機体の管理責任者はオルトさんですから、装備のこととかはちゃんとお話を通してくださいね」
「ああ、分かってるって」
 ジャックはユフィルには目もくれず、作業に戻り没頭しはじめた。
「……男の人って、こういう時って子供みたいですね……なんだか楽しそうで……」
 ユフィルは作業をしているジャックの姿をしばし眺めていた。
「でも、少し寂しいですけど……」
 ユフィルの言葉は機械の音に飲み込まれて誰にも聞こえない。
 ユフィルはジャックの邪魔をしないように、それ以上なにも言わずに格納庫を抜け出した。


「おい、本当にこんな物を使うつもりなのか?」
 試合当日、ホヴァー・カーゴから降り立ったネームレス・ワイルドを見て、オルトが心配そうに言う。
《大丈夫だって。図体でかいくせに心配性だな》
 ネームレス・ワイルドの中のジャックがオルトの言葉を笑い飛ばした。
 ネームレス・ワイルドはいつものハンド・キャノンの他に、左手に不格好な拳銃のような物を握っていた。
「あれ、いったい何なのですか?」
 結局ジャックから『秘密兵器』の正体を教えてもらっていないユフィルがオルトにたずねた。
「はあ……実は……」
 オルトの説明にユフィルが目を丸くした。
「ワイヤー・ガン? ……そんな物をなんに使うんですか?」
「さあ……自分にはさっぱり」
 オルトが困惑顔をする。
《さあて、ちょっくら開始位置に行ってくるぜ》
 ネームレス・ワイルドが森の中へと歩いて行く。
 三十メートルを越す巨大な木々が乱立する森だ。PFなどすっぽりと隠れることができる。
「奴め、何を考えているのか……」
 オルトとユフィルは森の中へ消えていくネームレス・ワイルドを見送った。


「ふふん。森の中なんて、こないだのゲームみたいね」
 リッツは赤いPF――リトル・バードをゆっくりと歩かせながら不適な笑みを浮かべる。
 あのあと妙な少女にやられはしたが、あんなのはまぐれに決まっている。でなければ機械が故障していたのだ。
 所詮ワイルド系フレームでは、ラプター系フレームに追いつくことなどできない。
 最速こそ最強。
 それがリッツ・スターフィールドの信条である。
 試合開始位置に到着する。
 相手の試合開始位置がデータ転送される。
 森の木々が邪魔をするために、互いのスタート位置が視認できないからだ。
「さあ、最速で決めるわよ」
 リトル・バードが低く身構え、スタートの合図を今か今かと待っていた。


《バトル・システム オール・グリーン
 フィールド・タイプ/ジャイアント・フォレスト
 チーム・ヴァルター/リトル・バードvsチーム・レナン/ネームレス・ワイルド
 ゲット・セット レディー・ゴー!》


 試合が開始された。
 と同時に、リトル・バードが明後日の方向へと動いた。
 展開した飛行翼ぎりぎりの幅をすり抜けながら加速していく。
 乱立する木の隙間を縫って、速度を上げていく。
 加速とともに可変翼の角度を絞り込む。
 リトル・バードはまさに矢のように、森の中を飛翔した。


「行くぞ!」
 ジャックはネームレス・ワイルドを走らせた。
 機体各部のカメラをフル稼働させ、周囲の状況をスキャンする。
「くそ、なかなかいい場所が見つからねえ」
 だが、ジャックが探しているようなポジションはなかなか見つからない。
「本当はフィールドの下見が出来てれば良かったんだけどなあ……」
 機体の中でぼやく。
 チーム・レナンのように小さなチームでは、念入りなフィールドの下見など満足に出来ない。ジャックは手探りで、目当ての場所を探さなければならなかった。
 その瞬間、衝撃がネームレス・ワイルドを揺さぶった。
「うわあ!」
 遠間の木々の隙間を赤い影が疾走った。
「くそ、もう来たか!」


 リッツが唇を笑みの形にして、マシンガンのトリガーを引いた。
「遅い遅い」
 ネームレス・ワイルドのスピードは中量級のフレームにしては優れていたが、リトル・バードに比べれば悲しいくらい鈍重だった。
 おまけに森の巨木に邪魔されて、思うように加速もできない。
 まるでこのあいだのゲームを再現しているようだった。
 だが、油断はしない。
 狩る側の油断により狩られる側と立場が逆転することなど良くあることだった。
 リッツは操縦桿を倒して加速する。
 リトル・バード――その姿はまさに小さな猛禽類だった。


