第三章「オールド・ソルジャー」

《バーニング・タイガー バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー――》


 メッセージが無慈悲に流れる。
 大破したバーニング・タイガーのコックピット内で、カーチスは茫然としていた。
「……なんやねん、これは……痛!」
 右腕に激痛が走り、カーチスが呻く。
《カーチス、大丈夫か! おい、カーチス!》
 監督のだみ声が聞こえる。
 しかしカーチスは、両腕から蒸気を吹き出し不気味に沈黙する黒いPFを茫然と見つめていた。


「お嬢様。お嬢様?」
 オルトがユフィルの部屋の扉をノックする。しかし返事がない。
「お嬢様、いらっしゃいませんか?」
 再度ノックをするが、やはり返事はない。
「出かけているのか? しかしそんなお話は聞いていないが……」
 諦めて帰ろうとしたオルトの背中に、声がかけられた。
「オルトさん、こっちです」
 振り向くと、隣の部屋からユフィルが顔をのぞかせていた。
 そこは先代のオーナーの私室、つまりはユフィルの父親の部屋だった。
「お嬢様。先生のお部屋にいらしたのですか」
「ええ。暇があったので、父の遺品整理を……」
 今までユフィルはチーム・オーナーとパイロットの兼務で多忙な日々を過ごしていたため、ろくに父親の部屋を整理する暇もなかった。ジャックがパイロットとしてチームにおさまったおかげで、ようやくその余裕が出てきたのだ。
「そうでしたか」
「あの、それでなんのご用ですか?」
「いえ、急ぎではないのですが、ネームレス・ワイルドの装備購入の決裁をお願いしようと思いまして」
 と、手元の書類が挟まったクリップ・ボードに目を落とした。
「あ、わかりました。じゃあ……」
「ああ、いえ、後でもかまいません。それよりも、なにかお手伝いできることはありませんか?」
「そうですね……データ関連なら私よりオルトさんの方が向いているでしょうけど……」
「もちろんデータの他に、力仕事でも任せていただいて構いません!」
 オルトが胸を張って答える。ユフィルは少し思案して、
「……あ」
 何かを思いだしたように部屋へと取って返した。
「どうされました?」
「ちょっと待っててください」
 そう言って少し何かを探したあと、戸口へと戻ってきた。その手には黒いディスクが握られていた。
「なんですか、そのディスクは?」
「父の遺品の中にあったものなんですが、プロテクトがかかっていて内容の確認ができないんです」
 オルトが黒いディスクをまじまじと見つめた。ディスクのラベルには『PAW』とだけ書かれている。
「PAW? パウ? いったいなんでしょうね?」
「なにか、父から聞いた憶えはありませんか?」
「はあ……お嬢様が聞いていないことでしたら、先生が私におっしゃられることはないと思いますが……」
 オルトは首をひねって記憶をさかのぼるが、やはり憶えがない。
「このディスク、お預かりしてよろしいですか? 解析を試みてみたいのですが」
「はい。よろしくお願いします」
 そう言って、ユフィルはオルトにディスクを渡した。
 その時、玄関のドアを叩く音がした。
「誰でしょう?」
 ユフィルとオルトは連れだって玄関へと向かった。
 扉を開けると、そこにはカーチスがいた。が――
「カーチスさん……どうされたんですか」
 カーチスの姿は無惨なものだった。
 頭に包帯を巻き、右腕は三角巾で吊され、左手で松葉杖をついている。まさに満身創痍といった出で立ちだ。
「なに、かすり傷や。ちと試合でな。それより、あんたらだけか?」
 軽い口調のカーチスだったが、その怪我の様子は『かすり傷』で済む程度ではない。
「あ、ああ……ジャックなら出ているが……」
「ジャックさんが戻ってきたら伝えますから、今は安静にしていたほうが……」
「あ、いや、ジャックよりもあんたらに聞いた方がええやろ。単刀直入に聞くで」
 カーチスは一旦言葉を区切って、ユフィルとオルトを見た。
 二人がうなづくのを見て、カーチスは口を開いた。
「ネームレス・ワイルドに同型機は存在するんか?」
 カーチスの言葉に、二人は顔を見合わせた。


 ジャックは修理したばかりのサイドカーにまたがり、町中を走っていた。
 もともとはスクラップ置き場に捨ててあったバイクを拾ってきたものだ。駄目元でオルトに掛け合ってみたら、拍子抜けするほど簡単に修理してしまった。
『おお、すげえ! だてに老けた顔してないなあ』
『顔がなんの関係がある! ふん、PFの整備に比べたら、バイクなぞ子供の玩具のようなものだ』
 オルトがつまらなさそうな顔で言った。ぼろぼろだったバイクは、塗装もされて新品のようになっていた。
 ただ一つだけ、注文と違う部分をジャックは指摘した。
『ところでさ、なんでサイドカーになってるんだ……?』
 修理されたバイクには、拾ってきたときにはなかったサイドカーが取り付けてあった。
『ふらふら目的もなしに街に行く暇があるのなら、ついでに日用品の買い出しでもしてこい。サイドカーは荷台がわりだ』
『あ、そーゆーことね……』
 ――そんなやりとりがあり、見事オルトの手によって生まれ変わった廃バイク改めサイドカーは、すこぶる好調であった。
「いやあ、足があるっていいなあ。なにせ今まで街までは歩きだったもんな」
 買い出しというオプションがつくにしろ、気軽に街まで出てこれるのはジャックとしても嬉しいことだった。
 ジャックは街の中心部に到着すると、道端にサイドカーを停めて歩き出した。
 その目に一件の屋台がとまった。看板にはアイスクリームの絵が描いてある。
「お、あんなところに新しいアイス屋が出てたんだ」
 屋台には若者が数人並んでいる。それを見て、ジャックも新しいアイスクリーム屋の味を試すべく屋台に近寄った。
 すぐに順番が回ってきて、ジャックは太った店員に声をかけた。
「おっさん、俺バニラね」
「はいよ。バニラとストロベリー、二つで三百ゼナールね」
「あ、おい、俺バニラしか頼んでないぜ?」
 ジャックが慌てて訂正すると、屋台の店員はジャックの右隣を指さした。
「へ?」
 見るといつの間にか、銀色の髪の小柄な少女が一人、右手に持ったストロベリー味のアイスクリームを舐めていた。
「い? 俺こんな子知らねえよ!」
 ジャックが抗議するが、店員は指を少しだけずらした。
 少女の左手は、ジャックの服の裾をしっかりと握っている。
「三百ゼナール」
 屋台の店員が、ミットみたいな手を差し出した。


「ネームレス・ワイルドの同型機……聞いたことはないな」
 オルトがカーチスの台詞に首をひねる。
 居間にはオルトとカーチス、それにユフィルがいる。ユフィルもオルト同様、首をかしげていた。
「ネームレス・ワイルドは父が設計したカスタム・フレームですから……しいていえばワイルド系フレームが同系統の機体と言えなくもないですけど……純粋な同型機があるとは思えません……」
 やはり、カーチスの疑問を否定する。
「確かなことなのか、その……」
「ああ、間違いあらへん。確かにあいつはワイルド・アーム・システムを装備しとった。それも両腕にや。前に同じのをくらったわいが言うんやから、間違いあらへん」
 カーチスは先日のプライズ・マッチの様子を思い出しながら断言した。
 プライズ・マッチとは、片方のチームが賞金を出して対戦相手を募る試合形式だ。通常は駆け出しのチームの売名などのために行われることが多い。
 カーチスも最初はそのような駆け出しチームの売名かと思い、気楽な気分で試合を受けたのだ。
 しかし、実際に指定フィールドへ着いてみれば、マス・メディアなどは完全にシャット・アウトされており、どうにも売名行為という雰囲気ではなかった。
 そうして、現れたのは黒いPFだった。
 黒いPFは最初、様子を見るように防戦一方だったが、後半になって攻勢に転じるやいなやバーニング・タイガーを圧倒した。そしてとどめを刺したのは、両腕のワイルド・クラッシャーによる攻撃だった。
 バーニング・タイガーは大破し、カーチス自身も負傷という結末になったのである。
 後になって調べてみると、同じ様なことがここ一ヶ月の間に一〇件以上起こっていた。
 いずれも報道が入らず、負けたチームも敗北をわざわざ宣伝しないために、表面化していなかったのだ。
「それが分からん」
 オルトが首をひねった。。
「ワイルド・アーム・システムは調整が難しいシステムだ。エネルギーの消費量も半端ではない。両腕に装備するとなると、軽量級以上の微妙な調整と重量級並の出力のジェネレーターが必要になる。そんな機体が存在するとはとても思えない」
 オルトはやはり否定的だが、カーチスも食い下がる。
「せやかて事実は事実や。あのシステムを装備しとる機体が他にあるとも聞かへんから、自分らに聞いとるんや」
「……そもそもが、ネームレス・ワイルド自体が謎なのだ」
 オルトがうなる。
「整備や運営のために必要な一通りのデータはあるが、ワイルド・アーム・システムなどのいくつかのデータは残っていない。先生がどうしてワイルド・アーム・システムのデータを残さなかったのかは俺にも分からんが、データが存在しないのだから実物を解析しない限りコピーを作ることもできんのだ」
「共同開発っちゅう可能性はあらへんのか?」
「共同開発?」
「せや。あれだけの機体や。一人で設計したって考える方が不自然やろ。どこぞに共同開発者がおったとしても不思議はあらへん」
「共同開発者……なるほど、その可能性は考えていなかったな……」
「嬢ちゃんはなんぞそういった話は聞いとらへんのかいな?」
 カーチスとオルトがユフィルの方を見た。
 ユフィルはしばし中空を見つめ、思考を巡らせていた。
「……そういえば……」
 ユフィルの呟きを、二人は身を乗り出して聞いた。
「昔、父は軍で新しい機体を開発をしていたことがあったそうです。十年以上前の話ですが。父がよく『今開発している機体は、人とPFとの新しい関係をつくる可能性を持った機体だ』と言っていたのを憶えています。その機体は結局完成することはなかったそうですけど、もしその時にワイルド・アーム・システムの基礎ができていたとしたら……」
「なるほど、もしかしたらその時の開発チームのメンバーの一人が、ワイルド・アーム・システムを装備した機体を作ったとしてもおかしくはない」
 ユフィルの思考をオルトがついだ。
「そういう可能性もあるかもな……せやけど、せやけどなあ……」
 カーチスが言葉を迷わせた。
 そのカーチスを、ユフィルはじっと見つめて言葉を待った。
「わいは『ネームレス・ワイルドの同型機』言うたけど、あの黒いPFはネームレス・ワイルドと――ジャックと戦った時とはなんかちゃうねん。なんちゅうか、意志のない鉄の塊を相手にしとるような……」
 カーチスは黒いPFの不気味な姿を思い出し、身震いした。
 普通PFには“ホーン”と呼ばれる装置が取り付けられている。人間で言うところの喉笛にあたる部分だ。本来意味のない部品と思われているこの装置が必ず取り付けられるているのは、PFがただの機械ではなく、意志を持った機械である証であった。
 しかし、黒いPFは意志がないかのごとく、終始沈黙を続けていたのだ。
 カーチスの迷いに、部屋にしばしの沈黙が流れた。
 ユフィルが口を開く。
「そのチーム、なんというチームでした?」
「チーム名はチーム・ブラック、オーナーがプロフェッサー・ブラック、機体名がワイルド・ブラックや」
「黒づくしだな」
 オルトが単純な感想をもらした。
「パイロットはどんな奴だったのだ?」
「パイロットの正体は分からへん。会うてへんし、事前にチェックもしとらんかったからな。名前は……確か、アリス……ちゃうな……」
 カーチスが顔をしかめ、思い出そうと努力する。
 数瞬の間をおいて、カーチスが顔を上げて、パイロットの名前を口にした。
「せや! アニスや! アニス・ブラックや!」


「アニス?」
 広場のベンチに座りながら、ジャックは隣でストロベリー味のアイスクリームを舐めている銀髪の少女に聞き返した。
 少女はこっくりと首を上下した。
「ふーん、アニスか。いい名前だな」
 ジャックは最初、少女――アニスを迷子ということで警察に連れて行った。これで一安心と戻ろうとしたジャックだったが、誰かに服の裾をつかまれて前につんのめった。恐る恐る振り返ると、そこにはやはりアニスがいたのだった。
『おいおい、勘弁してくれよ。俺は子供の相手は苦手なんだよ』
『……』
『な、頼むから、ここで親が探しにくるのをおとなしく待っててくれよ。な?』
『……』
 同じ様なやりとりを繰り返すこと三回。ついにジャックは折れ、アニスの相手をすることになってしまったのだ。
 そんなこんなで名前も聞いてなかったのを思い出して、ようやく自己紹介をしたという次第だ。
「俺はジャック」
「知ってる」
「へ? なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「テレビ」
「あ、そうか。BPFの中継か」
 そういえばこのあいだ、短いながらも取材を受けたのを思い出した。
「それで知ってる顔だから、俺にくっついてきたのか?」
 迷子になって、たとえテレビ越しでも知っている顔を見つけて安心したのだろうか。
「……」
 アニスは返事をせずにアイスクリームを舐めている。ちなみにこのアイスクリームは二本目だ。警察から出たあと、アニスが無言でアイスクリーム屋を指さした。無口な少女との会話に行き詰まり、しょうがなく買ったのだ。
「どうでもいいけど、あんまりアイスばっかり食ってると腹こわすぞ」
 ジャックの言葉に、少女はこくんと頷く。
 そしてまた、アイスクリームを舐める。
 ジャックは「やれやれ」と呟き、大きな溜息をついた。
「はあ……まいったなあ……せっかくのんびりしようと思ったのに、こんなところで迷子の相手かよ……」
 そんなジャックの様子を、アニスが無言で見つめている。
 それに気づいたジャックは、ぽん、とアニスの頭に手を置き、
「お前は気にしなくていーの。早く食わないと、アイスが溶けちまうぞ」
 と、言ってやった。
 アニスがまたアイスクリームに集中しはじめると、ジャックは再び溜息をつき、ぼんやりと広場の様子を眺めた。
 広場には相変わらず人が多い。
「……平日だってのに暇な奴らが多いなあ……あれ?」
 ジャックは人混みの中に見知った顔を二つ見つけて、思わず我が目を疑った。
「……爺さんに……ダズ?」
 一人は白髪白髯の老人だ。浅黒く、深い皺が刻まれた額の下の目が鋭い眼光を放っている。
 老人の名はシモン・ウォードレック。ジャックの亡き父親の知人で、この街に住んでいる。生粋の軍人で、十年前に退役したのだが、今も“将軍”というあだ名で呼ばれている変わり者だった。
 もう一人は、短い灰色の髪の青年で、中背で細身だが、きびきびとした動きがよく鍛えられていることを示している。
 だがこの青年は、ここ辺境よりずっと離れた首都にいるはずの男である。
 懐かしさと共に、訝しげな表情で彼らを見るジャックに、向こうも気がついたようだった。二人で顔を見合わせた後、近付いてくる。
「ダズがこの街にいるってことは、なんかあったのかな……?」
 思いがけない再会に、ジャックは首をひねっていた。


「ジャック! ジャック・ウインド軍曹じゃないか!」
 ダズ・ペンハーバーはさわやかな笑顔でジャックとの再会を喜んだ。
 自分が軍にいた頃と少しも変わらないダズの様子に、ジャックは懐かしさを感じながら苦笑いをする。
「久しぶり、少尉」
「中尉じゃよ」
 ジャックの挨拶をシモンが訂正する。
「辞令を受けてな。中尉に昇進したばかりだ」
「へえ、昇進おめでとう。……ますますエリート街道まっしぐらだな」
「よせよ。そんなんじゃない。それより、軍曹のほうはどうしてるんだ?」
「軍曹はよしてくれ。今はただの一般市民だよ」
「そうか……そうだったな」
 ジャックとダズとは部隊と階級だけでなく、性格などあらゆる面で違っていたが、不思議と馬が合った。
 ジャックが軍を離れた今は、そういったしがらみもなくなり、気の置けない友人の一人だった。
「あ、ところで情報部のダズがなんでこんな辺境にいるんだ? ゴーファンに変な動きでもあったのか?」
 ここから百キロメートルほど荒野を突っ切れば、隣国のゴーファンとの国境にたどり着く。
 ここ、ゼナルディアとゴーファンとは、二十年余りも続く冷戦状態にあった。情報部の人間がこんな辺境まで来る理由といったら、そんなことぐらいしか考えられない。
「いや、任務の内容は明かせないが、ゴーファンは関係ない」
「まあ、俺も今一般市民って言ったばっかだもんな。詳しいことは聞かないことにしておくよ」
 ジャックもあっさりと引き下がった。
「それより、お主の方こそ何をしておったのだ。しばらく顔も見せんと、まだレイディ嬢やの所に居候しておるのか?」
 シモンが二人の会話に口を挟んだ。話を日常のそれに置き換える。
「え、あ、なんだよ爺さん。相変わらずTVも見てないのかよ。俺、今BPFのパイロットしてるんだぜ。」
 ジャックの所属するチーム・レナンは、どん底から一転、強豪相手に二連勝をして、にわかに注目の的になっている。
「BPF……?」
 ダズが訝しげな顔をする。
 シモンもまた、何かを考えるような表情をした。
 だがジャックは、それを別の意味に受け取っていた。
「なんだよ、BPFも知らないのかよ。これだから軍人は……」
 と、ジャックは自分の事を棚上げして言った。
「ああ、いや、それくらい知ってはいるが、そうか、BPFか……」
「色々あったけど、やっぱPFに乗ることにしたわ、俺」
「……安心したよ。やっぱり蛙の子は蛙だな」
「なんだよ、それ」
「お前はやっぱりロイド・ウインドの息子だってことさ」
 父親の名前を出され、ジャックはきょとんとする。
「そういえば、どこのチームに所属しておるのだ? この近辺を拠点にしているチームはいくつかあるが……」
 シモンがジャックにたずねる。
「ああ。チーム・レナンってところさ」
「チーム・レナンだと!」
 ジャックの言葉を聞いた二人が、同時に驚きの声を上げた。
「な、なんだよ、二人して……あ、やっぱり名前くらいは聞いたことあるんだな」
「……一つ聞くが、そのチームのオーナーはユーリ・レナンと言うのではないか?」
 シモンの声音が、少し緊張の色を帯びた物になっていたが、ジャックは気づかなかった。
「ユーリ? いや、チームのオーナーはユフィル・レナンっていう女の子だよ。あ、でも父親は最近亡くなったって言ってたけど……名前までは聞いてなかったな」
「そうか……」
「誰だ? 知り合いか、爺さん」
「いや、知らないのならば、それでいい。ところでお主、こんな場所に座り込んで何をしておるんだ?」
 指摘されて、ジャックはようやくアニスの事を思い出した。
「ああ、そうだ、俺、迷子になつかれてまいってたんだ……あれ? アニス?」
 ジャックは傍らを見るが、アイスクリームを舐めているはずの少女の姿はなかった。
 周囲を見回しても、アニスの姿はない。
「迷子? 誰もいなかったと思うが……」
「やべえ、飽きてどっかに行っちまったか! 俺、探して来るわ! じゃあな、また今度レイディの店ででもゆっくり話そうぜ!」
 ジャックは短く二人に別れを告げると、アニスの姿を探して駆けだした。
 取り残された二人はジャックの後ろ姿を見送りながら、深刻な顔をしていた。
「……どう思います?」
「あやつがあのことを知っているとは思えんが……」
「ユーリ・レナンとチーム・レナン……」
「少し、つついてみるかのう」
「ええ……」


