「友情とアマガエルと四ッ葉のクローバー」
母親に言いつけられた草むしりの最中に万里は偶然、四ッ葉のクローバーを見つけ
た。持ち主を幸せにするという、幸運の四ッ葉のクローバーだ。けれど、日当たりの
悪いところに生えていたそれは、葉はよれよれで色素が目に見えて薄く、明らかに頼
りなさ過ぎる。そんなものが幸せを運んでくるのだとは、万里には到底思えなかっ
た。
生まれてはじめて見つけた四ッ葉のクローバーだったが、万里には大して関心がな
い。汗と涙の結晶ともいえる、引っこ抜かれた雑草の山にそれを投げ捨てようとし
て、万里は躊躇(ちゅうちょ)する。お山の大将だといわんばかりに、雑草山のてっ
ぺんを陣取ったアマガエルが一匹、じっと万里を睨んでいたからだ。
手の中の四ッ葉のクローバーと自分を睨むアマガエルとを交互に見やって、万里は
不意に自分が中学生だった頃のことを思い出す。
何よりも先に万里の頭に浮かんだのは、その頃一番仲の良かったゆかりのことだっ
た。それはきっと、アマガエルと四ッ葉のクローバーをゆかりが何よりも愛していた
からに違いない。そういえば、あれほど盛んだったゆかりとの手紙のやりとりもどち
らからともなく途絶えてしまっている。
考えれば考えるほどゆかりとの昔の思い出が、浮かんでは消え、浮かんでは消え、
まるでシャボン玉のように思い出された。四ッ葉のクローバーをもてあそびながら、
万里はだんだんと懐かしい懐かしい気分になっていく。
そう、あれはちょうど三年前、万里とゆかりが中学二年生だった頃のことだ。
* *
*
天気が日に日にくずれていくのが誰の目にも明らかだった。
駐輪場の傍らにある桜に青々とした緑が目立ちはじめ、今週中にも梅雨入りする
と、天気予報では言われている。にもかかわらず、八十パーセントという降水確率を
無視して、あれほど土砂降りだった雨が嘘のように、午後からすっかりやんでしまっ
た。この様子では、次の六時間目の体育が生徒たちの意思に反して、グラウンドでの
授業になってしまう。
案の定、聞き慣れた体育教師の声が、次の授業をグラウンドでやると校内放送で生
徒たちに告げた。万里とゆかりのクラスである二年四組では、それを引き金にして天
候に対する不平と教師に対する不満の嵐が巻き起こる。今日の体育の授業が陸上でさ
えなければ、これほどまでに生徒たちの反感をかうことはなかったのだが。
万里とゆかりは体操着に着替えると、しぶしぶながらもグラウンドに出た。
「げっ、もう乾いてる。水たまりができてたら、体育館になると思ったのに」
かすかな希望にかけていただけに万里のショックもそれだけ大きい。悪態をつく万
里に、うちのグラウンドは水はけの良さだけがとりえなんだから、とゆかりが軽くな
だめた。
ゆかりに引きずられながら、忌々しそうに万里は空を見上げる。雲一つなく青く染
め上げられた空には、虹のおまけまで付いている。
グラウンドの端に万里たちの体育を受け持っている教師の姿が見え、四方に散ら
ばっていた生徒たちは列をなして並び始めた。万里とゆかりもそれに加わる。
そのすぐ後に、紺に白いラインの入ったジャージで身を包んだ教師が女子の並んで
いる列の方にやって来た。いかにも生真面目そうな顔をしたその教師は、学校指定の
生徒用運動靴を素足で履き、一年中同じジャージを着ていることで有名な大林だっ
た。ゆかりの最も毛嫌いする人物でもある。
「出欠をとるから、名前を呼ばれたら大きな声で返事をしなさい」
そういって、大林ははっきりとした声で生徒たちの名前を読み上げはじめる。途
中、小さな声で返事をする生徒がいる度に大林は神経質な声で、もっと大きい声で返
事をしなさい、と自分が納得するまで強要していた。
「……えらそうに」
ゆかりはいつになく顔をゆがませて、隣に並んでいる万里に視線を投げかける。万
里も目で返事をした。ゆかりにとって、大林のやることなすこと、その全てが憎しみ
の対象になっている。
出欠確認を終えると、それぞれの教師に連れられて、クラスはすぐさま女子と男子
に分かれる。女子は百メートル走を計るためにグラウンドの端へ、男子は幅跳びを測
るために専用の砂場に向かった。
それぞれの計測が始まり、万里は順番待ちをしている列の最後尾に並ぶが、ゆかり
だけは万里たちの横を素通りして、グラウンドを外界から切り離しているフェンスに