「くっそー……ばかすか好き勝手に撃ちやがって」
 威力の低いマシンガンの攻撃では、一撃でネームレス・ワイルドを戦闘不能にすることは出来ないが、さすがにダメージが蓄積すると危険だった。
 試合開始から五分以上過ぎている。
 その間に何度か攻撃を受けていた。
 だがジャックはなおもネームレス・ワイルドを走らせる。
 機体には軽微だが。すでにいくつかの損傷が出ていた。モニターにも警告が表示されている。
《ジャック! 何をやっている! 逃げ回るだけでは勝てないぞ!》
 オルトから通信で叱咤の声が届く。
「なかなかいい場所がないんだよ。勝つつもりでいるんだから、心配するな」
《いい場所?》
「ああ。秘密兵器を使うベスト・ポジションをな」
 ジャックの言葉に、モニターのオルトが困惑顔をする。
《秘密兵器とはあの不格好なワイヤー・ガンのことか? あんな物で何をする気だ》
「まあ見てなって……お? よし! ここならいけそうだ!」
 ネームレス・ワイルドが立ち止まり、周囲の状態を見た。
「おわっ!」
 再びジャックはは衝撃を感じたが、不敵に笑ってネームレス・ワイルドに語りかけた。
「よおし、相棒、すぐに暴れさせてやるからな! ……今度はこっちが狩る側だ!」


「動きが止まった?」
 リッツは計器を見て呟いた。
「とうとう観念したのかしらね? でも、容赦はしないわよ」
 リトル・バードが加速する。
 弱った獲物を早く仕留めようとするかのように。
 さすがに、リトル・バードのように高速で飛行をする場合、旋回半径は自然と大きくなる。しかも周囲は巨大な樹木が乱立しているのだ。飛行ルートは限られてしまう。
 それでもリトル・バードは最短距離を選んで飛ぶ。
 一分と経たない内に、ネームレス・ワイルドへと近づいて行く。
 計器の上のネームレス・ワイルドは未だ動きを止めている。


 ネームレス・ワイルドは身をかがめ、息を殺し、じっと獲物を待っていた。
 ジャックもコックピット内で息を殺していた。
 チャンスは一度。
 それが野獣に与えられた狩りの条件だった。


「……あと十秒……八……七……」
 リッツが計器を読みながら、絶好の射撃ポイントに到達するまでの時間をカウントした。
 リッツは機体の操縦を計器のみを頼りに行っていた。
 フラット・レーダーには自機とネームレス・ワイルドを示す輝点の他に、森の木々や障害物が克明に表示されていた。
 常識外れの無視界飛行、それがリッツとリトル・バードの最大の武器であった。
 フラット・レーダーには通常、自分と対戦相手の座標しか表示されない。しかしチーム・ヴァルターは総力を挙げてフィールドを調査し、全ての障害物の情報をリトル・バードに与えていた。
「……五……四……」
 無視界飛行は一歩間違えば障害物に激突し、命すら失いかねない。
 並の神経では到底出来ない無視界飛行を、しかしリッツはやってのける。フィールドのデータ収集を行ったチーム・スタッフに対する絶対の信頼と、自分の操縦技術に対する不動の自信があるからこそ出来る芸当であった。
 どんな対戦相手も、リッツが計器だけを頼りに高速飛行をしているなど、想像もしなかった。想像出来ないが故にその行動は予想外であり、リトル・バードは障害物の多いフィールドでは無敵であった。
「……三……二……えっ!」
 リッツが目を疑った。
 ターゲット・スコープにはネームレス・ワイルドの姿がない。
 いくら無視界飛行とはいっても、攻撃の時だけは相手を視認しなければならない。
 だが、その標的は影も形もなかった。
 一瞬気を取られたが、すぐに視線をレーダーの上に戻す。
「どういうこと……?」
 ネームレス・ワイルドを示す輝点は動いていない。
 リッツは操縦桿を倒し、飛行し続ける。木々の間を縫って旋回し、一分後、再びレーダーが示す輝点へと向かう。
「……三……二……一!」
 いない。
 やはりネームレス・ワイルドの姿はモニター上にはない。
 それでもリッツはマシンガンのトリガーを引いた。
 高速で打ち出される鉄の塊は、しかし虚空を突き抜け、巨大な木に傷をつけただけだった。
「どういうことよ!」
 リッツは焦った。
 考えられる可能性はいくつかある。
 輝点は囮で、本体はどこかに潜伏している場合。ただし、この場合はネームレス・ワイルドにステルス機能が搭載されていなければならない。だが陸戦型のネームレス・ワイルドがステルス機能を搭載しているとは思えない。
 次に考えられるのは光学迷彩だ。だがこれも、マシンガンが輝点の座標を通り抜けたことを考えると、否定せざるを得ない。
「くそお!」
 相手がどこにいるか分からない以上、高速で飛行し続けるのは危険だった。万が一被弾したら、バランスを崩して木に接触、最悪の場合は激突してしまう可能性まであった。
 リッツは速度を落とし、高速飛行からホヴァリングに移行する。
 木々を盾に、ゆっくりとレーダーが指し示す輝点に近付いていく。
 やはり、そこにはネームレス・ワイルドの姿は影も形もない。
 地面をスキャンするが、足跡は消えていた。ホヴァー・カーゴからここまで来た足跡だけが残っている。
「どこへ消えたのよ! まさか宙に消えたとでもいうっての!」
 飛行能力のないネームレス・ワイルドにそんな芸当ができるわけがない。
 リトル・バードのカメラ・アイが上を見上げた。
 その時、リッツは信じられない光景を見た。
「な……っ!」
 空から、白い影が降ってきた。