「ただいま〜」
 夜もすっかりふけたころ、ジャックはようやくチームの本拠へ戻ってきた。
 あのあと方々を探したが、結局アニスは見つからなかった。きっと迎えが来たのだろうと、ジャックは帰ってきたのだ。とりあえず、警察にも事情は説明しておいたし。
 ユフィルが置くから歩いてきて、ジャックを出迎えた。
「お帰りなさい。ずいぶん遅かったですね」
「ああ、ちょっと色々あってさ……それより、飯残ってる?」
「はい。今暖めなおしてきますね」
「あ、悪いけど頼むよ」
「少し待っててくださいね」
 ユフィルはそう言うと、台所へと歩いていく。
 所帯じみた、いつものチーム・レナンの光景だった。


 十数分後、ユフィルはジャックに遅い夕食を持ってきた。
「サンキュー」
 ジャックは食事の乗ったトレーを受け取りながら、今日の出来事をユフィルにたずねた。
「なあ、ユーリ・レナンって、心当たりないか?」
 言いながらも、食事の手は止めない。
「え……父の名前ですけれど……父が、どうかしたんですか?」
「あ、やっぱりユフィルの父親だったんだ……いや、俺の知り合いの爺さんに聞かれてさ……シモン・ウォードレックって退役軍人の爺さんなんだけど、知ってるか?」
 ジャックがたずねるが、ユフィルは首を横に振った。
「いいえ。確かに父は軍で技術開発をしていたこともあったそうですけれど、その時の知り合いの人とは会ったことがありません。父もあまり、話したがらなかったですし……」
「へえ、ユフィルの父親も軍にねえ。オルトはなんか知らないのかな?」
 そういえば、オルトの姿が見えないと思い、ジャックは周囲を見回した。
「あれ、やけに静かだと思ったら、オルトは?」
「オルトさんなら、今私のほうでデータの解析を頼んでいることがあるので、お部屋にいますよ。でもオルトさんも知らないと思います。オルトさんが父のもとで学び始めたのは、父が軍を離れてBPFに参加してからのことですし……」
 ジャックはふうん、と気の抜けた返事をすると、食事の残りを腹に流し込む。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした。あ、そういえば……」
 ユフィルは今日、カーチスがたずねてきた事をジャックに話した。
「カーチスが? 怪我?」
 殺しても死ないようなイメージのあるカーチスを思い浮かべ、ジャックは意外そうな顔をする。
「ええ……何でも新規参入のチームを相手にして負けたらしくて……しかも、そのチームのPFがワイルド・アーム・システムを両腕に装備していたという話で……」
「おいおい、まじかよ! あのシステムって、他のPFにも装備されてるのか?」
 軍でもあのシステムを装備している機体は存在しない。民間に広まっているシステムではないことは明白である。
「私もオルトさんも半信半疑だったんですけど……カーチスさんが嘘をつくとも思えないですし……」
「ネームレス・ワイルドと同じ装備のPFか……いったい、どんなチームなんだ?」
「チーム・ブラックという新規のチームだそうです」
「チーム・ブラックねえ……いかにも悪役って感じの名前だな」
「機体名はワイルド・ブラック、パイロットはアニス・ブラックという人物だそうです」
「アニス?」
 軽く驚きの声を上げたジャックに、ユフィルがたずねる。
「御存知なんですか?」
「あ、いや、今日出会った迷子がアニスって名前だったんだけど……でも名前が同じってだけだよ。きっと」
 アニスの姿を思い出しながら、ジャックはそう断言する。
 なにしろあのアニスは、ユフィルよりも華奢なのである。とてもPFの操縦ができるとは思えない。
「そうですか……偶然ということもあるんですね」
 ユフィルは空のトレーを受け取って、席を立つ。
「……偶然、か……なんだか今日は、妙な一日だったみたいだなあ……」
 ジャックは天井の白色灯をぼんやりと眺めながら、そう呟いた。


 二日経った朝。
 ジャックは鼻歌を歌いながら、居間へとやってきた。
「〜〜〜♪ ……おわっ!」
 ジャックは居間に入るなり、驚きの声を上げた。
 居間には先客がいたのだが、その様子が尋常ではなかった。
「オルト! お前どうしたんだよ!」
 居間にいたのはオルトだった。だが、目の下に隈をつくり、憔悴した表情でソファに座り込んでいる。
「ああ、ジャックか……」
「ああ、ジャックかって、ほんとにどうしたんだよ? 最近姿が見えないと思ったら」
「お嬢様に頼まれていたディスクの解析で徹夜続きだったんだ」
 オルトが疲れた声を出す。
「ディスク?」
「先生の――お嬢様の父親の遺品の中にあったものだ。プロテクトがかかっていたのでなんとか外そうとしているのだが……」
「まだ出来ないのか?」
「ああ。昔の軍の暗号形式を使っているらしくてな。使われているパターンさえ分かれば解析するのは簡単なのだが……」
「うーん……昔の軍の暗号かあ……」
 軍用の暗号はもっとも難解な部類に入る。個人でそれを解読するのは至難の業だろう。
「お前、なんだってそんなになってまでユフィルに肩入れするんだ?」
 ジャックがオルトの様子を見て、そう言った。
 オルトの様子を見れば、ユフィルのために粉骨砕身しているのが分かる。分からないのはその理由だった。
「何故……? 恩義があるからだ」
「恩義?」
「どうしようもないチンピラだった自分を堅気に引き戻してくれたのは先生とお嬢様だ。だから、先生がいなくなった今、何があっても自分はお嬢様の力にならなくてはならないのだ」
「へえ……」
 四角四面で真面目一本槍だと思っていたオルトが、その昔チンピラだったというのは意外な過去だった。
「人それぞれあるもんだな」
「うむ。自分はディスクの解析に戻る。ネームレス・ワイルドの整備でなにかあれば言ってくれ。本職をおろそかにするわけにもいかないからな」
 オルトはソファから立ち上がる。
「おいおい、無理すんなって。少しぐらい休んでおけよ」
「貴様に言われなくても分かっている。安心しろ、整備でヘマなどしない」
「いや、そうじゃなくって……」
 そこへちょうどユフィルがやってきた。
「あ、ジャックさん、オルトさん、丁度良かった……」
 ユフィルの様子は少し困惑しているようだった。
「あ、お嬢様! ディスクの解析には今少しかかります。申し訳ありません」
 ユフィルの姿を見たとたん、先刻までの疲れた表情は吹き飛び、オルトは直立不動の姿勢をとる。今にも敬礼をしそうな雰囲気に、ジャックは呆れた顔をする。
「いいんですよ。急ぐことじゃないですし。それより、あまり無理をしないで下さいね」
 さすがに付き合いが長いため、オルトの虚勢もユフィルにはお見通しらしい。
 オルトは「は! 肝に命じておきます」と素直に答えた。
「それで、なにかあったのか?」
 ジャックがユフィルに用件をたずねる。
「はい……それが、次の対戦相手が急遽変更になったと通達があったんです」
 ユフィルの手には、プリント・アウトされた書類が握られている。
 ジャックはその書類を受け取り、書かれている文章に目を走らせる。オルトも脇から覗き込む。
「なになに、次の対戦相手が棄権? じゃあ俺達の不戦勝ってわけか? でも変更って……」
「これだな。プライズ・マッチ……自分達を指名して申請してきただと?」
 書類上に目をさまよわせるジャックに、オルトは書類の一節を指さして教えてやる。
 書類に書かれている内容は、簡単に言うとこうだ。
 次の本戦リーグの対戦相手が棄権の申請をした。そこへ丁度、別のチームがチーム・レナンを指名してプライズ・マッチを申請した。BPF運営委員会は試合をお流れにしてしまうよりは、別のチームとの試合を組み込んだほうが都合が良いと判断したのだ。
「じゃあ全然OKじゃないか。勝っても負けてもポイントはもらえる上に、勝てば賞金まで手に入るんだろう?」
 ジャックが事の経緯を理解して、気楽そうに言った。
「それはそうなんですけど……でも実際は、かなり強引な決定だったそうで……カーチスさんのこともあるし、ここは慎重に対応した方が良いと思うんです」
 カーチスのいるチーム・デヨラも、同じようにプライズ・マッチを受けて、ひどい目にあっている。ユフィルが慎重になるのも当然だった。
「ふむ……それで、対戦相手のチームはどこなんだ?」
 オルトがジャックにたずねる。
 ジャックは書類の束をめくる。
「ええと、ちょっと待ってくれよ……お、これだ。なになに……チーム・ジェネラル? まさかパイロットは……げ! シモン・ウォードレックだと!」
「シモン・ウォードレック……このあいだ、ジャックさんが言っていた……」
「知り合いなのか?」
 一人だけその名を知らないオルトがジャックにたずねる。
「ああ、俺の親父の知り合いだったんだけど……でももう七十近い爺さんだぜ」
 ジャックがうなる。
「ふむ……経歴がついているな……」
 オルトがジャックの手から書類を受け取り、束をめくってパイロットのプロフィールを見つけた。
「なになに……なんだと!」
 オルトが驚愕の声をだした。
「どうしたんですか?」
「はい、この老人、とんでもない経歴の持ち主です!」
 オルトはシモンの経歴を読み上げた。
「第一次ゼナルディア・ゴーファン戦役に徴兵されて以来、軍に残りPF乗りとして各地を転戦しています。その後、軍のPF開発テスト・パイロットとなり、ワイルド系フレームの開発に関与。第二次ゼナルディア・ゴーファン戦役が始まり、PF部隊の指揮官として再度前線に戻る。休戦後はPF訓練の教官になり、後進の指導に当たっていますが、第三次ゼナルディア・フォーファン戦役が勃発した時には、師団を率いてゴーファン軍を幾度となく退けています。この老人、PF戦のエキスパートですよ!」
「凄い経歴ですね……」
 ユフィルが驚きの声をあげる。
 第一次から第三次までの隣国ゴーファンとの戦争は、歴史としてユフィルも知っていた。
 まさか、その歴史を実際に体験した人物とBPFで対戦することになろうとは。
「でもそれって昔の話だろ。そりゃ元気な爺さんだし、俺にPFの操縦を教えてくれた師匠みたいなもんだけど、昔に比べれば体力だってすっかり落ちてるだろ。本当にPFの操縦なんて出来るのかよ」
 複雑な表情をジャックは浮かべていた。
 老人から過去の戦争の事を嫌と言うほど聞かされていた分、シモンの経歴を聞いてもあまりショックは受けなかった。
 しかし、実際に戦うとなればやりづらい相手ではある。ジャックの手の内を知っているということもあるが、高齢のシモンに対する遠慮の気持ちも生まれるだろう。
「全く、あの爺さん何考えてるんだよ」
 ジャックは天を仰いで呻き声をあげた。


「楽しそうですね、“将軍”」
 買い取った廃工場に手を加えただけの粗末な格納庫で、“将軍”と呼ばれた老人が振り返る。
 格納庫の入り口近くに、灰色の髪の青年が立っていた。
「おお、ダズか。そりゃあのう、試合とはいえ久しぶりの戦いじゃ。腕がなるわい」
 シモンは腕を振り回しながら、老人らしからぬ丈夫な白い歯を見せて笑う。しかし、すぐにその笑いは寂しげな物へと変わる。
「……所詮わしから戦争を取ったら何も残らん。軍を退役してから十年余り、そのことをいつも思い知らされる。PF乗りというのは因果なものじゃて」
「今の我々の繁栄があるのも、閣下や先達の獅子奮迅の戦いあっての物と心得ております」
 ダズ・ペンハーバーは“将軍”に直立不動の敬礼をした。
「よしてくれ。わしは閣下なんぞと呼ばれる人間じゃない。ただの戦争の出涸らしじゃ」
「そんな言葉を聞いたら、ジャックの奴はひっくり返って驚くでしょう」
「違いない!」
 シモンはついぞジャックの前で弱気な台詞をはいたことがない。ジャックの驚きあわてふためく様を思い浮かべ、高笑いをあげた。
「ジャック――チーム・レナンは閣下の挑戦を受けたそうですね」
「うむ」
 シモンが短く答えた。
 ダズは格納庫のハンガーに収まったPFを見上げる。
 MW‐三〇〇s。ワイルド系フレームの最初期の機体だ。よくこんな物が博物館行きにもならず残っていたものだと感心する。“将軍”のたっての願いで引っぱり出されてきた、廃棄処分寸前の老兵だった。
「こんな機体で、本当に大丈夫なんですか?」
 ダズが思ったままのことを口に出した。
「PFは年式や型番ではない。こいつとて、戦いたくてうずうずしておる。なに、心配せずともAWXと互角以上にやり合って見せるわい」
 格納庫にシモンの自信に満ちた声がこだました。


 そしてチーム・ジェネラルとの試合当日になった。
 ジャックはネームレス・ワイルドのコックピットで機体の最終チェックを行っていた。
《ジャック、どうだ》
 回線が繋がり、オルトの顔がメイン・スクリーンのサブ・ウインドウに映し出された。
「ああ、こっちは大丈夫。なにも問題はない……けどなあ……」
《なんだ、浮かない顔をしているな。そんなにその“将軍”と戦うのが嫌なのか》
「そうじゃないけどさ……何度も言うけど、あの爺さんもう七十だぜ」
 PFの最大の特徴はその機動性能にある。
 PFは人間の五倍近い巨体ながら、人間とほとんど変わらない瞬発力を持つ。つまり単純計算なら人間の五倍の速度で動けるということだ。そして、その速度で前後左右に動き回る。それは通常の陸上兵器では考えられない機動性能を生み出し、PFを陸上兵器の頂点へと君臨させていた。
 しかしその機動性にも、一つだけ問題点があった。
 パイロットにそれだけ負荷がかかるということだ。
 PFパイロットに女性が少ないのはそれが理由だ。ましてや体力のない子供や老人がPFに乗るのは自殺行為と言ってもよい。
 シモンがいくら過去に経験を積んでいても、今はもう昔のような体力はないだろう。
 ジャックの心配も無理はない。
 そう、結局のところ、ジャックはシモンのことが心配なのだった。
「おまけに機体は爺さんが現役のころの旧式だろ」
《だからと言って、油断だけはするなよ》
「分かってる」
 オルトは釘を刺しておいてから、通信を切った。
 もうすぐ試合開始の時刻だった。


《バトル・システム オール・グリーン
 フィールド・タイプ/ルーイン
 チーム・レナン/ネームレス・ワイルドvsチーム・ジェネラル/ジ・オールド・ハウンド
 ゲット・セット レディー・ゴー!》


 廃墟の中、ネームレス・ワイルドの白い機体と、ジ・オールド・ハウンドの灰色の機体が正面から対峙した。
「なんだありゃあ!」
 その機体を見て、ジャックが叫んだ。
 ジ・オールド・ハウンドの機体には申し訳程度の装甲があるだけで、ほとんどフレームが剥き出しになっていた。
 そして更に驚くべきことに、機体には一切の固定武装が見えなかった。
《装甲と武装を犠牲にして軽量化を推し進めたのだろうが……それにしても、あれでは一撃でも喰らったら機体がもたないぞ》
 オルトも同じ様な感想を抱いたようだった。
《ともかく、どういうつもりかは分からないが、速攻で攻めきるんだ。策を弄する時間を与えるな》
 オルトの進言を受け、先に動いたのはネームレス・ワイルドだった。ハンド・キャノンを連射し、牽制する。
 ジ・オールド・ハウンドは素早く横へと移動し、飛んでくる弾丸を回避した。その動きは意外に速い。軽量化の賜物だろう。
「この! ちょこまかと……」
 ジ・オールド・ハウンドは巧妙な動きでネームレス・ワイルドを攪乱する。そしてジャックの行動を見切っているかのように、ネームレス・ワイルドの攻撃は当たらない。
 灰色の機体が足を止めた。左手を挙げ、手元に引き寄せるような動作を繰り返す。それはあからさまな挑発のポーズだった。
「な……! 畜生! だったらお望み通り、接近戦で片を付けてやるぜ!」
《おい、馬鹿者! 挑発に乗るんじゃない!》
 オルトの制止の声もジャックには届かなかった。
 ネームレス・ワイルドはハンド・キャノンを腰に戻すと、右の拳を振り上げてジ・オールド・ハウンドに向かって突進した。


「愚か者が。こんな安い挑発にまんまと乗りおって」
 シモンの馬鹿にしたような、落胆したような声が、ジ・オールド・ハウンドのコックピットに虚ろに響く。
 メイン・モニターには猛烈なスピードで突進してくる白いPFが大写しになっている。
「ふん」
 老人は鼻を鳴らすと、操縦桿を細かく動かした。


 ネームレス・ワイルドの拳が突き出される。
 本来のパワーに加え、突進のスピードと機体そのものの重量が乗った拳だ。命中すればジ・オールド・ハウンドの貧弱なフレームなど簡単に破壊されるだろう。
 しかし、拳が灰色の装甲に当たる寸前に、その手首が下から伸びた細い手に捕まれた。
 灰色の機体が白い機体の下に潜り込むように沈む。
 ジャックは下から突き上げられるような衝撃を受けた。
 そして浮遊感。
 次の瞬間、轟音が廃墟に響き、ネームレス・ワイルドは宙を一回転して背中から地面へと叩き付けられていた。


