プロロオグ

「はー、気持ちいいなぁ」
 少し半透明な少女が一匹の犬をマクラにして寝転がっていた。
「いいじゃない、チビはあったかいし」
 チビという名のふさわしくない大きさの犬がゆっくり首を動かせる。
 獣避けのたき火がチビの視界内からきえた。
「気分よ、気分――」
 チビが呆れたたように溜め息をついた。
 どうも少女は犬の考えがわかるようだ。勿論、ただ独り言を呟く怪しげな半透明少女――半透明という時点で怪しいが、なのかもしれないが。
「自分ね、生前ヒドイ喘息もっててこういうふうに犬をマクラにするなんて出来なかったんだぁ、一緒に住むことすらもだけど」
 半透明の少女は『マクラ』の呼吸とともに頭を少しだけ上下させる。
「聞いてる?」
 少女が目を開くとすぐ目の前の『マクラ』の足がピクピク動いていた。
「もうっ!アスカルは? ちゃんと起きてるでしょうね?」
 少女は首だけ起こして背中をむけて横たわっている少年に呼びかけたがいくら待っても返事はなかった。
「むぅぅオヤスミー!」
 少女がぶっきらぼうにまた最初と同じ姿勢をとった。



一.幸せの定義

 野原があった。
 青い青い野原でまばらに生えた黄緑の草が風ですこしだけ傾く。咲きかけの花もちらほら見えた。
 その草を細い道をつくるように風でかきわけていく一台のセイエンがあった。セイエンとは浮遊して移動する原動付自転車形の乗り物全般を指して呼ぶ。
 そのセイエンは地面より少し高い所を結構な速さでとんでいた。横から見ればスクーターのタイヤがないような形をしている。底は人間の足のように真ん中がすこしへこんでいる。黒い座席があってハンドルはバイクのグリップに似ていた。風やら前から飛んでくるゴミよけのために前に透明なプラスチックが、雨よけのために上に透明なナイロンの屋根があったが横からの防御装備は何一つなかった。二人乗り用で小さめのセイエンだ。
 黒い座席の上に一人の人間と犬が一匹座っていた。
 人間の方は若い男だ。まだ成人もしていない十代の少年で幼さの残る、その手の御姉様方にすぐ気に入られそうな顔立ちをしていた。短いが切り揃えられていない濃い目の茶色い髪は風で揺れ灰色い目を少し細めてひたすら前方を見つめている。腕も脚も細く痩せている。濃い色のGジャンを羽織り前はあけていた。白いシャツが間から見える。大きなベルトを二本つけていてその内の一本にサヤにおさめられた両刃のナイフ三本と少し大きいバツの形をした銀色の筒をさげていた。もう一本のベルトにも手の平サイズの筒がさげられている。
 助手席にいる犬のほうは大きめの、中型の犬だ。比較的黒い毛が多いものの茶色や黄土色や赤茶色が混じった雑種犬だった。胸のところは真白い毛で覆われている。薄いまゆげと白足袋もあった。
 犬とは反対側にセイエンからははみだしている少女がいた。はみだしているものの少女はピッタリとセイエンの横にくっついてつかず離れずにセイエンと同じ速度で飛んでいた。
 少し薄くすけているこの少女の長い髪は光の加減によって赤毛にも金髪にも茶髪にも見えた。薄手のカーディガンに長ズボンを着用し、皮のブーツを履いていた。オレンジ色の大きな目がくりっとしている。
「次の町、何か面白いものあるの?」
 少女が一本だけ飛出していた赤い花をすりぬけながら言った。
「なんかその町はすごい教育に力を注いでいるらしいよ、学歴社会ってやつ」
 運転しながら少年が返す。
「ふーん。ねぇいつつくの? スゴクヒマ」
「偶然だな。オレも今暇死しそうだったんだ」
「ハハハー君がそれで死ぬんだったら今君にくっついてるその死神さんはよっぽど腕がたつんだろうねぇ」
 少女が誰もいないはずの少年の背後を指さす。
「またくっついてんのか。どうせオレを殺せるはずねぇのにな」
 少年が舌打ちをした。
「さすがはワタクシを犠牲にして生き延びたアスカル様」
「もう言うなって、葬式んときさんざん泣いてやっただろ?」
 アスカルと呼ばれた少年がバツの悪そうに笑う。
「なにそれーそれ本当?チビ」
 少女が犬に話しかけるとチビという助手席の犬がアスカルを横目で見て溜め息をついた。
「なんだよ、コイツまた告げ口か」
「うん、聞いたよ。家に帰って来たときはケロっとしてたんだってネー?」
「うぅ……」
 アスカルが打ちのめされたように頭を沈ませた。
「いっときますけどー、このロッチ様は君のかわりとして魂抜かれたんですよーおわかりですかー?」
「わーってるって!」
 アスカルが半透明なロッチ少女に向かって叫んだ。


 また少しセイエンを飛ばせると湖のほとりに建物が見えてきた。最初は長い棒だったようなものが、だんだん高い建物だとわかった。
「とうちゃーく」
 ロッチが至極嬉しそうに言った。
「さきに宿探すかー」
 アスカルはセイエンからおりてキョロキョロしてから近くを歩いていた中年のおばさんを呼びとめた。
「スミマセン、この町には犬が宿泊できてあのセイエンを置く場所があってなるべく安い宿を知っていませんか?」
 アスカルが丁寧に言った。
「そうねぇ……あぁ、ここの大通りをまっすぐいってふたつめの角を左へ曲がってすぐひとつめの角を右にまがるの、そしたら正面にグリードウェーンズアカデミーがあるからそこの左十二個目の建物に宿屋があるわ」
「はぁ…、ありがとうございました」
 アスカルが軽く会釈した。