「いっけえええええっ!」
 木の葉を舞い散らし、自由落下をするネームレス・ワイルドのコックピットでジャックが叫ぶ。
 ネームレス・ワイルドは巨大な木の上に身を隠していたのだ。
 もちろん普通の方法ではPFが木の上に登るなど不可能だった。だからジャックは前もってワイヤー・ガンを用意していたのだ。
 ウインチを装備したワイヤーガンによって、ネームレス・ワイルドは巨木の上に引き上げられていた。
『飛行能力のないネームレス・ワイルドが自分の頭上にいることはない』
 それがリッツの思い違いだった。
 他の戦闘フィールドならばその考えは正しかったが、ここは巨大樹が立ち並ぶ森だ。その太い枝ならば、PFが隠れることも可能であった。
 ネームレス・ワイルドがリトル・バードに襲いかかる。その姿はまるで、獲物に飛びかかる猛獣のようだった。
「ワイルド・クラッシャアアアアアアッ!」
 左腕が眩い光を放ち、振りかぶられる。
 迫り来る地面をものともしない。
 視線の先にあるのはただ、その場に立ちすくむリトル・バードの姿だけだ。
『ウオオオオオォォォォォッ!』
 ネームレス・ワイルドが吼えた。
 落下速度――重力の力に加え、全力を込めた拳をリトル・バードに振り下ろした。
 拳がリトル・バードの翼をとらえる。甲高い音を立てて翼がへし折れた。
 リトル・バードの機体がつんのめって二、三歩前へと歩く。
 しかし、すぐにバランスを失って地面へと倒れ込んだ。
 その背後に、ネームレス・ワイルドが着地する。
『ウオオオオオォォォォォッ!』
 ネームレス・ワイルドの勝利の雄叫びが森に鳴り響いた。


《リトル・バード バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー チーム・レナン/ネームレス・ワイルド!》


「よおしっ!」
 オルトが指揮室でガッツポーズをとった。
「凄い、二連勝ですよ! ジャックさん!」
 ユフィルがジャックに言う。
《へへ、言ったろ? 俺にまかせとけって》
 指揮室のモニターの中のジャックが親指を立ててウインクをした。
《おっと!》
 機体が揺れて、モニターの映像が一瞬ぶれた。
「ど、どうしました、ジャックさん!」
《悪い悪い、訂正するよ。俺とお前にまかせておけば安心だってな》
 ジャックは笑いながら、ネームレス・ワイルドに謝った。


 白いPFの勝利の瞬間を、少女は目に焼き付けていた。その顔には表情を伺い知ることはできない。
「どうだ」
 男の声が少女に感想を求めた。
 少女は後ろを振り向かずに答えた。
「この人、面白い……」
 アニスはモニターの明かりに照らし出された白い顔に、うっすらと笑みを浮かべて呟いた。