《いてててて……何がどうなってるんだあ?》
 指揮室のモニターの中で、ジャックがしきりに頭を振っている。
 どうやら脳震盪などは起こしていないようだった。ユフィルとオルトはほっと胸をなで下ろした。
《くそ! 今なにが起きたんだ!》
 ジャックはわけが分からないといった表情で、ユフィルに説明を求めた。
「いいですか、よく聞いてください。ネームレス・ワイルドはジ・オールド・ハウンドに投げ飛ばされたんです!」
《投げ飛ばされた? どうゆうことだよ》
「言葉通りの意味だ。あの爺さんは、ネームレス・ワイルドの突進力を利用して投げ飛ばしたんだ。PFに乗ったまま格闘技の投げ技を使ったんだ、あの爺さんは!」
《なんだって! そんな馬鹿な真似できるのかよ!》
 オルトが言ったことは、PFにたずさわる者ならば衝撃的な内容だった。
 本来PFでの格闘戦というのは、近接用の兵器を使用したり、パンチやキックを繰り出すような打撃戦である。これはPFの機体構造が人体のような柔軟性を持っていないことに由来している。
 だが実際に投げ技が可能であるとすれば、そのダメージはパンチなどの比ではない。なにしろ巨大な金属の塊が堅い地面に激突するのだ。機体の重量そのものが、PFにとって致命的な武器になりうるのである。
「オルトさん、機体のチェックは!」
「大丈夫、各部にダメージが分散したおかげで、まだ行けます!」
 幸いなことに、きれいに背中から落ちたおかげでネームレス・ワイルドのダメージは各部に分散していた。これが頭部などから落ちていれば、確実に戦闘不能になっていただろう。
「ジャックさん、ネームレス・ワイルドはまだ行けます! ジャックさんはどうですか?」
《俺なら大丈夫だ! くそ、ネタさえ分かれば次は喰らわないぜ!》
 ネームレス・ワイルドが立ち上がった。
 ユフィルとオルトはその光景を見ていた。


 ネームレス・ワイルドが疾走る。
 機体性能はネームレス・ワイルドに分がある。すぐに、ジ・オール・ハウンドの目前へと到達する。
 今度は急制動をかけ、突進の勢いを利用されないようにする。
 足を止めての打撃戦ならば、ネームレス・ワイルドが圧倒的に有利なことに変わりはない。
「ストップだ、相棒!」
 ネームレス・ワイルドの足が廃墟の地面を踏み砕いて、その身体を無理矢理に押しとどめた。
 その一瞬に、ジ・オールド・ハウンドが踏み込んだ。
 灰色の機体が、白い機体に密着したような形になる。そしてそのまま両腕を前へと突きだす。
 突進する力と、それを押しとどめようとする力の拮抗を崩され、ネームレス・ワイルドは大きく後方に吹き飛ばされていた。
 ネームレス・ワイルドは再び背中から堅いコンクリートに叩き付けられた。コンクリートが割れ、破片が飛び散った。
 コックピットに盛大に警告音が鳴り響く。今の一撃で、累積ダメージが一気に増大していた。
《ジャック! ジャック! 聞こえるか!》
「ああ、くそ、ちくしょう! 大丈夫だ! そんなに怒鳴らなくたって聞こえる!」
 オルトの声に、ジャックは悪態をついた。
 モニターにはジ・オールド・ハウンドが静かにたたずんでいる姿が映っていた。まるで速く立ち上がれと言っているようだった。
「くそ……妙な手品使いやがって……」
《ジャック! 接近戦は不利だ! 一旦離れて体勢を立て直せ!》
「まだだ! まだワイルド・クラッシャーが残ってる!」
 頭に血が昇ったジャックはオルトの言葉を否定する。
《馬鹿を言うな! ネームレス・ワイルドはかなりのダメージを受けている! 機体のことも考えろ!》
「ネームレス・ワイルドの……?」
 その言葉で、ジャックはようやく冷静になった。ネームレス・ワイルドの各部のダメージはかなりひどい。次に同じ様なダメージを喰らえば、確実に戦闘不能になるだろう。
「くっ! 分かった! 一旦離れて体勢を立て直す!」
 ジャックはネームレス・ワイルドを立ち上がらせると、ジ・オールド・ハウンドと距離を取るべく走りはじめた。


 ネームレス・ワイルドがジ・オールド・ハウンドから離れていく。
「む……ようやくまともな頭になったか。だが遅い!」
 シモンは叫ぶとジ・オールド・ハウンドを走らせた。
 加速力はネームレス・ワイルドに分があったが、障害物の多いこの廃墟では、その加速力を十分に発揮できない。
 それに比べ、徹底した軽量化を行っているジ・オールド・ハウンドは軽い身のこなしで障害物を乗り越えていく。
 彼我の差はなかなか開かない。
 業を煮やしたネームレス・ワイルドが振り返りざまに腰のハンド・キャノンを抜き、威嚇射撃をしようとする。
 その瞬間、ネームレス・ワイルドの足が止まった。
 シモンはその一瞬の隙を見逃さない。
 素早くジ・オールド・ハウンドに前傾姿勢をとらせると、射線の下をくぐり抜けてネームレス・ワイルドに肉薄する。
「甘いわ!」
 左腕を伸ばし、ネームレス・ワイルドの左脇の下に指をかける。そしてそのまま手前へと引くと、身をひねった勢いのまま白い機体が半回転し、たたらを踏んだ。
 素早く体を入れ替え、右腕を振り下ろしてハンド・キャノンを叩き落とす。
 そして落ちたハンド・キャノンを遠くへと蹴り飛ばした。
 再び接近戦の間合いを取って、二機のPFは対峙した。


「……まじかよ……」
 ジャックはコックピットの中で脂汗を流して呻いた。
 まさかこれほど一方的な試合になるとは思っていなかった。
 なめてかかっていたということもある。
 だが、それがなければ、はたしてもっと対等な試合運びが出来ていただろうか?
 残念だが、とてもそうは思えない。
 目の前の、針金のように細い灰色のPFからは、それほどまでのプレッシャーが放たれていた。
《ジャックさん!》
 ユフィルからの通信が入る。
《ジャックさん! 無理はしないでください! この試合は落としても、チーム成績に影響はありません! ギブアップしてもかまいませんから!》
「ギブアップ? ギブアップだって?」
 ユフィルの言葉に、ジャックは驚いた。
 そしてその言葉を受け入れようとしている自分に、ジャックは苛立った。
 ユフィルの言葉はある意味真実だ。
 この試合は本戦リーグ戦ではない。向こうが賞金をかけてきたプライズ・マッチだ。負けたとしても、なにも失う物はない。それならば、ここでギブアップをした方が機体の損傷も少なくて済む。
 だが、それを受け入れられない気持ちも、ジャックの中にあった。
「くそ、どうすりゃいんだ……」
 突破口がまるでつかめない。
 何をしても、老練な“将軍”には通じないような気がする。
 ジャックはモニターの中のジ・オールド・ハウンドを睨み付けていた。
 その時、アラームが鳴った。
 シモンが通信回線を開くよう求めてきたのだ。
《ジャック》
 サブ・ウインドウに老人の日に焼けた顔が浮かぶ。
 ジャックはその顔に毒づいた。
「なんだよ、爺さん。笑い物にでもしようってのかよ」
《ふん。情けない減らず口じゃの。さすがに軍を逃げ出しただけのことはあるわい》
「なんだと!」
《貴様のように機体の性能に頼っておるうちは、わしには勝てんぞ。諦めて降参なりなんなりするんじゃな》
「ふざけるな! 俺はまだ負けちゃいない!」
《貴様のようにPFの声は聞こえんでも、機体と一体となることは可能じゃ。わしが見せたくらいの芸当は経験次第で誰でもできる。お主がわしに勝てない理由は技量のせいだけではない。あたらPFの声が聞こえるために、PFの特性を理解しようとしない慢心ゆえだ》
「慢心……だと?」
《お主がわしに勝てたのなら、いいことを教えてやろう。お主の父親のことじゃ》
「親父のことだって? どういう意味だよ、おい!」
《それでは、せいぜい無駄に足掻くんじゃな》
 シモンはそれだけを告げると、一方的に回線を遮断した。
 ジャックの拳が震える。
「くそお……好き勝手言いやがって……機体の特性を理解してないだと……お望み通り、ネームレス・ワイルドの性能を見せてやるぜ!」
 ジャックがネームレス・ワイルドを動かそうとしたときだった。
『――』
「!」
 ジャックの手がぴたりと止まった。
「相棒――お前か?」
 ジャックが虚空にたずねた。
「お前、何か言おうと、ずっと……」
 ずっと、呼びかけていた。
 ジャックはようやくそのことに気がついた。
 幼い頃から、物言わぬPFの言葉がなんとなく分かった。それは、ジャックにとって当たり前のことだった。
 だが、それが今は頭に血が昇り、シモンを、ジ・オールド・ハウンドを倒すことに気を取られるあまり、その声が聞こえなくなっていたのだ。
「すまない、相棒……」
『――』
「ああ、分かった。まだ出来ることはあるはずだよな。俺達で、絶対あいつらを倒してやろうぜ!」
 ジャックが操縦桿を握りしめた。
 ネームレス・ワイルドの機体に力が賦活するのが分かる。
『ォォォォォォォォォォォォォォ……』
 ネームレス・ワイルドの中枢から、獣を思わせる低いうなり声が響いた。


 シモンはネームレス・ワイルドの変化を敏感に読みとっていた。
「む! ようやく本領を発揮するか。まったく、大馬鹿者めが」
 ジ・オールド・ハウンドがこの試合、初めて身構えた。
 ネームレス・ワイルドはおそらくワイルド・アーム・システムを使ってくるだろう。
 まともに受ければ、年代物のジ・オールド・ハウンドなどひとたまりもない。
 だが、シモンの使う格闘術を破らなければ、負けるのはジャックのほうだ。
 ジャックには勝ってもらわなくてはならなかったが、だがシモンは決して手をぬく気はなかった。
 ジャックには、PFとは機体性能だけではないことを教えなくてはならない。
 そして同時に、PFが時として機体性能を越えることがあることを理解させなくてはならなかった。
 そのためには、全力で戦って、自分を越えてもらうしかない。
 かつて、本物の戦争で“英雄”と呼ばれた自分を。
「あと一撃!」
 あと一撃さえ放てればいい。
 シモンは限界に近付く身体にそう言い聞かせた。
 おそらく、次の一撃で勝負が決まるはずだから、と。


 ネームレス・ワイルドが奇妙な構えをした。
 左半身を前にして斜めに立ち、さらに左腕を軽く曲げた状態で前に突き出す。
 その姿勢のまま、ジ・オールド・ハウンドへとじりじりと近寄っていく。
 それはボクシングでいうジャブに似た戦法だった。
 ただ最短距離、最速で左の拳を当てるための構えである。もちろん、普通ならそんな姿勢から放たれたパンチが大したダメージを与えられるわけがない。
 しかし、ネームレス・ワイルドにはワイルド・アーム・システムがある。たとえ牽制程度の拳でも、当たりさえすれば装甲を犠牲にしたジ・オールド・ハウンドを倒すことができる。
 それが、ジャックとネームレス・ワイルドの決断だった。
 対するジ・オールド・ハウンドもまた、右半身を前に斜めに構える。
 その姿勢のまま、ネームレス・ワイルドへとじりじりと近寄っていく。
 ネームレス・ワイルドの左拳を内か外にかわすための構えだ。
 ワイルド・アーム・システムによってエネルギーが励起するのは肘より先だ。
 内にかわし、肩を入れて吹き飛ばすか。
 外にかわし、ネームレス・ワイルドの上腕をとらえて投げ技へと移るか。
 両者の間で無言の読み合いと駆け引きが行われていた。


 指揮室に、ごくりと息を飲む音が響いた。
 緊迫した空気がモニター越しに伝わってくる。
 それを眺めるユフィルの顔は緊張のために蒼白で、今にも倒れそうだった。
 間合いまであと三メートル。
 二メートル。
 一メートル半。
 苛々するほどゆっくりと、通常のPF戦闘ではありえないスピードで、二機のPFが互いに近付いていく。
 あと一メートル。
 全高八メートルのPFにとっては一歩にも満たない距離だ。
 緊張が最高潮に達した。


 ネームレス・ワイルドが動いた。
「ワイルド・クラッシャアアアアアアッ!」
 ジャックが吼えた。
 ネームレス・ワイルドの左腕が光り輝き、振り下ろされる。
 光り輝く左拳が、コンクリートの地面を砕いた。
 爆発。
 コンクリートは割れ砕け、破片と粉塵が高く舞い上がる。
 それは地面を打つために身をかがめたネームレス・ワイルドを完全に覆い隠していた。


「なに!」
 シモンが狼狽する。
「あの構えはフェイントか!」
 そう、ジャックは最初から地面を打つつもりだったのだ。
 ジ・オールド・ハウンドの視界をさえぎるために。
 あの構えは、ネームレス・ワイルドの拳に注意を引きつけるためだったのだ。
 レーダーには肉薄した二機の輝点が重なっている。
 シモンは完全にネームレス・ワイルドを見失っていた。


「もう一発! ワイルド・クラッシャアアアアアアッ!」
 ジャックが吼えた。
『ウオオオオオォォォォォッ!』
 ネームレス・ワイルドが吼えた。
 白い野獣は地面すれすれから伸びるように立ち上がりながら、光り輝く爪を振りかざして老犬に襲いかかった。
 ネームレス・ワイルドの拳がジ・オールド・ハウンドの反射速度を上回る。
 アッパー・カットのような拳が、灰色の機体の腰を殴りつけた。
 脆弱なフレームが音を立てて割れ砕け、上半身と下半身が切断される。
 地面に叩き付けられそうになるジ・オールド・ハウンドの上半身を、ジャックは咄嗟にネームレス・ワイルドの右腕を伸ばして抱え上げた。
「おおっと、老人はいたわらないとな」
 ジ・オールド・ハウンドの腰から下が、音を立てて地面へと倒れ込んだ。


《ジ・オールド・ハウンド バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー チーム・レナン/ネームレス・ワイルド!》


「ふふ……ははははは、まんまと一杯食わされたわい! わははははははは……!」
 はじめ、コックピットで茫然としていたシモンは、やがて大声で笑い出した。
 身体中が激しく痛んだが、そんなことはお構いなしに笑い続ける。
 その目には、戦友を悼むための涙が浮かんでいた。


「さてと、爺さん、話してもらうぜ。俺の親父の話ってやつを」
 試合終了後、シモンは無理がたたり、持病の神経痛が悪化して病院に運び込まれた。
 数日後、ジャックはシモンの回復を待って、見舞がてら話を聞きに来たのだ。
「ジャックさん、そんなに慌てなくても……。シモンさんは病人なんですから」
 ユフィルも一緒に来ていた。
 シモンがユフィルにも来るようにと言っておいたのだ。
「いや、なに構わんよ。それにしても……大きくなったのう、ユフィル嬢やも……」
「え?」
 懐かしそうにそう言う老人に、ユフィルはうろたえた。
「わはは、そう驚かんでくれ。わしはユーリ――お前さんの親父さんとは知り合いでの。以前嬢やと会ったことがあるんじゃよ。もっともその時は、嬢やはこんなに小さかったから憶えてないじゃろうがの」
「そうだったんですか……父が生前お世話になりました」
 ユフィルは律儀に頭を下げた。
「いや、わしの方こそ父親の葬式にも出てやれんで、すまなかったの」
「……もしかして、話っていうのは俺の親父だけじゃなくて、ユフィルの親父さんにも関係がある話なのか?」
 ジャックがシモンにたずねた。
 相好を崩していたシモンは真面目な表情に戻り、頷く。
「うむ、そうじゃ。これから話すことはお主らの父親がまだ若かった頃の話で、そして今も続いていることじゃ。近い将来、お主らが直面するやも知れぬ困難に対処できるよう、伝えておこうと思っての……」
 困難、という言葉にジャックとユフィルの顔が引き締まる。
 シモンは一呼吸の間をおくと、二人に自分の知る全てを話し始めた。


《リトル・バード バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー――》


 メッセージが無慈悲に流れる。
 大破したリトル・バードのコックピット内で、リッツは茫然と呟いた。
「……なによ……なによ、これ! どうなってるのよお!」
 破壊されたリトル・バードの前に、黒いPFが立っていた。
 そのPFは、両腕から蒸気を吹き出し、不気味なほどの沈黙を保っている。
 それはまるで、以前のゲームの再現だった。
 いや、悪夢が現実になった光景だった。



第四章「ブラック・アニス」

 ジャックはサイドカーにユフィルを乗せて、町中を走っていた。
 ジャックもユフィルも無言である。
 二人とも、病院で聞いたシモンの話を心の中で反芻していた。
『なにから話せばいいものか……ユフィル嬢やよ、お主の父が昔、軍でPFの開発をしていたことは、知っておるかな?』
『ええ、聞いたことはあります……』


「ええ、聞いたことはあります。でも結局その機体は完成することなく、計画の中止にともなって、父も軍を去ったと聞いています」
 ユフィルはベッドに横たわる老人に、自分が知っていることを話した。
 ユフィルの父ユーリは、優しく陽気な人物ではあったが、何故か軍隊時代に開発していたPFのこととなると、口を濁してしまっていた。だから、ユフィルが知っている事と言えばこの程度のことに過ぎなかった。
 だがシモンはうむ、と頷き、
「そう。それが十二年前のことじゃ」
 と、何かを思い出すように呟いて、ジャックの方を見た。
「……十二年前?」
 ジャックが聞き返す。
「さよう。お主の父が、新型PFのテスト中に事故死した年じゃ」
「それってどういうことだよ」
 偶然と言うにはあまりにも一致した符号に、ジャックは老人の方を見た。
 シモンはその問いに、しばらく間をおいてから答えた。
「ジャック、ユフィル嬢や、お主らの父親達は同じ機体の開発にたずさわっていた、テスト・パイロットと技術者なんじゃよ」
「父と、ジャックさんのお父さんが?」
 ユフィルが目を丸くして驚いた。
 ジャックの方を見ると、ジャックもまた同じ様な表情でユフィルを見ていた。
「凄い……偶然ですね」
 ユフィルがぽつりと感想をもらした。実際、偶然としては出来過ぎだったが、それ以外には考えられないだろう。
「偶然ではない」
 しかし、ユフィルの言葉をシモンは否定した。
「え?」
「AWXが――ネームレス・ワイルドがお主らを引き合わせたのじゃ」
「ネームレス・ワイルドが……?」
 ユフィルが聞き返す。
 ジャックは先ほどから黙って老人の話を聞いていた。
 そのジャックに、シモンが話しかける。
「ジャック。お主は幼い頃からPFの声が聞こえたそうじゃな」
「あ、ああ……」
 話を振られ、ジャックが答える。
 確かに、ジャックはPFの気持ちがなんとなく分かる。
「だけど、聞こえるって言ったって、なんとなく、だぜ」
 ジャックに聞こえているPFの声は、はっきりとした言葉ではなく、漠然とした意志や感情のようなものだった。
「なんとなくでも、その力は紛れもなく、お主の父親から受け継いだものじゃ」
「親父から?」
「さよう。お主の父親ロイドもまた、PFの声を聞くことができる才能を持っていた。そしてそれが全ての始まりだったのじゃよ」