「えーと、ふたつめの角……を右に、んですぐ……?」
 アスカルの頭の上に疑問符が数個のぼった。
「ふたつめを左、一つ目を右」
 ロッチが呟いた。
「どうぞ?」
 アスカルが目を見開いて唖然としているのでロッチが片手をあげて進行を促した。
 アスカルは言われた通りにふたつめの角を左にまがりまたひとつめを右に曲がった。
 来た道を覚える為にアスカルはキョロキョロしながらセイエンをゆっくり動かしていたが建物はほとんど全て白い真四角なものばかりで覚えるもなにもなかった。
 白い門に『グリードウェーンズアカデミー』とかかれている建物の前を左に横切って十二個目の建物の前でセイエンをとめた。
 十二個目の建物は白く真四角で他のものとかわりはなかった。ただ違うといえば黄色い看板がでていて『宿』と一文字だけでていたことだった。
 アスカルはチビとロッチを待たせてひとりで宿にはいった。

「御一人様ですか?」
 アスカルを見つけた従業員の男が営業スマイルをみせた。
「ハイ、それから……」
アスカルが犬も泊まれてセイエンを置けるかと聞くとすぐにハイと返ってきた。
「何日滞在するか少々未定なのですが、勿論今日一日は確実です」
 従業員は少し考えて
「ならば、毎朝十一時にここフロントにてその日の御予定をおっしゃって下さい」
といった。
アスカルが一日の宿泊料をきくと結構な安値だった。
従業員の指示にしたがってアスカルは宿帳に必要事項を書き込み部屋の鍵をもらった。
セイエンを指定の場所に置いてチビとロッチを中にはいるように言った。
ロッチの姿は従業員にも他の客にもみえていないようだった。
ロッチが一人の新聞を読んでいる男をすりぬけると男は鳥肌をたたせて身震いした。

「よかったねー、私は一人分にはいらなくて」
部屋についてロッチが開口一番に行った。
他に人がいるときはアスカルが誰もいないところに話しかけているように見えて変に見られることが多いのでロッチはあまり口を開かないようにしていた。
「まぁ見えない幽霊を一人としていれるホテルなんかないとは思うが」
アスカルが部屋の隅に荷物をかためる。
部屋はあまり広いとも狭いともいえないものだった、しかし清掃はキチンとされており部屋の中央に大きなデスクがある。そのすぐ横にはベッドが一つ。
「で、観光は? 今すぐ?」
「イヤ、もう遅いからオレは寝る」
 アスカルが白いベッドに沈みシーツにしわができた。
「まだ昼すぎてちょっとしかたってないんだけど?」
「んー、昼寝の時間」
「いつもしないくせに」
ロッチが呟いた。
返事はない。
「チビィー」
チビに助けを求めて犬用ベッドを覗き込むとこちらも丸くなって既にねているようだった。
「面白くない、」
ロッチが頬をふくらませた。


夜中になってアスカルが目を覚ました。外からの人工的な光の筋が部屋を真っ暗にはさせていなかった。
窓からはいる人工的な光以外には全くあかりのない部屋を見まわして手探りに壁についているスイッチをつけて明かりをつけた。
「あ、おふぁよアスカル」
部屋の隅でロッチが静止していた。起きたてらしく口を大きく開けてあくびをしている。
「はいはい、オハヨ」
アスカルが腰につけていたバツの形をした銀の筒を取った。赤色に塗られた部分を持って上から下へ振り下ろすと急にその赤色が伸びた。伸びきると少し大きい十字架のような形となった。全体でアスカルの足から胸の高さまでの長さはある。
アスカルのベルトにさげていた3本の両刃ナイフを柄以外の先端につけると携帯の槍にかわった。
「用意にちょっと時間かかりすぎかなー」
「そりゃどうもっと」
アスカルは槍を構えるとロッチの顔面目掛けて槍を突いた。暗い部屋にヒュッという風切音が短く響く。
ロッチは首を横にかしげるだけの動作でそれをよける。
アスカルが舌打ちをしてもう一度、今度は胸を目掛けて突く―片足を軸にして回られあっさりとよけられた。ロッチだけを見ればダンスでも踊っているようだ。
ロッチの背後にはすぐ壁があるのだがアスカルは全てその長い十字架を寸前でとめていた。
一〇分も過ぎるとアスカルは肩で息をしはじめていた。ロッチとは真逆に顔が紅潮しきっている。
「ハイ時間切れー」
ロッチがアスカルの最後の一突きを悠々とかわしながら言った。
「畜生」
アスカルがまた舌打ちをした。
「君さぁー突こうとしてるポイント見えすぎ。折角の槍も泣いてるよぉ?」
ロッチの得意気なことばを背後にアスカルがドアの横についている明かりのスイッチをつけた。
数度チカチカした後明かりは部屋全体の輪郭をくっきりとさせた。アスカルは急な光の差に慣れられないらしく「―ぅ」とうめいた。
目が光に慣れるとアスカルは緑のハンカチで顔の汗をふいた。
「いつまでも弱いまんまじゃいられないってわかってる?」
「わかってるつもりだ」
アスカルがぶっきらぼうに答え槍の先端につけてある3本の刃を抜いて丁寧に拭いた。
残った十字架を元のバツ形に戻し腰に収めシャワー室に向かった。
「……ねぇ、チビ?」
チビが一度くしゃみした。