もたれかかった。どうやら授業にあまり乗り気ではないらしい。
けれど、万里にはその理由が分かっている。四組女子の体育の担当が大林なのがと
にかく気に食わないのだ。去年の体育でも、大林が担当だったバレーは仮病か、ある
いは生理痛を理由にしてほとんど授業に参加していなかった。
大林がからむと、ゆかりは頑としてどんな言葉も受け付けてはくれなくなるのだ。
それを知っていながらも、ゆかりを体育に参加させることを万里は諦めなかった。
ゆかりは人並みはずれた運動神経をもっている。それも、ちょっと本気を出せば体
育の成績でトップをとるのも夢ではないほどのものだ。ゆかりの友達である万里の心
境としては、教師が嫌いだからという理由だけでその才能を埋もれさせるのは我慢が
ならなかった。だからこそ、ちゃんと授業に出ればいいのに、と万里は常々思うの
だ。
「ゆかり、いくら大林が嫌いだからってまさか走んない気? あたしより早いくせに
さ」
万里の言葉にゆかりは答えようとはしない。ひたすら万里と視線を触れ合わないよ
うに、地面をじっと見つめているだけだ。ゆかりの視線が泳ぐ。
引っ張ってでもゆかりを走らせようと、万里が一歩足を踏み出したのときだ。ゆか
りが声を張り上げて叫んだ。
「だめっ!」
ゆかりの声に驚いて、万里は反射的に後ずさりする。ゆかりは先ほど万里がいたと
ころにしゃがみこんで、両手で何かを包み込むようなしぐさを見せている。今いる位
置からはゆかりが何をしているのかが良く見えなかったが、なんとなく万里には予想
がつく。
ゆかりは立ち上がりながら、軽く握られた右手を万里の前に突き出した。
「万里ちゃん、見てて。ほら……」
言いながらゆかりはゆっくりと手を開く。手のひらには万里の予想どうり、小さな
アマガエルがちょこんとのっていた。可愛いでしょ、とゆかりは自慢たらしく見せび
らかしてはいるが、万里にとっては羨ましくも何ともない。むしろ、アマガエルを
持っている人間を見て本気で羨ましがるのは、万里の知る限りではゆかりただ一人
だ。
万里は呆れかえる。
「アマガエルはいいからさ、ってそれ以上そんなモン近づけないでよ。ほら捨てなっ
て、前にアマガエルには毒があるって言ったの忘れた?」
万里のアマガエルに対する冷たい言葉にゆかりは頬を膨らませる。まるでカエルの
ようだ、と思わず口から出かかって万里はあわてて言うのを止めた。ゆかりの喜ぶ顔
が目の前に浮かび、妙にムカッときたせいだ。
「いいよ、アマガエルの毒なら。私が死んだら、『女子中学生、カエルの毒で死
す』って新聞に載るかな。……そしたら、おまえは殺人ガエルだね」
のんきなことを言いながら、ゆかりはアマガエルの頭を優しく撫でてやる。アマガ
エルに毒があるという話をどうやら信じてないようだ。いや、たとえ信じていても、
本気でカエルの毒にならやられてしまってもいいと思っているのかもしれない。目の
前にいる無類のカエル好きになら、それはありえる話だ。
そんな人物が自分の一番の友達であることに万里は少し疲れを感じた。
「ほんと、カエルなんかのどこがいいんだか」
この言葉を発してしまったことを万里は後悔したが、すでに手遅れだった。万里の
傍らで、ゆかりは自己流のカエルに対するうんちくと愛情を熱く語っている。こうな
るとゆかりは打ち止めになるまでマシンガンのごとくしゃべりつづけるのだ。
こういう類の言葉をゆかりの前では決して言わないと誓ったのに、と万里は自分の
詰めのあまさを呪った。
「やっぱりカエルの一番のチャームポイントって言ったら絶対このつぶらな瞳だと思
うんだよね。真っ黒な瞳の中にも一等星みたいな輝きがあるっていうかね……って万
里ちゃん、ちゃんと聞いてる? ねぇ」
顔の前にカエルをちらつかされて万里の我慢も限界に達しそうだった。このままで
はゆかりを体育に参加させるという万里の目的がだんだんと遠ざかっていく。
カエルの欠点をいくら並べたててもゆかりには全て飲み込まれてしまう。ゆかりを
少しでも早く体育に参加させるために、万里は作戦を変えることした。
横には無邪気にカエルを可愛がるゆかりがいる。まるで犬のようにカエルを撫でる
姿に、万里は一つも違和感を感じない。そんなゆかりに、万里はある種の尊敬さえ抱
いてしまう。