 二十年前、軍内部で新たな計画が進められていた。
 新型軍用PFの開発である。
 軍内にいくつかのチームが作られ、研究開発はスタートした。
 その中の一つに、PFとパイロットの精神的同調によって、機体性能を格段に向上させるという画期的な計画があった。
 一部のパイロットがPFとの驚異的な親和性を持つことからスタートした計画だった。
 この親和性を追求して、全てのパイロットがPFと同調するための鍵を見つけることができれば、それはPFの新しい進化と言える物になると開発にたずさわった誰もが考えたのだ。
 開発ベースには、高い戦闘本能を持つワイルド系フレームを使用することになった。
 プロジェクト・アドバンスド・ワイルド。
 それが計画の名前である。
 そのテスト・パイロットに選ばれたのが、当時のエース・パイロットであり、PFとの親和性において群を抜いていたロイド・ウインドであった。


「計画は難航した。ロイドをの操縦技術を持ってしても、AWXを乗りこなすことは難しかったのだ。そして八年の歳月を費やした計画の完成間近になって事件が起きた。科学者の一人が対立し、造反したのだ」
 シモンの話は淡々と続く。
「その男の名は、ゲオルグ・シュヴァルツフルス。優秀な科学者だった。だが奴は完璧を求めすぎたのだ。シュヴァルツフルスはロイドの能力に満足できず、とんでもないことを言いだしおった」
「とんでもないこと?」
 ジャックが口を挟んだ。
「AWXを使いこなせる人間がいないのなら、AWXの機能を完全に引き出すための人間を作ればいい、と……」
「……!」
 ユフィルが口元を押さえ、絶句する。
「とんでもない話じゃよ。本末転倒もいいところじゃ。人のためのPF開発が、PFのために人を作り出そうなどというのだから」
「まともじゃねえな。それで、そのシュヴァルツなんとかって奴はどうなったんだ?」
「無論そのような暴走を軍が見過ごすはずもない。奴は軍を追放された。自分を否定した軍と、ロイド・ウインドとユーリ・レナンを恨みながらな」
「まさか親父の事故っていうのは……」
「いいや。ロイドの事故はそのこととは関係がない」
「なにがあったんだ」
「暴走じゃよ」
「暴走……?」
「うむ。AWXはパイロットと同調することによってその能力を最大限に発揮する。しかしひとたびそのバランスが崩れれば、PFに芽生えた自我がパイロットの精神を飲み込み暴走をはじめてしまうのじゃ。このことは、事故が起こってから分かったことじゃがな……」
 そのことが直接の原因となり、AWXの開発は中止になった。
 制御しきれないPFは、いかに優れていようとも、兵器としては欠陥品なのだ。
「……そうか……」
 ジャックが呟く。
 十二年が経ち、ようやく父親の死の真相を知ったのだ。胸中には様々な思いがある。
 病室内を沈黙が支配する。
 きっかり一分後、沈黙を破ったのはユフィルだった。
「カーチスさんが言っていたネームレス・ワイルドの同型機というのはもしかして……」
「ネームレス・ワイルドの同型機じゃと?」
 シモンがユフィルの言葉を聞き返す。
「ええ。BPFのパイロットをしているカーチス・ライトという人が、両腕にワイルド・アーム・システムを装備した黒いPFと戦ったそうなんです」
「チーム・ブラック……そういやシュヴァルツってのは、確か黒って意味だったよな」
 ジャックがぽつりと呟いた。
「……そうか、すでにそこまで知っておったのか……」
 シモンは天井を眺めながら溜息をついた。
「じゃあやっぱり……」
「うむ。ダズ中尉の調査では、ほぼ間違いないとのことだ」
「あいつ、そのことを調べに来てたのか。ってことは、そいつらはこの街に?」
「おそらくの。シュヴァルツフルスはいまだにロイドとユーリを恨んでおるじゃろう。何らかの形でお主らに接触してくることは、十分に考えられる。気を付けるんじゃぞ」
「ああ、分かったよ。それじゃ、爺さんも早く良くなれよ」
 ジャックは頷くと、ユフィルを促し病室を出ようとした。
「おお、そうじゃ、ユフィル嬢やや」
「はい、なんでしょう」
 呼び止められて、ユフィルが振り向いた。
 老人はベッドの傍らのサイドテーブルに手を伸ばし、なにかの包みを取り出した。
「これを、お前さんにと思ってな」
 その包みをユフィルに渡す。
「これは、なんですか?」
「開けてみれば分かる。開けてみなさい」
 シモンに促され、ユフィルは包みを開けた。
 中に入っていたのは中央に青い石がはまったペンダントだった。
「これはいったい? こんな物をいただく理由なんて……」
「なに。ユーリとの約束でな」
「父との?」
「ユーリが軍を去る前の話じゃが、お前さんの誕生日にプレゼントを贈る約束をしておったんじゃ……結局約束を守らないまま今日まで会えずじまいでな。すまんかったのう」
「いいえ、いいえ……ありがとうございます。そんな昔の約束を憶えて下さっていたなんて、父もきっと喜びます」
 ユフィルはシモンに礼を言うと、ペンダントを身につけて見せた。
「おお、よく似合っとるぞ」
 シモンも満足そうだった。
「なんだよ、爺さん。俺にはなんにもなしかよ。このひひじじい」
「やかましい。これでもくれてやるから、とっとと出て行け、この表六玉」
 シモンがジャックに自分の腕時計を投げてよこす。飾り気のない軍用の腕時計だ。
「ちぇ、なんだよ、全然元気じゃねえかよ。あーあ、行こうぜユフィル。この爺さん、殺したって死にゃしねーよ。じゃあな、せいぜい周囲から憎まれて長生きしてくれよ」
 ジャックは腕時計を受け取ると、憎まれ口を叩いて病室を後にした。
「あ、待って下さい、ジャックさん! それではシモンさんも、お大事に」
 その後をユフィルが追い掛けていく。
 その後ろ姿を、シモンは黙って見送った。


「……シュヴァルツフルスか……」
「……」
 お互いの親が知り合いだったことも驚きだったが、まさか自分達の親にそんな過去があったとは思いもよらなかった。二人とも、なんと言って良いのか分からない。
 だが、その過去の事件のおかげで、カーチスは巻き添えを食って大怪我をしたことは紛れもない事実だった。
 オルトにもこのことを伝えておいた方が良いだろう。
 ジャックがそう思い、サイドカーのスピードを上げようとしたときだった。
「あれ?」
 ジャックはブレーキをかけて、サイドカーを停車させる。
「どうしたんですか?」
 ユフィルが不思議そうに、そう聞いた。
 ジャックは大通りの雑踏を眺めている。
「あ、いや……前に言ったかと思うんだけど、アニスって迷子のガキンチョ……あの子がいたような気がしてさ」
「アニスって……」
 ユフィルもその名前には聞き覚えがあった。だが、カーチスに怪我をさせたワイルド・ブラックのパイロットもアニスと言う名前である。
 ユフィルには、これが偶然の一致だとは考えられなかった。
 ジャックの見ている方を、ユフィルも見た。
 だが夕方ともなると、さすがに人は多い。家路を急ぐ者、夜の街へと繰り出す者、そういった連中で、街はにわかに活気づいていた。
 この中から、一人の少女を見つけだすのは至難の業だろう。
「いましたか?」
「いや。見間違いかも知れないしな」
「そう……ですか」
「行こうぜ。オルトが心配してるだろうし……あ!」
 ジャックがサイドカーを発進させようとして、その動きを止める。
 サイドカーから三メートルと離れていない位置に、アニスが立っていた。
 銀色の髪と白い肌が、夕日に朱に染まっている。
「アニス……だったよな。親とは会えたのか?」
 ジャックがアニスに呼びかけた。
 だが、アニスは闇色の瞳でジャックを見つめるだけで、物言わぬ人形のようにたたずんでいる。
 ジャックはサイドカーから降りると、アニスに近付いていった。
 すると急にアニスが背を向けて走り出した。
「あ、おい!」
 ジャックも慌てて後を追う。
「ジャックさん!」
 ユフィルも後を追おうとするが、
「悪いけど、少し待っててくれ!」
 と、ジャックに制止され、仕方無しにその場に留まった。
 ジャックはユフィルを後に、少女を追って路地へと入って行った。


 路地に入り、何度か曲がり角を曲がると、開けた場所に出た。
「いたいた」
 うらぶれた広場の中央に、アニスが立っていた。
 やはり、無言でこちらを見ている。
「おいおい、なんで急に逃げるんだよ」
 ジャックは短い金髪を掻きながら、アニスに近付く。
「えーと、親の姿は見えないようだけど……また迷子になったのか? いや、あれからどうしてた? 家には帰れたんだろ?」
 質問をするが、返事はない。
 ジャックの言葉にアニスは見つめ返すだけで、言葉を発しないのだ。
 ジャックは困り果てて、周囲を見回す。そして、もと来た道を振り返ろうとした。
 しかし、
「声を出すな」
 背中に硬い物を押し当てられる感触と、押し殺した低い声。
 ジャックは銃を突きつけられていることを瞬時に理解する。
「妙な動きをすれば撃つ」
 男の言葉はジャックの想像が正しいことを証明した。
 ジャックは黙って頷く。
「よし、物分かりがいいな。安心しろ。女の方も、抵抗さえしなければ手荒な真似はしない」
 女と聞いて、ユフィルの顔が浮かんだ。
 ジャックの表情がこわばる。
「安心しろと言ったはずだ」
 背後の男が、ジャックの背中に押しつけた銃口に力を込める。
「ついてきてもらおう。もっともお前に拒否権はないがな」
 ジャックはもう一度、無言で頷いた。


「なに、じゃあカーチスも黒いPFに負けちゃったの?」
 チーム・レナンの事務所内の応接室で、リッツが驚きの声を上げた。
 オルトは腕組みをしながら渋い顔で頷いた。
「まさかお前達のチームにまで、チーム・ブラックとやらが試合を申し込んでいたとはな……」
「そっかあ……せっかくジャックに教えて上げようって思ったのに、無駄足だったみたいね」
 リッツは黒いPFについて警告するために、わざわざたずねてきたのだったが、黒いPFの情報はカーチスによってすでに伝わっていた後だった。
「いや。自分達のあずかり知らない所で、ネームレス・ワイルドと同じ能力を持ったPFが動いていることに確信が持てた。わざわざ教えに来てくれ助かった」
 頭を下げるオルトに、
「いーのよ、ジャックに会う口実だったんだから。ま、それも無駄足に終わったけどね」
 と、リッツは手をぱたぱたと振りながら苦笑する。
「おおう! 誰かいてへんのか!」
 戸を叩く音と、ばかでかい声が応接室まで届いた。
「あれ? カーチスの声じゃない?」
「ああ。奴はよく遊びに来るぞ。なぜかジャックとは妙に馬が合うらしくてな」
「あー、なんとなく分かる気がする。二人ともオバカだもんね」
「うむ。まあ、なんだ。ジャックが戻るまでゆっくりしていくといい。そのうち戻ってっくるだろうからな。自分は玄関を見てくる」
 そう言ってオルトが立ち上がる。
「ああ、いいわよ。私も帰らないと、チームのみんなが心配してるだろうから。なにせ昨日の今日だもの」
 リッツも立ち上がり、オルトと共に玄関へと向かう。
 その間にも、扉を叩く音は続いていた。
「おうい! 客やで! 開けい!」
「ああ、分かった分かった。分かったからそうがなるな……」
 オルトが呆れながらロックを外し、扉を開けた。
「おう! あれ、リッツやんか。どないしてん」
「久しぶりね。ええ、ちょっとね。あんたも知ってることだろうけど、黒いPFのことでね。でも大怪我をしたってわりには、元気そうね?」
 今のカーチスの姿は、松葉杖もついてないし、腕のギプスも外れていた。今は軽く包帯が巻いてある程度だ。
「あのくらいの傷、どうってことないわい。三日もすれば治るて」
 あの傷が三日で治るわけはないのだが、現にカーチスはぴんぴんとしている。
 オルトはカーチスを化け物でも見るような目で見ていた。
「……あら、そっちの人は?」
 リッツがカーチスの後ろに立つ、灰色の髪の青年を見つけた。
「おう、客人や客人。なんでもジャックの友達だそうや。そこでばったり出会うたんやけどな、ここの場所訊かれたんで、案内したってん」
 青年は直立不動の姿勢で、自己紹介をした。
「ゼナルディア軍情報部所属ダズ・ペンハーバー中尉です。どうぞよろしく」
 オルトとリッツはダズのさわやかな笑顔に、しばし顔を見合わせた。


「よく来たね、二人とも」
 声からすると、四〜五十代の男性だろうか。余裕を見せてはいるが、少し神経質そうな印象を受ける。
 ジャックは無言のまま、声の主をそう判断した。
 目隠しをされているため、声で判断するしかない。
「……」
 隣にいるはずのユフィルも黙っている。
 ただ、なんとなく、無事だということは分かった。呼吸も落ち着いているようだ。
「ふむ。目隠しを外してやれ」
 後ろ手に手錠をはめられているため自由の利かないジャックとユフィルの目隠しを、誰かが後ろから外した。。
 暗い世界から、急に強い光の満ちた部屋に放り出され、ジャックの目がくらむ。
 目が光に慣れてくると、ここがどこかの司令室のような部屋だと分かった。
 壁の一面には大小さまざまなモニターが並んでいた。なんとなくホヴァー・カーゴの指揮室に似ていたが、この部屋のほうが十倍くらい規模が大きい。十数名のスタッフがシートに座り、なにやら機械を操作していた。
 部屋の中央には小柄な初老の男性が立っている。灰色のスーツの上から白衣をを着て、ステッキをついている。
 どことなく神経質そうな細い目をした男だった。
「ようこそ、と言いたいところだが、不満そうだね。自己紹介をしよう。私の名は……」
「シュヴァルツフルス博士――だろ」
 ジャックが男の声をさえぎって言った。
「ほう。知っていたかね。おおかた“将軍”から聞いたのだろうが。彼は元気かね」
「へっ、あの爺さんは殺したって死なねえよ」
 ジャックがシュヴァルツフルスを睨む。囚われの身であっても弱みは見せまいとするポーズだった。
「ふ、違いない」
 シュヴァルツフルスはジャックの軽口に笑ってみせた。余裕を見せているつもりなのだろう。
「私達を誘拐して、どうするつもりなんですか。いえ、それだけじゃありません。黒いPFを使って、あなたは何をしようとしているんです」
 ユフィルが問いただす。その声にはわずかだが、怒りが含まれていた。
 ジャックもシュヴァルツフルスを睨む。
 シュヴァルツフルスは二人の視線を受け止め、口元だけで薄く笑った。
「δ型――ワイルド・ブラックを知っているのなら話は早い。君達チーム・レナンに試合を申し込みたい」
「試合だって? それなら普通に大会委員会に申請すればいいだろう。なんだってこんな誘拐までして……」
「この試合はね、私の作ったδ型とユーリの作ったα型、どちらが真に優れた機械かを決める大事な試合なのだよ。難癖を付けて逃げられるわけにはいかない。そう、お嬢さんは人質というわけだ」
「人質だと! てめえ!」
 手錠で拘束されたまま、ジャックは目の前の男に飛びかかろうとした。
 銀光が走り、ジャックの足下の床に軍用ナイフが突き刺さる。
 さすがにジャックも動きを止めた。
「おっと、下手な真似しないほうがいいぜ、オニイチャンよ」
 声のした方を見ると、見覚えのある顔が二つあった。
「あ、お前らいつかの借金取り!」
 ジャックを制止したのは、いつぞやの借金取り――のっぽと寸づまりの二人組だった。
「あなた達は!」
「へへ、久しぶりだな、ええ? その節は大変お世話になりました、ってか?」
 のっぽの男がにやにやと笑みを浮かべている。
「お前ら、もしかして最初から……」
「ああ、合法的にお前らのAWXを手に入れる計画だったんだが、どこかの馬鹿の乱入で邪魔されてしまってな。まったっく、てめえは俺達の邪魔ばっかりしてくれる」
 寸づまりが憎々しげに吐き捨てた。
「紹介しよう。マッシュにボッシュ。私の部下だ」
「全く、そんな前からくだらないことしてたのかよ。感心するね」
「くだらないだと? この十二年間、貴様らの父親への憎しみを忘れたことなどなかったわ! ロイドとユーリ、あの二人のせいで私は居場所を奪われたのだぞ!」
 ジャックの憎まれ口にシュヴァルツフルスが激昂する。
「私の理論は完璧だった! それを人道だのなんだのと難癖をつけおって! 奴らは私の才能に嫉妬したのだ! 奴らさえいなければ、私は、私は……!」
 今やシュヴァルツフルスは慇懃な仮面を外し、口から泡を吹いてまくしたてていた。その狂気を剥き出しにした姿に、ユフィルはうそ寒いものを感じて身震いした。
 シュヴァルツフルスを落ち着かせようとうろたえるマッシュとボッシュを押しのけて、別の黒服の男が近付いてきた。無針注射器をシュヴァルツフルスの首筋に押し当てると、鎮静剤を注入する。
 数分後、シュヴァルツフルスは落ち着きを取り戻すと、黒服の男に礼を言った。
「レイスか……すまない。頭に血が昇っていたようだ」
「いえ」
 レイスと呼ばれた男は慣れているのか、無表情に短く答えた。
「アニスを連れてきました」
「おお、そうか」
 レイスが振り向いて手招きすると、銀色の髪の少女が歩いてきた。
「アニス!」
 ジャックが叫ぶ。
 アニスは首を少しだけ動かして、ジャックを見た。
 が、それだけだった。
 なんの感情も見せないまま、シュヴァルツフルスの横に立つ。
 ユフィルの嫌な予感が的中した。
「紹介しよう。アニス・ブラック――私の最高傑作だ」
「傑作……だって?」
 シュヴァルツフルスの言葉にジャックが気色ばむ。
「おや、どうかしたかね? そうとも、この子は私の作り出した最高傑作だとも。δ型はこのアニスをパイロットとして組み込むことにより、従来のPFではなしえなかった反応速度を実現したのだ。どうだね、素晴らしいとは思わないかな?」
「あなたは、なにを考えているんですか! そんな小さな女の子を道具のように扱って、あなたはそれでも人間ですか!」
 ユフィルが叫んだ。しかし、シュヴァルツフルスはその程度ではひるまなかった。
「君も君の父親のようなことを言う。アニスはδ型のために作られたのだ。それ以外の存在理由も、存在価値もない」
 シュヴァルツフルスが冷酷に宣言する。
 アニスは自分のことを言われていると気づいているのか、いないのか、ただ黙って拘束されているジャックを見つめていた。
「てめえ……まともじゃねえ……」
 ジャックがうなる。
「ふん。愚か者の子もまた、愚か者か。この分ではα型の性能などたかが知れているだろうが、こちらにも戦ってもらわねばならない理由がある」
 シュヴァルツフルスが背を向けた。
「戦ってもらうとも」
 顔だけを二人へ――いや、二人の父親へと向けた。
「どうあってもな」