「さぁー今日こそ観光だー!」
日が昇ってすぐロッチが両手を振り回した。
「あ、チビひどい」
チビが鼻を鳴らした。多分五月蝿いとかはしゃぎ過ぎとか言われたのだろう。
ロビーにおりてアスカルとチビは用意されている朝食を食べた。
「お客様、今日はお泊りですか?」
昨日の従業員がアスカルの横に立った。
「ハイ、お願いします」
アスカルはまた一日分の宿泊料を払い観光にはどこに行くのが良いかきいた。
「でしたらどうぞグリードウェーンズアカデミーへどうぞ」
「ここの通りにあるあの建物ですよね」
アスカルが紅茶を一口すすった。
「勿論、ここは教育にそれはもう力をいれておりまして、最高峰の学者達が子供達の教育にあたっております。世間では少年犯罪だとかで騒がれておりますが少なくともあのアカデミーを出た子にはそんなのはおりません。キチンと教育がなされた子達は他の都市へ行っても何らかの仕事に就き不自由なく生きていっているはずです。噂を聞いてわざわざ遠方から越してこられる方もいるぐらいです」
実は私も教師になりたかったんですけどネ、何分頭が悪いもので―従業員は熱っぽく語った。
「アカデミーをでていない子供はどうなんですか?」
「そんなの、いるはずがない。ここの義務で子供は七歳になるとアカデミーにいれられるのです」
「わかりました、有難う御座いました」
「アカデミーの方に連絡をしておきましょう、三〇分後ぐらいに赴かれるとよろしいでしょう」
従業員が黄色い歯をみせて笑った。
「ところで、グリードウェーンズアカデミーって長いでしょう? 皆グリウェン学校って呼んでいるんですよ」



「ようこそアスカル様」
白い塀に囲まれたグリウェン学校につくと白衣を着たアスカルより少し年上の少女が出迎えた。
チビが自ら留守番を申し出たのでアスカルとロッチだけで来たのだった。
「私はここの五生の一人で、今日一日案内させて頂きますカリスです」
アスカルが一度首を傾げた。
「五生とはこのアカデミーの生徒をまとめる為の教師によって選ばれた五人のことです―とはいっても特別何かがあるわけではありませんが」
黒い髪のセミロング少女がニコリとした。
「どうします? 設備を見るか授業を見るか色々ありますが…」
「授業を見せて頂けると嬉しいのですが」
「そうですねぇ、なら―」
カリスが手帳をパラパラとめくる。びっしりと活字が並んでいた。
「宗教学が六Yのクラスでされていますのでそれに行きましょう」
こっちです、とすぐ横の階段をカリスがのぼった。
四階にあがってひとつの教室に後ろから入った。一瞬全員の目がこちらにむいたがすぐ無視された。
 アスカルは一番後ろに置いてあった携帯式の椅子に座った。
教室もまた真四角で三〇人余りのカリスと同じ白衣姿の生徒達が整然と並べられ座っていた。前で男が一人立っている。
「ラステカ教の人は魚を一切食べず植物を好む―ほらノートに書く!」
生徒たちの手が一斉に動いた。
「ラステカ聖典第十三章、幸福論…あー…ナム」
指名されたナムという少年が立ちあがった。
「第十三章―幸福論―幸せとは笑っていられるコトである。幸せがやってきた時ではなく人は心の底から笑うコトで幸せを呼ぶのである。悲しい時・辛い時人は笑わない。楽しい時に笑い、幸せを呼ぶ。よく言ったものだ《ワラウモンニハフククル》と」
「《笑うカドには福キタる》だな」
男がナムの訂正をした。
「ラステカ教の人達は笑うことで幸せを見出そうとした、これの考えのおかげでラステカ教の多い地方では芸や喜劇が発達した」
静かだった。
白衣の生徒達は横を向いて喋ることもなくただ男の話に耳を傾けていた。
ラステカというもの自体知らないアスカルは呆然と話を鵜呑みした。
時計の針が数十度傾くと遠くからリズムカルな鐘の音がきこえてきた。授業終了の合図だった。
「起立―礼」
一斉に椅子の音がして立ちあがりカリス以外の白衣姿全員がアリガトウゴザイマシタ、と男に向かって一礼をした。