「ゆかり。あんたがカエルを死ぬほど好きなのは分かってるけど、そんなに好きなら
逃がしてあげないと可愛そうだって。捕まえてもっとよく見たいって気持ちもわかる
けど、そのままだとそのカエル、どんどん弱ってくだけでしょ。殺人ガエルになる前
に、あんたが殺ガエルの容疑で逮捕されるって」
我ながら、カエル好きのゆかりの心を揺さぶるうまいセリフだ、と万里は思った。
さすがのゆかりもこの言葉には従わずにはいられないだろう。
ゆかりはしぶしぶながらもカエルに別れを告げ、そして、フェンスの向こうに見え
るどぶ川にそのアマガエルを思いっきり――投げ込んだ。
カエルは直線状に、まるで弾丸のように川の中に吸い込まれていく。濁った水の中
でカエルが川底まで沈んでいくのが万里からもはっきりと見える。
あれだけ可愛がっていたカエルを豪速球よろしく、たいして深くもないどぶ川にあ
んなふうに投げ込んでしまえるのはなぜなのか、と万里には理解しかねた。カエルが
好きだというゆかりの言葉をこうも疑いたくなるときは他にはない。こういうとき、
万里はゆかりの無邪気さの中に見てはいけないものを見てしまったような、そんな気
分になる。
その嫌な感情を打ち消すように、これでゆかりは体育に参加してくれるに違いな
い、と万里は安堵感に浸ってみる。けれどそれも束の間、万里の気持ちに反して、ゆ
かりは自分の興味をそそる別のものをすでに発見していた。
「じゃーん、四ッ葉のクローバー!! すごいでしょ?」
ゆかりは満面の笑みを浮かべながら、手にした四ッ葉のクローバーを揺らせて見せ
る。今まで、本物の四ッ葉のクローバーにお目にかかったことのない万里にとって、
それはゆかりを体育に参加させるという本来の目的を忘れさせてしまうほどのこと
だった。万里もついつられてしまう。
「どれよ? ……って、まさかまた自分で作ったヤツ?」
足元に生えるクローバーの森の中にしゃがみ込むゆかりを見下ろしながら、万里は
半信半疑でゆかりの手元を見る。それが本物であるのかどうかを見極めるためだ。
それに、万里にはゆかりが手にする四ッ葉のクローバーを疑うだけの理由がある。
過去に、普通のクローバーに別のクローバーの葉を巻きつけただけのちゃちな代物を
ゆかりに本物だと思い込まされたことがそうだ。
あの頃はまだ純情だったのだ、と思い返しながら、万里はゆかりの隣にしゃがみ込
んで、その手にある四ッ葉のクローバーを吟味する。さらにゆかりの手から奪い取っ
て葉の裏側や茎の部分も調べた。
万里の見る限り何かが巻きついていたり、下手な細工が施されている気配は全く感
じない。今度はどうやら本物のようだ。
その事実に安心して、万里は純粋に感動する。すっかり四ッ葉のクローバーの虜に
なっていた。
「あたしも探そっかなー。ねね、どの辺で見つけたの? 見つけるコツってなんかあ
んの?」
万里は自分の手で四ッ葉のクローバーを探そうとやっきになっていた。ゆかりを体
育に参加させるという目的をすっかり忘れてしまっている。
「万里ちゃん。わざわざ探さなくても、それ欲しいんならあげるよ。私すぐ見つけら
れるから……ほらね」
そう言いながらゆかりは二つ目の四ッ葉のクローバーを見つけていた。
よくよく考えてみると、自分が探しても四ッ葉のクローバーが見つかるとは限らな
い。万里はゆかりの言葉に甘えることにした。喜びを隠せないでいる。
押し花にして生徒手帳にはさんでおこう、と万里は心の中で密かにこれからの計画
を立てた。
「クローバーってね、三ッ葉と四ッ葉だけじゃないんだよ。双葉や五ッ葉、それに
六ッ葉なんてのもあるんだから。でもねぇ、双葉と五ッ葉は縁起が悪いんだって。な
んでかは知らないんだけど」
ゆかりはそう言いながら、話の中に双葉などのクローバーの種類が出てくる度に、
実際に見つけて実物を万里に見せてくれる。ゆかりのクローバー探しの能力は、もは
や一つの才能であると万里は認めざるをえなかった。ゆかりの真似をして探してみて
も自分には珍しいクローバーを見つけることはできないのだから。
担当の教師が嫌いだからという馬鹿げた理由で体育を平気でサボってしまう、わが
ままで協調性に欠けたゆかりが万里には少しだけ羨ましく思われた。
「そうそう、万里ちゃんが欲しいっていうからあげたんだけどね、四ッ葉のクロー
バーって自分で見つければ『幸運』だけど、人からもらうと『不幸』になるんだっ