「なるほど。そんな経緯があったのですか。しかし、先生とジャックの父親が友人同士だったとは、世間とは狭い……」
 オルトはダズからだいたいの事情を説明されていた。
 その内容は、オルトを少なからず驚かせた。
 傍らで聞いていたリッツとカーチスも、同意するように頷いていた。チーム・ブラックに関しては彼らも関わっていたので、同席を申し出たのだ。
「自分が話せることは以上だ。君達の方では、何か心当たりはないか?」
 ダズがオルトに返答を求める。
 オルトはしばらく視線を宙に迷わせていた。
「プロジェクト・アドバンスド・ワイルドか……!」
 オルトの脳裏に何かがひらめいた。
 ダズはその様子を見逃さず、
「何か心当たりがあるのかい」
 と、問いただした。
「PAW……そうだ、プロジェクト・アドバンスド・ワイルドの頭文字はPAWではないか!」
 オルトはダズの方を見て、黒いディスクのことを話した。
「先生の遺品の中に、PAWと書かれたディスクがありました」
「PAW? なるほど、くさいな。見せてもらえるだろうか?」
「しかし、お嬢様に無断で見せるわけには……それに、ディスクにはプロテクトがかかっているため内容までは分からないのです。どうやら軍用の物らしく、解析は難しいのです」
「プロテクトに関しては心配いらない。自分は情報部の人間だ。その手の物は扱い慣れている」
 ダズはさわやかな笑顔でそう答えた。


 ダズが手慣れた指の動きでキーを叩くと、次々とプロテクトが解除されていった。
 先ほどの自信は伊達ではなかった。
 オルトは結局、ディスクの中身を知りたいという誘惑に負け、ダズの申し出を受けることにしたのだ。ユフィルもきっと、理解してくれるに違いない。
「これを外せば、中身は閲覧可能になるはずだ」
 最後のキーをダズが叩く。
《PASS¨****************
 OK》
 プロテクトが解除された。
「さすがですね」
「古いタイプのプロテクトだったからね。暗号やプロテクトは日々進歩しているんだ」
 オルトは椅子に座ったダズの影からモニターを覗き見た。
「これは……」
 画面に映し出されたのは、何かの設計図らしき図面だった。
 だが詳細はダズには分からない。彼は素直に専門家に意見を求めた。
「これは一体何が書かれているんだい? 自分は機械工学には明るくないので、説明してもらえるとありがたいのだが」
「これは、ネームレス・ワイルド――AWXに関するデータです。ワイルド・アーム・システムのことも書かれている」
 オルトは興奮気味に呟いた。
 手を伸ばし、ダズの脇からコンピューターを操作する。モニターには次々とPFの左腕らしき図面が表示されていく。
「ネームレス・ワイルドは正式名称をAWX‐α改と言うらしい。そのα改について、色々と興味深いことが書かれている」
「それは聞いたことがある。AWXはα型からγ型までの三機が設計試作されていた。しかし、α改とはいったい……α型とは違うのかい?」
「α改のα型との最大の違いは、α改には様々なオプション装備を選択できるよう、左腕のフレーム構造が特殊化されていることです」
「特殊化?」
「α改は左腕を換装することにより、様々な能力を発揮することができるようになっていると書かれています。近接戦闘を強化したパーツや、遠距離戦用のパーツ、防御力に特化したパーツなどがあるようだが――」
 説明するオルトの声をさえぎった者がいる。
「おうい! 大変や! 二人とも、こっちへ早う来いや!」
 カーチスが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「どうした。なにがあった?」
「大変や! 例の、チーム・ブラックから挑戦状、いや、果たし状がきおったで!」
「なんだと!」


 チーム・レナンの事務室で、オルトとダズは送られてきたビデオ・テープの画像を見ていた。
《……ユフィル・レナンとジャック・ウインドの両名にはご同行をいただいている。無論試合についても快諾を受けている》
 モニターの中では、黒服にサングラスをかけた男が一方的に喋っていた。
 ビデオに録画された映像は、もう何十回も流されている。
 映像の中に、なにか手がかりはないかとずっと探しているのだ。
《試合は三日後。場所はポイント二〇九二。時刻は正午。お互い全力を尽くそう。健闘を祈る》
 男が言い終わると同時に、モニターには砂嵐が映し出される。これ以上はなにも録画されていない。
「くそ!」
 オルトがデスクを叩き、当たり散らす。
「落ち着きたまえ」
 ダズがオルトをなだめる。だがオルトの怒りは収まらない。
「これが落ち着いていられるか! お嬢様が誘拐されたのだぞ! ジャックの馬鹿者め、なにをしていたのだ!」
「今君がここで周囲の物を壊しても、二人が戻ってくるわけではない。相手の居場所が分からない以上、今は要求を飲んで試合の準備を進めるしかない」
「く……!」
 ダズの言葉は正論である。だが、正論だけにオルトには受け入れがたかった。
「レイディはんの所にはおらへんかったわ」
「こっちはサイドカー見つけたわよ!」
 カーチスとリッツが事務室に入ってきた。
「あいつが言ってた通り、サイドカーは街に乗り捨ててあったわ」
 カーチスとリッツはビデオの信憑性を確かめるために、街に出てジャック達の居場所やサイドカーを探していたのだ。
「そうか。やはりな……」
 二人の報告を聞いたダズは、思案顔で頷いた。
「警察に連絡した方がええんとちゃうか?」
 カーチスがそう言うが、ダズは首を横に振った。
「奴らは警察でどうこうできるレベルの相手じゃない。軍用機並の性能を持つPFを所持しているんだ。それに居場所を突き止めるまでは動くべきじゃない」
「それじゃいつになるか分からないじゃない!」
「大丈夫だ。情報部が動く。いや、すでに動いている」
「それじゃあ、今私達に出来ることはなにもないって言うの?」
「……」
「くそ、わいらじゃどうにもならへんのか! くやしいのう……」
 カーチスが拳を手のひらに打ち付け呻いた。
 リッツとカーチスがダズと話し込んでいる間、オルトは押し黙り何かを考えていた。
 そのオルトが、口を開いた。
「ダズ中尉、頼みがある。あなたの、いや、軍の力を貸して欲しい」
「なにか、考えがあるのかい」
「試合まであと三日しかない。ならばその三日の間に、チーム・メカニックとして出来ること全てをやっておく。そのためには協力がどうしても必要なんだ。頼む!」
 オルトは真っ直ぐにダズの目を見つめ、請願した。
 ダズは数秒の思案の後、力強く頷いた。


「わたし達、これからどうなるんでしょうね」
 夜になり、ユフィルとジャックは狭くて殺風景なな部屋へと監禁されていた。小さな椅子とテーブルの他には、二段ベッドがあるだけの簡素な部屋である。
 余分な宿泊施設がないのか、二人とも同じ部屋だ。あるいは、見張りの手間を減らすためかもしれない。
「あの子……アニスちゃんと戦うんですか……?」
 ユフィルは下のベッドに腰掛けて、独り言のようにそう言った。
 ジャックは上側のベッドに仰向けに寝転がり、ユフィルの声を聞いていた。
「あの子は本当に、ワイルド・ブラックの一部なんでしょうか? あんな小さな子が」
 シュヴァルツフルスの話が本当だとすれば、こんなむごい話はなかった。
 アニスには自由な意志などなにもなく、ただPFを動かすための部品としてしか、その存在を認められないのだ。こんなむごい話はないとユフィルは思う。
 沈黙が部屋の空気を満たす。
「そんなわけないさ」
 ジャックが呟いた。
「そんなわけ、あるはずないだろ」
 はっきりと、二度。ユフィルの不安を振り払うように、ジャックが呟いた。
「あいつはさ、見た目には無表情で感情なんてなさそうな、無愛想でかわいげのないガキだよ」
「……」
「でも本当は、ストロベリー・アイスクリームが好きな、ただの無愛想でかわいげのない普通のガキなんだよ」
 ジャックは、無言でこちらを物欲しそうに見てストロベリー・アイスクリームをねだるアニスの姿を思い出していた。
「俺はちゃんと知っているんだ」
 ジャックはそう断言した。
 ユフィルはベッドから立ち上がると、二段ベッドの梯子を登った。
 上半身だけをベッドの上に出し、ジャックの顔を覗き込むようにして言った。
「勝てますか?」
「……」
「あの子を救えますか?」
「……」
「あの子を救うことが出来なければ、私達の勝利にはなりません」
「……」
「勝てますか、ジャックさん」
 ユフィルはジャックの横顔を見つめた。
「ああ」
 ジャックは短く、だけれども強く、そう答えた。


 試合当日まではあっという間だった。
 オルトは睡眠不足の疲れた目で、荒野を眺めていた。
 ホヴァー・カーゴにはネームレス・ワイルドが載っている。整備は完璧だ。
 だが、ユフィルもジャックもいない。
 一人きりでこうしてフィールドに来るのは初めてだった。
 不安以上に、怒りがある。
 唯々諾々と、誘拐犯共の要求を飲むしかない自分が不甲斐なかった。
「くそ……!」
 悪態をつくが誰もそれを気遣いもたしなめもしない。おかげでますます自己嫌悪に陥ってしまう。
「くそ……!」
 もう一度、悪態をつく。
 日が高い。
 もうすぐ正午だった。
「む……来たか……」
 荒野の向こうから、砂塵を巻き上げて黒いワゴンが近付いてきた。
 ワゴンはホヴァー・カーゴの手前で停車して、中にいる人間を吐き出した。
「いてえ! ちくしょ、もうちょっと丁寧に扱えよな!」
 後ろ手に手錠をはめられたまま外に放り出された人物は、地面に倒れ込んで悪態をついた。
「ジャック!」
「よう、オルト。出迎えご苦労さん」
 ジャックは器用に起き上がると、地面に胡座をかいて不敵に笑う。
「お嬢様はどうした! 一緒ではないのか!」
「ユフィルは俺達がばっくれないための人質だとさ」
「人質だと! どこまでも卑怯な!」
 オルトはワゴンの中の人間を引きずり出そうと、黒塗りの車体に近付いていく。
 そのオルトに向かって、小さな銀色の光が放り投げられた。反射的にその光を手のひらでキャッチすると、それは小さな鍵だった。
「そいつの手錠を外してやりな」
 車中の人物はそう言うと、ドアを勢いよく閉めた。
 ワゴンは二人を置いて、再び走り出す。
 オルトはワゴンを追い掛けようとして、ジャックの声に引き留められた。
「おおい、俺の手錠、早く外してくれよ」
 振り返った時にはすでに遅く、ワゴンは遠くへと走り去ってしまっていた。


「はあ、やっぱ自由はいいねえ」
 ジャックは自由になった手首をぶらぶらと振りながらホヴァー・カーゴに歩み寄ると、ネームレス・ワイルドに話しかけた。
「よう、相棒。元気だったか」
「ジャック。貴様、お嬢様を見捨ててよくおめおめと逃げて来られたな」
 オルトは怒りの矛先をジャックへと向けると、襟首をつかんだ。
「なんだよ。誤解するなよ」
「誤解だと?」
「俺もユフィルも逃げちゃいない。これから戦うんだ。いや、ユフィルの奴はもう戦っている」
「お嬢様が戦っているだと?」
「ああ、そうさ。ユフィルは父親の夢のためにシュヴァルツフルスと戦ってるんだ。他人を道具としてしか見ない人間に、決して屈しないために」
 オルトは手をゆるめ、ジャックを解放して、たずねた。
「では、お前は何のために戦うのだ」
「俺はアニスを助けるために、アニスと戦う。アニスが戦うための道具じゃないことを、アニス自身に教えるために」
 ジャックの目はオルトを見ていない。荒野の向こう、アニスと、そして囚われているユフィルがいるであろう方角を見ていた。
「ユフィルが言ってた。『アニスを救うことが出来なければ、俺達の勝利にはならない』ってな」
「そうか……お嬢様が……」
 オルトもジャックの視線の先を追った。
「ネームレス・ワイルドの調子はどうだ?」
「うむ。完璧に仕上がっている。それから右肩に多目的ランチャーを追加で装備しておいた。煙幕弾と榴弾、照明弾も使える奴だ。奴との戦いで有効に使え」
「そうか。サンキュ。お前なら必ずネームレス・ワイルドを完璧に整備してくれてるって思ってたぜ」
「当たり前だ。自分を誰だと思っている。ユーリ・レナン先生の一番弟子オルト・リングだぞ」
「そうか、そうだったな」
 二人は少しだけ笑うと、それっきり無言で正午を待った。
 時計の針は無情に進む。
 やがて、太陽はもっとも高い場所へと到達する。
 遠くに陽炎のように砂塵が舞い上がり、巨大な車両の影が停車するのが見えた。
「行くぜ」
「ああ、勝てよ」
「勝つさ」
 ジャックはカーゴの荷台に登り、ネームレス・ワイルドに乗り込んだ。
 オルトは指揮室に入り、ネームレス・ワイルドの最終チェックを行う。
 決して負けられない戦いが始まるのだ。


 白いPFと黒いPFは、無言のまま互いに近付いていく。
 戦闘開始位置は、中距離から始まることになっている。
 どちらの機体も得意とする距離だ。
 定位置につき、対照的な、しかし似通った印象を持つ二つの機体が対峙する。
 よく見れば、ワイルド・ブラックの方がネームレス・ワイルドより一回り大きい。装甲もネームレス・ワイルドより厚そうだった。
 二つのPFは、互いに向かい合ったまま、試合の開始時刻を待つ。


《バトル・システム オール・グリーン
 フィールド・タイプ/ワイルダーネス》


 本物の試合の時と同じメッセージが両者の機体に流れる。
「こうゆうところだけは試合と同じだな」
 ジャックはネームレス・ワイルド内で苦笑する。
 最後にもう一度だけ、新装備の多目的ランチャーをチェックする。
「さて、こいつをどうやって使ったもんかな」
 命中率は低いものの、上手く使えば戦術の幅が広がる武器だ。
「全く、オルトの奴も渋い武器を装備してくれたたぜ」
 ジャックがにやりと笑う。
 ネームレス・ワイルドを整備してくれたオルトと、遠く離れた場所で戦っているユフィルに報いるためにも、今は全力で戦うだけだ。


《チーム・ブラック/ワイルド・ブラックvsチーム・レナン/ネームレス・ワイルド》


「……」
 ユフィルはモニターに映る二つの機体を祈るような目で見ていた。
 シュヴァルツフルスがチーム・ブラックの指揮室に連れてきたのだ。
 ネームレス・ワイルドの敗北を憎い男の娘に見せつけるためなのだろうが、ユフィルにとってもそれは望むところだった。
(勝って下さい。ジャックさん)
 ユフィルは心の中で、ジャックの勝利を祈った。


《ゲット・セット レディー・ゴー!》


 先に動いたのはネームレス・ワイルドだった。
 ワイルド・ブラックの黒い機体めがけてハンド・キャノを連射する。
 ワイルド・ブラックもまた、動き出す。巨体に見合わぬ速度で横へと飛び退き、射線を外す。
 だが、ジャックはその動きを読んでいた。
 ブラック・ワイルドの反応速度がいくら早くても、それを操っているのはまだ幼い少女なのだ。PFの戦闘経験という点では、ジャックの方が勝っている。
「見え見えなんだよ!」
 ネームレス・ワイルドの右肩から榴弾が発射された。新装備の多目的ランチャーだ。榴弾は狙い違わず、ワイルド・ブラックが移動した位置に向かって突き進む。
 回避運動が終わりきっていないワイルド・ブラックには、再び回避行動をとることが出来ない。榴弾が黒いPFに直撃し、爆発した。
 爆煙が広がり、ワイルド・ブラックの姿を覆い隠す。
「やったか!」
 ジャックがメイン・モニターを凝視する。
 徐々に黒い煙が薄れていき、その隙間から光が漏れだしていた。
「なんだと?」
 黒いPFは光り輝く両腕を胴体の前で交差して立っていた。その黒い装甲には傷一つついていない。
 ワイルド・ブラックは着弾の瞬間、ワイルド・アーム・システムを使って榴弾の爆発を相殺していたのだ。
「無傷……本当に、化け物かよ……」
 ジャックはこめかみに冷たい汗をかいて呻いた。
 それはジャックがPFに乗って初めて感じる感覚だった。
 ジャックは黒いPFに、そしてそれを操るアニス・ブラックに、経験と技量以上の得体のしれない何かを感じ、戦慄した。