「そうだ、次体育の授業を見学しましょうよ」
廊下に出てカリスが子供のように手を叩いた。
「たいいく? ですか?」
「体を動かすのも勉強の一環です。きっと気に入りますよ、ささ運動場へ」
カリスは強引にアスカルの手を引っ張っていった。どことなく恋人をデート中に彼氏を引っ張りまわす彼女のようにも見えた。ロッチは少し面白くなさそうにしながらも二人についていった。
階段を降りて白い廊下をつっきり入り口の門と反対の方向に出ると丁度また鐘の音がゴンゴン鳴り響いた。
広い土地だ。黄色がかった土が一面にしかれている。
「運動する場所だから運動場ネ、ふん安直」
ロッチが呟いた。
アスカルが視線を泳がせていると半袖半ズボンの集団が目にはいった。
青いボールを投げ合っている。
「今、ドッチボールをしているんです。ルールは知っていますか?」
アスカルが首を横に振った。
カリスは少しきょとんとしてから丁寧に説明をしてくれた。まず2つのチームをつくり真四角の陣地を隣り合わせにする。陣地の中にいる人―内野、相手側の陣地のそばにいる人―外野を決めてボールを投げ合う。外野は内野にいる敵にボールを顔面以外に当てると自分の陣に戻り当てられた人は外野へ行く。どちらかの陣地に一人もいなくなるか時間が過ぎると試合終了し内野の数で勝敗を決めるというものだった。
「自分の故郷にある〈中当て〉と似たようなものですね」
「そうね、ただ敵・味方と終わりがないだけよね」
カリスが言った。
「貴方がよければドッチボールに私達も参加しようと私は思うのですが?」
「いいんですか? …でもその白衣が汚れるんじゃ」
アスカルが躊躇した。白衣以前の問題にきちんとルールにのっとってドッチボールというスポーツを出来るかという不安もあった。
「私なら大丈夫、全部のボールを避けきってみせますから」
そういってカリスはまたアスカルを掴んで陣地から離れたところにいるジャージ姿の女性のところまできた。
「五生のカリスです。旅人さんと一緒にゲームに参加させて下さい」
ポニーテールのその女性は頷くと首からさげていたホイッスルを鳴らした。
半袖集団の動きが一瞬で止まる。
「じゃ、あっちの陣地にはいって―開始!」
カリスにひっぱられて女性が指さしたほうの陣地にはいるとまたホイッスルが鳴った。
陣地にはいってすぐカリスめがけてボールが飛んできた。カリスは嬉しそうに左に飛び退く。カリスの後ろにいた少女が衝撃音とともにボールを受け止めた。
「カリス!」
メガネをかけた少年がカリスのもとに駆けよってきた。カリスが「あら、スズ」と応えた。
「また案内をほったらかしにして」
スズが溜め息をついた。向こうのほうで一人、こちらの陣の人がボールに当たって外野へ行った。
「これも案内の内よ」
カリスはしれっとしている。
ボールは敵の内野の手に渡る。
「しかし君は!」
「今は試合中よ」
カリスがしゃがんだ。同時にスズの頬にボールが直撃し衝動でメガネがずれた。
「顔面アウトがないのは残念ね」
カリスが声をあげて笑いアスカルのすぐ右横をボールがかすめていった。

結局授業終了までドッチボールは続き六人の差でこちらが負けてしまった。
アスカルが当てられたときにズボンについた土色のほこりを叩いて払った。
「どう、面白かったでしょう?」
カリスは最後の最後までボールにあたることはなかったが少し汗をかいているようだった。
「残念だけど、今日の授業は三限で終わりなの、次は全クラスホームルームよ」


カリスに手をひかれるままひとつの教室にはいった。さっきドッチボールを一緒にした人達がいた。
アスカルとカリスはまた携帯式の椅子に座る。椅子は全教室におかれているらしい。
教壇のところに少し背の低い、ボサボサの長いひとつ三つ編みの女が何か喋っていた。声が甲高く癇にさわる声だった。
「いいですかー皆こっち向いて―喋らないでー」
教室内はザワザワとしていた。後ろを向いて喋る者、本を読んでいる者などがいた。
ある程度ましになると癇に障る声で喋り出した。しかも幾分早口なので聞き取りづらかった。
「皆、自分の進路のこと考えてる?私はさ落ちこぼれがいくような学校にいって今苦労してるんだけど」
横を見るとロッチが前にいる教師を睨めつけていた。
「わかってるー? 最低限学校は卒業しないと幸せにはなれないんだよー」
 カリスの顔が一瞬で固まった。
「ちゃんと学校を卒業して、就職して。じゃないと幸せな家庭なんて持てないんだよ? ちゃんとした就職もできないんだよ」
 女の話は似たような事が延々と続いた。進路によって将来がわかる、頭が悪いと将来への選択肢も減る云々…
「トリワ教育実習先生! それは失言です! ここにいるアスカルさんにも失礼です」
カリスの癇癪が爆発し、叫んだ。眠たそうにしていたクラス全員がざっと教室の後ろに視線を向けた。
「でも本当のコトだから…」
「間違っています! それは自分の意思で学校を出なかった人や不幸な境遇にあって学校をでれなかった人を見下しているように聞こえます! 撤回して下さい!」
カリスが涙声で喚いた。ドッチボールをしていた時のカリスからは想像もつかない姿だ。
「でも実際そうなんだよ。現実は見なきゃいけないんだよ」
「そんなことない! あなたは自分の考えを他人に押し付けているだけよ! 前々からあなたのその言動は気になっていたけどっ、大人として最て…」
「カリス、もういい」
カリスが言い終える前に席から立ちあがって来たスズがなだめた。
「お兄さんのことはわかっている。大丈夫だから―」
スズの言葉をきいてカリスが子供のように泣き出した。
「トリワ教育実習先生もうこの話は止めにして下さい。ボクもあなたの意見には反対ですが…貴方となんて哲学の話をする気はありません」
「…」
トリワはなにも言おうとせずただ床に崩れているカリスを見ていた。
「…別にいいんじゃないんですか」
アスカルが椅子に座ったまま言った。カリスとロッチがほぼ同時にアスカルを睨みつけた。
「確かに俺は学校にもいかずただフラフラ旅をしているだけの小童です。将来どんな職業につくかなんて考えてもいません、給料の良い仕事につくなら賢明ではないでしょう」
アスカルが頭をかいた。
「わ、私は」
カリスの声は震えていた。
「トリワ教育実習先生―」
アスカルはカリスを横目に目線を上げた。トリワは一度ビクリとする。
「聞くには落ちこぼれ学校といえど、きちんと卒業したアナタは、今幸せなんですか?」
「いいえ、でももうすぐ幸せにはなりますよ」
トリワの口元が笑った。
「そうですかー」
アスカルが溜め息をついて立ち上がった。
「俺は少々この約一時間を無駄に過ごしてしまったようです。明日早々にこの町を立ち去ります。挨拶もなしですが失礼します」
アスカルが教室のドアを開けて、階段を降りて、一言も口から漏らさずにまっすぐ宿に向かって帰っていった。
「アスカル、実は怒ってたんでしょ」
部屋に戻ってすぐロッチが口を開けた。
留守番をしていたチビが寝ていた体を起こし面倒そうに体を伸ばした。
「よくわかったなー俺は他人に自分の考えを押しつけるようなのや勝手に幸せ語る奴は好かない」
アスカルが乱暴にバッグの底をかきまわした。
「必要なもん買ってくる」