「はあ……負けちゃったわあ……」
 ホヴァー・カーゴの側で休んでいるジャックにリッツが近付いて来た。
「ああ。ゲームの借りはしっかり返させてもらったぜ」
 ジャックは近付いてくるリッツに警戒もせず、屈託なく笑いかける。
 リッツはそんなジャックに不思議そうに、
「ね、一つ聞きたいんだけど……どうして木の上で待ち伏せるなんて戦法を考えついたの?」
 と疑問をぶつけた。
「え? ああ、ゲームの画面に位置表示用のレーダーがあったろ。あれって、普通のレーダーと違って障害物の位置まで表示されてたじゃないか」
「ええ」
「あれを見て、あんたはレーダーを頼りに操縦してるって思ったんだ。詳細な障害物の情報を入力してな。もしそうなら、レーダーに映っているのに見えない状況になれば絶対足を止めるって考えたんだよ」
「ゲームで? 呆れた……もし予想が外れていたら、あなたどうする気だったのよ?」
 リッツが咎めるような口調で言った。
「もしそうなら、そんな凄腕に俺じゃ絶対に勝てないからな。そん時は諦めたさ」
 あっけらかんと笑うジャックを、リッツはぽかんとした顔で見た。
「ねえ、最後に一つだけ教えてちょうだい」
「なんだ?」
「私がレーダーを使って無視界飛行をしていることを見破ったのは分かったわ。でもなんで木の上で待ち伏せする戦法をとったの? 私の動きを封じるだけなら、チャフを撒くとかレーダー妨害波をかけるとか、もっと確実でリスクの少ない方法があったはずよ」
「だって飛行中にそんなことしたら木に激突するかもしんないだろ」
 ジャックはさも当たり前、という風に答えた。
 無視界飛行中に頼りのレーダーを使用不能にされたなら、それはすなわち目をつぶされるのと同じことだ。
 もしそんな状況になれば、減速する間もなく巨大な木に激突することは明白だった。
「じゃあなに、あなた私が木と激突してクラッシュしないように……」
 リッツが目を丸くする。
「BPFは殺し合いじゃないんだから、当たり前だろ?」
 ジャックはきょとんとしている。
 リッツはジャックの様子をまじまじと見て、そして大きく溜息をついた。
「私の完敗ね。完全に負けだわ。……まさか試合中にこっちを気遣っていただなんて、まるで想像もしてなかったわ」
「そりゃどうも。リベンジだったらいつでも受けて立つぜ」
「そうね……でも……」
 リッツの赤い唇が笑みを浮かべてジャックの顔に近付いた。
「いっ!」
 不意をつかれ、頬にキスをされる。
「また会いましょうね」
 キスマークをつけて茫然とするジャックに、リッツはウインクをして帰っていった。
「ジャックさん、あの人の話ってなんだったんですか?」
 リッツが去った後、ユフィルがとことことジャックに近付いてきてたずねた。
「ん? 良く分かんないけど……負けた理由の確認って感じかな?」
 頭を掻きながらジャックが振り向く。その顔を見て、ユフィルが凍り付いた。
「あれ? どうかしたか?」
「……それ」
 不思議そうな顔をするジャックに、ユフィルは震える指で頬をさした。
「え? あ! 口紅ついたか? うわ!」
 ジャックはようやく頬のキスマークに気がついて、手で頬をごしごしとこすった。
「……ああ、まったく……何考えてるんだか……なあ、口紅とれたか?」
 ぶつくさと文句を言いながら、ジャックが顔を上げてユフィルにたずねた。
「あれ? ユフィル?」
 しかし、そこにはすでにユフィルの姿はなかった。きょろきょろと周囲を見回すが、やはりいなかった。
「おーい、ユフィル?」
 呼んでみる。
 が、返事はない。
「……なにがどうなってんだ?」
 ジャックは一人取り残され、不思議そうに首をひねった。


「あ〜、腹減った。飯、飯〜」
 その日の夜、ジャックがどたどたと食堂へとやってきた。だが、
「あれ、飯は?」
 食堂ではオルトが不機嫌そうな顔でインスタント・ヌードルをすすっていた。
「おい、晩飯はどうしたんだよ! ユフィルは? いるんだろ?」
「……お嬢様は部屋で寝ている。何があったのかたずねたが『知りません』と一蹴されてしまった」
「なんだよ、それ……いや、それよりも俺の飯は!」 
「これでも食ってろ。それが嫌なら食うな」
 オルトはそう言うと、インスタント・ヌードルと湯の入ったポットをジャックの方へと差し出した。
 ジャックは茫然とインスタント・ヌードルとポットを受け取った。
「そんな……俺の三食昼寝付きぃ!」
 涙混じりのジャックの悲鳴と、オルトがインスタント・ヌードルとすする音が、寂しげに食堂にこだました。


 結局ティー・セットの時とは違い、ユフィルが機嫌を直すまで三日もかかった。
 もちろんその間ジャックは訳も分からずに、ユフィルに頭を下げ続けた事は言うまでもない。



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