 黒いPFの体内で、アニスはなんの感情も見せずに白いPFを見つめていた。
 戦闘はまだ始まったばかりであった。



第五章「ジャック・ウインド」

「よし、これより作戦を開始する。無線は傍受される恐れがあるため、管理室を占拠するまで一時使用を禁止する。全員配置につけ!」
 隊長の号令で、武装した兵士達が散開する。
 ダズ・ペンハーバーをその様子を黙って見ていた。情報部所属の彼はこの作戦においては参謀的立場にいる。彼の出番は作戦実行前の準備と、作戦成功後の事後処理になったときだ。今彼に出来ることは、作戦の成功を祈ることと、ジャックの勝利を祈ることしかない。
「勝てよ、ジャック……」
 ダズは今も戦っているであろう友の勝利を祈っていた。


「うおおおおおおっ!」
 ワイルド・ブラックの猛攻が始まった。
 ジャックはワイルドブラックの両肩から放たれるビーム・キャノンの照準を巧みに外しながら、ハンド・キャノンで反撃をし続ける。
 双方共に、未だ有効打はない。
 それがジャックを焦らす。
 焦れれば焦れるほどに、ネームレス・ワイルドの動きが甘くなる。ジャックはぎりぎりのところで集中力を保ちながら、なんとか攻撃をしのいでいた。
 それに対し、ワイルド・ブラックの動きは機械のように正確であった。しかし機械的であるがゆえに単調でもあり、それがジャックの読みを助けていた。
「どうする、相棒! このままじゃ埒があかないぜ! なんとか接近戦に持ち込んでみるか?」
 勿論、接近戦に持ち込んだからといって有利になるわけではない。むしろ両腕にワイルド・アーム・システムを装備している分、ワイルド・ブラックに分があるかもしれないのだ。
 だが――
『――』
 ネームレス・ワイルドがジャックの言葉に答えた。
「へへっ、そうかい、相棒! やっぱお前とは最高に気が合うぜ!」
 ジャックは笑った。
 笑いながら、トリガーを引いた。
 しゅぽん、と軽い音を立てて、多目的ランチャーが上空へと発射された。
 長い尾を引いて天へと登るそれは、空の一点に到達すると眩い閃光を放つ。
 一瞬、ワイルド・ブラックに隙ができた。
 ジャックはその隙を逃さずに、ネームレス・ワイルドを前へと走らせた。
 遅れてワイルド・ブラックの攻撃がくる。だがそれは当たらない。ワイルド・ブラックの攻撃よりも、ネームレス・ワイルドが前へ出ようとする意志が勝っているのだ。
 白いPFは光の矢をかいくぐり、接近戦の間合いへと詰め寄った。
「いくぜ! ワイルド・クラッシャアアアアアアッ!」
『ウオオオオオォォォォォッ!』
 ジャックとネームレス・ワイルドの咆吼が重なった。
 ネームレス・ワイルドの左腕が白く輝く。
 ワイルド・ブラックの両腕も輝きだし、それを迎え撃つ。


 オルトは指揮室で二機のPFの戦いを見守っていた。
 下手な指示は出せない。ジャックの気をそらせば、その一瞬の隙に致命的な一打を受けかねない。だから今は、黙ってジャックに全てを任せるしかなかった。
 オルトは大地が震える振動を感じ、扉を開けた。
「来たか!」
 ホヴァー・カーゴの後方から、作業用のPFを載せたトレーラーが走ってきた。
 トレーラーはホヴァー・カーゴのすぐ側で停車すると、中から乗員を吐き出した。
「待たせたの。注文の品を持ってきたぞ」
 シモンはオルトににやりと笑いかけた。
「あなた自ら来たのですか! “将軍”!」
「ふ、あの馬鹿者が戦っているというのに、病室で寝ておるわけにもいくまい。それで戦況はどうなっておる?」
「今は全くの五分です。実際ジャックの奴はよく戦っていますよ」
 指揮室のモニターには、拳を振るい、舞うように戦う二機の姿が映し出されていた。
「接近戦に持ち込んだか……間に合わなかったようじゃの……」
 シモンが口惜しそうに呟いた。
「いえ。まだです。まだチャンスはあります」
 オルトはきっぱりと断言した。
「ジャックは諦めていません。お嬢様も諦めてはいないはずです。だから自分も、決して諦めません」
 二人がそれぞれの戦いをしているように、オルト自身も自分の戦い方を貫こうとしているのだった。
 シモンは頼もしそうに、若者の顔を見た。


 左腕でフェイントのパンチを出し、体勢が崩れたところに右の拳を叩き込む。
 しかし当たらない。
 右。
 左。
 右。
 矢継ぎ早に拳の連打を叩き込む。
 しかし当たらない。
 反撃が来た。
 回避する。
 余裕を持って回避したつもりが、あと数センチの所を拳がかすめていく。
「……」
 アニスは困惑していた。
 白いPFの動きは、アニスの予測と反応を上回っている。
 それはありえないことだった。
 だが、現実にそれは目の前で起こっていることであり、だからこそアニスを混乱させている。
 右。
 ワイルド・ブラックの拳は空を切る。
 左。
 ワイルド・ブラックの拳は空を切る。
 それは、ありえないことのはずだった。


「ええい、なにをしておる!」
 チーム・ブラックの指揮室でシュヴァルツフルスがわめいていた。
 ネームレス・ワイルドの善戦は、シュヴァルツフルスも予想だにしていないことであった。
「……よもやα型にこれほど手こずるとは……あの小僧の潜在能力はロイド以上だとでも言うのか……」
 それは認めてはならないことだった。
 ロイドはAWXのパイロットとしては不完全であり、だからこそ、完璧なパイロットとしてアニスが存在するのだ。
 ロイド以上のパイロットの存在は、アニスの存在を根本から否定しかねない。いや、それは自分の正しさを否定することになる。
 だからこそ、シュヴァルツフルスはジャックの能力を認めるわけにはいかなかった。
「マッシュ! α型との通信回線を開け!」
「はい、ボス」
 シュヴァルツフルスの命令に、のっぽの男が従った。
 ネームレス・ワイルドとの通信回線が強引に開かれた。
《なんだよ! 今忙しいんだ! 邪魔するな、このマッド科学者!》
 ジャックは開口一番、シュヴァルツフルスを罵倒した。
「小僧、いい気になるなよ! 自分の立場を忘れるな。私はユフィル・レナンを人質にとっているのだぞ」
《てめえ、脅迫のつもりか! 汚えぞ、はなっからまともな勝負をする気なんてなかったんだな!》
 スクリーンの中では、ネームレス・ワイルドの動きが如実に鈍ったのが分かった。
 ユフィルの存在が気がかりになり、集中力が途切れかけているのだ。
 シュヴァルツフルスはその様子を見て満足そうに笑った。
「何とでも言うが良い。人質の存在が気になって全力を発揮することができなくなる。それが貴様らが不完全だという証なのだ」
《くっ……》
「ジャックさん!」
 突如、ユフィルが叫んだ。
「ジャックさん、聞こえますか!」
《ユフィルか! そこにいるのか? くそう、どうすりゃいいんだよ!》
「ジャックさん、私のことは気にしないで下さい。全力で戦って下さい!」
「なにを言う、この小娘め!」
 シュヴァルツフルスは息巻いて、ユフィルを黙らせようと口を押さえた。しかし――
「ぎゃっ!」
 ユフィルはその手を思い切り噛んだ。
 シュヴァルツフルスは手を押さえてうずくまる。
 その隙にユフィルは叫んだ。
「私も戦います! 私達が勝つために! こんな馬鹿げた戦いを二度と彼女にさせないために! だから、私のために負けるような真似はしないで下さい!」
「てめえ、女だからって優しくしてりゃつけあがりやがって!」
 寸づまりの男ボッシュが駆け寄ってきて、後ろからユフィルを押さえ込んだ。
「私は負けません! だから――!」
 マッシュが回線を遮断する。
 だが、ユフィルの声はジャックに届いていた。


 通信が途切れた。
「……」
 ジャックは無言でワイルド・ブラックと対峙する。
 機械のように正確なコンビネーションを、奇跡的な集中力でかわしていく。
 雑念は、すでにない。
 ユフィルのことも、アニスのことも忘れたわけではない。
 ジャックは機械ではないのだから。
 忘れずに、ネームレス・ワイルドと共に戦うのだ。
「行くぜ!」
 ネームレス・ワイルドがジャックの意志に応える。
 ジェネレーターがフル回転し、四肢に力をみなぎらせる。
 ワイルド・ブラックが右腕のワイルド・クラッシャーをカウンター気味に繰り出す。
 恐れない。
 さらに踏み込む。
 フット・ペダルで姿勢を制御、勢いをそのままに、背中からぶつかるように、腰を入れてワイルド・ブラックの下に潜り込む。
 ネームレス・ワイルドの顔面を黒い腕がかすめていく。
 その腕を、ネームレス・ワイルドはワイルド・アーム・システムを発動したまま掴む。二つのワイルド・アーム・システムは反発しあいながら、眩い火花を周囲に飛ばす。
「頑張ってくれ、相棒!」
 ジャックは左手にかかる負荷を無視、ワイルド・ブラックの上腕を右肩の上に担ぎ上げた。
「行けえええええええええええええっ!」
 ネームレス・ワイルドの白い機体が跳ね上がる。
 黒い機体が白い機体の上に担ぎ上げられ、宙に舞った。
 一本背負いだ。
 ワイルド・ブラックは虚空を一回転し、背中から地面に激突した。
 ネームレス・ワイルドの左腕と、ワイルド・ブラックの右腕が同時に火を噴いた。ワイルド・アーム・システムが負荷に耐えかねて爆発したのだ。
 白いPFが地に倒れた黒いPFを見おろしていた。


「なんと、ジャックの奴め、たった一度の手本を見せただけで投げ技を使ってみせるとは……」
 指揮室で戦いを見守っていたシモンも、さすがに驚きを隠せない。
 PF戦闘における投げ技は、シモンが長い戦争の中で身につけた技だ。それをただ一度受けただけで再現するとは、ジャック自身の才能か、あるいはこれが――
「これが、AWXの力なのか」
 オルトも同様の感想を持ったようだった。
「感心しとる暇はないぞ。まだワイルド・ブラックが機能停止したわけではない。準備を始めるぞ!」
「はい!」
 シモンが指揮室を飛び出す。
 オルトはジャックに指示を出すべく、通信機に手を伸ばした。 


「馬鹿な、こんな馬鹿な……」
 シュヴァルツフルスは茫然と、倒れたまま動かないワイルド・ブラックを見ていた。
 マッシュとボッシュも、予想外の事態にただ唖然としてモニターを見つめていた。
 レイスだけが、シュヴァルツフルスの様子を冷ややかな目で見ている。
「私達の勝ちです」
 ユフィルが抱きすくめられたまま宣言する。
「もう、これ以上無益な戦いを続けさせるのはやめて下さい」
「負け……? 私の負けだと? いいや、まだだ! まだ私のδ型には左腕のワイルド・アーム・システムが残っている!」
 シュヴァルツフルスがユフィルの言葉をはねのけ、絶叫する。
「レイス! アニスの状態はどうなっている!」
「生命に別状はありません。ただ思考波が乱れています」
「構わん! 最大レベルのショックで覚醒させろ!」
「あなたはまだあの子に戦わせる気ですか!」
「うるさい! あれはただの道具だ! 道具としての機能を全うさせてなにが悪い! 貴様も貴様の父親と同じなのだな! 私を、私の才能を否定する!」
 シュヴァルツフルスが激昂し、ユフィルの細い喉に手をかけた。
「ぼ、ボス!」
 ボッシュがうろたえ、ユフィルから手を離した。しかしシュヴァルツフルスはユフィルへの責めをやめない。
「私を認めない物はこの世から消えろ!」
「……ぐっぅ……!」
 首を締め上げられ、ユフィルが苦悶の表情を浮かべる。
「ははははははっ! 小娘が! 苦しめ、苦しめ!」
 シュヴァルツフルスがさらに力を込めようとしたときだった。
 扉が爆発するとともに、指揮室に武装した兵士がなだれ込んできた。
 兵士達は一斉に大口径の銃を発射する。
「ぐがっ!」
「があっ!」
 ゴム製の巨大な銃弾に襲いかかられ、指揮室内のスタッフ達が次々と床に倒れた。
「がはっ!」
 シュヴァルツフルスの横腹にもゴム弾が直撃し、吹き飛ばされた。
 解放されたユフィルは床にうずくまり咳き込んだ。
「怪我はないか?」
 兵士の一人がユフィルに駆け寄り、助け起こす。
「……あ、あなた方は……」
「大丈夫だ。自分達は味方だ」
「味方……? どうして、ここが?」
「先日“将軍”から何か受け取らなかったか?」
 ユフィルは言われて、ペンダントのある辺りを見おろした。
「あ……ペンダントを……」
「それが発信器になっていたんだ。もしもの時のためにそなえて、用意しておいた物が役に立った。微弱な電波のため場所を特定するのに時間がかかったが、もう大丈夫だ。この基地は軍が完全に占拠した」
「発信器……そうだったんですか……」
 シモンは万が一に備え、秘かにユフィルに発信器を渡していたのだ。
 ユフィルは素直に父の知人である老人の配慮に感謝した。
「班長! 人質を確保! 管制室の占拠成功!」
 兵士の報告を受けた突入班のリーダーは、無線で地上に連絡を入れた。


《ジャック! 聞こえるか、ジャック!》
 通信機からジャックに呼びかける声がする。
「……なんだ! オルト、どうした!」
《ネームレス・ワイルドをホヴァー・カーゴまで後退させろ! これから左腕の換装を行う!》
「左腕の換装? どういうことだ」
《お前が留守の間に色々と分かったことがあってな。今届いたばかりの新装備だ。ワイルド・ブラックが沈黙している今のうちに換装するぞ!》
「そんなに簡単に腕の換装なんて出来るのかよ」
《大丈夫だ。ネームレス・ワイルドはもともと左腕を換装して様々な状況に対応するようにできてるんだ。左腕だけは普通のPFよりも遙かに換装しやすくなっている》
《それにそのためにわしが来たんじゃからな》
「その声は、爺さん! なんで爺さんがここにいるんだよ! 病院で寝てるんじゃなかったのか?」
 突如割り込んできた声に、ジャックが驚きの声を上げる。
《若い者だけに戦わせてのうのうとしておるわけにはいくまい。後方支援くらいは任せてもらおうかのう》
 シモンが通信機の向こうでにやりと笑う。
「爺さん……ったく、しょうがねえなあ、このじじいは!」
《ジャック! 話し込んでる暇はないぞ! 早く戻ってこい!》
 オルトが再びジャックに向かって叫んだ。
「……オルト、悪いけど、どうやらそんな余裕はないみたいだぜ……」
 ジャックはメインモニターを見てうなった。
 黒いPFはゆっくりと立ち上がりはじめていた。


『邪魔クサイ……』
 それは、ゆっくりと身体を覆う鎧を引き剥がしにかかった。
 補助ジェネレーターと冷却装置を組み込んだ増加装甲が次々と剥がれ落ちていく。
 現れたのは真新しい漆黒の装甲だった。
 右腕が動かなかったが、左腕さえ残っていれば、どうでもよかった。
『オオオオオオオォォォォォォォォ……』
 それは、自らを束縛する物がなくなったことに、歓喜の声をあげた。


「あれは……いったい……」
 ユフィルはスクリーンを見上げ、茫然と呟いた。
 ワイルド・ブラックが次々と装甲を排除していく。
 サナギから羽化するように現れたのは、ネームレス・ワイルドと瓜二つの、漆黒の機体だった。
 その姿には、底知れぬ凶悪さが秘められていた。
「おい、戦いをやめさせるんだ!」
 異変を察知した兵士の一人がシュヴァルツフルスに銃を突きつけ、戦闘を中止するように命令する。
「ふはは……無駄だ、もう止まらんよ」
「なに?」
「δ型は暴走をはじめてしまった! もうあれは止まらん! アニスの自我はδ型に食われ、もはやない! もはやあれはPFの戦闘本能のままに戦い続ける化け物だ!」
 シュヴァルツフルスは涙を流しながら、狂ったように哄笑した。
「もうお終いだ! もう私のδ型は失われてしまった! アニスも! δ型も! 二度ともとには戻らん!」
「そんな! なんとかならないんですか! あれに乗っているのは、まだ小さい女の子なんですよ!」
 ユフィルがシュヴァルツフルスに詰め寄るが、彼は口から泡を吹きながら、笑い続けるだけだった。
「δ型を強制停止させられるか?」
「駄目です! システムが完全に破壊されてます! 復旧できません!」
「なんだと!」
「内部の者の仕業のようです!」
「くそ! なんてこった!」
 兵士達の会話は、絶望的な状況を物語っていた。
「そんな……」
 ユフィルは青ざめた顔で、スクリーンを見上げた。


 ワイルド・ブラックがネームレス・ワイルドに襲いかかる。
 その動きはまるで黒い疾風のようだ。
「うおおっ!」
 ジャックはすんでのところで、ワイルド・ブラックの左腕を避けた。
《ジャック! 早く後退しろ! 右腕一本のネームレス・ワイルドでは不利だ!》
「分かっているけど無理だ! 後ろを見せたとたんにこっちがやられる!」
 ワイルド・ブラックの動きは先ほどまでとは比べ物にならない。それは生物特有の敏捷性であった。
「くそ、いったいなにがどうしたってんだ……」
 冷たい汗を流しながら、ジャックは回避に専念する。すでに攻撃を避けるだけで精一杯である。
《ジャックさん! ジャックさん! 聞こえますか!》
 回線に誰かが割り込んできた。
 すぐにそれが誰だか分かる。
「ユフィルか! 無事なのか!」
《お嬢様! ご無事でしたか!》
 声の主はユフィルだった。ジャックとオルトが同時に叫ぶ。
《はい、私は大丈夫です! オルトさんにもご心配をかけました! それよりも聞いて下さい! ワイルド・ブラックは暴走しています!》
「なんだと!」
 ジャックはシモンの言葉を思い出し、驚愕する。  
『AWXはパイロットと同調することによってその能力を最大限に発揮する。しかしひとたびそのバランスが崩れれば、PFに芽生えた自我がパイロットの精神を飲み込み暴走をはじめてしまうのじゃ』
 それが、父ロイドの直接の死因だった。
 それが今、目の前で再び起こっているというのだ。
「……なにか、なにか暴走を止める手だてはないのか!」
《……》
 ユフィルからの返事はない。
 それが、答えだった。
「くそっ!」
 暴走を止める手だてどころか、まともに戦うこともできない。
 ジャックの苛立ちが最高潮に達しようとしたその時だった。
《オラオラオラオラオラオラァッ!》
 怒声と共に、ワイルド・ブラックの周囲に無数の弾丸が土煙を上げて突き刺さる。
 銃弾が飛んできた先には、突進しながらマシン・キャノンを乱射する、黄色と黒のストライプのPFがいた。