アスカルが帰って来たのは大分経ってからだた。
既に夜とよばれる時間帯で太陽はもう今日中に顔をみせることはない。
「遅かったわね」
待ちぼうけをくわされたロッチが険悪そうに言った。アスカルの返事はない。
「チビ、お客さんだ」
アスカルの後ろから一人の男がはいってきた。
ロッチが慌てて口を塞ぐ。
チビが愛想良く尻尾を振って男の足下まで駆け寄った。
男は嬉しそうにチビの頭を撫でた。メガネをかけた白衣姿の―スズだった。
「君は、犬と一緒に旅をしているのか」
「そうだよ」
アスカルは抱えていた袋から二つの缶を取り出して片方をスズに渡しベッドに座るよう指示した。
「今日はスマナイな、カリスは明るくて面白い奴なんだ…いつもはな」
スズがプルタブを開ける。空気の噴き出す音がした。
「アイツには兄が一人いてな、背が高くてオレから見ても格好良かった。おかげでカリスはその兄にべったりだったさ」
スズが一人頷く。
「でも――グリウェン学校を退学した。頭はよかったんだぞ、言っとくが」
「続けて」
「あぁ……アイツの兄は自分から退学を願ったんだ。退学して旅に出たいと。でも学校側は受け付けない――当たり前だよな、今まで退学者を出したことがないってのがヤツラの看板なんだ。余程旅に出たかったのか、兄は旅に出たんだ、逃亡という形をとって。すると学校関係のモンは大慌て、『生徒が逃げ出す程イヤな学校なのか』といわれるのは好ましくないことだからな。だからヤツラは兄は転校した全生徒に翌朝告げた。実際こんなこと知ってるのは当事者とカリスとオレぐらいだ。オレとカリスはわざわざ夜に抜け出して見送りにいったからな」
スズが缶の中の液体を一気に飲み干した。
「だからカリスさんはあの時怒ったのか、兄は幸せにはなれないなんてコト聞かされて」
「察しがいいね」
「何故他人の俺にそんな話を?」
「万が一、旅の途中でカリスの兄貴に会ったら、妹は元気だって、言っておいてほしいんだ。黒髪に紅の目をしてるからすぐわかる」
 アスカルが頷いて了解です。と答えた。
「ところで……変に思わないでほしいが君が旅するのには何か―意味が?」
「アスカル!」
ロッチが急にキョロキョロしだしてアスカルに何か合図を送った。
「スズさん、俺が合図したらすぐ床に伏せてほしい、なるべく低く」
スズが頭の上に疑問符を浮かべた。チビがスススと窓から離れる。
「伏せろ!」
 アスカルが言った瞬間窓が音を立てて割れ破片が四方に飛び散った。
 大きな物体が窓を割りながら部屋に突入してきた。耳を裂きそうな轟音をたててアスカルとスズが座っていたベッドの上に落ちる。
「なっ…」
窓からの乱入者を確認してスズが呆然と口を開けた。
「無人車、だな。しかも結構な高さを飛ぶヤツ」
床に伏せていたアスカルがすぐ起き上がり車をまじまじと見る。
「あ、あ、有り得ない!こんなっ、この町はこの型は禁止さ、されているんだ!」
スズは腰を抜かしていた。ようやくメガネをかけ直す。
「あぁ、さっきの答えですが俺が旅するのは、旅がしたいんじゃない、こうやっていく先々こんな突如の事故を起こしては町を追い出されるんだ、だから仕方なく旅やってる」
「こんなって!キ、君、こんな事故も、し直撃を受けたら…」
「死ぬだろうね」
パキ、とアスカルが踏んだガラスの破片が割れた。
その後すぐにホテルの従業員が駆け込んできてこの車激突事件の経緯を説明させられた。話すと従業員は奇妙がり夜の部屋は用意するから明日の朝にはでていってくれと頼まれ、アスカルはもとよりそのつもりでした。と承諾した。
アスカルが部屋を移る時、スズはフラフラしながら帰路についた。