て。万里ちゃん、知ってた?」
「……!! そんなの、知るわけないじゃん。知ってたら人から四ッ葉のクローバー
なんてもらわない。そういうことはもっと早く言ってよ、あたしが不幸になったらゆ
かりのせいだからね」
わざとらしく、ニヤニヤ笑いながらいうゆかりに万里はストレートに怒りをぶつけ
た。一瞬にして、もらった四ッ葉のクローバーに対する感動もゆかりに対するささや
かな尊敬も、全てがガラガラと音をたてて崩れていく。
怒りをあらわにしては見たものの、ゆかりにはたいして効いていないのは分かって
いる。少しきつく言い過ぎた気がしたけれど万里は謝ろうとまでは思わなかった。ゆ
かりにされた仕打ちと万里がゆかりに謝らないこと、この二つで帳消しのはずだ。い
や、お釣りがきてもいいかもしれない。
万里の思った通り、ゆかりは相変わらず飄々(ひょうひょう)としている。どうせ
ジンクスだから気にすることないのに、と減らず口までたたく余裕さえあるようだ。
「ねぇ、万里ちゃん。クローバーにも飽きちゃったから競争しようよ。もう皆走り終
わってるみたいだし」
思い立ったようにそう言って、ゆかりは未練一つ顔に出さずに、自分で見つけたい
ろんな種類のクローバーを無造作に捨て去る。ゆかりにとっては簡単に見つけられる
クローバーとはいえ、万里はもったいないと感じずにはいられない。やはり、ゆかり
の行動には少々疑問がついて回ることが多いようだ。
珍しいクローバーとのあっけない別れを万里が名残惜しそうにしている間に、ゆか
りはちゃっかり百メートル走のスタートラインについていた。早く、とゆかりが万里
をせかす。
どんな経緯であろうとも結果的にゆかりが体育に参加してくれる気になったことを
万里は密かに喜んだ。万里もゆかりの元へと小走りで向かう。
クラスメートの女子たちは一回目、あるいは二回目の計測を終え、スタートライン
のまわりに座り込んでいた。これから始まるだろう自分とゆかりの競走、もとい計測
を皆が見ているようで万里は緊張してしまう。しかしゆかりだけは、気にすることな
く平然としている。
万里がスタートラインについてまもなく、ピストルの代わりに用意された赤い旗が
思い切り振り下ろされた。ゆかりとの実力の差なのか、それとも緊張しているせいな
のか、万里は一瞬ゆかりに出遅れる。
ゆかりに勝つなどという厚かましいことは考えていない。ましてや万里には勝つ気
などさらさらないが、それと同じくらいに手を抜く気もなかった。足の早いゆかりに
便乗して自分のタイムも上がりはしないか、と打算的なことさえ考えている。
手を伸ばせば届くほど、近いところにゆかりをとらえながら、万里は一生懸命それ
を追いかけた。
* *
*
そのあと、自分もゆかりも百メートルを十五秒台で走ったのを万里は覚えている。
全てはゆかりのおかげなのだが、万里にとってその時のタイムが、人生の中で最速、
今までの自己ベストになっている。そしてこれからもそれが破られる予定はない。
万里が昔の思い出に酔っている間に、雑草山からお山の大将の姿は消え失せてい
た。手の中の四ッ葉のクローバーもすっかりしなびてしまっている。
懐かしい思い出が古く忘れてしまった記憶を呼び覚まし、万里は先ほどまで忘れて
いたことをふっと思い出した。以前まで続いていた手紙のやりとりを先に途絶えさせ
たのは、そういえばゆかりの方だった、と。
ゆかりはわがままで協調性がなかった。けれどそれ以上に飽き性で面倒くさいこと
が大嫌いだった。そんなゆかりに手紙のやりとりなど長いこと続くはずなどない。
この町に引っ越してきたばかりの頃は不安が大きくて、いつもゆかりとのできごと
やゆかり自身とその時の現実や取り巻く環境を比べ合っていたのに、いつのまにか全
てが懐かしい思い出と化している。
時間の流れに飲み込まれて忘れていたゆかりの性格を万里ははっきりと思い出し、
急に今ゆかりがどうしているのかが気になった。
変わらずにあの頃のままだろうか、どんな毎日を送っているのか、未だにアマガエ
ルと四ッ葉のクローバーが好きなのか。
そして。
ほんの一瞬でも、自分のことを思い出してくれることがゆかりにはあるのだろう
か。
考えれば考えるほど、自分には知りえない疑問が募り胸がいっぱいになる。知りえ