「カーチス!」
《おう! ジャック、助太刀に来たでえ!》
 バーニング・タイガーは走りながら、さらにマシン・キャノンを撃ちまくる。
 ワイルド・ブラックがたまらずにネームレス・ワイルドから離れた。
「お前がなんでここにいるんだ!」
 ジャックが聞き返す。
《阿呆! ピンチの時に駆けつけんでなにが“友達”や! それに、来たんはわいだけやないで!》
 カーチスが叫ぶと同時に、荒野に巨鳥の影が落ちた。
 巨鳥は高速で飛行しながら、マシンガンを撃つ。
 マシンガンの着弾点が二条の線となり、ワイルド・ブラックへと伸びていく。
「リトル・バード! リッツまで来たのか!」
《ハーイ、ジャック。助けに来てあげたわよ。一応、貸しにしといてあげる》
 ワイルド・ブラックは身をひねって、マシンガンの火線をかわした。
《あ、くそ! 避けるな、この馬鹿!》
 リッツが無茶なことを言う。
 ネームレス・ワイルドの援護に駆けつけた二機のPFの姿に、ジャックの涙腺が緩みそうになった。
「お前ら、なんで……」
《おう! 感動すんのは後にせいや!》
《そうよ。今はするべきことがあるでしょう!》
 バーニング・タイガーとリトル・バードは黒いPFに容赦なく集中砲火を浴びせ続ける。増加装甲と共にビーム・キャノンをも投棄してしまったワイルド・ブラックには遠距離用の武器が残っていなかった。未だ有効打こそ受けていないものの、二機の攻撃を受けて翻弄されている。
《ジャック! カーチスとリッツが奴を押さえてくれているうちに、早く来い!》
 オルトがこの好機を逃さず、ジャックに後退を求めた。
「分かった! カーチス、リッツ、すまないが俺が戻るまで、なんとかアニスを押さえててくれ!」
《まかせい!》
《OK!》


 ネームレス・ワイルドがホヴァー・カーゴに近付くと、そこには作業用のPFが待機していた。その手にはネームレス・ワイルドの新しい左腕を持っている。
 オルトがダズを通して、軍に協力を求めたのはこのためだった。
 この腕を作るのに、軍の設備と人員を借りたのだ。オルト一人では、とてもこの短期間で完成させることはできなかっただろう。
《来たか、ジャック! システムを転送する。作業しながらインストールしろ!》
「了解!」
《まず左脇にある赤いパネルを開け!》
「赤いパネル? これか!」
 ジャックがコックピットを探すと、5センチメートル四方ほどの小さなパネルが見つかった。パネルを開くと、中にはスイッチが四つ収まっていた。
「スイッチが四つあるぞ! どうするんだ!」
《全部押せ! それがワイルド・アーム・システムの緊急用排除スイッチだ!》
「分かった!」
 ジャックが次々とスイッチを入れていくと同時に、ネームレス・ワイルドの左腕で小さな爆発が起こり、ブロック構造の二の腕が地面に落ちて突き刺さった。
《よし! 左腕を“将軍”の方へ出せ!》
「頼むぜ、爺さん!」
《分かっとるわい!》
 ネームレス・ワイルドが失った左腕を作業用PFに近づけると、そのPFは滑らかな動きで新しい左腕を押し込んだ。すかさずボルトで腕を固定する。
「おいおい、こんなんでもう腕の換装は終わりか?」
 いささか拍子抜けしたような口調でジャックが呟いた。
《もともとその左腕は換装が容易に行えるように出来ている。もっとも“将軍”の操縦技術が卓越しているからこそ簡単に換装できたように見えるのだがな》
 オルトの言うとおり、並の操縦者が同じ作業をすれば、下手をすれば十倍以上の時間がかっているかもしれない。
《今のうちに説明をはじめるぞ! その腕には可動式ブレードが一本装備されている》
 新しい左腕には、手首から上腕にかけて一本の刃が伸びていた。腕とブレードの連結部分は自由に可動するようになっている。
「ブレード一本で戦えってのか?」
《話は最後まで聞け! その腕にはブレード・アーム・システムが内蔵されている》
「ワイルド・アーム・システムみたいなもんか?」
《そうだ。ワイルド・アーム・システムの発展型の一つだ。ワイルド・アーム・システムでは肘から先全体にエネルギーを励起させていたが、ブレード・アーム・システムはそのブレード一本にエネルギーを励起させる。攻撃力だけならワイルド・アーム・システムよりも上だ》
「攻撃力がワイルド・アーム・システムよりも上? そりゃ凄いな!」
 ジャックが心から感心したような声を出す。
《ああ、だが反面、防御力は犠牲にしている。腕と刃、面と線の差だ》
「分かった。十分気を付ける」
 ジャックは戦い方を頭の中でシミュレーションする。ワイルド・ブラックの左腕を下手に受けようとしたら、逆にブレードを叩き折られる可能性がある。
《インストール状況はどうだ》
「まだだ……畜生! 早くしないと、カーチスとリッツが危ない! あれは、どう見たって普通じゃないってのに……!」
 ジャックはインストール状況を知らせるバーを見ながら、焦る。
 それほどまでに危険な匂いを、あの黒いPFからは感じていたのだ。


 バーニング・タイガーがビーム・ソードで斬りかかる。
 ワイルド・ブラックは左腕一本で、襲いかかってくる二本のビーム・ソードを弾く。そのまま踏み込み、バーニング・タイガーにワイルド・クラッシャーを叩き込もうとする。
 リトル・バードがマシンガンを掃射し、その動きを制止する。
《なにやってんのよ、カーチス!》
「おう、助かったで、リッツ!」
《援護は私に任せて、あんたはあの黒いのの足を止めてちょうだい!》
「わーっとるわい! えい、くそう! なんやあのデタラメなスピードは!」
 体勢を立て直したワイルド・ブラックが獣の速さで突っ込んでくる。
「うおおおおおっ!」
 カーチスはタイミングを合わせ、カウンターでビーム・ソードを振るった。
 しかし、黒い機体は咄嗟に横に飛び退いた。
「くそ、またか!」
 常識なぞくそくらえな二人であったが、ワイルド・ブラックの動きはその想像の上を行っていた。
《これがAWXの力ってやつなのかもしれないわね……》
 AWXはパイロットと同調することにより、限界を超えた能力を発揮する。ましてや暴走したワイルド・ブラックは操縦者を取り込み、事実上完全に同調しているのだ。
「AWXがなんぼのもんや! わいと虎吉かて一心同体やで!」
 カーチスが吼えた。同時にバーニング・タイガーがワイルド・ブラックへと突進する。
 だがワイルド・ブラックは四つん這いになって飛び退いた。
『ウオオオオオオオオオオオッッッッッッッ!』
 バーニング・タイガーは咆吼、更に加速。
 ビーム・ソードが右の肩口を浅く切り裂く。
 カーチスの攻撃が、ワイルド・ブラックに初めて通じた。
 ここに来て、強敵を前にバーニング・タイガーの速度が上がってきているのだ。
 それがリッツのプライドに火を付けた。
《私だって、伊達に“超高速の魔女”なんて呼ばれてないわよ!》
 上空からワイルド・ブラックへと急降下しながらマシンガンを撃つ。
 何発かが黒い装甲に火花を散らしたのが見えた。
 リトル・バードは地面激突寸前で機体を持ち上げ、上空へと掛け登っていく。機体の限界ぎりぎりのアクロバットを見せる。
「行けるで!」
 自分達の攻撃が通用することを確信したカーチスが、バーニング・タイガーをワイルド・ブラックへと突進させた。


 ワイルド・ブラックは学習する。
 二機のPFは、明らかに自分と同じ場所へと近付いている。
 だが、まだ自分には及ばない。
 二機のうち、片方を行動不能にすれば、簡単に戦況は崩せる。
 ワイルド・ブラックは二機を冷静に分析する。
 黄色い機体は自分の攻撃をきわどいところでかわし続け、なおかつ攻撃の手をゆるめない。
 赤い機体は自分の手の届かない上空から攻撃を続けている。
 目標は決まった。
 ワイルド・ブラックは咆吼し、バーニング・タイガーへと這うように突進した。


「おう! 来いやあっ!」
 バーニング・タイガーが、身を低くして突っ込んでくるワイルド・ブラックを迎え撃つために、膝をついて光の刃を振りかざした。
 敵のスピードにもだんだんと慣れてきた。今度こそ、外さない自信があった。
「タイミングどんぴしゃあっ! 食らえ! バーニング・タイフゥゥゥゥゥン!」
 カーチスが必殺の確信を持って、高速の斬撃をくりだした。
 しかし、必殺のはずのその一撃は空を切る。
「なにぃっ!」
 PFが宙を舞っていた。ビーム・ソードの刃はその下を通り過ぎただけだった。。
 ワイルド・ブラックの視線は、最初からバーニング・タイガーを見ていない。
 上へ。
 赤いPFが舞う空へと登ろうとしていた。


「標的は私? でもここまで跳べるわけがないでしょう!」
 遠距離用の武器を持っていないワイルド・ブラックには、上空を飛ぶリトル・バードに攻撃する術はない。
 リトル・バードは空中のワイルド・ブラックに照準を合わせた。どんなにスピードが速かろうが、飛行能力を持たない機体は空中では的にしか過ぎない。
「叩き落としてやる!」
 リッツはトリガーを引いた。


 ワイルド・ブラックは力一杯右足を蹴り降ろす。
 その下には、膝をついたバーニング・タイガーの肩があった。
 ワイルド・ブラックはバーニング・タイガーを踏み台にして、更に高みへと跳躍する。
 マシンガンの火線が、ワイルド・ブラックの真下を通り過ぎた。
『ウォォォォォォッッッッッッッ!』
 ワイルド・ブラックの左腕が輝き、リトル・バードへと伸びた。
 通常では届かないはずのその攻撃は、しかしバーニング・タイガーの高さ分だけ攻撃範囲が伸びていた。
 リトル・バードの翼が砕かれる。
 真紅の機体は破片をまき散らしながら滑空、地面に胴体を激しくこすりつけながら不時着した。
 土煙を背に、ワイルド・ブラックが着地する。
 バーニング・タイガーはリトル・バードが墜落した方向を、茫然と眺めていた。


「わいを踏み台に、リトル・バードを叩き落としたんか……」
 カーチスは茫然と呟いてモニターを凝視したが、すぐにはっとなってリッツと連絡を取ろうとする。
「おい、リッツ! 生きとるか!」
《……くっ……そんなに怒鳴らなくたって聞こえるわよ……》
 すぐに苦しそうな返事が返ってきた。
「おう、無事か!」
《生憎と、無事とは言い難いわね……リトル・バードは……ダメ、変形機構が壊れてる……》
 リトル・バードは翼を失ったために飛ぶこともできない。地上戦をしようにも、変形機構が壊れたままでは足を引き出すこともできなかった。
「くそ、わい一人であの化け物を相手にせなならんのかいな」
 バーニング・タイガーが立ち上がり、ブラック・ワイルドの着地した方を振り返る。
 だが、カーチスがリトル・バードに気を取られているうちに、ワイルド・ブラックはその場から移動していた。
「おらへん! どこに行った!」
 レーダーで位置を確認する。ワイルド・ブラックは高速でバーニング・タイガーの左側面に回り込んでいた。速度を変えずに、こちらへと突っ込んでくる。
「ちぃっ!」
 バーニング・タイガーは振り向くよりも先に、左腕のビーム・ソードを振るった。
 手応えはない。
 ビーム・ソードが空を斬ったとき、カーチスは先ほどのワイルド・ブラックの動きを思い出していた。
 ワイルド・ブラックは限界まで上体をかがめ、まるで獣のような姿勢で走っていた。そのままの姿勢で左腕を振りかざす。
 カーチスは反射的に操縦桿を倒し、横っ飛びに逃れようとした。
 しかしその瞬間、激しい衝撃が機体を襲った。
「どわああっ!」
 カーチスは激しく揺さぶられ絶叫する。衝撃に機体が横転したのだ。
 バーニング・タイガーは脇腹から装甲の破片をまき散らしながら地面に倒れ込んだ。
『オオオオオオオオオオオオッッッッ!』
 倒れた二機を前に、黒い獣が雄叫びを上げた。


 ワイルド・ブラックはネームレス・ワイルドを探していた。
 自分と同じ能力を持った機体を探していた。
 中にいるパイロットを求めていた。
 それは、敵だからだと、ワイルド・ブラックはそう決めた。
 自らが、その人間に会いたがっている理由をそう決めた。


 一陣の風が吹いた。
 風が砂塵を舞い上げる。
 黒いPFに会うために、そのPFは疾走った。
 白いPFの走った後に風が吹き、砂塵を高く舞い上がらせる。
「アニス!」
 ネームレス・ワイルドが――ジャックがワイルド・ブラックの姿を見つけ、叫んだ。
 黒いPFの足下にはバーニング・タイガーが倒れ、遠くの方には黒い煙を上げている赤いPFの影があった。
「カーチス! リッツ!」
 ジャックは通信回線を開いて、二人に呼びかけた。
《おう、遅かったやんけ、自分》
《おかげでこっちはぼろぼろよ》
 予想外に明るい二人の声に、ジャックはほっとした。
「悪いな。二人とも後はゆっくり休んでてくれ!」
《おう、気張りい!》
《負けたら承知しないわよ!》
 ジャックに短い檄を飛ばすと、二人は回線を切った。
 ネームレス・ワイルドの足を止め、ジャックはワイルド・ブラックと相対する。
 ワイルド・ブラックが振り向いた。
『待ッテイタ』
 そんな声が聞こえたような気がした。
『会イタカッタ』
 ジャックには、確かにそう聞こえていた。
 へへっ、と親指で鼻をこすりながらジャックが笑う。
「俺もだぜ、アニス! 今助けてやるからな!」
 ネームレス・ワイルドが動いた。
 それに呼応するように、ワイルド・ブラックもまた、動いた。


 指揮室にユフィルが飛び込んできた。
 オルトは驚いた顔をそちらに向ける。
 ユフィルの後ろには、ダズがいた。彼がユフィルを送り届けたのだろう。
「オルトさん、ジャックさんの様子は!」
「はい、今ワイルド・ブラックと対峙したところです」
 オルトがスクリーンを見せ、状況を説明する。
 スクリーンの映像は、ちょうど二機が動き出したところだった。
 二機のPFは、まるで風のように舞いながら激突する。そのたびに閃光と火花が飛ぶ。その様は、まるで二機の魂がぶつかり合うような光景だった。
「なんという動きだ」
 オルトが呟く。
「あれが……父の言っていた『人とPFの新しい可能性』……」
 ユフィルも、魅入られたようにスクリーンを見ている。
 それほどまでに二機のPFの動きは凄まじかった。
 ユフィルは胸の前で手を組んで、祈る。
 オルトとダズもまた、拳を握りしめて、ジャックの勝利を祈っていた。


『ウオオオオオオッッ!』
 ネームレス・ワイルドが吼え、ブレードを振るった。
 ワイルド・ブラックは身をひねり、そのブレードをかわす。
 反撃。
 黒く輝く拳がネームレス・ワイルドを襲う。
 ネームレス・ワイルドは無理に受けることはせずに、一瞬だけ後に跳び、黒い突風をやりすごす。そしてすぐに前へと踏み出し、ブレードを振るう。
 両者共に一歩も退かぬ攻防を、カーチスはリッツに肩を貸しながら見ていた。
「なんちゅう奴らや、ほんま」
「とんでもない戦いね……」
 二人とも同じ様な感想を持ったようだった。
 二人は視線に祈りを込めて、激突する二つの風を見ていた。


 荒野に白い疾風と黒い暴風が激突する。
 いつ果てるともない二つの風の戦いは、まるで嵐のようだった。
 ネームレス・ワイルドがブレードを振るった。
 ワイルド・ブラックが右に回り込んで切っ先をかわしながら、左腕を横殴りに振るう。
 ネームレス・ワイルドは素早く前へと踏み出した。
 黒い拳が空を薙ぐ。
 一撃をくりだし、一撃をかわす。そのたびに二機の速度は上がっていく。
 自らの限界を確かめるように、貪欲に速さを求める。
 二機は再び正面から向き合うと、互いを求めて吼え、突進する。
『ウオオオオオオオオッッッッッ!』
『オオオオオオオオオッッッッッ!』
 白く輝くブレードが、黒い腕を断ち切った。
 だが、宙を舞い、地に突き刺さったのは、ワイルド・ブラックの壊れた右腕だった。
「なにっ!」
 ジャックが驚愕の声をあげる。
 黒いPFは役に立たない右腕を盾にしたのだ。そしてそのまま、ネームレス・ワイルドの胴体にワイルド・クラッシャーを炸裂させた。
「くそっ!」
 瞬時にジャックは反応し、機体を後ろへと跳躍させる。ワイルド・クラッシャーの威力を相殺させようとしているのだ。しかし、凄まじい衝撃をジャックは感じた。
 ネームレス・ワイルドの白い巨体が宙に舞う。そして重力に引かれ、土煙を舞い上げて大地に叩き付けられた。