朝一番にアスカルはホテルをでてセイエンの燃料を補充して町を出た。
「何であの時君はスズさんを連れてきたの?」
幾分舗装された道を走っている最中ロッチが言った。
「町を歩いてたら会ったから、それだけ」
 アスカルの返答はそっけなかった。
「スズさん、どーしてるかなぁ」
「さぁ、どーでもいい……ん?」
アスカルが大きな飛ばない型の車の横にセイエンを止めた。
「やぁ旅ですか?」
車の中から人のよさそうな中年の男が顔をだした。車内には子供の声もしている。
「ハイ、どうされたんですか?」
アスカルが軽く会釈した。
「イヤァなに。引越しですよ、グリードウェーンズアカデミーって知っていますか? 子供が通っていたんですけど、あの学校は厳しすぎるってんでウチの娘が一人ノイローゼになっちまったんだ、いくら頭がデキても元も子もねぇってんで次はのんびりとした田舎にいくつもりだよ。今は昼食タイムってとこだな」
「そうですか、道中お気をつけて」
「そちらこそ」
アスカルがもう一度セイエンをとばした。


「……」
「どうしたロッチ、やけに押し黙って」
「ねぇアスカル……君は今、幸せ?」
アスカルは一度目を丸くさせたが片手を顎につけてそうだな…と呟いた。
「君のいう幸せってやつの定義を余す所なく教えてくれるんなら答えられるれるだが」
「それズルイ」
「何でだよ? 宗教が違えば幸福論も違ってくる、トリワとかいう考え方の奴もいる。価値観は人それぞれだ。もしラステカ教の人に幸せですなんて言ったら《あぁ、この人は毎日笑って過ごしているんだ》なんて思われかねないんだ」
アスカルがフンと鼻を鳴らした。
「じゃぁ君の価値観で」
「お断り。答えない。そういうアンタはどうなんだ」
ロッチが頬を膨らませて怒った。
「死人にそんなの聞くな!」
チビの所定座席から溜め息が聞こえた。



二.反逆者

「冥王サマも何でそう躍起になって君を殺そうとするんだろうねー?」
飛んでいる車輪なしスクーターからはみだして飛んでいる少女が呟いた。
セイエンを運転している少年が面倒そうにそれはな、と答えた。
「多分運命ってのがかわるんだよ」
少女が首を傾げる。
「例えばだ、このまま俺は生き延びて誰かと結婚して子供をもうけたとする。本来ならその子は『生まれ得る筈のない運命』にあったわけだな? しかも冥王サマとやらのあらすじでは俺の妻となる女はおれではない誰かと結婚する予定だったとする。それじゃぁ俺の妻となる女の本来夫となるべき人物はどうなる?ソイツの人生は全くかわってくることになる。その上子孫が繁栄してずーっと先に俺の曾孫だか曾々々々孫だかが偉大な発明でもしてみろ。冥王サマのあらすじでは人間はそんなモノ掴むことはない筈だったなら大慌てだ。世界中の人々の運命、冥王サマの考える未来の運命は大きくかわっちまう」
「へぇ……」
「いっとくが、お前が死んだ時点ですでに歯車は外れてるんだ。お前が生きて出会うべきだった人、恋人になるべきだった人、少なからずその人達の運命はかわっているだろうな、既に」
「君は運命に逆らう気なの?」
少年が頭をかいた。何か考えているときはよくこうする。
「そんな格好良いもんでもねぇけど…まぁ、まだ死にたくないだけだ」
「とどのつまり君は自分勝手なんだね」
「ほっとけ」
きゅるるる、と腹の鳴る音がかすかにロッチの耳にはいった。
「そろそろお昼だねー…あ、店があるよ」
何もない道沿いに一件だけのれんがかかっている店がたっていた。
看板には【タケの店】とかかれている。
「タケ――まぁいい、いくか」
セイエンが加速した。



三.キノコの店―パートU―

俺は旅をしている。
別に旅に憧れていたワケじゃない。ただその日怖くて一日銃故郷である町を走りまわった。何かから俺は逃げていた。すると俺が避けた車にぶつかって一人死んだ。それから数日間俺の周りで不可解な事故が多発した。俺のいくところは事故が起こった。それで町から追い出された。親からもらったセイエンにのってフラフラしている。できればどこかの町で居座りたいけどそれも無理だ。どうせまた事故がおきて追い出される。
ロッチとかいうやかましい浮遊霊はくっついてくるし…俺の所為で死んだんだらしいけど。
ずっと一緒にいるチビは何となく冷たい。


