先の書評で書き残した部分がちょこっとあったから、補足しようと思い、再び投書します。
前回の投書は、鷹見さんの文体についてだけを述べ、もう一つの視点「他の作品との対比」を書いてませんでした。眠かったから。
一つ目の視点から、言いたいことを言い、強引に結論に持っていきました。すいません。眠かったからです。
だから補足を加えても、結論は一緒になります。
(「時空クロス・ロード 〜ピクニックは終末に〜」の鷹見さんの技巧的な文体を踏まえた上で)
三浦綾子さんの作品に「氷点」があります。連載前から話題だったこの作品は、当時はまだ「ゲンザイ」という読みさえ一般的でなかった「原罪」という難しいテーマを扱った作品です。
「原罪」とは、キリスト教の用語で「キリスト教の教理の一つで、アダムの堕罪の結果、その子孫である全人類に生まれながら負わされた罪」の事を指す。わたしはそれを、生まれ持った抗いきれない罪の可能性と解釈しています。
問題はここからで、「原罪」「原罪」と騒がれた割に原罪について書かれた部分が余りに少ない。上下巻合わせて1,000ページ近くあるのに、犯罪者の子どもを育てること以外、不倫の願望が見え隠れする妻、嫉妬する夫を中心に描かれる家族物語に終始し、肝心の「原罪」はラストに2,3ヶ所出てくる程度。
物語を終わらせるために使ったという印象を受けた。
「辻口夏枝の気のうつろい・女性性」が本来のテーマである。全体の構造から言えば「原罪」は、クライマックス部のテーマでしかない。強引にくっつけた感さえある。
「原罪」を持ち出すための伏線がまったくといっていいほど、無い。上巻のラストで、夫・啓三が海上事故から奇跡的に生還する「過程」で神父が殉死する場面があるけど、伏線とは言いにくい。渦中の義娘・陽子の一本気な性格が、唯一の伏線になるだろう。だけど、しっくりいかない。やっぱり、「とってつけた」としか言いようがない。
この点については、原田洋一氏が角川文庫の解説で『連載がはじまって間もない時期に、ついに「氷点」は氷点ブームとして沸点に達してしまった感があった』という言葉で微妙に暗示している。
鷹見さんはこの点で、きっちり仕事をしている。
前に言った通り、ちっちゃな伏線と受けを多く繰り返すことで、幸水の行動を安定させている。さらに、平和とは?日常とは?等のテーマを幸水の心情シーンとしてわかりやすく示している。
テーマを自覚し、それを物語の中に織り込み、その上で訴えかける場面を置くことで、内容・テーマをわかりやすくしている。
それは、副題にも言える。
「ピクニックは終末に」の「ピクニック」「シュウマツ」も物語内で生かしている。
隙が無い。
もしかしたら、副題は鷹見さんのオリジナルではないでしょうか。そう思えるくらい、鷹見さんらしく、必然性のある副題です。
後の結論は前と一緒、
少々異質な行動をとってもそれが許される状況を書き描けるとする。その技術をうまーく使えば、もっと重っ苦しく難解なテーマ、「死」や「救い」、「原罪」、「犯罪」「罪の意識」なんかを扱ったとしても、常人には理解できない行動を描いたとしても、不信を抱くことなく読み進めることができる。
もちろんこれは両刃の剣で、使いようによっては作品自体に広がりがない、小さくまとまったそつのない作品になってしまう。
本人さんは気づいていないのか、得意技として「時空…」に使っているのかはわかないけど、この文体は武器になる。
カチッと音が聞こえるくらい文体にハマった鷹見さんの作品に期待します。
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