ない疑問、けれど知る術がないわけではなかった。方法ならいくらでもあるのだ、手
紙でも電話でも。会いに行くことだって決して無理な話ではない。
まだ終わってはいない草むしりを途中で投げ出して万里は家の中に入った。まっす
ぐに自分の部屋に向かい、本棚から一度も開いたことのない広辞苑を引っ張り出す。
適当にページを開いて、万里はしなびてしまった四ッ葉のクローバーをその間に挟ん
だ。
自分で初めて見つけた四ッ葉のクローバーをこうやって押し花にして、手紙をよこ
さなくなったゆかりに送りつけてやろうと考えていた。忘れていた昔に色々としてく
れたゆかりへの仕返しなのだ。
ゆかりがまだあの頃のままならば、人からもらう四ッ葉のクローバーの意味が分か
るはずだ。この程度のいやがらせ、もとい冗談もあの無邪気な笑顔で笑い飛ばしてく
れるに違いない。
押し花が完全に出来上がるのに数日を要し、その間に五回も書き直した手紙と四ッ
葉のクローバーの押し花を同封して、万里は早速ポストに投函した。ポストの中から
手紙の落ちる音が聞こえ、それは耳を通して心に響く。あとは、ゆかりからの返事を
待つだけだ。
――しばらくして、梅雨に入った。
一日が長く感じられ、それだけゆかりからの返事が遠ざかっていくような気がす
る。雨が自分とゆかりを遮っている。そんな風にさえ感じるほどだ。
学校にいるときもただひたすらに返事のことを考え、ゆかり宛の手紙を投函して以
来、家に帰るとすぐにポストのチェックをするのが万里の日課になった。
来る日も来る日も、空のポストを見て万里は重い溜息をつく。
ゆかりは何をしているのだろう、忙しいのだろうか。それとも、自分の投函した手
紙がゆかりにちゃんと届いてはないのだろうか。最悪の場合、自分のことなど万里に
とってはもうどうでもよくなってしまっているのかもしれない。
どんなに不安にかられても、万里は諦めずにポストをチェックし続けた。空っぽの
日々がどれほど続こうとも、希望だけは決して捨てずに。
そうして毎日を過ごすうちに梅雨が明けそうな日が明日、明後日と迫っている。ゆ
かり宛の手紙をポストに投函してからもうだいぶ経つ。もしかしたら本当に自分の手
紙は郵便局の手違いでゆかりの元には届いてないのかもしれない。
ちょうど郵便局に問い合わせてみようか、と万里が思い始めたときだ。ようやくゆ
かりからの返事が届く。思いかけず手にとったそれは、手紙ではなくカエルの絵柄の
入った絵葉書だった。
葉書に書かれた宛名の字体が懐かしい。癖のない綺麗な字体はゆかりの字があの頃
と変わらず達筆だということを表している。昔感じていた懐かしい空気の匂いまでも
がゆかりから自分へと届けられた気がした。
見ると、カエルの絵柄の下には万里がゆかりに送ったものと同様に押し花にされた
クローバがセロハンテープで貼り付けられている。けれど、それはただのクローバー
ではなく、昔のゆかりが確かに縁起が悪いと教えてくれた、あの五ッ葉のクローバー
だ。
偶然万里が見つけた四ッ葉のクローバーとは異なり、この五ッ葉のクローバーはゆ
かりによってわざわざ探し出されたものに違いない。そういう微妙な性質(たち)の
悪さがいかにもゆかりらしかった。
ゆかりが昔も今も変わらずにいることを万里は感じとる。予想や推測などではな
く、当然の事実としてだ。
心の奥底から喜びと嬉しさがわき上がるのが分かる。言葉一つ書かれていない、
そっけない絵葉書にもかかわらず、万里がこんな気持ちになるのはどうしてなのか。
万里でさえ、うまく説明できる自信はなかったけれど、その気持ちに嘘や偽りはな
かった。
確かに自分とゆかりは繋がっている。今なら友達とはそういうものだ、と思うこと
ができる。
それを感じて、あれほど遠かったゆかりとの距離が急速に縮んで、ゼロになった気
がした。深かった互いの溝にも橋がかかる。
会いたくなればいつだって会いに行ける、万里はそんな気さえするのだ。
目の前の雨雲が消えていく。もうじき雨も上がり太陽の光も差してくるに違いな
い。
万里は以前やり残した草むしりの続きをしつつ、アマガエルと四ッ葉のクローバー
を探しながら、今度はどんな方法でゆかりに仕返しをしようかと悩んでいる。
(終)
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