店の看板を見てイヤな予感はしたが予感は的中してしまった。
いざ昼食とカウンターに座りハシを割るとキノコが御飯の中に紛れ込んでいた。去年、俺はキノコを食べてひどいめにあわされた。
俺はウド大木で顔にやたらにきびのある店員を呼びつけて白飯と塩に交換するように頼んだ。
「はぁ、わかりましたぁ」
どうにもアホそうに間抜けた声を出した。
店員を見てロッチは横で格好いいとか黄色い歓声をあげている。よくわからない趣味だ。
それよりキノコは許せない。キノコなんて所詮菌の一種だ。もし毒になんてあたりでもすれば取り返しがつかない。それ以前にこの店、キノコなんか扱ってるから客が間違えてはいってきた俺とむこうと酔っ払いしかいないんじゃないのか。
無言で待っているとさっきの店員がお椀を持ってこちらに向かってきたが途中で足をとめてぼんやりまた間抜けにも口をあけていた。コイツ歯がガタガタでキチンとそろっていない。
そんなことを考えていると後ろから一発の銃声がした。不意打ちだったので一瞬ビクリとしてしまったが誰も気付いてはいないようだった。俺は咄嗟に近くの机に隠れた。酔っ払いの一人が暴れている。
「やつらが来る!来たんだ!お、俺をころ、に、うぁぁぁぁぁぁ!」
酔っ払いが叫んでまた発砲した。
俺はすぐ槍に刃を装着して準備をした。
ロッチに死神がついているか聞くとついてないとかえってきた。
また男が的外れなトコロに発砲する。
五月蝿いから無駄なことはヤメテ欲しい。
とりあえずこのままではラチがあかないと思って男にゆっくり近づくことにした。机にぴったりはりついて向こうから見えないように動いた。なかなかと難しい。
至近距離まで近づいてどうしようかと思った。すぐ飛び出しても撃たれて終わりだろう。
考えていると男は銃を上に向けた、何バカやっているのかは知らないが好機だ、俺はすぐ飛び出して男の右上に槍を勢いよく刺した。俺がいつも磨いているだけあって切れ味が良い。
引きぬくとそのゴツイ愚かしい男の生暖かい血が噴き出して俺にかかった。槍にもかかった。手入れに時間がかかるというのに!
俺は猛烈に腹が立って男を蹴り倒した。まだ腹の虫がおさまらない。もう一度蹴った。
俺はすぐに店を出てセイエンの座席に座って槍を拭いた。刃も丁寧に拭いた、血がこびりついたら切れ味がグンと落ちてしまう。
だからキノコに関わるのはイヤなんだ。舌打ちすると横でチビが横で鼻を鳴らした。



四.キノコの店―パートT

私の名前はロッチという。
大体一年前に私の魂は肉体から離れた。本来ならそのまま冥府で過ごし転生を待つはずだった。でも冥王とやらいう人に認められない、実際ここに連れてこられるはずの魂はお前ではない、アスカルという少年だ。なんて言われてこっちの世界に再度放り込まれた。確かあと四十二年はこちらにいないといけないらしい。
母にも妹にも友人にも私の姿は見ることができなかった。できたのは数種の動物だけだった。肉体はもう焼かれてしまっている。フラフラしていると一人の少年を見つけた。私のことが見えるらしくじーっとこちらを眺めていた。彼からは私が半透明にみえたらしい。後から彼は自分でアスカルだと名乗った。他に私を見てくれる人はいなかったので旅に勝手についていった。チビも私を見ることができた。
いわいる死んで―から、生前はできなかったことがいくつかできるようになった。
空中を浮遊する。でたらめなスピードで飛ぶ。物をすりぬける―でもガラスは抜けられない。数種の限られた動物と話すことができる。
それから、死神が見えた。黒いローブに鎌を持った暗い骸骨のような死神。死神は死ぬ予定の二、三日前の人の後ろにくっついている。でも私は毎日アスカルの背後に死神を見ているがアスカルが死ぬ様子はない。死神がわざわざ事故をおこしたりもするがアスカルはよけてしまうのだった。
最初はアスカルのことが憎かったが、次第にどうでもよくなった。アスカルに感化されてしまったのかもしれない…。


「失礼、キノコは俺食えないんですが」
カウンター席に座っているキノコ嫌いなアスカル少年が店員に声をかけた。
アスカルは昼食をごはんとおかず数種を頼んだのだったがでてきたごはんはきのこたっぷりの茸御飯だったので顔をしかめていた。
「あぁ、でもお客さんこの店はキノコしかないんですよ、何を注文してもどこかにキノコは入っています」
長身で端正な顔をした店員が答えた。格好いいと、私は思う。
アスカルはいつも仏頂面だがいつもにも増して仏頂面に見えた。
「白いごはんと塩だけ、をお願いします」
アスカルがキノコの見え隠れしているおかずも全部を店員に渡した。
「キノコなんてたかが菌類じゃないか、菌だぞ菌。皆どうにかしてる、美味しいはずもないし、毒かもしれないのに」
アスカルがブツブツいっていた。
アスカルの足下でチビがあくびをしている。
「ねぇ、なんでアスカルってあんなにキノコを目の敵にしてるワケ?」
私がそっとチビに聞いた。
「旅を始めてまもない頃、キノコの毒にやられたことがあってネ、それからよ」
今考えたらそれも死神の仕業なのかもしれないケド。チビが付け加えた。
「キノコ美味しいのにねー」
まだブツブツ呟いている茶髪の少年がこちらを睨んで小さい声で間違いだ、有り得ないと言った。

他の客は奥の座敷にいる数人の男経ちだけだった。かたまって昼間からお酒を飲んでいる。座敷の横に酒瓶が二、三本転がっていた。
「お客様―」
白いご飯をいれた店員がこちらを向いて固まってしゃがみこんだ。
それとほぼ同時にパァンと一発の銃声が聞こえた。
アスカルは素早く机の影に隠れた。チビもいつのまにか物陰にはいっている。
「ヤツラが来る、来たんだ!お、俺をころ、に、うぁぁぁぁぁ!」
拳銃を持ったゴツイ奥に座っていた男は酒の所為か呂律のまわらない舌で叫び出した。あたりに今までその男と席を共にしていた男達は横になってだらんとしている、遠目でよくわからないが気絶しているだけだと思う。
「アイツに死神は?」
アスカルはもう槍の準備を終わらせていた。こういう時は素早い。
「いない、死ぬ予定じゃない!」
私が叫んだ。最も今暴れている人にも店員にもどうせ聞こえていないのだが。