「くそ……」
 ジャックは悪態をつきながら、なにも映さなくなったメイン・モニターを叩いた。ワイルド・クラッシャーの衝撃で機能停止したらしい。
「相棒、動けるか?」
 ジャックはネームレス・ワイルドに呼びかけると、まだ生きているサブ・モニターをチェックした。
 幸い、操縦系、駆動系には大きな支障はないようだった。
《ジャックさん! ジャックさん!》
 ユフィルが泣き出しそうな声で通信を求めてきた。しかしメイン・モニターが死んでいるため、その顔を見ることはできない。
「ああ、大丈夫だ。俺もネームレス・ワイルドもまだ行ける!」
 ジャックは返事をしながら、ネームレス・ワイルドを立ち上がらせた。
《なにを言っている! メイン・モニターが壊れていて、戦えるわけがないだろう! 今は目が見えていないのと同じなんだぞ!》
 オルトが叫ぶ。彼の言うとおり、メイン・モニターは灰色のままだった。これではワイルド・ブラックの姿を見ることもできない。
「大丈夫だって言ったろ? こうすれば!」
 ジャックが緊急脱出用の装甲排除スイッチを押した。
 軽い振動と共にロックが外れ、コックピット周りの胸部装甲が剥落した。
 剥き出しになったジャックの頬を風が撫でていく。
 ワイルド・ブラックの姿は肉眼ではっきりと見ることができた。
「こうすれば、ちゃんと見える」
《な、なにをしてるんですか! ジャックさん! まさかそんな状態で戦おうっていうんですか!》
 ユフィルの悲鳴が聞こえる。
「ああ、そのまさかさ」
《ジャック、冷静になれ! 今の状態じゃ無理だ! 駐屯軍に出動を要請する! 早くそこから待避しろ! 命を捨てるつもりか!》
 ダズが割り込んできて、そう言った。
 ダズの言うことは正論だった。パイロットが剥き出しになった状態で、もし破片が直撃しようものなら命はない。
「無茶は承知さ。だけど、無理なんかじゃない。それに軍なんかに任せたら、それこそアニスを助けてやることなんて無理になる」
 それは、ジャックの言うとおりだった。
 軍が動けば、どのような犠牲を出しても、ワイルド・ブラックが完全に無力化されるまで攻撃が続くだろう。
 その方法ではアニスは助けられない。
《しかし……》
「議論は後、後。向こうもまだまだやる気みたいだぜ」
 立ち上がったネームレス・ワイルドに気がついたワイルド・ブラックが、警戒をしながら、ゆっくりと近付いてくる。
「大丈夫。さっきから、アニスが呼んでるのが分かるんだ。きっと大丈夫さ」
 ジャックは視線を黒いPFに向けた。
「ユフィル」
《は、はい?》
 名前を呼ばれ、ユフィルが何事かと返事をする。
「メシはいつもより多めに作ってくれ。アニスの分な。きっと腹すかしてるだろうから。それと、デザートにストロベリー・アイスクリームも忘れないでやってくれ」
 ジャックは気楽そうに言うと、ネームレス・ワイルドを走らせた。
 ワイルド・ブラックの――いや、アニスのいる場所へと。


 あれは、まだ動いている。
 自分と似ていて、ひどく違うもの。
 違いはなんだろう。
 分からない。
 中にある、部品の性能だろうか。
 自分の中にあるのは、アニスという人間だ。
 あれの中のものは、アニスではない。
 ――ジャック――
 不意に、あれの中にあるものが“ジャック”というものだと分かった。
 アニスとジャック。
 それが、自分とあれの違いなのだろうか。
 あれは、風のように、ひどく静かに、ひどく激しく、自分へと向かってくる。
 自分はそれが来ることを望んでいた。
 いや、自分の中のなにかが、それが来ることを望んでいた。


 ジャックは風と一つになる。
 ネームレス・ワイルドが感じる風を、今、実際に肌で感じ、疾走っている。
 普通にPFに乗っている時には感じる事のできない風が、ジャックの心を高揚させた。
 ネームレス・ワイルドの鼓動が聞こえている。
 さらに、ワイルド・ブラックの一挙手一投足すらも感じられる。
 ワイルド・ブラックもまた、黒い風となって疾走った。
 ジャックがそれに応える。
 激突し、離れる。
 離れては、激突する。
 何度もそれを繰り返す。
 まるでダンスのステップを踏むかのように、押しては引き、引いては押すを繰り返す。
「楽しいか?」
 ジャックがアニスに呼びかける。
「楽しいか、アニス?」
 ワイルド・ブラックの拳をかわしながら、
「そうだよな。今まで誰も、お前のことを構ってやらなかったんだろ」
 左腕のブレードを振るいながら、
「試合をしたって、誰もお前のことを見てくれなかったんだろ」
 前蹴りを跳躍してかわし、
「大丈夫。遊び疲れるまで、相手してやるよ」
 すさかず右の拳を胴体へ叩き込む。
 二機の動きはまるで踊りを踊るかのように優雅だった。
 そして、その動きは風のように速い。
 相手の動きに合わせ、次の動きを、そのまた次の動きをと、どんどん動きを激しく、速くしていった。
「アニス! 楽しいか、アニス!」


 楽しい、と、思った。
 その感情は、それにとって初めてのものだったので戸惑った。
 そしてその感情が、自分――ワイルド・ブラックのものではないことに、気がついた。
 楽しいと思う、その心はワイルド・ブラックの体内にあった。
 彼女は自分の名を思い出す。
 そして、彼女の求める者の名を思い出す。
「……ジャ……ク……」
 ワイルド・ブラックの体内で、それはそう呟いた。
 そしてワイルド・ブラックは、その言葉をそのまま口に出した。


『……ジャ……ク……』
 風の悲鳴に紛れて、声が聞こえた。
 確かにそれは、声だった。
 そして、確かに、ジャックの名を呼んだ。
 ジャックの腕に、力が込められる。
「お……っしゃあああっ!」
 ジャックの気合いに火がついた。
 ネームレス・ワイルドがその気迫に応え、さらに加速する。
 一撃。
 二撃。
 三撃。
 四撃。
 ネームレス・ワイルドの手数が増えていった。
 ブレードと拳が、少しずつ、黒い装甲を削っていく。
 五撃!
 ネームレス・ワイルドの右拳が、ワイルド・ブラックの胸部を打ち据える。
 ワイルド・ブラックの脚が一瞬浮いた。
 だが、まだ機能停止には致らない。
 ワイルド・ブラックはたまらず後退し、ネームレス・ワイルドとの距離をとった。
『ウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……』
 ワイルド・ブラックが威嚇をする獣のように、うなり声をあげた。
「そろそろ、遊び疲れただろ。次で最後だ」
 ネームレス・ワイルドが左腕を上げて構えた。
「ブレード・アーム・システム起動!」
 手首にあったブレードの連結部分が、肘の辺りまでスライドした。
 白い刃にエネルギーが集まり、眩く輝く。
 左手首を右手で掴み、腰をひねるようにして力を溜める。
「いくぜえええええええっ! ブレード・スラッシャアアアアアアッ!」
『ウオオオオオォォォォォッ!』
 ネームレス・ワイルドは風となって疾走った。
 ワイルド・ブラックもまた、全てのエネルギーを左腕に集め、迎え撃つ。
 白と黒、二つの風が交差する。
 両者はそのまま駆け抜け、二十メートルも離れた場所で停止した。


 ユフィルが祈るような目で、ネームレス・ワイルドを見た。
 オルトも、ダズも、同じようにスクリーンを凝視する。


 カーチスとリッツが、戦いの結末を見逃すまいと、息を殺して見守っていた。


 シュヴァルツフルスとその部下は、拘束されていることも忘れたかのように、茫然とスクリーンを見ていた。
 兵士達もまた、固唾を飲んで結果を待っていた。


 風が吹いた。
 ワイルド・ブラックの左腕が縦半分に断ち割られ、肩口から火を噴いた。
 黒い巨体が横倒しに堅い地面に倒れ込む。
『ウオオオオオオォォォォォッ!』
 ネームレス・ワイルドが勝利の雄叫びを上げ、左腕を天へと突き上げた。


《ワイルド・ブラック バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー チーム・レナン/ネームレス・ワイルド!》


 ホヴァー・カーゴの指揮室で、荒野のど真ん中で、地下基地の管制室で、その光景を見ていた者達は歓喜の声をあげた。
 手近な者に抱きついたり、ヘルメットを放り投げたりして、白いPFの勝利を喜んだ。


 ジャックは倒れたワイルド・ブラックに近付くと、コックピットを強制的に開放し、中にいるアニスを引っぱり出した。
「よいしょ……と……」
 アニスは目を閉じて眠っていた。
 その顔には微笑が浮かんでいた。
 実に安らかな、年相応の少女の寝顔だった。
「ったく、人の苦労も知らねーで、幸せそうに眠りやがって……」
 そう言ってぼやくジャックの顔も、笑っていた。
 とりあえず、背中に背負って日陰にでも運んでやろうとする。
 と、地平線の向こうから、ホヴァー・カーゴが走ってくるのが見えた。
「お、グッド・タイミング!」
 ジャックはアニスを背負いながら、ホヴァー・カーゴへと歩き出した。


 五分と経たず、ホヴァー・カーゴが目の前に来る。
 停車したホヴァー・カーゴから、小柄な人影が転がるようにして飛び出してきた。
「ジャックさん!」
 ユフィルだ。
 ユフィルはジャックの名を呼ぶと、一目散に駆け寄ってきた。
 目には涙がにじんでいる。
 よほどジャックとアニスのことが心配だったのだろう。
 ジャックはそんなユフィルに笑顔を返してやった。
「よ、約束通り、悪い魔王からお姫様は奪還したぜ」
 と、背中のアニスを見せてやる。
「ああ、ジャックさ……」
「ジャックゥッ!」
 ユフィルの言葉を遮って、リッツがジャックの首根っこにかじりついた。
「おわっ! リッツ! どっから現れたんだよ! っていうか、離れろよ! アニスが落ちる!」
「もお! ほんっとうにあんたってば大馬鹿なんだから!」
 リッツはジャックの抗議も無視して、彼の無事を喜んだ。
 ユフィルはしばらく唖然としてその様子を見ていたが、
「……! リッツさん! ジャックさんから離れて下さい! 暴れないで! アニスちゃんが落ちちゃうでしょう!」
 と、リッツを引き剥がしにかかった。
「おう! もてもてやのう! こおの色男!」
 そこへ遅れてカーチスも駆けつけ、ジャックの頭をこづきはじめる。
「いて! こら、やめろって、おい!」
「こらあ! 貴様らなにをやっておるか! ジャック! お嬢様から離れろ!」
 オルトまで騒ぎに加わって、ジャックの周りは収拾がつかなくなってしまった。
「なによお、いいじゃない、抱きつくくらい。ヒーローには美女からの祝福があって然るべきじゃない?」
「そういう問題を言ってるんじゃありません!」
「お、お嬢様……! どうか、落ち着いて!」
「この、この、オイシイとこ独り占めにしおってからに!」
「いて、馬鹿、やめろ! みんな!」
 ダズとシモンはその馬鹿騒ぎを遠巻きに眺めていた。
「お主は行かんで良いのか?」
「いえ、自分はもう、あそこに入るべき人間ではありません」
「そうかの? まあ、そう思うのなら、仕方がないがのう……しかし、あ奴の周りはいつも賑やかなもんじゃて」
「そうですね。自分は風みたいに飄々としているくせして、いつの間にかみんなを巻き込んでしまう、台風みたいな奴ですよ。あいつは」
 ダズがさわやかな笑顔を浮かべながらそう言った。
「台風か……確かに、迷惑なところなんぞ、そっくりじゃ」
 シモンも笑い、
(じゃが、台風というのは、来たら来たで、何故かわくわくするものじゃがの)
 心の中だけでそう呟いた。
 陽光が、若者達を明るく照らしだしていた。



終章「バトル・オブ・パワード・フォーマーズ」

 ネームレス・ワイルドとバーニング・タイガーが正面から激突する。
 白とストライプの装甲が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
《おう! 今日のわいは一味違うで!》
 モニターのサブ・ウインドウで、カーチス・ライトはが犬歯をむき出しにしてにやりと笑う。
「なに言ってやがんだよ。いつも通りの突撃馬鹿じゃんか」
 ジャック・ウインドは自信満々のカーチスの言葉を軽く受け流した。
 ネームレス・ワイルドが蹴りを放ってバーニング・タイガーを引き剥がした。
《ぬかせ! 大口を叩くんは、虎吉の秘密兵器、この左腕のバーニング・クローをくらってからにしてもらおうかい!》
 バーニング・タイガーが左腕を天にかかげる。
 腕の先には大型の格闘用クローが装備されていた。
「馬鹿か、お前……」
《なんやとう!》
「使う前に宣言したら“秘密”兵器じゃなくなるだろ……」
《しもうたああああっ!》
 ジャックのツッコミに、カーチスが心の底からショックを受けて真っ白になる。
「たく……。おら、いくぜ! ワイルド・アーム・システム起動!」
 ネームレス・ワイルドの左腕が輝いた。
《なんのおっ! 望むところや! 行くで虎吉、バーニング・クローや!》
 負けじとバーニング・タイガーの爪も白熱する。


 レイディ・リンクスはBPF中継をテレビで見ながら、カウンター席に座る少女に声をかけた。
「ほら。ジャックとカーチスが戦ってるわよ」
 銀髪の少女は顔を上げると、濡れた石のような黒い瞳でテレビのモニターを見た。
 アニス・ブラックだ。
「あらあら、口の周り、ベタベタじゃない」
 レイディは苦笑しながら、少女の顔にべったりとついたストロベリー・アイスクリームを、タオルで拭いてやった。
 半ば押しつけられるようにアニスの面倒を見ることになったレイディだったが、しばらく一緒に暮らす内に、この無愛想で不器用な少女の事を気に入りはじめていた。
 最初は戸惑ったが、慣れてみると小動物のようで実に可愛いのだ。
 今では本当の姉妹のように、なにかと面倒を焼いている。
 ジャックには『姉妹? 母娘の間違いだろう?』などと軽口を叩かれているが。
 レイディは真剣にテレビを凝視するアニスに、意地悪く質問した。
「どっちが勝つと思う?」
 最近では、いつの間にか店の常連になっているカーチスに、アニスもなつくようになっていた。
「――」
 レイディは少女のポツリとした答えを聞き逃さず、
「あら、やっぱりそう思う?」
 と笑いかけた。
 そして、再びテレビの方を見る。
 モニターの中では二人の操る機体が、今まさに必殺技を繰り出そうとしているところだった。


「おーい、リッツ!」
 リッツ・スターフィールドはチーム・ヴァルターの格納庫で、整備員と一緒になって油まみれで作業していた。
「うん?」
 振り返ると、リッツと同い年の整備員がテレビを前にして、こっちに手を振っていた。
「どうしたのよ」
「ほら、例のチーム・レナンとチーム・デヨラの試合、始まってるぜ」
 若い整備員は今話題になっている二つのチームの名前を口にした。
「ああ。そいうえば今日だったっけ」
 リッツも作業の手を休め、テレビの前へと歩いていった。
 他の整備員達も「なんだなんだ」と集まってきた。
 ジャックもカーチスも、いい動きをしている。二人とも調子は良さそうだとリッツは思った。
「なあ、どっちが勝つと思う?」
 整備員の一人がリッツに聞いてきた。
「あんたはどう思う?」
「俺? 俺はやっぱりチーム・デヨラかな。なにしろ勢いがあるもんな」
 うんうんと、もっともらしく頷きながらそう言った。
「ふーん。じゃあ、賭ける? あたしはチーム・レナンに五千ゼナール」
 リッツは笑いながら賭を持ちかけた。
「ぐ……今月は苦しいんだが……ええい! チーム・デヨラに同じく五千だ!」
 整備員は苦しそうにしながらも賭に応じた。
「あ、俺もチーム・デヨラに三千!」
「俺はチーム・レナンに二千!」
「俺ものせろよ!」
「俺も!」
 気がつけば、整備員全員が賭にのってきた。
 そうして全員が騒いでいると、
「ばっきゃろおっ! なにしてやがる、このトンチキども! 仕事は終わったのか!」
 と罵声が浴びせられた。
 油で汚れたつなぎを着た、五十がらみの男が整備員達を睨み付けていた。
 チーム・ヴァルターの整備班長で、周りからは“おやっさん”と呼ばれ、恐れられつつも慕われている人物だ。
「うわ! おやっさん!」
「すんません! すぐ持ち場に戻ります!」
 昔気質の整備班長に一括されて、整備員達は蜘蛛の子を散らすように持ち場に駆けていった。
 リッツだけは、おやっさんを全く恐れていないのでテレビの前から動かない。試合の内容も気になっているからだ。
「あーあ、みんな行っちゃった。おやっさんも厳しいわね。少しぐらい休憩したっていいじゃない」
 おやっさんは「ふん」と鼻を鳴らすと、机の上に積み重ねられたしわくちゃの紙幣を見て、
「たく、最近の若い連中は、くだらねえ遊びばっかり憶えやがって」
 と悪態をつく。
 リッツは平然として、
「このくらいいいじゃない。堅いことばっかり言ってると、早く老けるわよ」
 と根拠のないことを言った。
「ふん。おう、リッツ」
 おやっさんは仏頂面でリッツに声をかけた。
「なに?」
「俺っちは、チーム・レナンに一万だ」
 おやっさんはにやりと笑うと、懐から一枚の紙幣を取り出した。


「オルトさん、機体の状況は?」
「はい、オール・グリーンです。なにも問題はありません!」
 ユフィルとオルトはホヴァー・カーゴの指揮室で、忙しく作業しながらジャックとネームレス・ワイルドを見守っていた。
 いまだにチーム・レナンは三人きりの自転車操業だったが、それなりに毎日充実していた。
 ユフィルは、そしてオルトにも、今の生活に不満はない。
 むしろ満足しているといってもいい。
 目下のところ、目標はリーグ戦上位へ食い込むことだ。
 そのためには、まだまだ頑張らなければならない。
 そして、頑張ることを楽しいと思える二人だった。
「ジャックさん! ネームレス・ワイルドは絶好調です!」
 ユフィルがジャックに檄を飛ばす。
 指揮室のモニターの中で、ジャックは右手の親指を立てて笑いかえした。
 そしてジャックは、必殺技の名を叫んだ。


「ワイルド・クラッシャアアアアアアッ!」
「バーニング・クロオオオオオオオオオッ!」
 ネームレス・ワイルドとバーニング・タイガーの拳が正面から激突する。
 両者の間に眩い閃光が爆発した。


 バトル・オブ・パワード・フォーマーズ――BPFと呼ばれる競技がある。
 PFという鋼鉄の巨人同士が最強の座をかけて戦うこの競技に民衆は熱狂した。様々な試合形式、レギュレーションが定められ、また、試合結果を対象とした賭博も誕生した。
 熱狂はいつまでも冷めなかった。
 BPFの王者は、この惑星最高の栄誉となった。
 今日もまた、数多くのPF乗りが王者となるべく、大地を駆け抜けている。


《――バトル・システム オール・ダウン
 ウィナー ――!》



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