パンパンパンパン

男が続けざまにあたりに発砲し、耳がおかしくなりそうだった。一発、弾が私の太股あたりをすり抜けていった。
アスカルを見てみると、机の影伝いにじりじりと気付かれないように男との距離を狭めていた。少し格好悪い。
近づけるだけ近づいてアスカルは様子を見ていた。
男は鼻息荒く拳銃を、何を思ったのか今度は天井に向けた。目は何かを追っているようだった。
パンパン
二発しか銃声は聞こえなかった。
見るとアスカルの槍の刃が男の右腕に突き刺さっている。引きぬくと紅い血液が男の右上から噴き出した。アスカルの顔に、紅い点を落とした。
アスカルが足で男を蹴って卒倒させる。
「店員さん、もう俺御飯いらない」
不機嫌そうにアスカルがもう一度男を蹴って店から出た。チビもそれにつづいた。
男性店員は困ったように、まだ固まっていた。
「さっきの銃声はなんなんだ」
カウンターの奥からヒゲをはやした店長がやって来た。
「それが、お客様が一人暴れ出しまして」
「今月5人目だな…」
店長が手を顎にそえて唸った。
「やはりあのキノコなのでは…あのキノコを使い出してからですよ、店長。似ているようですがやはり毒キノコだったんですよ」

店のドアをすり抜けて外に出てみるとアスカルが槍についた血を丁寧にふきとっていた。
「キノコに関わるとロクなことがおきないな畜生」
アスカルが悪態をついた。



五.魔女伝説
町は町としての機能を満たしていなかった。
建物は錆びれ人は辺りに白くなって転がっていた。
錆びれた町に一つだけ家が普通に建っていた。レンガ造りのこじんまりとした家だった。部屋の奥には暖炉もあった。
「驚いたでしょう?」
金髪の女性がお茶を煎れていた。
こじんまりとしたその家の外には一台のセイエンが。中には金色の髪をした美麗な女性と灰色い目の少年が椅子に腰掛けていた。入り口脇で犬が丸くなって眠っている。
「既に滅びた町、です。先の戦争でもろに被害をあびました」
女性の長い髪が光に反射して妖しく光った。
「何故アナタはこんな錆びれた町に?」
「故郷は大切ですので」
女性がニコリとした。少年が出されたお茶を一口飲む。
「旅人さん、ひとつお話をきいていって下さい」
少年が頷いた。

「ここは、魔女伝説で有名な町です」
夜になってソファに腰かけていた少年に女性が話をはじめた。暖炉がこうこうと光っている。明かりはそれ以外にない。
その昔、魔女ファイネはたいそうな力を持っていました。薬、とくに痺れ薬をつくるのにも長け、男を惑わし魔力をためていったのです。町の人達はファイネをどうにか追い出したい、しかしどうにもファイネの魔力が怖くて口が出せない―そこで町人はファイネに奇襲攻撃をしかけた、どうにもできぬならいっそ殺してしまえ―最後は、ファイネが勝ちました。町中焼け野原に変わり町の人は全員あの世へつれていかれました。ファイネは今も尚生きているのです。力を、昔の栄光を取り戻すがべく。
ぐらり。急に少年の視界が歪んだ。
「若い男の生力を奪うことで魔女は魔力を手に入れる―」
少年がソファの上に倒れた。
女性が口元に笑みを浮かべ少年の上に乗る。香水の香りが鼻を刺す。
「男は魔女のいいなりになるの」
女性が少年の頬に手を添える。少年の肌は思ったよりすべすべしている。
「その魔女は…わかってるの思うけど私よ」
少年の腕は意識と反対の動きをした。
腕は魔女ファイネの背中に回されている。

プシュ

魔女の顔が一瞬歪んで少年から体を離した。
背中に小さな赤い点がついていた。少年の手には針の飛び出したベルトにつけていた筒があった。
「毒、です。ボタンを・・押せば、針が出、ます」
少年が寝転んだまま口を動かした。女性が床に崩れ落ちる。
「どっちが先に毒を消すか、ね」
会話はそこで途切れた。


「…で、最後はどうなったんですか?」
 灰色の目をした少年が一杯のお茶を飲みきって言った。
「少年が起きるとファイネの姿も家もなくなっていたの、ただお茶のカップがすぐそばにおちていたんだって」
「へぇ…」
「それでね、少年はあることに気付いたの、家と魔女と同時に自分の乗っていたセイエンまでなくなっていたのに」
「盗まれたんですか?」
女性が肩まで手をもってさぁ、と言った。
「お話とお茶、ありがとうございました」
少年が一礼して席を立った。
「いいえ、私も暇だったから―それにしてもアナタ、魔女伝説にでてくる少年そっくりねぇ、まさか少年のモデルさんとか?」
「まさか」

少年がこじんまりとした家をでると一台のセイエンがとまっていた。座席の上に1匹の犬が座っている。
「次の町への道はきけたの?」
犬の上を浮遊している向こうの景色が透けて見える少女がいった。
少年は少女の言葉をきいて一度手を額におさえつけるとしまった、と呟いた。
「――あ……まぁ走ってたらそのうちどこかにぶつかるだろう」
少年がセイエンに乗り込んだ。






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